第五話
「方針をもう一度確かめるぞ」
リサイクルショップから戻ってきた裕二と健介は、車の中で話し合う。
「僕たちは今から、この死体を乗せた車で福井の式場まで向かう。いいな?」
「ああ。わかってる」
「さっきも言った通り、僕たちはトランクを開けてないし、死体も見ていない。死体の存在なんて知らなかった。というスタンスで行く」
「なるほど。OKだ」
「福井まで高速道路を使って大体2時間半。今9時半だから、順当に行けば12時には着くな。式の開始時間には余裕で間に合う」
「楽勝だな」
「式場までは超安全運転で行く。スピード違反で警察に止められたり、事故に遭ったりしたら一巻の終わりだと思ったほうがいい」
「確かに」
「式が終わり次第、死体のことを警察に通報する。死体がトランクに入ってたことなんて今の今まで気づきませんでしたって、お前もしっかり証言しろよ?」
「わかってる、わかってる」
健介は能天気そうな口ぶりで返す。本当にわかっているのだろうかこいつは?
「ああ……でもなあ。まじで行くしかないのか」
一度やると決めたものの、自分たちがどれだけ恐ろしいことをしようとしているのかを考えると、やはり決意が鈍る。
「これってさ。どんな罪になるんだろうな?」
「まあ、死体遺棄とかじゃねえかな」
死体遺棄。ドラマぐらいでしか聞かない言葉だった。
「死体遺棄ってさ、捕まるとどれくらいの罪なんだ?」
「さあな。流石に俺も死体遺棄の経験はないからな」
「あってたまるか」
そんな経験ある奴と友達を続けてるわけがない。
覚悟を決めるしかない。自らを奮い立たせるために、頬を両手で打つ。
「よし。じゃあ行くぞ」
そう言って車のエンジンをつける。
すると、車内に女性のアナウンスが響く。
『ETCカードが挿入されていません』
慌ててETCカード挿入口を確認すると、そこにあるはずのカードが消えていた。
「嘘だろ!? こんなもんまで盗まれてるのか!」
予想外の事態に悲鳴をあげる。
「おいどうするんだよ! これじゃあ高速に乗れないじゃないか!」
二人は現在無一文。ETCカードまでない以上、高速道路を利用できない。
「落ち着けって。下道使うしかないだろ」
裕二は普段、帰省の際は高速道路を利用している。下道を走って福井まで帰った経験などなかった。
カーナビを起動し、高速道路を使わないルートを検索する。すると3つのルートが候補に上がった。
「どのルートがいいんだ?」
「あー、多分これだな。琵琶湖の西側を通るルート」
健介の指し示したルートは、琵琶湖の西側を北上し、山道を超えて福井県に入るルートだった。
言われた通りにそのルートを選択し、ナビの案内を開始する。
「マジか。5時間もかかるぞこの道」
到着予測時間を見て頬が引き攣る。
「15時までに着けばいいんだろ。まあ、間に合うだろ」
「そうだけどさ、5時間か……」
2時間半の運転なら途中の休憩なしでも全く問題ないが、5時間もかかる道のりを走るのは経験がない。
だが幸いにも、今日は自分一人ではない。
「健介、途中で運転代われくれよ。疲れて事故でも起こしたら目も当てられない」
「ああ、いいよ。俺、免停中だけど」
「いいわけねえだろ!!」
助手席に座る健介を怒鳴りつける。
そして気がついた。今いる健介のアパートの駐車場。そのどこにも健介のものらしき車がないことに。
「そういやお前の車は? お前が相棒だって自慢してた、やたらと古いアメ車はどこ行った?」
「ああ。あいつか。ちょっと前に電柱と正面衝突して廃車になった」
「お前の相棒そんなのばっかだな!」
親友が怪我もなく無事であることを喜べばいいのだろうか?
