第二十七話
裕二の言葉を受けても健介の表情は変わらない。健介の顔を横目で確認した裕二には、必死に感情を押し殺しているように見えた。
しばらくの沈黙の後、健介は堅い口調で問いかけてくる。
「……それで。次は俺が大五郎殺しの犯人だとでも言うつもりか?」
「いや。大五郎殺しの犯人はさっき僕が推理した通り柳生の者だよ。そうじゃなきゃ、あいつが追いかけてきた理由の説明がつかない」
それに、いくらこいつが馬鹿でクズだからといって、人を殺すような奴ではない。裕二はそう確信している。
「ああ、そうだ。実は柳生の者について追加の情報がある」
「追加の情報?」
「ああ。さっき涼子ちゃんから聞いたんだが、涼子ちゃんのお父さんが最近脅迫を受けてたらしい。脅迫してきた人物は50代から60代の小柄な男。ニューヨークヤンキースのベースボールキャップを被った、自称前科持ちだとさ」
柳生の者の特徴とピッタリ当てはまる。
涼子の父がこの男には注意しろと裕二に警告してきた。
「は? い、いや待て。なんだそれ?」
健介が狼狽えている。
「脅迫されてたってどういうことだ?」
「言葉通りの意味だよ。涼子ちゃんのお父さんは弱みを握られていて、それをばらされたくなきゃ金を払って柳生の者に脅されてたんだよ」
「だ、だけど。その特徴だけで柳生の者だと断言できないだろ?」
「いや。断言できる」
特徴が偶然似通っただけではないのだ。
「涼子ちゃんのお父さんの弱みがなんなのか、それもさっき話してくれたよ」
先ほど告げられた。涼子の家族の秘密。
「涼子ちゃんとお父さん。血の繋がりのない、義理の親子なんだって」
健介の表情が驚愕に染まる。
「涼子ちゃんの実の父親は、20年ほど前に亡くなったらしい」
絶句する健介。
おそらく無意識だったのだろう。ポツリと一言漏らした。
「……話したのか」
「ああそうだ。涼子ちゃんのお父さんは今日の結婚式を機に、涼子ちゃんに全部話した」
そしてその秘密を、裕二にも打ち明けてくれたのだ。
「そして涼子ちゃんの実の父親……その名前が、大五郎さんだってさ」
ここで裕二は一拍置いて深呼吸する。
「なあ。これは一体どういう偶然なんだ? 涼子ちゃんの実の父親の名前と、お前が子連れ狼が好きだって理由で死体につけた名前が一緒なんて。僕がそれを聞いてどれだけ驚いたか想像がつくか?」
涼子たち家族の話を聞かされた時、裕二は口をあんぐりを開けて絶句してしまった。
涼子の実の父親である大五郎さん。
今日一日車で連れ回した死体の大五郎。
涼子の父を脅した謎の人物。
その人物と特徴が一致する柳生の者。
「こんな偶然あるわけがない。そう思って、僕は大五郎さんの写真を見せてもらったんだ」
幸いにも、涼子がその写真を持っていた。
「かなり若い頃の姿だったけど、間違いなく僕たちが車に乗せていた大五郎と同一人物だったよ」
それを知って真実を得た。健介が犯人であるという推理は、健介が大五郎の名前を知っていたという事実から逆算して得られたものだ。
「涼子ちゃんの父親の大五郎さんと、死体の大五郎は同一人物。そして、涼子ちゃんのお父さんを脅していた人物と柳生の者も同一人物だ」
確信をもって言える。
「どういう経緯があったのか知らないが、20年前に死んだと思われていた大五郎は実は生きていて。5日前、柳生の者に殺された。そして今日、お前が僕の車に大五郎を積み込んだ」
それがこの事件の一連の流れになる。
「健介。お前さっき『話したのか』って言ってたな」
ポツリと漏らしたその言葉を裕二は聞き逃さなかった。
「その言い方まるで、涼子ちゃんのお父さんの秘密を知っていたみたいじゃないか。お前と涼子ちゃん、会った事がないはずなのに、なんで知ってる?」
涼子の父はその秘密が涼子に知られないよう、徹底的に隠していた。
ならば、その秘密を知る事ができるルートは限られてくる。
「生きていた頃の大五郎に直接聞いたんじゃないか?」
そう考えれば説明がつく。健介が大五郎の名前を知っていたことも含めて、一つの可能性に思い至る。
「お前、大五郎と知り合いだったんだろ」
健介はやはり答えない。しかし、その沈黙を肯定だと思って続ける。
「名前をつけようなんて言い出したのも、普段から大五郎って呼んでいたから、うっかり僕の前で大五郎の名前を口にしても良いようにするためだったんだな?」
いくらこいつでも、死体に名前をつけようなんてイカれた提案をなんの考えもなしにしないだろう。
「お前と大五郎が知り合いだったと仮定すると、一つ推測できる事がある。殺された大五郎が、僕の車に入れられるまでどこにいたかだ」
あくまで健介の言うことを信じるのであれば、大五郎は殺されてから5日経っている。その間、一体どこにいたのだろうか?
