第14話『少し目立ちすぎた新人たち』
翌朝のエルノアは妙に騒がしかった。
東門へ向かう大通りには衛兵が行き交い、荷車には割れた石材や破損した魔力灯が積まれている。
昨夜の騒動で石畳が持ち上がった場所には縄が張られ、ギルドから派遣された冒険者たちが地下の安全確認を進めていた。
それでも市場には店を開ける者がいた。
商品を並べる商人、朝食を買いに来た職人、修繕用の木材を運ぶ荷馬車。
街は傷ついていたが、止まってはいなかった。
そしてそんな人々が口にする話題はほとんど同じだった。
「だから見たんだって! 真っ白な龍だよ!」
「俺が聞いた話じゃ、城壁より大きかったらしいぞ」
「いや、そんなに大きかったら街からでも見えるだろ」
「実際見えたんだよ!」
市場の一角。
果物を並べていた店主が、客へ身振りを交えて説明している。
その向かいでは別の商人が首を振った。
「龍よりも、黒い化け物の方が恐ろしいだろ。腕が百本あったって話だぞ」
「百本?」
「千本って聞いた」
「誰が数えたんだよ」
「知らねえよ!」
朝から威勢のいい言い争いが続いていた。
その少し先では別の話が盛り上がっている。
「女が一人で、巨大な触手を全部止めたんだって?」
「そうらしい」
「どんな魔術を使ったんだ?」
「魔術じゃなかったって話だぞ」
「じゃあ何だよ」
「だから分からねえんだって!」
誰も正確な説明を持っていなかった。
白い龍。
謎の女性。
黒い異形。
三つの存在が街を救ったという話だけが人から人へ伝わっている。
その途中で龍は少しずつ大きくなり、黒い異形の腕は増え、女性に至っては誰も近付けないほど美しかったという話まで生まれていた。
そんな市場の端で。
「……おい、リュネ」
ダスが小声で呼びかけた。
「うん?」
「俺の腕、もう千本になってるぞ」
「ふふっ。増えたね」
「明日には何本になってると思う?」
「一万本くらい?」
「はははっ! そんなに出したら邪魔だろ!」
二人が楽しそうに笑う。
その足元を歩いていたヴァルは静かに顔を背けた。
今朝の彼はいつも以上に大人しい。
理由は単純だった。
市場へ入ってから、すでに三回も「白い龍を見た」という話を聞かされているのである。
しかもその内容がひどい。
「白い龍が火を吐いたんだってよ!」
「火?」
ダスが振り返った。
「……火らしいぞ、ヴァル」
ヴァルは無言だった。
「しかも街を丸ごと焼くところだったらしい」
ヴァルの尾がぴたりと止まる。
リュネが口元を押さえた。
「……それ、助けに来たんじゃないよね」
「だよなぁ!」
ダスは笑いを堪えながら頷いた。
「お前、危うく街を焼いたことになってるぞ」
ヴァルがダスの足を軽く踏んだ。
「痛っ!」
もちろん痛みなどなかった。
ただ抗議の意思だけは十分に伝わった。
「分かった分かった!」
ダスは笑いながら足を引いた。
「お前は立派だった! ちゃんと街を守ったぞ!」
ヴァルはようやく満足したように前を向いた。
リュネはもう我慢できなかった。
「ふふっ……ダス、あんまりからかわないであげて」
「いやぁ、だってさ!」
ダスはまだ笑っている。
事件の当事者が、事件の噂を聞いて笑っている。
傍から見れば、何とも呑気な三者だった。
ただし。
彼らが今朝、市場へ出てきたのには理由があった。
「……さて」
ダスは笑いを収め、通りの先へ目を向けた。
「そろそろ行くか」
「うん」
リュネも頷いた。
目指すのは冒険者ギルド。
昨夜の事件について追加の聞き取りが予定されていた。
*
エルノア支部の受付は朝から混雑していた。
通常の依頼を受けに来た冒険者だけではない。
昨夜の戦闘で負傷した者。
装備の破損を報告する者。
避難誘導に参加した者。
行方の分からなくなった荷物について相談する住民。
さまざまな人々が受付へ詰めかけ、職員たちは休む間もなく対応していた。
その中でミーナだけはダスたちの姿を見つけると、少し表情を和らげた。
「あ、ダスさん、リュネさん!」
「おう! おはよう!」
「おはようございます。お二人とも、昨夜は大丈夫でしたか?」
「元気だぞ!」
「ふふっ。私も大丈夫だよ」
リュネが答える。
ミーナは二人を見比べ、足元のヴァルへ目を向けた。
「ヴァルちゃんも、怪我はなさそうですね」
ヴァルは静かに頷いた。
「……よかったです」
ミーナは心から安心したようだった。
昨夜ダスたちは避難民の中から何度も移動させられ、最後には高位冒険者の護衛付きで街の外へ出ていた。
その後巨大な生物が現れたのだから、受付を担当している彼女が心配するのも当然だった。
「それで、聞き取りの件なんですが……」
ミーナは少し困った顔をした。
「申し訳ありません。もう一度、お時間をいただくことになりました」
