お伝えしたいことがあります
「百万人、おめでとう」
「どうもありがとうございます」
白鳥射巫事件があり、私が感情交差点を離れ、紆余曲折あったもののついに蒼川ハクトのチャンネル登録者数が百万人を突破した。誕生日当日は配信があるため、事務所メンバーでのお祝いは一週間ずらすことが決まっていたのだが、それはそれとして百万人突破のお祝いをしたかったので、合間の時間で喫茶店にきた。
思い出の公園を出てすぐの喫茶店である。大輝の悩み相談にのり、私がクロノの問題発言がぶっ刺さった時に大輝に慰められ……。なんだか感慨深い。コーヒーを飲むことにした。私が文面に悩んだあげく『お伝えしたいことがある』なんて大袈裟な連絡をとってしまったからか、大輝は集合時間よりだいぶ早く着いていたようだ。忙しいだろうにちょっと申し訳ない。
「なんだかすごく久しぶりな気がします」
季節外れの寒さのせいか、大輝の頬は少しだけ赤かった。たぶん私もおんなじ色になっている。
「雨、なかなか止まないですね」
「うん」
仕事では関わりが薄くなったものの、よき友人として、お互い忙しいなりに時間を見つけてはあっていたけれど、あの展覧会を見にいこうとか、この映画を見にいこうとか、今回はみっくんは来れないから二人で会おうとか、そういう理由がなくても会いたいな、なんて思ってしまう今日この頃である。言葉にすると恥ずかしいな、なんか……。
ちなみにみっくんはみっくんで友人関係を続けている。最近は作曲の仕事が増えていてインプットの時間が足りないとぼやいていた。大人になればなるほど貴重な、気心の知れた異性の友人だ。大輝とは違う。
「あの」
二人で言葉が重なった。
「ご、ごめんなさい。こ、恋沼さんからどうぞ」
「やだ。大輝から言って」
「やだって……」
いつになくわがままな私に大輝は困惑していたけれど、結局自分から話してくれた。
「迷走しまくって、ネガティブなこと言いまくって、それでもここまでこれたのは高沼さんのおかげです。ありがとうございます」
あ、それかぁ……っていやいや、何ちょっと残念みたいなそんなこと……。
「それは、なんというかもったいないお言葉だけど、結局は大輝の実力だと思うよ」
「あ、あと運ですね」
「それはそう」
実力があっても伸びないでやめていく人も多い中で、私たちは運が良かったと思う。数字がつけばつくほど忘れてしまうけど、見つけてもらうことって、難しいことだ。ノウハウや地道な活動はもちろん大事だけど運……ロマンチックに言えば運命ってものはあるんだと思う。運営の立場でいうのはやや職務放棄かもしれないけど。
「でも、本当に感謝してるんです。一緒にここまで来てくれたこと」
「大輝……」
「登録者的にも節目ではありますし、改めてここまで来れたのはなんでかって考えてて。三ツ星や代表、ミキ……高橋さんに伊藤さん、それに恋沼さん。僕は周りの人に恵まれていて、それって有難いことで、誰に出会えなくてもこういう景色は見れなかったなって、しみじみ思うんです。もちろんリスナーの応援のおかげっていうのはリップサービスでもなんでもなくそうなんですけど、それだけじゃ続けられないのが企業Vtuberだとも思うので」
訥々と言葉を紡いでいく大輝。真剣に考えていたことなのだろう。雄弁でも饒舌でもないけれど、その言葉には重みがあった。
どうしよう。普通にいい話になっちゃったもんで、大袈裟な呼び出しした私がちょっと馬鹿みたいだ。そりゃ私は大輝のこと好きだけど、恋愛的に好きだけど、こうも素直に感謝されるとこっちが下心まみれみたいじゃないのよ、もう。
「……あのう、それで」
「ん?」
「お伝えしたいことって……」
「……いや、なんか、ちょっと煩悩まみれな己を反省してて」
「煩悩? さっきBL本でも買ったんですか?」
「なんで知ってるの?! 」
「あたりなんかい」
そうだけどそうじゃない……。なんか締まらないなぁ。私らしいといえば私らしいのかもしれないけど。思えば引きこもりニートからなんとか社会復帰がてら働きはじめた仕事だもんなぁ。かっこつけても仕方がないか。そう思うとなんだか肩の力が抜けた。
大輝は一息つきたいのかコーヒーカップを手にとった。眼鏡が半分曇ってて、縮こまってカップを持っているところは小動物みたいな可愛さがある。小型犬とかそういう。小型犬って小動物じゃないか。小動物だろうが小型だろうが小さいって言ったらすっごい嫌な顔するだろうけど。だから言わないけどそういうところも可愛い。もちろん良い意味で。
「ねえ、好きでした、付き合ってって言ったらどうする?」
あ、飲み物飲んでる時に言うのはまずかったか。大輝は盛大にむせて咳を連発している。
「ごめんごめん。リアルにゴホゴホむせる人はじめて見たかも〜」
「見たかも〜じゃないですよねえ! ゴホッ! 音声にしちゃったじゃないですかねえ!」
涙目かわち。
「だいたいどんなこと考えてるかわかりますけど、からかって遊んでるんなら怒りますよ」
「いやからかってはないよ。真剣」
「真剣……」
徐々に顔が真っ赤になっていくところも初めて見たかも。向こうに余裕がないとこちらは冷静になれるというものだ。
「あの、えっと、その」
「別に答えはゆっくりで……」
「あの! 僕からも! よろしければですが! お付き合いいただけないでしょうか!」
声大きいよ。どっかで口笛吹いたの誰だよ、なんか聞き覚えある声もするし。
「いよっ! 大成功じゃん、やったね!」
振り返りたくないけど、絶対オからはじまる星の名前の人じゃん。なんでいるの。
「ひかるぅ、大きくなって……」
誰目線なの、我が親友。
「息子が立派になって嬉しいわ」
「パパとして応援しなきゃなぁ」
ここぞとばかりにパパママごっこしないでください。Vtuberのパパママって要はデザイナーとモデラー……。ほんとになんでいるの。総出で。
ただでさえ赤かった大輝の頬がなんか、もう、すごいことになってる。たぶん私もおんなじでしょうね、ええ。わかってますよーだ。
「なんかすっっっごい居心地悪くなったので外、出ましょうか、いったん」
「そ、そうだね」
そそくさと荷物をまとめる。大輝の方が少しだけ速かった。
「走るよ、ひかるさん!」
なんで走るんだか、さらっと名前よびになってるんだか、大輝の考えていることはよくわからないけど、それでも繋いだ手の温かさとか、弾む息の心地よさとか。外は季節外れの寒さでお日柄もよくとはいかないけれど、前途多難に見えた私の生活は、多難だけれども楽しいことがたくさんあったし、これからもそうなんだろうな、と雨模様とは反対の晴々した心持ちで、私は町を走るのだった。




