第十七話
「今すぐ車を停めろ!」
健介の怒鳴り声に近いその言葉に、裕二は戸惑った。
「は、は? なんで?」
「いいから早く停めろ! そこの店の駐車場に入れ!」
健介の言葉はいつになく強い。わずかだが焦りのような感情が含まれているのに気づいた。
裕二はその指示に従い、左手に見えた食堂らしき店の駐車場に車を入れる。
随分と古い食堂だった。車道に見えるよう立てられた大きな看板も、相当年季が入っているのかサビが浮いている。
こんな山の中に人が来るのだろうか? そう思ったが、客の物と思われる車が2台停まっていた。
駐車場の空いているスペースに車を停めると、健介はすぐに車から降りた。
裕二も追いかけるように降りると、健介は車の後方でしゃがみ、目を見開きながら車体を確認していた。
「け、健介? 何やってんだ?」
様子のおかしい親友に、尻込みしながら声をかける。
「ずっとおかしいと思ってたんだ。柳生の者はなんで俺たちを追いかけてこれたんだ? なんで俺たちの居場所がわかる?」
車の下を手で確認しながら、健介は答える。
「あいつがアパートからショッピングモールまで俺たちの後をついてきたのはまだわかる。あの時は全然余裕がなくて、車の後ろの確認なんてろくにしてなかったからな。でも、その後は?」
健介はとうとう地面に寝転び、ほとんど車の下に潜り込むような姿をとる。
「タイヤを交換した時、後ろから車が来てないか慎重に確認した。煽り運転されたあの道は見通しが良くて、数百メートル後ろまで見えた。でもあんな目立つジープなんて見たことなかった」
「……確かに」
「それに、俺たちは一度煽り運転の車を躱わすために別の道に入って、そこからもう一度元の道に戻った。なのになんでタイミングよく道の駅で鉢合わせる? 警官にトランク確認されそうになって危なかったあのタイミング、ドンピシャで俺たちを助けられたのはなんでだ?」
車の裏側を手探りで確認していた健介は、ようやくその体を起こし立ち上がった。
「見ろ。あったぞ」
健介の手には、ダクトテープに貼られた、黒いプラスチックカードのようなものがあった。
「なんだこれ?」
「GPSロガーだ。財布とかカバンの中に入れておいて、無くした時にスマホで位置情報を確認できるやつ」
「ま、まさか? 柳生の者はこれで?」
「そうだ。多分ショッピングモールでつけられたんだろう。俺たちの動きは全部筒抜けだった」
健介は手に持ったGPSロガーを睨みつけた。
「こうなると、いよいよお前の穴だらけの推理にも信憑性が出てきたな。そうか、あいつが大五郎を……」
健介の顔が歪む。
「あの野郎……ふざけやがって!」
GPSロガーを地面に叩きつけようと、手を振り上げた。
しかし、振り下ろす直前になって、健介の動きがピタリと止まる。
「健介?」
健介は目の焦点があっておらず、虚空を見つめている。何やら考え込んでいるようだった。
「どうした? 壊さないのか?」
もし、柳生の者があの後警察から逃げ切ることができたなら、再びこのGPSロガーを目印に追いかけてくるだろう。
ならば、追跡できないように早く壊したほうがいい。
裕二はそう考えたが、健介は振り上げた手をゆっくりとおろした。
「壊すのはダメだ」
「は? なんで?」
健介の表情は固く、冷たい。
「壊したら、俺たちがこいつに気づいたことがバレる。それより、もっと……」
そう言うと、健介は辺りをキョロキョロと見渡す。
「……あれだ」
健介は食堂の駐車場に停めてあった、一台の軽トラックに近づく。そしてしゃがみこんで、何かをし始めた。
「おい、何やってんだ?」
ちょうど軽トラックの陰になっていて、健介が何をしているのか見えない。
しばらくして、健介が戻ってきた。その手にGPSロガーはなかった。
「あの軽トラに仕掛けてきた。柳生の者はあの軽トラを追うはずだ」
「おお、やるなお前」
変なところで頭の回る親友に驚く。
「柳生の者、捕まったと思うか?」
「わからん。けど柳生の者が逃げてから警察が追いかけるまで結構時間があったからな。逃げ切った可能性はあるだろう」
となれば、健介の機転が効いてくるかもしれない。
「できる限り早くここを離れたほうがいい。行くぞ」
足早に車に戻る健介を慌てて追いかける。車に乗り込みエンジンを掛け、食堂の駐車場を後にした。
しばらく、また山道を進む。
その間、車内は不思議と静かだった。
原因は健介。普段であれば黙ってくれと頼んでも喋り続けるようなやつなのに、先ほどから何やら重苦しい雰囲気で考え込み続け、無言だった。
裕二も、そんな健介に話しかけることが憚れ、ただ運転に集中していた。
疲れでもしたのだろうか? 今朝からの一連の騒動は、一生分の厄介ごとが凝縮されて襲いかかってきたと思える代物なので無理はないが。
無言のまましばらく。滋賀を出て、ようやく福井に入った。
県境を超えてある程度走ると、まだ山の中ではあるが街のようなものが見えてきた。
ここまでくると随分と走りやすい。車道も2車線に広がり、かなりゆとりを持って運転ができる。
しかし、ここにきて重大な問題に気づく。
いや、正確にはその問題に対する懸念はずっと前からあった。気づいていながら、どうしようもない問題だと目を背けてきた。
今にして思えば、目を背けず深刻に考えるべきだった。うまく行くだろう。なんとかなるだろうと、楽観視して現実逃避をしていたのだ。
「……もう、ガソリンがない」