「……また?」
ダスが目を丸くする。
「はい……」
「昨日も聞かれたぞ?」
「承知しています。ただ今朝になって新しい報告が届きまして……」
ミーナは手元の書類を見下ろした。
「それと、支部長がお二人へ直接お話をしたいそうです」
ダスはリュネを見た。
リュネも彼を見る。
「……なあ」
「うん?」
「俺たち何か悪いことしたっけ?」
「してないと思うよ」
「だよな!」
ミーナは慌てて首を振った。
「違います! そういうお話ではありません!」
「はははっ! 分かってるって!」
ダスが笑う。
ミーナはほっと息を吐いた。
その様子を見てリュネが小さく笑った。
「ふふっ。大変だね、ミーナさん」
「……はい。今日は特に」
彼女の返事には昨夜から続く忙しさが滲んでいた。
*
支部の奥にある面談室。
ダスとリュネは並んで椅子へ座っていた。
ヴァルは足元。
向かいには記録を担当する職員と、エルノア支部長が座っている。
机の上には昨夜の避難経路を示した地図が広げられていた。
「まず確認したいことがある」
支部長が口を開いた。
「昨夜君たちは採餌体の追跡対象となっていた。これは間違いないね?」
「おう!」
ダスが頷く。
「最初は宿の地下から出てきて、それから避難した先まで追ってきたんだろ?」
「そうだ」
支部長は記録へ目を落とす。
「その後三方向へ分かれて移動した際も、それぞれが追跡された」
「うん。そう聞いたよ」
リュネが答えた。
「そして吸魔器官が直接接触したとき、三者とも器官側が破裂した」
「……ああ」
ダスは少し顔をしかめた。
「気持ち悪かったな、あれ」
支部長はそこで筆を止めた。
「……君たちには、何の影響もなかった?」
「特には」
「魔力の減少や、身体の異常は?」
「ないぞ」
「……そうか」
支部長は短く頷いた。
記録としては何度聞いても同じだった。
吸魔器官が接触した。
しかし対象者は無傷。
器官側だけが過負荷を起こして自壊した。
人間側の測定では二人の魔力に異常は見られない。
にもかかわらず、地下の生物は明確に三者を追っていた。
どれも、事実として残っている。
だがそれらを一つの理由で説明することができなかった。
「……君たちの体質について、何か知っていることはないか?」
支部長が尋ねる。
ダスは少し考えた。
「……体質?」
「ああ。魔力を吸収する生物へ、特殊な影響を与える体質や能力だ」
「うーん……」
ダスは腕を組んだ。
リュネが横から彼を見る。
しばらく考えてから、ダスは顔を上げた。
「分かんねえ!」
支部長の筆が止まった。
「……そうか」
「おう!」
ダスは元気に頷いた。
支部長は一度息を吐き、質問を変えた。
「では、昨夜の後半について聞こう。巨大な中央個体が現れたあと、君たちは護衛担当者と離れているね?」
「……ああ」
ダスが頷く。
「街の外で、いろいろあったからな」
「どこへ移動した?」
「丘の反対側だったかな。地面が割れそうだったから、岩のある方へ回ったんだ」
支部長は地図の上へ視線を落とした。
「その間、誰かと会った?」
「いや」
「巨大な白い龍は見た?」
「遠くで何か大きいのがいたのは分かったけど、ちゃんとは見てないな」
支部長は続けた。
「黒い異形については?」
「それも見てない」
「……なるほど」
記録担当の職員が筆を走らせる。
次にリュネへ質問が向けられた。
彼女も落ち着いて答えた。
護衛と離れたこと。
岩場へ移動したこと。
その後避難所へ戻ったこと。
どれも昨夜の行動と矛盾しない範囲の説明だった。
ただし。
三者が離れていた時間と、正体不明の三存在が現れた時間は確かに重なっていた。
それは記録を調べれば分かる。
しかしそれだけで何かを断定できるわけではない。
昨夜の東門付近には避難した者も負傷して動けなくなった者も、戦闘の混乱で所在を確認できなかった者も大勢いた。
ダスたちだけが例外ではなかった。
支部長はもう一度三者を見た。
青年。
女性。
小さな飛竜。
目の前にいるのはどう見ても普通の新人冒険者と従魔だった。
……どう見ても、というのが問題なのかもしれない。
そんな考えが一瞬よぎる。
だが支部長はそこで思考を止めた。
疑問と証拠は違う。
証拠がない以上、推測だけを記録へ書き込むわけにはいかなかった。
「……分かった。協力に感謝する」
彼は書類を閉じた。
ダスはぱっと顔を明るくした。
「終わりか?」
「聞き取りはね」
「よっしゃ!」
思わず喜ぶ姿を見て、支部長は少しだけ苦笑した。
この青年は巨大な生物に追われていたときより、面談室に座っている今の方が退屈そうだった。
*
廊下へ出たところでダスたちはガルドと鉢合わせた。
「おう、お前ら!」
