第十五話
「っ!」
前方のパトカーを見て、声にならない悲鳴が漏れる。
パトカーは路肩に停まっていて、制服を着た警官が赤い旗を振ってこちらに止まるよう指示を出している。
「ど、どうする?」
「どうするって、従うしかないだろ」
思わず健介と顔を見合わせる。
「スピードは出してないよな? なんで止められるんだ?」
「わからん。道の先で事故でもあったか?」
どちらにせよ、止まる以外の選択肢はない。
「いいか、裕二。まだ大丈夫だ。流石にトランクに大五郎がいるなんて、あっちも思いもしないはずだ。何を聞いてくるかわからんが、普通に受け答えすれば、すぐに終わるはずだ」
「あ、ああ。そうだよな。トランクを開けられるわけじゃないもんな」
大丈夫だと自分に言い聞かせながら、ゆっくりとブレーキを踏み込む。
停車した車に警官が近寄ってくる。運転席の窓ガラスをコンコンと叩いてきたので、窓を開けた。
「は、はい。なんですか?」
裕二は自分の顔がひきつっていないか、自信がなかった。
「こんにちは」
こちらの恐怖とは裏腹に、警官は朗らかな態度で挨拶をしてきた。
「これからどちらに向かわれるんですか?」
「えっと、福井の方まで」
「遊びに行かれるんですか?」
「いえ、違います」
「違うんですか?」
咄嗟に口から出た否定の言葉に、警官はわずかに不審そうに眉根を寄せた。
しまった。大人しく遊びに行くと言えばよかった。
「実は今日こいつの結婚式で、式場まで車で移動してるんですよ!」
慌てて健介がフォローに入った。
「はあ、結婚式ですか」
「そうなんです! ほら、後ろに俺の礼服あるでしょ?」
警官が後部座席に吊るされている礼服に目を向ける。
「な、なんなら俺が書いた友人代表のスピーチ原稿、お見せしましょうか?」
「いえ、そこまでして頂かなくて大丈夫ですよ」
警官はやや苦笑いを浮かべながらやんわりと断ってきた。
「しかし福井まで行くのに、この道を使うんですか? 高速乗ったほうが早いでしょうに」
「ドライブですよ。結婚式まで時間はあるし、天気はいいし」
「確かに、今日は運転するのにいい日ですね」
警官の態度は随分と穏やかで、こちらを怪しんでいるような様子はなかった。
どうにか切り抜けられそうだ。裕二は心の中でほっと息を漏らす。
「と、ところでなんで僕ら止められたんですかね?」
理由を尋ねると、警官は軽い口調で答えてくれた。
「実はですね、この山最近不法投棄が多くて。定期的に通る車確かめてるんですよ」
「ああ、なるほど」
いまだにそんなことをする奴がいるのかと驚く。確かにこの山道は人通りが少なく、途中の崖に向かって家電やらを投げ捨てるのなんて簡単だろう。
「まあ、お二人は違うみたいでよかったですけど」
警官は車内を軽く見て、捨てるような物が何もないことを確認して笑う。
「ははは。自分の結婚式当日に不法投棄なんてするわけないじゃないですか」
「そりゃそうだ。不法投棄するにしても、タイミングは選ぶよな」
「何言ってるんですか。タイミング云々じゃなく、不法投棄そのものがダメなんですよ」
冗談を交わしながら、3人で笑い合う。
そして警官は笑顔を見せながら、こんなことを言い出した。
「念の為、後ろのトランク見せてもらってもいいですか?」
サッと全身から血の気が引いていくのがわかった。
心臓が早鐘を打つ。体が震えているのが目の前の警官にバレないよう、きつく拳を握りしめた。
「や、やだなーおまわりさん。トランクの中は空っぽですよ」
「そ、そうですよ。そんなに俺たち怪しいですかね?」
健介と2人、何事もないように振る舞う。
必死だった。ここでトランクを見られでもしたら、何もかも終わる。
「まあまあ、お二人が怪しいとかじゃなくて、お話聞かせてもらった人たち全員にお願いしてますから」
警官はやんわりとした口調で詰め寄ってくる。
「お、俺たち実は急いでるんですよ。ちょっとゆっくりしすぎたせいで、このままじゃ結婚式に間に合わなくなりそうなんです!」
「すぐ終わりますから」
警官は退く様子を見せない。
どうする、どうする? 裕二は必死に考えを巡らせる。
大五郎の入ったトランクを見せるなんてできるわけがない。しかし、トランクを開けるまでこの警官は納得しないだろう。
いっそのこと逃げるか? いやここから先は曲がりくねった一本道だ。パトカーから逃げ切れるなんて到底思えない。
どうする、どうする! 必死で考えを巡らせるが、解決策は何も思い浮かばない。
「トランク、見せてもらえますか」
再度、警官が要請する。
「……終わりだな」
横に座る健介が諦めたようにポツリと呟く。
それを聞いて、裕二の頭の中が真っ白になった。全身から力が抜けていく。
万事休す。もう何もかも終わりだ。
涼子の顔が脳裏に浮かぶ。心の中で彼女に謝罪する。
その時だった。
後方から緑のジープが猛スピードで走ってきた。
ジープは自分たちの車のギリギリで急ブレーキをかける。タイヤと地面が擦れる甲高い音が響く。
そして数度のクラクション。まるで警官を挑発しているようだった。
さらにジープはUターンし、ガードレールを擦りながら来た道を再び猛スピードで走り抜けていった。
その信じられない光景を見ていた警官はしばらく呆気に取られていたが、すぐさま動き出す。
「不審車両を発見。対象車両は国道を南に進行。挙動に不審な点を確認、追跡します」
胸についた無線で連絡をとりながら、停めていたパトカーに乗り込む。
「あ、あの! 僕たちはどうすれば!?」
乗り込む直前の警官に、裕二は問いかける。
すると警官は一瞬迷うそぶりを見せたが、先ほどのジープを追いかけることを優先したようだ。
「お二人はもう行っていいですから!」
そう告げると、パトカーのサイレンを鳴らしながらジープを追いかけ、去っていった。




