死んでもいいわ ※三人称
ガイドラインに違反しない程度の暴力描写がございます。苦手な方はご注意ください。
「あれ、あきら早かったね」
「急いだのよ」
「……ごめん。ありがと」
相変わらず部屋は散らかしっぱなしでジャージ姿の涼だったが、反省はしているようだ。配信の暴言はキャラ付けで、しおらしくしていれば本当にいい子なのだ。私はリモコン投げてくる人とは即刻別れた方がいいと思うけど、と頭の中でひかるの言葉が再生されたが、聞かなかったことにした。
「ごめんなさい。あんな怒るべきじゃなかったし、怒っても物投げつけるなんて最低だった」
「……わかればいいのよ」
言い訳もせず、頭を垂れる姿はいっそ潔い。
ふと、あきらは思った。このまま、私さえ黙っていればいいんじゃないか。安藤の妙に決めてかかった物言いに動揺してしまったが、それこそ安藤がミス・アノニマス本人でもない限り、暴露したのが誰かなんてわからないわけだし、わざわざグレーを黒にする必要なんてないんじゃないか。まだ会社の人間には話していない。このまま揉み消すことだって……。
「あきら?」
「ごめん、ちょっと考え事してた。なんの話だっけ?」
「オーディオの調子が悪くて」
「ああ、そう。私がわかることあるかなぁ」
「自分でいじってたんだけど、自信なくて。よければ確認作業に付き合ってくれない?」
「いいよ」
涼と連れ立って防音室に入った。突貫工事で作ったその部屋は、涼が一日のほとんどを過ごしていることもあり、巣と言って差し支えないような惨状で、ゲーミングチェアと簡易ベッドのほかは足の踏み場がない。配信中の大声が漏れて苦情がきたことを思い出し、あきらはドアをきっちり閉めてから簡易ベッドに腰かけた。
「ジュースあるよ、どうぞ」
「え、あ、ありがとう」
雑然とした部屋のどこからか取り出された謎のジュースを飲みたいかと聞かれれば、答えはノーだが、気持ちはありがたいので飲むことにした。ペットボトル入りだったのでまあ大丈夫だろう。
「まっず!」
果たして出されたジュースは、びっくりするほど不味かった。炭酸ジュースのはずなのに、粉っぽくて苦いなんてあっていいのだろうか。そういえば涼は一時期プロテインさえ飲めば筋トレになるといい加減なことを言って、何にでもプロテインを混ぜていたことがあった。
「何? 吐きそう?」
「や、そんなことはないけど」
ギラリと目が光ったように見えたのは、きっと気のせい。口に含んだ不味い飲み物をしゃにむに喉に流し込んだ。
「飲食物はここに置いとかない方がいいと思うよ」
「うん。そうする」
ひどい目にあった。設定をいじっているらしき背中を眺めていた。ずいぶん時間がかかっているようだ。だんだん眠くなってくるほどに。
「そんな複雑なの?」
「うん。枠二つ同時にたてて、しかもゲリラ配信だからね」
違和感で思考が固まった。
「え? 配信するの? じゃあ私出て行かなきゃ」
「いやそこにいなよ。眠いでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
いくら映らないとはいえ配信中に背後に人がいるとか笑えない。そんな匂わせはしたくない。あきらはすぐに出て行こうとしたが、何故だかものすごく眠くて足に力が入らなかった。正直話していても船を漕いでしまうほどだ。いくら疲れているといってもこんなこと今までなかったのに。
「あー。あー」
涼が妙な裏声で話している。
「あ、ボイチェン入れなきゃ」
咳払いをして涼はマイクに向かう。
「アノちゃんは、今日も元気でございマス♪」
声が二重になって聞こえる。一方は涼の裏声だけれど、それが機械を通して高くなって、自然な女声になっている。RP勢と半ば揶揄で、半ば本気で言われるほどの高くて可愛らしい声。
「あきらが困惑してる。説明しないと」
「あきらが気がついたからもう全部投げ出してやめることにしたって? アノちゃんはやめたくなかったのに」
「あきらのせいじゃないよ」
「そうね、あきらがいなくても、もう涼ちゃんは擦り減っていたものね」
全て涼の一人芝居だ。悪夢のようだと夢うつつにあきらは思った。
「射巫はどんなに愛されても涼じゃない。涼ちゃんは射巫のこと、殺したくてたまらなかったのでございマス。だってあきらが好きなのは射巫だもの。みんなに愛される天使だもの。癇癪もちで片付けができなくて日本語は小学生並み、英語はプレティーンのお馬鹿さんじゃないんだもの。その昔『どんな天使にだってなれる。FIPの技術だあればね』あきらはそう言って笑ったのでございマス」
「何か話したそうだけど、あきらはもう話すのも辛そうにございマス。その優しさで一つだけ褒めてよ、あきら。涼ちゃんはちゃんとクリニックにいったのよ。あきらがかまってくれるにも限度があって、もうあきらは涼ちゃんと話すの嫌なんだってわかって辛かったけど行ったのよ。お医者さんはお薬をくれたわ。違うお医者に行ってもみんな同じ薬をくれた」
「さあ射巫を殺さなくっちゃ。人気に甘んじてお友達と遊び呆けてた悪い子は裁かなくっちゃ。魂を肉体が超えてはいけないのよ。この世の真理にございマス」
霞んでいく意識の中で、涼がどこからか取り出したテープでドアの隙間を塞いでいるのがわかった。防音室には窓がない。空気が漏れるとしたら、そこしかなかった。何を飲まされたかわからないが、少なくとも非合法の薬物ではないから、『FIPOのチャンネル登録者一位、薬物で逮捕www』なんて記事にはならないだろう。明後日の方向にしか回らない自分の思考回路に、あきらは苦笑いした。知りたいのは明後日のことじゃないのに。
「……自分の……言葉で言ってよ……なんで……こんなことするの?
「《《僕》》は頭がおかしかった。それだけだよ」
「ちがう……やめてはぐらかさないで……」
「元からどうも周りに馴染めなかったし、やっちゃいけないって言われることが理解できなかったからネットが居場所だった。匿名《anonymous》でよかった。認めてくれる人も匿名だし。でも顔がある誰かに認められて調子に乗っちゃった。自分だけ、本当の自分だけ見て欲しくて、周りが信用できなくて苦しかった。だから全部壊して終わりにするんだ。ラッパでも吹こうかな、天使だし。あれ? 堕天使だったっけ。まともな人間に好かれなくて残念だったね、あきら。ごめんね、大好きだよ」
「やめてよ、……やめてくれるなら私」
悲しい顔で笑わないで。苦しい時はちゃんと話して。一人で悲しんで苦しんで挙句壊れていくあんたを見たかったわけじゃないんだよ。ねえ、涼。あんたを
「死んでもいいわ」