「ガルド!」
ダスが片手を上げる。
ガルドは三者の顔を見回した。
「また聞き取りか?」
「おう。いっぱい聞かれたぞ」
「そりゃそうだろうな」
ガルドは苦笑した。
「お前らあの化け物に三人揃って狙われてたんだからよ」
「……そうなんだよなぁ」
ダスは頭を掻いた。
「何で俺たちだったんだろうな」
「それが分かりゃ苦労しねえよ」
ガルドは腕を組んだ。
しばらくダスを眺める。
「……しかしお前」
「ん?」
「昨日も思ったんだが、危ない目に遭った割には落ち着いてるな」
「そうか?」
「ああ」
ガルドは頷いた。
「前から気になってたんだよ。お前、剣はまだ下手だろ?」
「ぐっ!」
ダスが胸を押さえた。
「そこははっきり言うなよ!」
「事実だろうが」
「……まあ、そうだけど!」
ガルドが笑う。
それから少し真面目な顔になった。
「なのに、変なところで判断がいいんだよな」
「……判断?」
「ああ」
ガルドは指を一本立てた。
「フィナとの模擬戦でもそうだった。剣の振り方はぎこちねえし、攻撃の間合いもまだ覚えきってねえ。なのに、危ねえ踏み込みだけは妙に避けやがる」
ダスは黙って聞いていた。
「昨日だってそうだ。怖がってねえわけじゃない。指示にも従う。だがどこへ下がれば逃げやすいか、どこなら人の邪魔にならねえか、そういうところを見るのが早い」
ガルドは首を傾げた。
「……何か、昔からそういう仕事でもしてたのか?」
ダスは少しだけ考えた。
そして笑った。
「まあ、旅は長いことしてたからな!」
「……なるほどな」
ガルドは頷いた。
旅慣れた者が、戦闘経験とは別の危険察知や状況判断を身につけていることは珍しくない。
それだけですべてを説明できるわけではなかったが。
「……ま、いいか」
ガルドは肩をすくめた。
「お前はそのまま、ちゃんと剣も覚えろよ」
「おう!」
「逃げ方だけ上手くなっても、討伐依頼じゃ困るからな」
「分かってるって!」
ダスは笑った。
その隣でリュネも口元を緩めていた。
ガルドの観察は間違っていない。
ダスが新人として剣を練習していることも、本当。
まだ下手なことも、本当。
そして本来の経験まで消えたわけではないことも、本当だった。
違うのはそれらの経験がどれほど長いものなのかという点だけである。
「……あ、そうだ」
ガルドが何かを思い出したように言った。
「受付から連絡が来てたぞ。お前ら午後にもう一度呼ばれるらしい」
ダスの顔が固まった。
「……え?」
「何でも、昇格査定の話だとよ」
「…………」
しばらく沈黙する。
そして。
「……また!?」
ダスの声が廊下へ響いた。
ガルドは腹を抱えて笑った。
*
昼過ぎ。
エルノア支部の面談室では支部長と複数の職員が書類を確認していた。
机の上にあるのはダスとリュネの活動記録。
登録から現在までに受注した依頼。
達成状況。
依頼主からの評価。
受付での手続き。
訓練場での様子。
そして昨夜の避難対応。
それらが一つずつ整理されていた。
「……早すぎませんか?」
若い職員が尋ねた。
「Fへ昇格したばかりですよね?」
「ああ」
支部長は頷いた。
「通常なら、もう少し実績を積んでもらうところだ」
書類を一枚めくる。
「だが今回の査定で評価しているのは、昨日の事件だけではない。登録以降の活動全体だ」
ダスたちは低ランク向けの依頼を数多く達成していた。
採取。
討伐。
運搬。
農場作業。
家畜の捕獲。
街内配送。
仕事の種類はさまざまだったが、いずれも依頼を最後まで遂行している。
しかも達成だけを優先して依頼主の条件を無視することもなかった。
「……特に評価が高いのは、依頼の選び方ですね」
ミーナが記録を見ながら言った。
「危険区域へ無理に入ろうとしたことはありませんし、受注条件を守っています。依頼主とのやり取りも問題ありません」
「模擬戦ではまだ未熟だという報告もあるが?」
支部長が尋ねる。
「はい。ダスさんは剣の扱いについて改善の余地があります。ただガルド様からは、危険判断と周囲の観察に優れるという評価を受けています」
ミーナは別の書類を示した。
「リュネさんは、魔術の制御と補助行動が安定しています。依頼中も無理な魔力消費を避け、状況に応じた対応ができています」
支部長は頷いた。
「……昨夜の対応は?」
「避難民の誘導を手伝っています。特に混雑した通りでは、衛兵へ人の流れについて助言した記録があります」
職員が補足した。
「ただしあの未知生物に追われたこと自体を功績として扱うのは難しいかと」
「当然だ」
支部長は即答した。
「襲われたことと、冒険者として評価すべき行動は別だ。巨大な生物の討伐功績を彼らへ付けることもできない」
誰が事件を終結させたのか。
