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第十六話

 逃げ出したジープと、それを追いかけるパトカー


「…………」


 その光景を、裕二はじっと見つめていた。


 ジープとパトカーが見えなくなっても、しばらくの間動けなかった。


「お、おい裕二。固まってないでさっさと行くぞ!」

「あ、ああ」


 健介に肩をゆすられ、やっと車を走らせる。


 しばらく車を走らせ、助手席の健介はようやく一息ついた。


「た、助かった。マジで終わったと思った。でも、なんなんだあのジープ?」


 明らかに様子のおかしいジープだった。むやみやたらと警官を挑発しているように見えた。


「あのジープ……」


 裕二は先ほどの光景を思い出す。


 Uターンの直前、運転席に座る人物を裕二ははっきりとその目で見ていた。


 頬に赤い3本線がある男。


「あのジープに乗ってたの、柳生の者だ」


 裕二の言葉に、健介は驚きの表情を浮かべる。


「や、柳生の者? 嘘だろ?」

「まじだ。僕はあいつにナイフを突きつけられたんだぞ。見間違えるはずがない」


 あのジープを運転していたのは、間違いなく今日自分たちを追いかけてきたあの男だ。


「じゃ、じゃあ何か。俺たちを追いかけてきて、パトカーを見たから慌てて逃げたってことか?」 

「いや……多分そんな単純な話じゃない」


 ジープを運転する柳生の者と、一瞬ではあるが確かに目があった。まるで裕二に向かって、何か合図をしているかのようだった。


「あいつ、僕たちを助けようとしたんじゃないか?」


 不可解な話ではあるが、それが答えであるような気がしていた。


「はあ? そんわけねえだろ」

「間違いないって。じゃなきゃあんな滅茶苦茶な逃げ方しないだろ。クラクション鳴らして、ガードレールに車擦ったりさ。わざとあんな大袈裟なことして、警察の注意を引いたんだ」

「……なんで? なんであいつが俺たちを助けるんだよ」

「…………」


 健介の疑問に裕二は答えなかった。そのまま無言で考え込む。


 沈黙を続ける裕二を見て、健介はそれ以上追求しなかった。


 車は山道を登り始めた。


 細く曲がりくねった道を裕二は慎重に進む。ただし、その間も考えることはやめなかった。


 山肌に沿うような形で続く道を登ることしばらく。急だった坂道が少し穏やかになり始めた頃、道の端にポツポツと建物が見え始めてきた。


「なあ、健介」


 それまで沈黙を貫いてきた裕二が、ようやく口を開いた。



「考えたんだけど、やっぱり柳生の者が大五郎殺しの犯人だと思う」



「またその話かよ」


 健介はうんざりした様子を見せた。しかし、今度は裕二も引き下がらなかった。


「聞けって。ちゃんと根拠はある。あいつが僕たちを助けた理由も、これで説明できるはずだ」


 裕二の言葉には確信するような響きがあった。


「……話してみろよ」


 健介が促す。


「まず、大五郎は手で首を絞められて殺されたんだよな?」

「ああ。首に痕が残ってたよ」

「それって、正面から両手で絞められた感じだったか?」

「そう見えたけど。そもそも、真後ろからだったり、片手で人の首を絞めるなんて無理だろ」


 健介の説明を聞き、裕二はやはりと頷く。


「首を絞められて殺されてる間、生きてる大五郎は当然抵抗するよな?」

「そりゃあ、無抵抗に殺されるわけねえからな。殴るなり、暴れるなりするだろ」

「だよな。じゃあ、やっぱりあれはそうなんだ」

「あれ?」


 健介の疑問に裕二は答える。


「柳生の者の頬の傷だよ。あれは抵抗した大五郎に引っ掻かれてできた傷なんだ」


 柳生の者の頬の傷は比較的新しく、瘡蓋にもなっていないため赤く見えた。


 健介の見立てでは、大五郎が殺されたのは五日前。その時につけられた傷なら、傷が新しいのも納得がいく。


「……だからなんだよ。頬の傷がそんなに重要か?」

「重要だよ! 頬を引っ掻いたってことは、大五郎の爪には柳生の者の皮膚が付着している可能性が高い。DNA鑑定すれば確かな証拠になる!」

「……あ、そっか」


 健介もようやく理解してきたようだった。


「もし仮に、柳生の者に前科があれば、指紋と一緒にDNAが登録されていてもおかしくない。あいつは大五郎の爪についてるであろう、自分の皮膚を回収するために僕たちを追いかけてきたんだ」