「いや、待て。確か自損事故って点数引かれなかったよな? なんで免停になるんだよ?」
「まあそれは……チリも積もれば。ってやつだな」
「クズがっ! 誰がお前なんかに運転任せるか!」
結局のところ。自分一人で5時間運転するしかなさそうだった。
「もういい。とにかく出発するぞ」
「おう。頼んだ」
ようやく車を走らせる。
健介のアパートのある住宅街を抜け、比較的大きな道を走る。
その間、裕二の運転はかなり慎重だった。
法定速度を少しもオーバーすることなく。一時停止のラインをわずかばかりも超えることなく。信号が黄色に変わった瞬間進むことなく。
「……運転するのに、こんな緊張するのは免許取った時以来だよ」
「力抜けって。そんな緊張してると、かえって事故るぞ」
「お前が言うと、説得力があるのやら、ないのやら」
しかし健介の言う通り、結婚式場までの道のりはスタートしたばかり。これだけ力が入っていると、5時間持たないだろう。
裕二は肩の力を抜き、多少気楽な心構えでハンドルを握り直した。
そうさ、今まで事故を起こしたことも、警察に捕まったこともない。
免許証には綺麗なゴールドのラインが入っている。
普段通りの運転でいい。そうすれば、なんの問題も起きるはずがないんだから。
そう考えながら車を走らせ、赤信号で停止したその時だった。
隣の車線に、パトカーが停まった。
「……っ」
口の中が一気に乾いていく。人生で初めて、冷や汗をかく感覚を覚えた。
「お、落ち着けよ裕二。別に俺たちに目をつけてるわけじゃない」
そうは言いつつ、健介の声も引き攣っていた。
「わかってる。いつも通り、いつも通りだ」
やがて信号が青になる。裕二は慎重にアクセルを踏む。
そして、それからしばらくの間パトカーと並走する。当然だ、こちらは法定速度を超えないように走る。当然あちらも法定速度を守る。
ピタリと足並みを揃える形で走り続ける。その間、祐二の心臓は破裂寸前だった。
「おいやべーって。制服着たおまわりさん二人も乗ってるよ」
健介は助手席から運転席の窓越しにパトカーを観察していた。
「馬鹿。チラチラ見んなよ。目つけられたらどうするんだ」
これで職務質問でもされたらどうする。
「あれ? でもこういう時、顔を隠す方がまずいんじゃなかったか?」
「え、そうなの?」
「ああ。やましいことがある奴は、顔を覚えられないように目を逸らすって、どこかで見たぞ」
「本当か?」
どこで仕入れた知識なんだろうか。
「なら、こっちから顔見せて、やましいことはありませんよってアピールした方がいいのか?」
「そうだな。とりあえず笑顔で手を振っておくか」
「あからさまに怪しいだろそんな奴!」
早くどこかに行って欲しい。そんな願いとは裏腹にパトカーはずっと隣を走ってくる。
こちらが速度を落としてパトカーを先に行かせようかとも思ったが、変に行動してはかえって目立つのではないかと不安になり実行できなかった。
「どうする? 一旦別の道入った方がいいんじゃねえか?」
健介がそう提案してくるが、裕二は首を横に振る。
「いや。こんなので一々遠回りしてたら、いつまで経っても式場につかない。このままやり過ごすぞ」
手に掻いた汗をズボンで拭い、ハンドルを握り直す。
「大丈夫だって! こっちは普通に運転してるだけなんだから。もし仮に職務質問されようが、トランクの中まで見られたりしないだろうし! ちょっと話聞かれてそれで終わりだろ!」
自分に言い聞かせる。
「いやでも、お前今免許不携帯じゃん。職務質問されて、免許見せてくださいって言われたらアウトじゃねえか?」
「…………」
健介の言葉に、緊張感が倍になった。
裕二の記憶が確かなら、免許不携帯は罰金だけで済んだはずだ。持っていない理由も、家に忘れましたで誤魔化せるだろう。
しかし、本人確認のために他の身分証明書の提示を求められるのではないだろうか?
裕二も健介も身分を証明できるものは全て財布ごと紛失している。身分の証明なんてできるわけがない。
さらに連絡先を聞かれたらどうなる。記憶している電話番号だけで許してもらえるだろうか。
身分を証明するものも、財布も、スマホもない。そんな人間、警察が怪しまないわけがないだろう。
もし、トランクの中を見せてくれと言われたら……
最悪の想像ばかりが頭をよぎる中、パトカーが交差点を右折して離れていった。
安堵のため息をつく。
背中が汗で濡れている。10分にも満たないわずかな時間だったが、信じられないほど消耗していた。
これがあと5時間。今回は何事もなく逃れられたが、この危険はずっとついてまわるだろう。
「……ごめん。ちょっとどこかで休ませてもらっていいか?」
「ああ」
裕二の提案に、健介も疲れ切った表情で頷いた。