それについては正体不明の三存在が関与したという報告しかない。
ダスたちへ功績を帰属させる根拠はなかった。
だからこそ今回の査定はあくまで二人自身の記録を対象とする。
その点は支部長も譲らなかった。
「……では、結論は?」
ミーナが尋ねる。
支部長は最後の書類へ署名した。
「Eランクへの昇格を認める」
若い職員が少し驚いたように顔を上げる。
「……よろしいのですか?」
「早いのは承知している。だがこれまでの実績と行動を確認したうえでの判断だ。特例によって進めた前回の査定も含め、記録は残してある」
支部長は筆を置いた。
「ただし次も同じようにすぐ上がれるという話ではない。ランクが上がれば、求められる判断も責任も増える」
ミーナが頷いた。
「分かりました。お二人へお伝えします」
彼女は書類を揃え、面談室を出ていった。
*
「……Eランク?」
ダスが聞き返した。
受付の前。
ミーナは二人へ昇格の結果を説明していた。
「はい。今回の査定で、ダスさんとリュネさんのEランク昇格が認められました」
「……おお」
ダスは目を丸くした。
リュネが隣で笑う。
「また上がっちゃったね」
「……そうだな」
ダスは胸元の冒険者証を取り出した。
《F》。
つい先日、ようやく手に入れたばかりの文字だった。
「……もうお別れか」
ぽつりと呟く。
ミーナは前回と同じ反応に思わず笑った。
「……やっぱり寂しいですか?」
「そりゃあな!」
ダスは頷いた。
「まだFランクの仕事、そんなにやってないし!」
「……ふふっ」
リュネが笑う。
「でも、Eになったらまた違う依頼も受けられるよ」
「……ああ」
ダスは冒険者証を眺めた。
GランクからFランクへ。
そして今度はEランク。
少しずつ上がっていく。
それは単に強さを証明するための数字ではなかった。
この街で仕事を受け人と出会い、知らなかったことを覚えてきた。
その結果が冒険者証の文字として残っている。
ダスはゆっくりと顔を上げた。
「……よし!」
そして笑った。
「Eになろう!」
切り替わるまでが早かった。
リュネは楽しそうに頷く。
「うん」
ミーナが手続きを進める。
しばらくして新しい表示の冒険者証が二人へ返された。
《E》。
ダスはそれを手に取った。
表面へ刻まれた文字を指でなぞる。
「……おお」
その顔が徐々に明るくなる。
「リュネ!」
「うん?」
「見ろ! Eだぞ!」
「ふふっ。本当だね」
「また一つ上がった!」
「うん。おめでとう」
ダスは冒険者証を掲げた。
「……何か、いいなこれ!」
リュネが笑った。
「Fのときも同じこと言ってたね」
「言った!」
「Gのときも」
「……言ったな!」
二人が笑い合う。
ミーナも、とうとう声を出して笑った。
「……本当に、昇格を楽しんでいらっしゃるんですね」
「おう!」
ダスは満面の笑みで答えた。
「だって、面白いじゃないか!」
彼は冒険者証をもう一度眺めた。
その目には単なる記念品を手に入れた喜びとは違うものがあった。
新しいランク。
新しい仕事。
今まで入れなかった場所。
今まで受けられなかった依頼。
それらが、これから少しずつ増えていく。
「……なあ、リュネ」
「何?」
「ランク上げるの、結構楽しいな!」
リュネは微笑んだ。
「うん。知ってたよ」
「……そうだったか?」
「ふふっ。ダス、前から楽しそうだったもん」
ダスは少し考えた。
そして笑った。
「……確かにな!」
*
「……えええっ!?」
訓練場へ続く廊下に、フィナの声が響いた。
ダスは新しい冒険者証を見せていた。
「Eランク!?」
「おう!」
「ちょっと待って! この前Fになったばっかりじゃん!」
「そうなんだよ!」
「何でそんなに嬉しそうなの!?」
「だってEだぞ!」
「それは見れば分かるって!」
フィナは両手を上げた。
その横でレオが苦笑している。
「……すげえな、お前ら」
「だろ!」
「いや、普通に褒めてるんだよ」
レオは笑いながら続けた。
「でも、昇格が早いからって、無理な依頼を受けるなよ。Eになったら、今までより危険な場所へ行けることもあるが、それだけ責任も増えるからな」
「おう!」
ダスは素直に頷いた。
「ちゃんと確認してから受ける!」
「……それならいい」
レオは満足そうに笑った。
フィナはまだ冒険者証を眺めていた。
「……同じランクになっちゃった」
小さく呟く。
ダスが顔を上げる。
「そうだな!」
「……何か、変な感じ」
「何でだ?」
「だって、最初はGランクだったんだよ?」
「おう」
「しかも逃げた鶏を追いかけてたじゃん」
「……それは言うな!」
ダスが即座に反応した。
フィナは笑う。
「ふふっ。でも、ちゃんと上がってきたんだね」
