第八話
ショッピングモールを出てからは、順調に車を走らせることができた。
最初は警察に止められたり、事故に遭ったりしないかとビクビクしていたのだが、数十分も運転していると流石にその恐怖心も薄れてきた。
今は適度な緊張感を残しつつ、比較的リラックスした状態で運転できている。先ほどまで走っていた街中を抜けて、交通量の少ない道を通っているのも一つの要因だろう。
ここでようやく、裕二はショッピングモールで結局できなかった話を振った。
「なあ健介。あの死体のことーー」
「大五郎」
「……大五郎のことなんだけどさ」
めんどくさい。ここは自分たち二人きりだから別にいいではないか。
そう思ったが、ここで反論するともっとめんどくさいことになると思い我慢した。
「お前、あの大五郎が誰か知ってるか?」
「いや、知らねえよ」
「だよなあ」
結局のところ、大五郎が一体何者なのか謎のままだ。
「昨日飲んでた店にいたか?」
「いなかったと思うけどな」
「そうか」
ちなみに、裕二は昨日店にいた人物の顔を一人も覚えていない。健介がいなかったと言うのならそれを信じるしかない。
「なんで僕の車のトランクに大五郎が乗ってるんだろうな」
「まあ、順当に考えれば誰かが死体を隠すために載せたんだろうが」
「隠す、ねえ。それにしたって僕の車なんか選ぶかね」
よりにもよって、結婚式を目前に控えた新郎の車を選ぶなんて、犯人はなんて底意地が悪いんだろうか。なんて考える。
「他に選択肢がなかったんじゃねえか? 大五郎を咄嗟に隠さなきゃいけないってなった時、たまたまお前の車があったとか」
「選択肢か……」
その言葉を聞いて、ふと嫌な想像が脳裏を過ぎる。
それは、考えられる限りでも最悪の予想だった。
「……なあ健介。お前、昨日のことどこまで覚えてる?」
「どこまでって。昨日は俺も珍しく結構飲んだからな、店ん中でハイボール飲んでたとこまでは覚えてるんだが」
「その後、お前のアパートの駐車場に向かうまでのことは覚えてるか?」
「一切、記憶にねえな」
「…………」
当然、その間の記憶は裕二にもなかった。
「なあ、もしかしてだけど」
裕二は自身の最悪の予想を、恐る恐る口にする。
「もしかして、大五郎を死なせたのって、僕なんじゃないか?」
健介が驚いた表情を浮かべ、裕二の横顔を見る。
「昨日、もしかして僕は酔っ払ったまま車を走らせたんじゃないか? それで、大五郎を車で跳ねて死なせてしまって、慌てて自分の車のトランクに隠したんじゃないか?」
自分でも馬鹿な事を言っているのはわかっている。しかし、昨日の記憶がない以上、否定することができない。
しかし、健介は首を横に振る。
「なわけねえだろ。第一、車に人を跳ねたような傷があったか? 大五郎も別に血まみれじゃなかっただろ」
「わかんないだろ! ちょっとぶつけて転ばせて、頭を打つだけで人は死ぬかもしれないんだぞ!」
「考えすぎだ。そんなわけないだろ」
「なんでそんなこと言えるんだよ! お前も昨日のことは覚えてないんだろ!」
八つ当たり気味に、健介を怒鳴りつける。
健介はそんな八つ当たりは意に返さず、ため息をつきながら口を開いた。
「朝、大五郎の死体を見て気付いたことなんだけどな」
「な、なんだよ?」
「お前は気付いてなかったみたいだし、怖がらせるかもしれないと思って黙ってたんだが、仕方ないから教えるぞ」
いつになく真剣な口調で、健介は説明する。
「大五郎の首元、人の手の形したアザがあったんだよ」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
その言葉をゆっくり咀嚼すると、背筋に冷たいものが走った。
「おい、それって……」
「ああ。大五郎、誰かに首を絞めて殺されてる」
車内に重い沈黙が降りる。
ようやくわかった。健介が裕二の飲酒運転が原因でない事をはっきり断言したのは、その事実に気づいていたからだ。
自分のせいではない。その事実を知っても、裕二はほんの少しも安心することができなかった。
元々、死体がトランクに入れられていた時点で、なんらかの犯罪に巻き込まれているのはわかっていた。
しかし、それが殺人事件だとは想像もしていなかった。
自分が巻き込まれた事件の深刻さに、体が震える。
「念の為に言っておくけど、お前が酔っ払って大五郎を締め殺した、なんてこともないからな」
「……どうしてそう言えるんだ?」
「大五郎の死体、多分死後五日は経ってる。お前、五日前に酒飲んで記憶飛ばしたか?」「……いや」
五日前は仕事が終わってからずっと家にいた。当然その間の記憶は確かだ。
「いや、ちょっと待て。なんでお前死後何日経ってるとかわかるんだよ?」
「あれ、言ってなかったっけ? 俺、昔葬儀屋でバイトしてたんだよ」
「初耳だぞ!?」
親友の知られざる過去に驚愕する。
「だから、死体見ればなんとなくでわかるんだよ。そういうの」
意外すぎる経歴だ。裕二は素直に感心した。
「まじか。大学生の時にそんなバイトしてたのか」
「違う。大学に入る前だ」
「ってことは、高校生の時か。高校生が葬儀屋のバイトなんて、聞いたことねえけど」
「違う。高校を卒業してからだ」
「……ん?」
会話の中に、致命的な矛盾がある気がした。
「お前、めちゃくちゃ変なこと言ってねえか?」
葬儀屋のバイトをしていたのは、高校を卒業した後で、大学に入る前?