「じゃあ、あいつがさっき警察にあんな派手な真似したのも?」


 裕二は頷き返す。


「やっぱり僕たちを助けたんだ。あそこで大五郎が見つかりでもしたら、当然警察に回収される。そうなるともう手出しできない。警察は徹底的に大五郎を調べて、爪についた皮膚を見つける。そしてDNAを照合すれば一発だ」


 警察を挑発して逃げ出した罪と、殺人の罪。両者を天秤にかけた時、どちらで捕まるほうがマシかなんて、考えるまでもない。


「…………」


 健介は裕二の推理に反論せず、無言。驚いたような表情を浮かべていた。


「もちろんお前が何を言いたいかわかってる。『ならなんで、あいつは五日間も爪の皮膚を回収しなかったんだ』だろ? その疑問の答えもある」


 先ほど指摘された、裕二の車のトランクに乗せるまで五日もあったのに、なぜ死体から証拠を回収しなかったのか。という疑問。


「回収しなかったんじゃない。回収できなかったんだ」


 その答えは、思いのほか単純な物だった。


「だってそうだろう? 大五郎を殺してから五日間、頬の傷に気づかないわけがない。爪の間の皮膚なんて、簡単に回収できる」


 でも柳生の者はそうしなかった。その結果やつは大五郎を狙って、今日一日裕二たちを追い回している。


「つまり、殺した後の大五郎は柳生の者には手を出せない状況にあったってことだ。でもこれっておかしいよな? 爪の間の皮膚は回収できないのに、僕の車に大五郎そのものを乗せることができるなんて、そんな状況変だよな?」


 そもそもの前提が間違っていた。


「僕はこれまで、あいつが大五郎を殺して、僕の車のトランクに入れたんだと思ってた。でも違ったんだ」


 大五郎を殺したのは柳生の者。その確信はある。では大五郎を車のトランクに入れたのは?



「大五郎殺しの犯人と、大五郎をトランクに入れた犯人は別なんだよ」



 健介はその推理を聞いて、目を見開いた。


「そう考えると辻褄が合う。柳生の者は大五郎を殺害してから、一回その場から逃げたんじゃないか? 手で絞め殺してるってことは、計画的ではなく、突発的な犯行だった可能性は高い。だから殺した後に慌てて逃げたんだ。アドレナリンドバドバだったから、頬の傷にも気付かずに」


 痛みがなければ、頬に傷があることなんで誰かに指摘されるか、鏡でも見なければわからないだろう。


「その後しばらくして頬の傷に気づいた柳生の者は、DNA鑑定で自分の身元がバレる可能性に思い至って、慌てて大五郎のもとへ戻った。でも、その時は回収できなかった。なぜなら……」

「なぜなら?」

「その時すでに、別の人物によって大五郎の死体をどこか別の場所に移動させられたから……だと思う」


 裕二は少し自信なさげに答えた。


「……だと思うって」

「し、仕方ないだろ! こっちは滅茶苦茶少ない情報で頑張って考えてるんだから!」


 裕二は八つ当たり気味に声を荒げた。 


「そりゃなんの証拠もない、ほとんど僕の妄想かもしれないけどさ! そう考えないと説明がつかないんだよ! なんで大五郎の死体は五日間、誰にも発見されずに警察沙汰にならなかったのか、柳生の者はなんで手出しできなかったのかがな!」


 ヤケクソ気味に叫ぶ。


「これが一番納得がいく説明なんだよ。大五郎殺しの犯人は柳生の者。でも僕の車に大五郎を乗せたのは別の犯人。その犯人が大五郎を別の場所に隠してたから、柳生の者は僕たちを今になって追いかけてきたんだ」


 おそらく、柳生の者はその犯人が大五郎を裕二の車のトランクに入れる瞬間を目撃したのだろう。


「…………柳生の者が、大五郎殺しの犯人」


 裕二の推理を聞き終わって、健介は呆然としていた。


「どうだ? この考えなら、大五郎殺しの犯人は誰か? 柳生の者がなんで大五郎を追いかけてきているのか? なんで柳生の者が僕たちを助けたのか? がある程度説明つくだろ? そりゃあ、決定的な証拠なんてないけどさ」

「…………ああ。そうだな」


 健介は鈍い反応で頷く。


「もちろん、まだわからないことはある。誰が僕のトランクに大五郎を入れた犯人なのか? なんで入れたのか? なんで柳生の者は僕たちがーー」

「停めろ」


 健介が裕二の言葉を遮る。


「へ?」

「今すぐ車を停めろ!」


 健介は突如、突如大声を上げた。

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