「おう!」
ダスは頷いた。
「これからもっと色んな仕事、やってみたいな!」
「……じゃあ」
フィナが短槍を持ち直した。
「今度はEランク同士で模擬戦しようよ」
「……おっ!」
ダスの目が輝く。
「いいな!」
「前と同じようにはいかないよ?」
「次は勝つぞ!」
「ふふっ。どうかな?」
レオが横から口を挟んだ。
「その前に、少しは剣の振り方を覚えてこいよ」
「レオまで!」
三人の笑い声が廊下へ響いた。
リュネはその様子を楽しそうに眺めていた。
ダスが本当に喜んでいるのが分かる。
新しいランクも。
新しい依頼も。
こうして同じ立場で笑い合える冒険者仲間も。
彼にとってはすべてが新鮮だった。
だからこそ。
リュネは少しだけ寂しくもなった。
この街での生活はそろそろ終わろうとしている。
*
その日の夕方。
支部長室ではダスたちの扱いについてもう一度話し合いが行われていた。
机の上には昨夜の事件記録と、二人の昇格資料が並べられている。
「……できれば、もう少し滞在してもらいたい」
支部長が言った。
向かいに座っていたガルドが眉を寄せる。
「……追加調査か?」
「ああ」
支部長は頷いた。
「吸魔生物が三者を個別に追跡した理由が、まだ分かっていない。体質なのか、持ち物なのか、従魔との関係なのか……」
「ふむ」
「もし今後、同じような生物が現れたとき、今回の記録だけでは対処できない可能性がある」
ガルドはしばらく考えた。
その懸念自体は理解できる。
昨夜の生物は都市の魔術設備すら無視して三者を追っていた。
原因が不明なままなのは確かに気持ちが悪い。
しかし。
「……あいつらは犯罪者じゃねえぞ」
ガルドが言った。
支部長は頷く。
「もちろん、分かっている」
「なら、拘束するわけにはいかねえだろ」
「ああ。強制するつもりはない」
支部長は書類を閉じた。
「ただ本人たちが同意してくれるなら、調査を続けたい。それだけだ」
「……そうか」
ガルドは腕を組んだ。
「だったら、ちゃんと本人に聞くんだな」
「そのつもりだ」
少しの沈黙。
そのあとガルドが口を開いた。
「……あと一つ」
「何だ?」
「調べるのは構わねえ。だがあいつらが普通の冒険者として仕事を続ける権利まで、奪うんじゃねえぞ」
支部長は顔を上げた。
ガルドは真面目な表情だった。
「あいつら変な新人だがな。仕事はちゃんとやるし、依頼も真面目に受けてる。昨日だって逃げずに避難を手伝ってた」
そこで少しだけ笑った。
「……まあ、最後はどっか行っちまったが」
支部長も苦笑した。
「……そうだな」
「俺は、あいつらが冒険者を楽しんでるのが気に入ってんだよ」
ガルドは立ち上がった。
「だから行きたいって言うなら行かせてやれ」
支部長は静かに頷いた。
「……分かった」
その返事を聞きガルドは満足そうに部屋を出ていった。
*
翌日。
東門の一部ではようやく通行制限が緩和され始めていた。
もちろん東方森林への立ち入りはまだ禁止されている。
地下器官が完全に消失したかどうか、残った空洞が崩落しないか。
確認すべきことは多かった。
ただ街そのものは少しずつ日常へ戻り始めている。
そんな中。
ダスたちは支部長から追加調査への協力を求められていた。
「……もう少し残ってほしい?」
ダスが聞き返す。
「ああ」
支部長は頷いた。
「もちろん、強制ではない。ただできれば魔力や体質について、もう少し詳しく調べたい」
ダスは少し考えた。
リュネは静かに隣へ座っている。
ヴァルも、足元で大人しくしていた。
「……うーん」
ダスは腕を組む。
理由は分かる。
今回の事件はギルド側にとっても前例の少ないものだった。
吸魔器官が三者を狙った理由はまだ不明。
中央個体は消失し、現物の大部分も失われている。
残された記録だけでは分からないことが多すぎる。
支部長が追加調査を希望するのは自然な判断だった。
ただし。
ダスには別の考えもあった。
この街でもう十分に目立ってしまった。
ただの新人冒険者として仕事を楽しむには少しばかり面倒な状況になっている。
しかもエルノア以外にも世界にはまだ見ていない場所がいくらでもある。
別の街。
別の依頼。
別の冒険者。
新しいダンジョン。
考えただけで胸が弾む。
「……悪い!」
ダスは顔を上げた。
「俺たちそろそろ別の街へ行こうと思ってるんだ」
支部長は静かに頷いた。
「……そうか」
「おう」
「理由を聞いても?」
「もっと色んな場所へ行きたいから!」
即答だった。
支部長は一瞬、目を瞬かせた。
それから少しだけ笑った。
「……なるほど」
リュネも頷く。
「私たち、旅を続けながら冒険者をしてるんだ。だから同じ街にずっといる予定はないの」
「……分かった」
