第二十四話
両親を駅で拾ってから、およそ30分ほどで式場にたどり着いた。
その間、裕二と健介の2人にとって車内は地獄のようだった。
普段無口な父が、涙ながらに裕二の子供の頃の思い出を語り続けていたのだ。
嗚咽を混じらせながら喋り続ける父。合いの手を入れながら笑う母。罪悪感に押しつぶされそうな裕二と健介。
両親は気づいていないようだったが、前の席と後ろの席では隔絶した温度差があった。
式場にようやくたどり着いた時に、2人ともグロッキーになっていたのも仕方がないだろう。
式場の駐車場に車を停め、裕二は外に出る。両親が降りるよりも早くトランクの中の荷物を回収しなければ。
「はい母さん、饅頭」
手早く、そして慎重にトランクから紙袋を取り出す。この動きも今日1日ですっかり慣れてしまった。
「あと健介、礼服」
ついでに取り出した礼服を健介に渡す。
「お、おう。あんがと」
顔を引き攣らせた健介は、受け取った礼服の匂いをこっそり嗅いでいた。
「父さん、母さん。ちょっと先に中入ってて」
「はいはい。お父さん行くよ」
「ああ」
両親が中に入ったのを確認して、健介に向き合う。
「やっと、ついたな」
「ああ」
ここまで長かった。
ゴールした感動よりも、ようやく解放される安堵の思いの方が強い。
2人で顔を見合わせて、しみじみと頷きあう。
「今は、えーと、2時50分か。5時の結婚式まで控え室で休んでてくれ」
これから裕二は準備とリハーサルで忙しくなる。自分も少し休みたい気持ちはあるが、そうは言っていられない。
「控え室ならウェルカムドリンクもあるし、ゆっくりしてて」
ここまで世話になった健介には存分に休んで欲しい。
しかし、健介は首を横に振った。
「いや。俺は結婚式の時間までこの車の中で待ってる」
「え、なんで?」
「バカお前。大五郎が乗ってるのに、車を放っておけないだろ。車上荒らしにあったらどうするんだよ」
「結婚式場でか?」
しかし、健介の言うとおり可能性がないわけではない。
「それに、流石に疲れたからな。車の中で寝させてもらう。だから鍵貸してくれ」
健介が手を差し出してくる。
「……お前がいいなら、任せるけど」
裕二はその手の上に車の鍵を乗せる。
「じゃあ、僕準備があるから」
「あいよ」
短く返事をした健介は車の扉を開ける。
車の中に入る直前、裕二は一つ思い出して声をかけた。
「あ、そうだ。スピーチの練習、しといてくれよ」
健介の動きが一瞬ぴたりと止まる。そしてこちらを向かず、無言で手を振って答えた。
車を健介に任せ、裕二は式場に向かう。
建物の中に入ると、受付の前には涼子がいた。
「あ、やっと来た」
裕二の姿を見つけ、駆け寄ってくる。
「何やってたの? 連絡も取れないし」
怒ったような表情。そういえば、朝起きたら一度連絡すると約束していた。事情が事情だったとはいえ、その約束をすっぽかした形になる。
ごめん。と、謝ろうとしたが、言葉が出てこなかった。
涼子の顔を見た瞬間、裕二の胸に込み上げてくるものがあり、思わず駆け寄ってきた涼子を抱きしめた。
「な、何してるの?」
困惑する涼子を無言で抱きしめ続ける。ここにきてようやく、無事に結婚式を挙げることができる実感が湧いてきた。
涼子は怪訝な表情を浮かべながらも、裕二を抱きしめ返す。
「……ん?」
そしてスンスンと鼻を鳴らして、顔を歪めた。
「臭っ! なんか臭いんだけど?」
「え?」
涼子が裕二から勢いよく離れる。
「なんか、お酒とかタバコとか汗とか、色々混ざった匂いがする。裕二昨日お風呂入った?」
「あー、入ってないや」
今朝入るつもりだったのだが、色々なことが起こりすぎていて入れなかった。
「もう! 何やってるの結婚式の日に! 飲みすぎないでって言ったじゃん!」
「ご、ごめんなさい」
何も言い訳ができない状況なので、素直に謝るしかない。
「この式場シャワーあるみたいだし、スタッフにお願いして借りてきて」
「う、うん」
「あと、髭も剃ること」
涼子はそう念押しして裕二の元から去っていった。
「…………」
感動の再会になると思っていたが、まさか臭いなどと言われるとは。
少し落ち込んだ裕二はスタッフにシャワーを貸してくれと頼んだ。
案内されたシャワー室で、裕二は体を洗う。今日一日の疲れと汚れを全部洗い流したかった。
熱いシャワーを浴びながら、今日起きた出来事について考えていた。
車のトランクに乗せられた大五郎。それを追いかけてきた柳生の者。
紆余曲折がありつつ式場に辿り着くことができたが、事態はまだ解決していない。大五郎の正体は不明のままだし、大五郎を自分の車に乗せた人物もその目的も全くわかっていない。大五郎殺しの犯人であろう柳生の者も野放しのままだ。
あれこれ考えていると、ふと思い至る。自分がこんなことを考えても意味がないのではないか?
