好きだから
「あきらさんどうしたの、その顔」
開口一番聞くことじゃなかったかも知れないけど、言わずにはいられなかった。
最近あきらさんと飲みにいけてなかったので、移動前に飲みにいこうと誘ったら、ランチではどうかと言われ、今にいたる。時間ぴったりに待ち合わせ場所についたあきらさんは、額にファンデーションではうまく隠れないほどの青あざがあった。
「……ぶつけちゃって」
「あきらさん嘘つくの下手だね」
「……そんなことないよ。早くお店いこ」
あきらさんが知っていたお店なので、パスタの美味しいイタリアンレストランは、お手頃なお値段とオシャレを両立したいいお店だった。根掘り葉掘り聞くわけにも行かないし、どうしたものかと思っていたら、あきらさんから話してくれた。
「い……涼を怒らせちゃったのよ。たぶん当てる気はなかったんだと思うけど、リモコンが当たってね。私が無神経なことしちゃったの」
「いや、でも、暴力はだめでしょ? 何言ったのか知らないけど……。御社のシステムはよくわからないけど、上の人には相談した?」
「ううん。上の人には言えない。し……片目隠れの人にも誤魔化してるの。たぶんあの人は気がついてるけどね。心配させるなって怒られちゃった」
「怒るのはお門違いだけど、上司に言えないって……」
下世話かも知れないけど、その時私はてっきり別れ話がこじれたのだと思っていた。恋愛関係を咎められるから上司には言えない、という意味だと。だけどどんな理由で、たとえあきらさんが全面的に悪かったとしても、相手が仕事仲間だろうが恋人だろうが暴力に訴えるのは論外だ。大輝の幼なじみだし悪く思いたくなかったけど、浜野涼がそんな人間だと思ってなかった。あと紫辻(の中の人)は心配してるなら怒るんじゃなくて話を聞くくらいしてもいいのに。
「……ひかるさん。絶対他の人に言わないでほしいんだけど」
「うん言わないよ」
「ミス・アノニマスに暴露したの……涼かもしれない」
「へ?」
思いも寄らない話題になって間抜けな声を出してしまった。そりゃあそういう可能性はあるけれども。
「暴露系に情報流したか疑ったら殴られたってこと?」
「だから殴られてないってば」
「暴力に訴えた時点で大して変わらないでしょ。それにそんなに怒るって……。やっぱ社内の人に相談したら? もしそうだったとしたら大問題だよ」
情報漏洩は大概の企業で契約違反だ。一般企業でも問題になるものが、問題にならない訳が無い。
「だから相談できないのよ。解雇とかなったらどうしよう……」
あきらさんは目を伏せた。相変わらずオシャレだけど顔色はすこぶる悪い。悩みは深いようだった。
「あきらさん、気持ちはわかるけど、隠すのは本人のためにもならないと思うよ。けじめはつけないと」
「うん、わかってる。わかってるの。……これで《《あの子》》が終わりかと思うと」
たしかにやらかしたことがことだけに、その可能性はある。あの子というのは、白鳥射巫というキャラクターのことだろう。浜野涼が解雇となれば、自動的に白鳥射巫は不祥事のうえ卒業という扱いになる。
「せっかくここまで来たのに……なんてダメだってわかってる。だけど、涼がクビを切られたら、あの子はいなくなっちゃう。配信しなくなって、アーカイブが消えて、ホームページからも消えて、ファンからも腫れ物になって……。《《涼》》が好きよ。《《あの子》》じゃなくなろうが変わらない。ゲームばっかの無職になっても……でも、でも最低なこと言ってるのはわかってる。わかってるけど私が好きになったのは《《あの子》》の奥の涼だった」
溜め込んだ思いは一度吐き出すと止まらなくなってしまうらしい。目は伏せたまま、あきらさんは話しつづけた。
「《《あの子》》に認められたことが嬉しかった。みんなに好かれる《《あの子》》に好かれたことが嬉しかった。《《あの子》》が私に頼ってくれるのが嬉しかった。籠に閉じ込めて独り占めできたようで。最初っから最低だった。それなのに終わらせたくないの。ひかるさんには意味不明な女にしか見えないでしょうけど」
「……意味不明になんて見えてないよ。気持ちはわかる。終わらせたくないのもわかる。良いこととは言わないけど、執着も、優越感も、持ってない人なんて少ないよ。私はあきらさんを最低なんて思わない。完璧人間じゃなくて安心したぐらいだよ」
「だったら」
「だからこそ、社内の誰かに相談した方がいいと思う。自分で言ってたでしょ? ゲームばっかの無職になっても好きだって。好きな人が道を外れてたら引っ張り戻すのも愛だよ。私はリモコン投げてくる人とは即刻別れた方がいいと思うけど、それとは別にしてね。それに絶対解雇ってわけでもないんだから」
あきらさんは今日初めて私の目を見て、しばらく目を丸くしていたけれど、やがて泣きそうな顔で笑った。
「……それも、そうだね。ありがとう、話聞いてくれて」
そう言って笑うあきらさんは本当に綺麗だった。
※※※
会社に戻って、電源を切る前に私用のスマートフォンを確認したあきらの目に飛び込んできたのは、涼からのメッセージだった。
『この前のこと、直接謝らせてほしい。相談に乗ってほしいこともあるから会ってくれないかな』
すぐに返信をした。
『わかった。なるべく早く仕事そっち行く。涼の家でいいよね?』
『あきらさえよければ』