支部長は二人の顔を見比べた。
特別な理由ではない。
だが冒険者としては十分な理由だった。
知らない場所へ行く。
新しい依頼を受ける。
それこそ多くの冒険者が最初に憧れるものではないか。
「……無理に引き留めることはしない」
支部長は言った。
「ただし今後何か分かったら、ギルドを通じて連絡させてもらうかもしれない」
「おう!」
ダスは笑った。
「それなら大丈夫だ!」
支部長は頷き、書類を閉じた。
こうして、ダスたちはエルノアを離れることになった。
*
「……え?」
フィナが固まった。
夕方の訓練場。
ダスはいつもの調子で話していた。
「だからさ、俺たち次の街へ行こうと思って!」
「……次の街?」
「おう!」
フィナは数秒ほど黙った。
それからゆっくり口を開く。
「……いつ?」
「明日あたりかな」
「……明日!?」
声が大きくなった。
近くで装備を片付けていた冒険者たちが振り返る。
フィナは慌てて声を落とした。
「……ちょっと待ってよ」
「ん?」
「急すぎない?」
ダスは首を傾げた。
「そうか?」
「そうだよ!」
フィナは槍の柄を握り直した。
「この前Gランクだったのに、もうEになっちゃったし! 昨日まで大騒ぎだったし! それなのに、もう次の街って……」
そこまで言って、言葉が止まった。
ダスは少しだけ表情を和らげた。
「……そっか」
フィナが顔を上げる。
「……何?」
「いや、寂しいって思ってくれてるのかなって」
フィナは少しだけ頬を膨らませた。
「……そりゃ、そうでしょ」
その声はいつもより小さかった。
「一緒に訓練したり、依頼の話したりしてたのに。やっと同じランクになったと思ったら、もう行っちゃうんだもん」
ダスはしばらく黙っていた。
出会ってから、まだ長い時間が経ったわけではない。
だが彼にとってフィナは初めての冒険者生活を一緒に楽しんだ相手の一人だった。
依頼の選び方を教えてくれた。
訓練場で剣を交えた。
ランクが上がったとき、一緒に喜んでくれた。
自分が本当に楽しみたいと思っていたものを彼女は当たり前の日常として生きていた。
「……フィナ」
「……何?」
「ありがとな!」
ダスは笑った。
フィナが目を瞬かせる。
「……え?」
「色々教えてくれてさ!」
ダスは続けた。
「俺、エルノアに来てよかったと思ってるぞ!」
フィナは何かを言いかけた。
しかしすぐには言葉にならなかった。
隣で聞いていたリュネが静かに微笑む。
「私も楽しかったよ。フィナと話せてよかった」
「……リュネまで」
フィナは少しだけ俯いた。
それから勢いよく顔を上げる。
「……もう!」
槍を握り直した。
「そういうこと言うなら、ちゃんとまた来てよね!」
「おう!」
「絶対だよ!」
「分かったって!」
「それと!」
フィナはダスを指さした。
「次に会うまでに、ちゃんと剣が上手くなっててよ!」
「……ぐっ!」
ダスが胸を押さえる。
「そこか!」
「そこ!」
フィナは笑った。
「次も私が勝ったら、さすがに格好悪いでしょ?」
「……よし!」
ダスは拳を握った。
「次こそ勝つぞ!」
「ふふっ。楽しみにしてる!」
ようやくいつもの笑顔が戻った。
レオはその様子を少し離れた場所から眺めていた。
そしてフィナが落ち着いたところで近付いてきた。
「……行き先は決めてるのか?」
「おう。内陸の方へ行こうと思ってる」
「……内陸か」
レオは少し考えた。
「それなら、ハルメアはどうだ?」
「……ハルメア?」
ダスの目が輝いた。
「どんな街だ?」
「城塞都市だ。エルノアより大きいし、周辺にダンジョンもいくつかある」
「……ダンジョン!」
ダスが身を乗り出す。
「あるのか!?」
「ああ」
レオが笑った。
「冒険者も多い。Eランクでも、行ける場所は結構あるはずだ」
「……いいなぁ!」
ダスはすっかり夢中だった。
「なあ、リュネ!」
「うん。面白そうだね」
「だろ!?」
レオは笑いながら首を振った。
「……本当に、分かりやすいな」
それから少し真面目な顔になった。
「ただし気を付けろよ。ダンジョンは、街の外の依頼とはまた違う。入口が安全でも、奥まで安全とは限らねえからな」
「おう!」
ダスは頷いた。
「ちゃんと規則を守る!」
「……それならいい」
レオは満足そうに笑った。
彼自身も、危険を知ったうえで行動する冒険者だった。
だからこそダスが無理に背伸びせず、少しずつ進もうとしている姿勢を評価していた。
「……頑張れよ」
レオが手を差し出した。
ダスはその手を握った。
「おう! レオもな!」
握手は短かった。
だがそこには確かな親しみがあった。
フィナも、その横から手を伸ばしてくる。
「……私も!」
「おう!」
ダスが笑う。