「別に変なことなんて……あ、そっか。これも言ってなかったな」
健介はなんて事のない様子で続ける。
「俺3浪してんだよ」
「3浪!?」
自分が安全運転を心がけている事を忘れて、助手席に座る健介に顔を向ける。
「え、お前3浪してんの? ってことは、歳僕の3つ上?」
「そうそう。高校卒業してからしばらくフラフラしててな。その間にいろんなバイトしたんだよ。葬儀屋もそうだし、ガソスタ、ホテルスタッフ、餅屋」
「餅屋!?」
「年末クッソ忙しかったなあ」
懐かしそうな顔でそんなことを宣う。
「なんで言わなかったんだよ?」
「別に3浪なんて自慢する事じゃねえしな。というか、少し年上なことくらい、お前察してるかと思ってたのに」
「……全然」
全く気づかなかった。
「大学1年の時、お前のアパートにちょいちょい酒持ち込んだだろ」
「それは……ただ、倫理観がねえ奴だと」
「倫理観がなかったのは、一人だけ未成年なのに酒飲んでたお前だな」
「…………」
こいつに倫理観のなさを指摘される日が来るなんて思わなかった。
「ぼ、僕はお前に敬語なんて絶対使わないからな!」
痛いところをつかれた裕二は、誤魔化すように声を張り上げた。
「やめろよ。お前に敬語なんて使われたら、寒イボ立つわ」
そんな裕二を鼻で笑いながら、健介は言葉を返す。
そして、話は大五郎に戻った。
「殺された大五郎が死後五日経ってることはわかった。じゃあ、一体いつ僕の車のトランクに入れられたんだろうな?」
「普通に考えりゃ、昨日飲んでから朝目が覚めるまでのどこかになるんだろうけど。お前、最後にトランク開けたのいつだ?」
「……それは、どうだったかな?」
「下手すりゃ五日前から大五郎がいたことになるんだぞ」
「やめろよ」
考えただけでゾッとする。
車のトランクなんて、本当に使わないのだ。
最後にトランクを開けたのはーー
「いや、そうだ思い出した! 僕昨日飲んだ後、車のトランクを開けてた!」
朧げなから覚えている。泥酔して健介と二人で店の駐車場まで歩いて行き、その時に確かにトランクを開けていた。
「そうだ僕、トランクを開けてこの中で寝るって……ああ、まじか。まじで僕そんなことやってたのか」
健介が言っていた自身の醜態が現実のものだと知って落ち込んだ。
「その時、トランクの中に大五郎はいなかったはずだ」
そこから先のことは全く覚えていないが。おそらくこの記憶は確かだろう。
「……なら、大五郎がトランクの中に入れられたのは、昨日飲み終わってから今日の朝までの間で確定だな」
少し呆れた表情を浮かべながら、健介はそう結論づけた。
「じゃあ、僕たちの持ち物が盗まれてた件はどうなる?」
朝目が覚めた時、二人のスマホ、財布、部屋の鍵、果てはETCカードまで無くなっていた。
「これが大五郎の件と無関係ってことはありえないよな?」
「そうだな。大五郎を車に入れた人物、つまり犯人が俺たちが寝てる隙に盗んだ可能性は高いな」
「なんのためにそんなことを……」
大五郎の死体を自分に押し付けたついでに、金目のものを奪っていこう。なんて考えたのだろうか? だとしたら随分と大胆な犯人だ。死体を片付けた後は、その場をすぐに立ち去りたいと考えるの普通だと思うのだが。
「こんな推測はどうだ?」
健介が自身の推理を披露する。
「犯人は、大五郎を車で運んで欲しかったんじゃないか」
「運ぶって、まさか福井までか?」
「ああ。だからお前が他の手段で移動する事を防ぐために、財布やらスマホやらを盗んだんじゃないか。なんで福井に運んで欲しかったのか、運んだ後でどうするつもりなのかはわからねえけど」
「……なるほど」
筋は通っているように思えた。現に裕二達は大五郎を乗せた車で福井まで向かっている。
「ということは、犯人は僕が結婚式がある福井まで、絶対に行く必要がある事を知っていた、ってことか?」
今日福井で結婚式を挙げる新郎だからこそ、裕二の車に大五郎が乗せられたということか。
「それがあってるなら、犯人を絞り込めるぞ! 僕が今日福井で式を挙げる事を知っている人間はそう多くない。せいぜい、職場の同僚くらいだ!」
犯人につながる手がかりを掴んだ気がして、裕二は興奮気味に声を張り上げる。
「ああ。後、昨日飲み屋にいた客全員だな」
「…………へ?」
健介が何を言っているのかわからずフリーズする。
その様子を見て、健介は呆れたようなため息をついた。
「お前、本当飲むと記憶飛ぶんだな。お前昨日、店にいた客全員の前で『明日、結婚式を執り行います!』『福井の式場で、涼子ちゃんと結ばれます!』って宣言してたじゃねえか」
「本当に何やってるんだ僕は!」
自分の酒癖が悪いことは知っていたが、ここまで酷いだなんて。酒癖の悪さがどんどん自分の首を絞めている。
「とにかく、お前の結婚式を知っている人間から犯人を特定するってのは不可能だ」
「……そだね」
昨日飲み屋に何人いただろうか? もう一人の顔も覚えちゃいなかった。
「待て。犯人かもしれない怪しい奴がいる」
裕二は数十分前のことを思い出す。
「さっきショッピングモールの駐車場でーー」
その時だった。
後部で鈍い破裂音が響いた。
一体何事かと考える暇もなく、車体が大きく左右に揺れる。慌てて立て直すが、ハンドルがやけに重かった。
裕二は、破裂音の正体に思い至った。
「……やばい」
さっと血の気が引いていく。
車を路肩に寄せて止め、二人して外に出る。
右の後輪がパンクしていた。




