第二十六話
「僕の車に大五郎を乗せた犯人は誰なのか? 今日の事件のスタートはこの謎からだ」
車を走らせながら、裕二は喋り続ける。
健介に向けてというより、自分自身の考えを整理するために言葉を紡ぐ。
「時間帯についてはある程度見当がついている。昨日、僕は酔っ払った状態で車のトランクを開けた。その時にはまだ大五郎はいなかった」
酔うたびに車のトランクに入り込もうとする自身の悪癖。まさかこの悪癖が事件解決のためのヒントになるとは思わなかった。
「酔っ払った僕が車に戻っていたということは、その時点で帰ろうとしていたはずだ。つまり、大五郎が僕の車に乗せられたのは、飲み屋から帰って、朝お前のアパートの駐車場で目が覚めるまでの間ということになる」
「…………」
健介から反応はなかった。無言のまま俯いている。
そんな健介に構わず、裕二は話を続ける。
「朝まで僕はぐっすりで、一度も目を覚ました記憶はない。誰が車の後ろで大五郎を詰め込む作業をしていようが、目覚めなかっただろうな」
我ながら自分の寝つきの良さに呆れてしまう。車の後部座席なんてお世辞にも寝やすい環境ではないだろうに。
「誰であっても大五郎を車に乗せることができる。容疑者は無数にいて、犯人の特定は不可能……そう思ってたんだけど、実は違ったんだ。車のトランクを開けて、そんなことができる人物は限られていた」
その考えに思い至ったのは、つい先ほどだ。
「さっき、母さんが駅でトランクを開けようとした時のこと覚えてるよな?」
ほんの1時間前に起きた、本日トップクラスのピンチ。
「あの時はもう終わったと思ったけど、鍵が車内にあったからトランクは開かなくて助かった」
セキュリティのため、裕二の車は鍵が外にないとトランクが開かない仕組みになっている。今までそんな機能があることをすっかり忘れていた。
「そう。開かないんだよトランクは。鍵が車の外にないと」
その機能を覚えていれば、もっと早く真実に辿り着けただろう。
「今朝起きた時、車の鍵は車内にあった」
なくなった財布やスマホを探していた時のことを思い出す。
『真ん中のボックスは!』
『あ、車の鍵はあったぞ』
「しかも、ドアの鍵は閉まってた」
『ここでようやく後部座席の扉がロックされていることに気づいた』
『助手席の扉を開けようとするが、案の定ロックされていた』
『開けようとした運転席のドアは、またしてもロックがかかっている』
「わかるか健介? 車のトランクを開けるには鍵を外に出す必要がある。でもその鍵はロックされた車内にあったんだ。当然のことだけど、僕の車は車内に鍵がある状態で外からロックをかけることができない」
裕二の車の鍵はスマートキー。さらに言えば、ドアノブに手をかざすだけで車のロックをかけられる仕様になっている。
しかし鍵の閉じ込め防止機能がついているため、車内に鍵を検知すると外からロックをかけることができずアラートが鳴る。鍵が車内にある状態でロックをかけるには、車内からドアをロックするしかない。
「つまり犯人は、トランクの中に大五郎を入れて、僕たちのスマホやら財布やらの荷物を盗んだ後、車の鍵を車内に入れた後にドアをロックできた人物」
そんなことができるのは車内にいた人間のみ。
「犯人はお前だ。健介」
「…………」
真実を突きつけた後も健介はしばらく無言。長い沈黙の後、ようやく口を開いた。
「別に犯人がドアをロックしたとは限らないだろ。例えば酔っ払って覚えてないだけで犯人が鍵を車内に入れたあと、俺かお前がドアをロックした可能性はある」
健介が口にした言葉は不思議なほど冷静だった。自己弁護の言い訳ではなく、ただ淡々と矛盾点を口にしているように思える。
「覚えてないだけで僕がドアをロックした?」
裕二は鼻で笑う。
「そんな理性的な行動、酔った僕にできるわけないだろう」
自信を持って言える。
「となると、お前がドアをロックしたことになるが、どうやってお前は後部座席のドアをロックしたんだ? 後部座席では僕が寝ていたし、ドアまで手が届かないだろう」
「……運転席にドアロックスイッチがあるだろ。あれなら車のドア全部ロックできる」
「確かにそうだな。でもそのスイッチは運転席のドアについてるんだ」
裕二は右手でドアにあるスイッチを押す。すると音を立てて車のドアが全てロックされた。
「お前は朝起きた時、助手席にいたんだ。運転席のドアまでかなり手を伸ばさないとスイッチを押せない。そんなこと、酔った人間がするか?」