リュネも加わり、四人はしばらく笑い合っていた。
足元のヴァルは静かにそれを見上げている。
彼は何も言わなかった。
ただダスがこの街で本当に楽しい時間を過ごしたことは十分に理解していた。
*
同じ頃。
エルノア支部の別室では三人の高位冒険者が地図を広げていた。
ヴェルト。
ナディア。
アルシェ。
昨夜ダスから与えられた特別訓練について話し合っていた。
「……さて!」
ヴェルトが元気よく言った。
「超越者を探しに行こう!」
「うん。その前に、何から調べるか決めようね」
ナディアが答える。
アルシェはすでに机の上へ何冊もの資料を積み上げていた。
「とりあえず、古い記録を探すのがいいと思うんだよね!」
「……古い記録?」
ヴェルトが首を傾げる。
「うん!」
アルシェは頷いた。
「超越者って、普通の冒険者みたいに登録されてるとは限らないでしょ? だから昔から続いてる変な噂とか、説明できない事件とか、そういうところに手掛かりがあるかもしれない!」
ナディアが地図へ目を落とした。
「……なるほど。でも、噂だけを追うと、かなり時間がかかりそうだね」
「そうなんだよ!」
アルシェは楽しそうに笑った。
「だから面白いんじゃん!」
ヴェルトの目が輝く。
「……いいね!」
ナディアは小さくため息を吐いた。
「……二人とも」
「ん?」
「……まずは、帰り道も考えようね」
ヴェルトとアルシェは顔を見合わせた。
そして同時に笑った。
「分かってるって!」
「うん!」
その返事を聞きナディアも微笑んだ。
これまで三人は同じ軍団の中で何度も探索をしてきた。
未知の土地。
危険な生物。
複雑な迷宮。
それらを相手に、何度も調査を重ねてきた。
だが今回の課題は少し違う。
目指す相手がどこにいるか分からない。
何者なのかも分からない。
そもそも、会ってもらえるかどうかすら分からない。
しかもダスや軍団の名前を使うことは禁止されている。
頼れるのは自分たちの経験と判断だけだった。
「……ねえ、ヴェルト」
アルシェが尋ねる。
「何?」
「もし見つけた超越者が、私たちよりずっと強かったらどうする?」
ヴェルトは少し考えた。
そして笑った。
「……まず話してみる!」
「……戦わないの?」
「いきなり戦う必要はないでしょ?」
ヴェルトは当たり前のように答えた。
「だって、今回の課題は倒すことじゃなくて、見つけて話すことだもん」
「……あ」
アルシェが目を瞬かせた。
「……そっか!」
ナディアが頷く。
「そうだね。相手が話したくないと言ったら、どうするかも考えないと」
「……それなら!」
ヴェルトが顔を上げた。
「まずは相手のことを知るところからだね!」
アルシェが嬉しそうに頷いた。
「うん!」
ナディアも微笑んだ。
ただ彼女だけは地図を見つめたまま考えていた。
超越者を一人見つける。
それだけなら、運が良ければ早く終わるかもしれない。
しかし運が悪ければ、何年かかっても見つからない可能性がある。
今回の探索には期限がない。
だからこそ焦る必要はなかった。
だが焦らないことと、何も考えずに歩き回ることは違う。
「……じゃあ」
ナディアが口を開く。
「まずは、情報の集め方から決めようか」
二人が顔を上げる。
「超越者そのものを探すだけじゃなくて、どういう情報なら信頼できるか。誰から聞けばいいか。どこまで調べたら現地へ行くか。そういうところを整理してから動こう」
ヴェルトは頷いた。
「うん!」
アルシェも頷く。
「……それ、いいね!」
三人の表情が、少しずつ冒険者のものへ変わっていく。
未知へ向かう。
ただし無謀に突っ込むわけではない。
自分たちの足で確かめ、自分たちの頭で考え、生きて帰る。
それこそこれまで何度も経験してきた探索だった。
そして今度はその経験を使って、世界のどこかにいる超越者を探すのである。
「……よし!」
ヴェルトは地図へ身を乗り出した。
「まずどこから行こうか!」
アルシェが笑う。
「私は、古い記録が多いところがいい!」
ナディアは二人を見比べて微笑んだ。
「……じゃあ、候補をいくつか出そう」
新しい冒険が、静かに始まろうとしていた。
*
その夜。
ダスたちはギルドが手配した仮宿へ戻っていた。
南西宿屋街の一部はまだ立ち入りが制限されており、以前泊まっていた宿も地下の安全確認が終わっていない。
そのため今夜は別の場所で休むことになっていた。
部屋へ入ると、ダスはさっそく机へ地図を広げた。
「……さて!」
リュネが荷物を置く。
「もう次の街のこと?」
「おう!」
ダスは地図の内陸側へ指を置いた。
「ハルメアって、ここだよな?」
「うん。レオが教えてくれたところだね」
「城塞都市で、ダンジョンがいくつもあるんだろ?」