「今朝車の中で目を覚ました時、僕が真っ先に疑問に思ったのは『なんで後部座席で寝ているのか?』だった」
背中に残るシートの硬い感触。自分の車の後部座席で寝たことなんて、今まで一度もなかった。
「それともう一つ『なんで僕の車は健介のアパートに停められるんだ?』とも思ったな」
本来であれば、昨日飲み終わったら運転代行を使って裕二のアパートに帰り、健介を泊める予定だった。
にもかかわらず、今日は健介のアパートの駐車場で車中泊だった。
「酔っ払った僕が代行に間違えてお前のアパートを教えたのかと思ったが、よく考えればおかしい」
今朝、起きた時のことを思い出す。
「助手席にはお前がいた。代行に行き先の指示を出すとしたら、助手席に座るお前だ」
おそらく、その時の自分は後部座席で寝息を立てていたのだろう。自分が行き先を指示できる程度に意識があるのなら、後部座席ではなく助手席に座っていたはずだ。
「お前が自分のアパートに行くよう、代行に頼んだんだ。酔っ払って間違えたんじゃない。だってお前は、その後僕の車に大五郎を詰め込む作業ができたんだから」
大の男1人の死体を車のトランクに乗せようとすれば、それはかなりの重労働だ。とてもじゃないが、前後不覚になるほど酔った状態でできる作業じゃない。
つまり、健介は昨日それほど飲んでいなかったのだ。飲みすぎて記憶がないと言っていたが、それは嘘。ならば代行に行き先を間違えて告げるはずがない。
「お前は自分の意思でお前のアパートに車を運ばせた。なぜか? 車に詰め込まなきゃいけない大五郎の死体が、お前のアパートにあったからだ」
あえてもう一度言うが、大の男1人を運ぶとなるとかなりの重労働だ。しかも、健介のアパートは住宅街のど真ん中にある。いくら真夜中の犯行とはいえ、運搬にはリスクが伴う。
そのリスクを軽減させるには、運搬の時間を最小限にするしかない。となれば、健介のアパートから運ばれたと考えるのが自然だ。
「大五郎の死体はお前のアパートにあった。そうなると、なんでお前のアパートにあったのか疑問だ。お前が大五郎の死体をアパートに持ち帰った? いや、免停中で車のないお前が、そんなことできるとは思えない」
そうなると、考えられる可能性は一つだけ。
「大五郎は、お前のアパートで殺されたんだ」
「…………」
横目でちらりと見るが、健介からの反応はない。
「ここからはあまり根拠のない僕の想像だ。間違ってたら言ってくれ」
そう前置きして、裕二は話を続ける。
「健介お前、大五郎と一緒に住んでたんじゃないか?」
その言葉に、健介の肩がぴくりと動く。
「大五郎が殺されて5日経ってるのに騒ぎになっていないってことは、当然誰かの部屋の中で殺されたってことだ」
大五郎は首を絞められて殺されている。かなりの抵抗もあっただろう。そんな殺害方法が、共用スペースで行われていたとは考え難い。
「じゃあ大五郎があのアパートの部屋を借りていて、そこで殺されたのかと言われると、違うだろう。だって大五郎は世間的には死んだ人間で、戸籍がない。お前のアパート、戸籍がない人間が借りれるほど安くはないだろう」
健介のアパートは3階建てで、セキュリティのしっかりとしたそれなりに良いアパートだ。
「お前と大五郎は知り合いだった。そうなると、お前の部屋に居候してたって考えるのが一番自然だ。大五郎は、お前の部屋で殺されたんじゃないか? 違うか?」
健介は無言。否定しなかった。
「柳生の者の話に戻るが。涼子ちゃんのお父さん曰く、柳生の者と大五郎さんは古い知り合いらしい」
「え? ちょっと待て、柳生の者と大五郎が知り合い?」
健介は驚いた表情を見せ、裕二の顔を見る。
「ああ。しかも、柳生の者は『他に金ヅルはいる』って言ってたそうだ」
「……まさか、大五郎のことか?」