道中、健介に散々指摘されたが、大五郎の正体や柳生の者についてあれこれ考えても仕方がないのではないか?
それを調べるのは警察の仕事で、巻き込まれた被害者である自分のやることではない。
それよりも考えるべきことは、この後の立ち回りだろう。警察に通報するタイミング、死体を見つけた経緯をどうやって誤魔化すか。
「……もう一回、健介と口裏合わせとかないとな」
下手すれば死体遺棄の現行犯。最悪、自分たちが殺人犯だと思われる可能性がある。これからのことを考えると胃が痛かった。
シャワーから出た後、急に尿意を覚える。道中トイレに寄ろうとしたところで、健介に反対されたのを思い出した。
体を拭いて、更衣室に備えられているトイレで小用をすませる。
「……あれ。そういやあいつ、トイレ行ったのか?」
健介もトイレに行きたがっていたはずだ。しかし健介は裕二の車の中で待機すると言っていた。
「まあ、行きたかったら勝手に行くだろ」
そう考えて、裕二は更衣室を出る。
体を洗い流し、髭も剃って身綺麗になった裕二は式場スタッフと一緒に結婚式の準備を始めた。
ヘアセットに新郎の衣装の着用。これが意外と手間がかかり、スタッフ数人がかりでも30分ほどかかった。
「ではこの後、結婚式と披露宴の最終リハーサルを行います」
「はい」
真っ白な衣装に身を包んだ自分を鏡で見ながら、スタッフとこの先のスケジュールを確認する。
「最終リハーサルと言っても、すでに何度かリハーサルはやってきましたので、ちょっとした確認程度ですけどね」
スタッフはそう言い残して、新郎の控え室から退出した。
「ふー」
今更ではあるが、少し緊張してきた。参加者の少ない小規模な結婚式とはいえ、自分と涼子にとって一世一代の晴れ舞台だ。
式が始まるまでになんとか緊張をどうにかしようと、深呼吸を繰り返していると、扉がノックされる。
「はい?」
両親だろうか? そう思いながら扉を開けるが、そこにいたのは両親ではなかった。
純白のウェディングドレスを着た涼子が立っていた。
「……っ」
言葉が出なかった。
涼子がこのドレスを試着している姿は何度も見た。しかし、メイクを施され、髪をバッチリ整えられた上でこのドレスを着た涼子を見るのは初めてだ。
綺麗、だとか。似合っている、なんてありきたりな言葉すら、口にすることができなかった。ただ圧倒される。
これまでの苦労が全て報われた気がした。この先の不安も全部消し飛んだ。
「…………」
何も言えないまま、無言で涼子を見つめる。
しばらく経ってようやく、涼子が何やら不安そうな顔をしていることに気づいた。それどころか、涼子の後ろには彼女の両親と祖母もいる。
「……ど、どうしたの?」
ただ事ではないその様子に、裕二はつっかえながら問いかける。
「大事な話があるの」
意を決した様にこちらを見る涼子。
「裕二のご両親も呼んでくれる?」
その後。裕二と両親は控え室で涼子の家族に関わる、重大な事実を告げられた。
家族がずっと隠していた秘密。亡くなった涼子のもう1人の父。そしてその名前。
その話を聞いて、裕二は今日自分が巻き込まれた事件の真実にたどり着いた。
「裕二?」
話を聞き終わった裕二は、慌てて控え室から飛び出す。後ろで涼子が自分を呼ぶ声が聞こえたが、構っていられなかった。
動きづらい新郎の衣装に足を取られそうになりながらも、建物の外まで一気に駆け抜ける。
外に出ると、駐車場に裕二の車はなかった。
「あの、バカ野郎……っ!」




