第六話
しばらく車を走らせ、目についた大型のショッピングモールを目指す。無料の駐車場に車を停めて、二人はショッピングモール内に入る。
ひどく喉が渇いていた。
しかし二人は無一文。自販機で飲み物ひとつ買えない状況。
そのため二人が目指したのは店内のフードコート。そこで無料の水を紙コップに注ぎ、席に座る。
水を一気に飲む。一杯だけでは足りず、ウォーターサーバまで何度か往復した。
3杯ほど飲んだところでようやく一息つく。
「……金のなかった学生時代を思い出すな」
いや、学生時代ですら、ジュース一本くらい買うお金は持っていたな。
少し落ち着いてから、改めて自分達の身に起きた出来事を健介と話す。
今まで目を逸らしてきた話題。あの死体は一体何者で、どうして自分の車の中にいたのか。その疑問を今のうちに解消しておきたかった。
「なあ健介。あの死体のことだけどーー」
「ちょっと待て」
「……なんだよ」
出足を挫かれる。
健介は声を落として、裕二に忠告する。
「お前、こんなところで死体とか口にするんじゃねえよ。誰が聞いているかわからないんだぞ」
「そ、そうだな」
確かに迂闊だった。フードコートにはそれなりに人がいる。誰かが話を聞いていてもおかしくない。
今にして思えば、死体を健介のアパートの駐車場で発見した時も危なかったかもしれない。周りに人はいなかったはずだが、大声で死体死体と口にしていた。
これからは気をつけなければ。
「じゃあ、えーっと。例のアレのことなんだがーー」
「ちょっと待て」
「なんなんだよ」
再び、健介に話の腰を折られた。
「お前なあ。ご遺体のことを、アレって。物じゃねえんだぞ、ちょっとは故人を尊重しろよ」
「いや、ならどうしろってんだよ。直接口にするのも、間接的に呼ぶのもダメって」
そう文句を言うと健介は口元を押さえて何やら考え込む。
そして、何か思いついたのか、ポンと手を叩いた。
「よし。じゃあ名前つけよう」
「正気か?」
長い付き合いになる親友のイカれ具合に、裕二は戦慄した。
「お前っ、拾ってきた犬猫じゃねえんだぞ!」
「名前つけて以後そう呼べば自然な会話になるだろ。死体だなんだのって口にするより全然マシだって」
「お前、本当……マジでさあ!」
どうやら健介は譲るつもりはないようだ。こうなるとこいつは頑固だ。下手に揉めて時間を潰したくない。
裕二は言いたいことを押し殺し、渋々従う。
「……まあいい。じゃあ佐藤とか田中とかにするか?」
「いや待て。佐藤は大学の同期にいただろ。田中も知り合いにいるし、さすがにそこが被るのはな」
「めんどくせえな。じゃあ何がいいんだよ」
そう聞くと、健介はなぜか自身満々で提案してくる。
「大五郎にしよう」
「はあ? 大五郎? 下の名前かよ。まあ別にいいけど、なんで大五郎?」
人の名前にしても、かなり珍しい名前のはずだ。
「ほら俺、子連れ狼好きだし」
「だったらつけるべきは親父の一刀だろ! なんでよりによって子供の名前をつけやがる!」
「ははは。車に乗せて連れ回すってところが似てるだろ?」
「何がおかしいんだてめえ!」
この状況下では全く笑えない。不謹慎なんてものじゃない。
「まあいいだろ。はい、大五郎で決定な」
強引に押し切られる。こちらからすれば見知らぬ死体につける名前にこだわりなんてないから、別にいいのだが。
横道にそれたが、裕二は本題に入る。
「それで。あー、大五郎のことだけど」
「うん。よし」
健介は満足そうに頷いた。そのドヤ顔が若干むかついたが、自然な会話のためだと思って我慢する。
「大五郎がなんで僕の車のトランクに入っていたかについてなんだが……」
「そうだな。見知らぬ大五郎が知らない間にトランクに入ってたってことは、大五郎をどっかから運んできて、トランクに詰め込んだやつがいるってことだもんな」
「…………」
「…………」
二人揃って顔を見合わせる。
「てめえこの野郎! これのどこが自然な会話だ!」
「話題を振ったのはお前じゃねえか!」
結局のところ、人がいる場所で大五郎の話をすること自体が無理な話だったのだ。
大五郎の話は車の中で行うことで合意し、二人はフードコートを後にした。
10分にも満たない時間では十分な休息が取れたとは言い難いが、これ以上のんびりもしていられなかった。
ショッピングモールの駐車場は広い。
今日は土曜日なので大変混み合っており、建物からずいぶん遠い場所に停めるしかなかった。
停めた愛車に近づいた時のことだった。
車の後部に、誰かがいることに気づいた。
ベースボールキャップと黒いマスクで顔のほとんどが隠れている人物だった。体格からして、おそらく男だろう。
その男が、車の後部でしゃがみ込み、何やら物色しているように見えた。
「誰だ?」
反射的に声をかける。すると男はこちらに気付いて立ち上がると、即座に背中を向ける。
「おい、ちょっと待て!」
しかし、男は振り返らず、そのまま足早に立ち去った。
「裕二。今の知り合いか?」
「いや」
顔が隠れていたが、あんな人物に覚えはない。
「車上荒らしか?」
こういった広い駐車場にはよく出没すると聞く。慌てて鍵を確認するが、しっかりと閉まっていた。無理やり開けられたような形跡もない。
そもそも、窓から見て裕二の車の中には何もないのだ。せいぜい、後ろのドアに健介の礼服がかかっているだけ。
車自体も別に高級車というわけではない。車上荒らしだというのなら、もっと実入りの良さそうな獲物は他にいくらでもある。
「……まさか」
嫌な予感がする。
他の車にはなく、裕二の車にはあるもの。
車上荒らしが狙っていたのは、金銭でも、車そのものでもなくーー
トランクの中の、大五郎ではないだろうか?