「ああ、そうだと思う。柳生の者は大五郎が生きていたことを知っていた。だから大五郎に接触した……金でも強請ろうとしたんじゃないかな? 古い知り合いだと言うこともあって、大五郎は柳生の者を部屋にあげたんだと思う」
そしてその後、どういう経緯があったのかは推測することしかできないが、話が拗れて柳生の者が大五郎を絞殺。その後、健介が部屋で死体を発見したのだろう。
「その後の柳生の者の行動は僕がさっき推理した通りだろう。だけど、いくつか補足がある」
柳生の者がなぜ追いかけてきたのか。その理由を裕二は補完する。
「柳生の者は大五郎を絞殺した後、そのまま逃亡。それからしばらくして大五郎に引っ掻かれた頬の傷に気づき、このままでは登録されたDNAから、自身が犯人だとバレてしまう可能性に思い至った」
ここまでは、数時間前に健介に話した通り。
「柳生の者は大五郎の爪にある自身の皮膚片を回収するために現場に戻った。でも回収できなかった。その時すでに、部屋にお前がいたからだ」
数時間前の推理では、死体が何者かに回収されていたから、皮膚片を回収できなかったと言ったが、これは間違っていた。
正解は『死体がある部屋に、再度立ち入ることができなかった』だったのだ。
「お前のアパートは無駄にセキュリティがしっかりしてる。忍び込むことなんて不可能だ。もう逮捕されるのを待つしかない」
おそらく柳生の者は数日の間、恐怖の日々を過ごしたのだろう。いつ警察が自分の元にやってくるか? いつ逮捕されるのか?
「でもそうはならなかった。いつまで待っても警察はやってこないし、テレビで殺人事件のニュースは流れない」
柳生の者は疑問に思っただろう。なぜ人が死んでいるのに、騒ぎにならないのか?
自分が殺した大五郎と一緒に住んでいたであろうあの男は、なぜ警察に連絡していないのか?
「柳生の者は、お前をしばらくの間つけ回してたんじゃないか?」
「お、俺をか?」
柳生の者にして見れば、健介は自身の命運を握る男だ。その動向を見張ろうとするのも当然だろう。
「ああ。それこそ四六時中。そして今朝、お前が僕の車に大五郎を詰め込むのを目撃した」
それを見て、柳生の者はどう考えたのか?
「柳生の者は、多分僕たちが死体を捨てようとしていると考えたはずだ」
警察に通報もせず、真夜中にコソコソと死体を車に詰め込む姿を見れば、そんな考えにもなるだろう。
「そして柳生の者は僕たちを追ってきた。僕たちが大五郎を捨てた後、死体の爪にある皮膚片を回収するために」
「なるほど、だからGPSロガーまでつけて……」
健介が納得したように頷く。
「ん? 柳生の者は俺たちが捨てた大五郎から皮膚片を回収するつもりだったんだろ? ならなんで、道の駅のトイレでお前にナイフを突きつけたりしたんだ?」
健介の言う通り、柳生の者は裕二たちが死体を捨てるのを待っていたはずだ。死体を捨てたタイミングを見計らって皮膚片を回収するだけなら、自身の存在を露見させてまで車の鍵を奪おうとする必要はない。
しかし、裕二はこの疑問に対する答えを持っていた。
「簡単な話だよ。柳生の者は僕たちの行き先を知って、慌てて大五郎を奪おうとしたんだ」
「行き先?」
「ああそうだ。柳生の者は、僕たちが小井手町に行くと思ったんだ」
「あっ! だからか!」
小井手町では数年前、崖下から死体が見つかっている。その事件は全国ニュースとなった。柳生の者もその事件のことは知っているはずだ。
「僕たちが立ち寄ったあの道の駅から、小井手町に続く山道はすぐだ。柳生の者は、僕たちが死体を捨てる先が小井手町の崖だと思ったんだよ」
だからこそ、リスクを取って死体を奪おうとした。崖下に死体を捨てられては、爪の皮膚片の回収が不可能になってしまう。
「以上が、柳生の者に関しての推理だ。納得してくれたか」
「……ああ」
「じゃあ次は、なんでお前が大五郎を僕の車に乗せたか、だな」
「…………」
話題が自分に移ると、健介はまたしても黙り込んだ。