酔った人間がそんな真似をするとは思えない。ならば明確な意思を持ってドアをロックしたと考えるべきだ。
健介が犯人ならば、死体を載せた車のセキュリティをどうにかしたいと思うのは、当然の心理だろう。
「…………」
健介はまたしても無言。新たな言い訳を考えているのか、すでに諦めてしまったのか。その乾いた表情からはうかがえなかった。
「まあいい。お前の言う通り、犯人とは無関係に車内にいた僕たちがロックをかけた可能性は否定できない」
覚えていない以上、やっていないことを証明しろなんて不可能だ。
「でもな、お前が犯人だと思う根拠は他にもあるんだよ」
そうでなければ、親友を疑ったりしない。
「根拠の一つは、トランクの匂いだ」
「匂い?」
「ああ。さっき駅で母さんが買った饅頭とお前の礼服をトランクの中に入れた時、死体の匂いが染みつかないか気になって匂いを嗅いでみたんだ。でもトランクの中はそれほど匂わなかった」
『……不思議と、それほど嫌な臭いはしていなかった』
「これっておかしいよな? お前の言葉を信じるなら大五郎の死体は死後5日は経ってるはずなのに、長時間トランクの中に入れてて腐敗臭がほとんどしないなんて」
今は4月の後半。春ではあるが、日差しの強さと気温が少しずつ上がってくる時期だ。
「それに……あんまりこんな話したくないが……首を絞められて殺されたなら、排泄物とかも出るだろう。なのにそんな匂いもしない」
裕二はトランクの中の匂いを嗅いだどころか、大五郎の死体を持ち上げる形で至近距離で触れている。にもかかわらず、匂いを不快に思ったことはなかった。
「寝袋越しでも、ここまで無臭なのは変だ。まるで死体を丁寧に清めて、適切な状態で保管してたみたいじゃないか。例えば、過去に葬儀屋で働いてた経験がある奴がさ」
『俺、昔葬儀屋でバイトしてたんだよ』
「……葬儀屋で働いたことある人間が、俺だけだとでも?」
「そうだな。それに、今時そんな知識いくらでもネットに転がってるだろうよ」
裕二は健介の言葉をあえて否定しなかった。
「でも、次の根拠は決定的だ」
裕二ははっきりと告げる。
「その根拠は……トランクの匂いだ」
「はあ?」
健介が裕二に視線を向ける。
「なんでまた大五郎の匂いの話なんだよ。腐敗臭なんて多少調べればなんとでもーー」
「ああ、違う違う。大五郎の匂いの話じゃない」
健介の言葉を遮り、左手を軽く振って否定した。
「僕が気になったのは大五郎の匂いじゃなくて、トランクの中でガソリンの匂いがしなかったことだ」
「っ!」
裕二の言葉に、健介が明確に表情を変えた。
『洗車用のホースが相変わらず邪魔でつっかえる』
「車のガソリンが無くなった時、お前は車に積んであった洗車用のホースを使って他の車からガソリンを盗んだって言ったよな? タンクに突っ込んでガソリンを吸い出したホースがトランクの中に入ったままなのに、なんでガソリンの匂いがしないんだよ」
おそらく、今回の犯行の中で健介が犯した最も大きなミスだ。ホースなんてそこいらに捨てておくべきだった。
「つまり、お前はあのホースを使ってガソリンを盗んだりなんかしていない。でも僕の車には確かにガソリンが補給されていた。どうやって? 決まってる。お金を使ってガソリンスタンドで正々堂々給油したんだ」
ようするに、健介がガソリンを盗んだなんて話はただの嘘。駅で裕二が待っている間、健介は近くのガソリンスタンドまで車を走らせて、そこで給油しただけの話だったのだ。
「さっき、どうして僕がお前の居場所がわかったのか聞いてきたな」
裕二はようやく、先ほどの健介の疑問に答える。
「以前、酔ってスマホを無くして以来、涼子ちゃんのスマホに僕のスマホを登録して位置情報を調べられるようにしてるんだ」
裕二はポケットから、涼子に借りたスマホを取り出す。
「これで僕のスマホの位置情報を辿ると、さっきお前が首を絞められてた場所にスマホがあることがわかった」
涼子のスマホを操作し、アプリを開く。
地図上では、裕二のスマホの位置を知らせる点と、涼子のスマホの位置を知らせる点が二つ並んで動いている。
「返せよ。僕のスマホと財布」
裕二は前を向いて運転したまま、健介に向かって左手を差し出す。
すると、健介は諦めたようなため息と共に助手席の下に手を入れる。そこは、今朝スマホと財布を探した時、健介を信じて裕二が唯一車内で調べなかった場所だ。
裕二の手に、無くしていたスマホと財布が置かれる。
その感触と重さに、裕二はため息をついた。
「お前だよ。大五郎を車に乗せた犯人はお前だ、健介」




