第三話
リサイクルショップは記憶の通り健介のアパートのすぐ近く、歩いて5分もしない場所にあった。
現在午前9時。幸い、店は開いていた。
時計やカバンのイラストが描かれた大きな看板。そこに書かれた高価買取の文字を確かめて店内に入る。
「いらっしゃいませ」
バイトだろうか? 窓口にいた大学生ぐらいの年齢の女性店員に迎えられる。
「腕時計を売りたいんですけど」
「はい。どちらでしょうか?」
「ほら、健介」
「……まじで売るの?」
そう言って健介は渋々といった様子で腕時計を外し、カウンターに置く。
「こちらの腕時計ですね。少々お待ちください」
女性店員は番号札を裕二に渡し、バックヤードへ時計を持って行った。どうやら裏で査定するらしい。
その背中を恨めしそうに眺めながら、健介が愚痴る。
「あの時計。思い入れあったのに」
「……そう言うなって」
「昔っからさ、腕時計を買うなら生涯1本にしようって決めてたんだ。何本も買うんじゃなくて、1本を大切に、何十年もずっと着けていくつもりだった。だから、その1本は良い物を慎重に選ぶって心に決めてた」
「……うん」
急に語り出した健介の話を、裕二は止めることなく大人しく聞く。親友の腕時計を金に変えるのだ。どうしたって後ろめたい。
「海外旅行した時、これだ。って思ったのがあの腕時計なんだよ。一目惚れだった、運命だと思ったね。正直ブランド物なんてそれまで興味なかったけど、やっぱ良い物は見た目からして違うんだな。かなりの出費だったけど迷わず買ったよ。それ以来ずっと、俺の相棒だった」
「…………」
「今日、相棒が電車代になるんだな」
「…………」
健介の恨めしそうな視線がこちらに移る。裕二は黙って目を逸らした。
それからしばらく二人は無言。重苦しい沈黙が続いた。
裕二が沈黙に耐えきれなくなった頃、査定が終わったのか、バックヤードから店員が戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「いくらになりましたか?」
健介の責めるような目から逃れるために、裕二は食い気味で店員に質問する。
「申し訳ございません。こちらの腕時計、当店では買い取ることができません」
「え?」
予想外の回答に固まる。店員は申し訳なさそうな、どこか憐れむような、そんな表情を浮かべていた。
裕二は慌てて店員に詰め寄る。
「な、なんでですか! 買い取れないって、どうして?」
「実は、こちらの腕時計コピー品でして、当店では取り扱いができないんです」
「コピー品!?」
今度は健介が素っ頓狂な悲鳴をあげて店員に詰め寄った。
「ちょっと待て! コピー品ってどういうことだ!」
「で、ですから、偽物なんです。ブランドの商品に似せて作った、真っ赤な偽物。しかもこの時計はコピーとしての質も低く、見る人が見ればすぐにわかる粗悪品だそうで」
健介の勢いに怯えながらも、店員は腕時計が偽物であることをはっきりと告げてきた。
店員の言葉に、健介はすっかり気落ちする。
「……偽物。俺の相棒が、偽物」
「お前その時計どこで買ったんだよ。ちゃんと正規店で買ったのか?」
がっくりと項垂れる健介を見て、裕二は恐る恐る問いかける。
「どこって……中国の露店だけど」
「そんなもん偽物に決まってるだろ!」
思わず健介を怒鳴りつけた。
「どうすんだよ! マジでその腕時計が頼みの綱だったんだぞ!」
何が一目惚れだ。何が運命だ。お前の目が節穴だったせいで大ピンチじゃねえか。裕二は心の中で悪態をつき続ける。
このままでは式場まで行けない。
どうすればいいかと頭を抱えると、健介がゆっくりと言い放つ。
「裕二。お前の腕時計を売れよ」
「へ?」
一瞬何を言われたのか分からず固まる。
「い、嫌だよ! この時計は涼子ちゃんからのプレゼントだぞ!」
思い出す。お互い就職してから初めて迎えた誕生日。比較的誕生日が近い裕二と涼子は、遠距離恋愛でなかなか会う時間がとれないことも考えて、二人の誕生日を同じ日に祝うことになった。
その時に涼子から贈られたのが、この腕時計だった。
「売れるわけないだろ! 涼子ちゃんが僕に似合うって選んでくれた時計だぞ!」
「お前、人の相棒売れって言っておいて」
「その相棒偽物だったじゃねえか!」
「じゃあどうする? 他に売れるもんなんかねえぞ。どうやって式場まで行くつもりだ?」
「うう……」
健介の言う通り、現状持っているもので売れそうな物は自分の腕時計しかない。
悩みに悩み抜いた末、裕二は腕時計を外した。
「……これ。査定お願いします」
「か、かしこまりました」
裕二と健介のやりとりを引き気味に見ていた店員は、足早にバックヤードに移動した。
「ああ。どうしよう。涼子ちゃんになんて言えば……」
「…………」
一人嘆く裕二。そんな自分を親友が若干冷たい目で見ていることに、気づけなかった。
それからしばらく。バックヤードから戻ってきた店員が査定の結果を告げる。
「こちらの時計ですが、2万円での買取になります」
「……2万円かあ」
二人で電車に乗るには十分な金額だ。
しかし、中古とはいえ恋人から贈られた腕時計が2万円にしかならないと考えるとかなり複雑な心境だった。
「わかりました。じゃあ、その金額で買取お願いします」
「かしこまりました」
店員はそう言うと、机から書類とペンを取り出す。
「では、この書類にサインを」
「はい」
「それと、身分証明書をお願いします」
「身分証明書?」
書類に書き込もうとしていた手が止まる。
「はい。買取の際には顔写真付きの身分証明書の提示が義務付けられています。ですので、運転免許証などが必要になるのですが」
「…………」
普段、運転免許証は財布の中に入れている。
そしてその財布は、何者かに盗まれて現在行方しれずだ。
一縷の望みをかけて健介を見るが、悲しそうな顔で首を横に振られる。
完全に固まった裕二に店員が恐る恐る声をかける。
「あの……お客様?」
「すみません。腕時計の買取。やっぱなしで」
裕二はそう言ってカウンターに置かれた腕時計をはめ直す。
そして不思議そうな顔をした店員に背を向けて、店を出た。
「あー。裕二、どうする?」
追いかけてきた健介が、無言で前を歩く裕二に問いかける。
裕二は、据わった目で答えた。
「……行く」
「え?」
「あの死体乗せた車で、結婚式場まで行く!」




