番外編短編・特別なリンゴのケーキ
そわそわする。落ち着かない。閉店後、いつものようにカフェにいるのだが、明日香は笑顔じゃない。
「ねえ、ムンちゃん」
思わず猫のムンキに声をかけた。ふわふわな白い毛並みの猫のムンキは、明日香の戸惑いを知ってか知らずか、ふわぁとあくびをするだけ。
「ムンちゃん、わたし店長と付き合うことになったみたいだけど、変な感覚」
「ムミャー」
「そうか。わたしの言葉がわかるわけないよね……」
つい先日、店長から告白され、付き合うことになった。嬉しい。本当は飛び上がるほど嬉しいのに、付き合うこと自体久々すぎて意味がわからない。
「付き合うって何だっけ……?」
恥ずかしさも混じり、心はふわふわしているのに、全然笑えない。嬉しいって気持ちより戸惑いの方が大きいって正直に店長に言ったら、嫌われるかな。
いや、嫌われるなんて……。恐怖で顔が引き攣ってしまう。付き合うことに浮かれていたが、嫌われて別れるケースだって考えらる。
「そもそも店長、私のどこが好きってことなの? わからない。ムンちゃんはわかる?」
「ミャー」
猫のムンキは呆れたような声をあげ、店の入り口の方でゴロンとしていた。本当に猫のムンキにも呆れられてしまったのかもしれない。
「明日香ちゃん、何しているのさ」
そこに店長がやってきた。さっきまでずっと厨房にいたようだ。ケーキとコーヒーを持っていた。
「いえ、な、何でもないです」
「さあ、今日もフィーカしようか。もう午後五時だけどね」
ということで、フィーカの時間が始まった。テーブルの上には浅煎りのコーヒー。ほろ苦い香りがふわふわと広がる。それに甘いシナモンの匂いも混ざる。リンゴのケーキだ。店長が焼いたリンゴのケーキ、カフェでも人気だけど、いつもと少し違うような。リンゴが甘く、そして酸っぱい。味がダイレクトに伝わってくるというか、何も加工されていないような雰囲気で。
「実はこのリンゴ、実家から送ってくれたリンゴで作ったんだよ」
「まさかフィンランドの?」
店長は少し照れ、前髪をかきあげていた。
「うん、実家の庭にはリンゴの木がある。今年は豊作だからって母から送ってもらったんだ」
そういう背景を思うと、この林檎のケーキ、余計に美味しい。でも店長の実家とか、明らかにプライベートな領域。本当に食べていいんだろうか。甘い。けど、酸っぱさも感じる。これはきっと特別なケーキ。
「ということで、今度一緒にフィンランドに行こう」
「え……?」
息をのむ。確かに昔、店長から一緒にフィンランドに行こうって誘われた。でもそれは、店長と店員という間柄以上のものはなかった。もしかしたら単なる社交辞令だったかもしれないが、今はどういう意味……?
頭がフリーズした。動かない。これってどういう意味か。いつになく店長はご機嫌。鼻歌を響かせながらリンゴのケーキを味わってる。
何はともあれ、このリンゴのケーキが美味しいのは事実だ。今はそれを理解できれば良いのかもしれない。
「ミャー」
また猫のムンキが鳴いていた。やっぱり呆れたように聞こえるのは気のせいだろうか。
ご覧いただきありがとうございます。久々の番外編でした。
「北欧のテーブル フィンランド人宣教師の恵みのレシピ」という書籍を参考にさせていただきました。連載記事も参考にし本作を書いたのですが、書籍化した嬉しさで、番外編を書いてしまいました。
Amazonでも買えるみたいですが、キリスト教書店だと早く買えるみたいです。出てくるレシピや写真がどれも素敵でおすすめです!
北欧のテーブル フィンランド人宣教師の恵みのレシピ
https://shop-kyobunkwan.com/4264046602.html?srsltid=AfmBOooXU2uy36rUBFdgYuO0Ae16Dx85rxqHIRMVsbFWoD-PGUwXG6UW