「そうらしいね」
「……いいなぁ!」
ダスは嬉しそうに笑った。
「どんな依頼があるんだろうな!」
リュネも、地図を覗き込む。
「Eランクになったから、受けられる依頼も増えると思うよ」
「……そうなんだよ!」
ダスが顔を上げた。
「そこが面白い!」
彼は冒険者証を取り出した。
《E》。
昨日、更新されたばかりの文字だった。
少し前までGだった。
そのあとFになった。
そして今はE。
まだ始まったばかりの冒険者生活なのに、すでにいろいろなことが起きている。
「……なあ、リュネ」
「うん?」
「俺、ちょっと分かった気がする」
「……何が?」
ダスは冒険者証を眺めた。
「最初さ、ずっとGランクでもいいかなって思ってたんだよ」
リュネが微笑む。
「うん。すごく気に入ってたもんね」
「おう。でも、FになったらFも面白かった」
「そうだね」
「で、Eになったら……」
ダスは笑った。
「……また新しいことができるようになった!」
リュネは静かに頷いた。
ダスが楽しんでいるのは肩書きそのものではない。
そこへ至るまでの経験だった。
少しずつ仕事を覚えること。
今までできなかったことが、できるようになること。
その結果として新しい場所へ進めること。
彼は今、その面白さを実際に味わっている。
「……ふふっ」
リュネが笑う。
「じゃあ、これからも頑張らないとね」
「おう!」
ダスは頷いた。
「でも、次のランクもすぐ上がれるとは限らないからな!」
「そうだね」
「まあ、それも面白いか!」
リュネはとうとう声を出して笑った。
「ふふっ。ダスらしいね」
その足元ではヴァルが静かに身体を丸めていた。
ダスは彼へ顔を向ける。
「……なあ、ヴァル」
ヴァルが片目を開ける。
「何だ」
小さな声だった。
もちろん部屋の外には聞こえない。
「次の街、ダンジョンあるらしいぞ!」
「……そうか」
「楽しみだな!」
「お前は何でも楽しそうだな」
「そりゃあな!」
ダスは笑った。
「せっかく冒険者になったんだぞ!」
ヴァルはしばらく彼を見ていた。
それから静かに目を閉じる。
「……まあ、悪いことではないな」
ダスは満足そうに頷いた。
リュネがその様子を見ながら微笑んでいる。
部屋の外では夜の街を見回る衛兵の足音が聞こえていた。
エルノアはようやく日常を取り戻しつつある。
昨日までの騒動を思えば、静かな夜だった。
ダスは地図へ目を戻した。
エルノア。
そこから内陸へ続く街道。
そしてその先にある城塞都市ハルメア。
まだ見たことのない街だった。
どんな人がいるのか。
どんな冒険者がいるのか。
どんな依頼があるのか。
どんなダンジョンが待っているのか。
考えるほど、わくわくしてくる。
「……よし!」
ダスは地図を畳んだ。
「明日は出発だ!」
リュネが頷く。
「うん」
ヴァルは目を閉じたまま答えた。
「……今度は面倒なものに追われなければいいがな」
ダスは笑った。
「はははっ! そうだな!」
それから少しだけ考える。
「……いや、でも」
リュネが顔を向けた。
「……何?」
「面白いものがあるなら、追いかける方は俺がやりたいな!」
リュネは吹き出した。
「ふふっ。やっぱりそう言うと思った」
ヴァルが深々と息を吐いた。
「……結局、面倒なことになるのだろうな」
「まあまあ!」
ダスは笑った。
「それも冒険だろ!」
エルノアの夜は静かに更けていった。
旅立ちを前にした三者の部屋には明日から始まる新しい冒険への期待が満ちていた。
そして街の別の場所では。
ヴェルト、ナディア、アルシェの三人が世界地図を前にして頭を悩ませていた。
「……ねえ、ナディア」
「何?」
「超越者って、どうやって探すのが一番早いんだろう?」
ナディアは少し考えた。
「……それが分かれば、苦労しないと思うよ」
「……だよね!」
アルシェが笑う。
ヴェルトも、楽しそうに頷いた。
「じゃあ、探しながら考えよう!」
ナディアは微笑んだ。
「……うん。でも、まずは行き先を決めようね」
アルシェが地図へ身を乗り出す。
「……じゃあ、こっち!」
「……どうして?」
「何か、面白そうだから!」
「……それだけ?」
「うん!」
ナディアは静かに目を閉じた。
そして。
「……先が長そうだね」
ぽつりと呟いた。
ヴェルトとアルシェは顔を見合わせて笑った。
こうして。
エルノアでの事件は一つの区切りを迎えた。
街には正体不明の三存在の噂が残った。
ギルドには説明できない調査記録が残った。
そして二人の新人冒険者には新しい《E》の文字が刻まれた冒険者証が残った。
明日から、彼らは別の街へ向かう。
それぞれの冒険をそれぞれのやり方で続けるために。
まだ知らないものはいくらでもあるのだから。




