第二十五話
結婚式場から車で20分ほどの場所に、日本海を見下ろせる崖沿いの広場がある。
広場と言っても、道の端っこに車が数台停められる程度の敷地があるだけの場所。断崖絶壁を隔てる柵は、腰ほどの高さしかなく心許ない。
数年前にすぐ近くに大きくて利便性の高い道が通ってから、この道を通る車はうんと少なくなったが、景色の良さからたまに物好きなドライバーがここに立ち寄っている。
そんな広場に裕二はタクシーで駆けつけた。真っ白な新郎の衣装を着込んだまま、慌ててタクシーから降りる。
広場には車が2台。裕二の愛車と、見覚えのある緑のジープ。
そのすぐ近くに落ちているナイフ。
そして、柳生の者に馬乗りの状態で首を絞められている健介がいた。
「っ!」
慌てて駆け寄る。
傍目で見ても健介の抵抗は弱々しく、呼吸が止まる一歩手前のようだった。
「健介っ!」
裕二の悲鳴に近い叫び声に、柳生の者は振り返った。
柳生の者が反応するよりも早く、裕二は柳生の者に体当たりを繰り出した。体格差に加え、不意打ちであったことから男は吹き飛んだ。
健介の呼吸が戻り、大きくむせ返った。
「失せろっ!!」
地面に倒れ伏す柳生の者に向かって、裕二は精一杯の怒声を上げた。
「もう警察は呼んだ! 捕まりたくなかったらとっとと逃げるんだな!」
柳生の者は目深に被ったニューヨークヤンキースの帽子越しに裕二を睨みつけるが、裕二も負けじと睨み返す。
柳生の者の視線が、地面に落ちているナイフに向けられる。ナイフの位置は裕二の方が近い。裕二は咄嗟にナイフに駆け寄り、そのまま海に向かって蹴り捨てた。柳生の者が悔しそうに顔を歪める。
「……鍵をよこせ。俺に任せれば、もっと上手くやれるぞ?」
柳生の者が媚びるように呟く。どろりと湿った視線が裕二にまとわりつく。
「…………」
裕二は無言で睨み返すことで、柳生の者の提案を拒絶した。
しばらくの間睨み合いが続き、やがて柳生の男は立ち上がるとすぐさまジープに乗って去っていった。
裕二は地面に倒れ伏して咳き込む健介の体を起こす。
「おい。大丈夫か?」
喉を抑えながら、健介はかろうじて頷く。
「お、お前……警察を呼んだのか?」
「……呼べるわけないだろ。スマホを持ってないんだぞ?」
要するにただのはったりだ。勝算はあったが、あそこで素直に逃げてくれてホッとする思いだった。
「だ、大丈夫ですか?」
タクシーの運転手が心配そうな様子でこちらに近づいてくる。しまった、この人のことをすっかり忘れていた。
「警察呼びましょうか?」
「い、いえいえ、大丈夫です。こいつも無事でしたし」
「でも……」
「大丈夫ですから! ここまで運転してくれてありがとうございました!」
本当に警察を呼ばれて困るのは自分たちだ。
「お釣りはいいですから」
口止めの意味を込めて、両親から借りた1万円札を強引に渡す。幸いにも、怪しいものを見る目のままではあるがタクシーの運転手はそれ以上追及してくることなく、その場から去っていった。
タクシーを見送ってから、裕二は健介に向き直る。
「……帰るぞ」
「…………」
健介は俯いたままだった。
「免停が人の車乗り回しやがって。鍵返せ」
差し出した手に、健介は無言で車の鍵を載せる。
裕二の車に向かって歩くと、意外にも素直に健介はついてきて助手席に座った。
運転席に座る前、裕二はトランクを開けて中を確認する。中にはまだ大五郎が横たわっていた。
まだ大五郎はいる。
その事実から、裕二は最悪の事態は避けられたことを悟った。
運転席に乗り込み、車を走らせる。
しばらくの間、車内は重い沈黙が支配していた。
健介のいつもの能天気さはなりを潜め、陰鬱な表情のまま黙り込んでいた。それに応える形で裕二も何も言わなかった。
やがて口火を切ったのは健介だった。
「……なんで俺の場所がわかった?」
その弱々しい言葉を聞いて裕二は呆れ返った。ようやく口を開いたと思ったら、まさかそんなことを言うなんて。
「違うだろ」
「え?」
「お前が本当に聞きたいのは『どこまで知ってるんだ?』だろ」
呆然とした表情を見せる健介に、裕二ははっきりと宣言する。
「教えてやるよ。僕は全部知ってる」




