第十四話
「あいつが、大五郎を殺した犯人だからじゃないか?」
自分が口にした言葉が、不思議なくらいしっくりときた。
道の駅のトイレでナイフをむけてきた柳生の者からは、一切の迷いやためらいといったものが感じられなかった。裕二の目には刃物を使って相手を脅すことに慣れきっているように見えた。
だからこそ、大五郎を殺した犯人であったとしてもおかしくないと考えてしまう。犯罪慣れした人間と、人殺しという人物像はそう遠くないはずだ。
「柳生の者が大五郎を殺して、僕の車に乗せた。そしてしばらくしてから、なんらかの理由で大五郎を取り返す必要が出てきて、僕たちを追いかけてきた。っていうのはどうだ?」
「……なんらかの理由ってなんだよ?」
「それは……まだよくわかんねえけど」
曖昧な裕二の言葉に、健介はため息をついた。
「つまり、お前の考えはふた通り。一つ目が、柳生の者は大五郎がトランクの中に入れられる瞬間を目撃した。二つ目が、柳生の者が大五郎殺しの犯人で、あいつがトランクに大五郎を入れた。ってことだな」
うまく話をまとめた健介の言葉に、裕二は頷き返す。
「ああ。大五郎を僕の車に入れたのは、あれだ、死体の処理に困ってとかそんな感じだろう」
裕二は自信満々に頷くが、健介は懐疑的な表情を崩さなかった。
そして吐き捨てる。
「穴だらけの推理だな」
「はあ? なんで?」
辛辣な口ぶりの健介に、裕二は詰め寄る。
「まず一つ目。柳生の者が大五郎がトランクの中に入れられる瞬間を目撃したパターンだが。ならなんで追いかけてきてるんだ? って疑問が解決してない」
「それは……まあ、そうだな」
普通だったら警察に通報するはずだ。
「それに、結局柳生の者はなんで俺のアパートの周辺をうろついてたんだよ」
「…………」
それに対する答えを裕二は持っていなかった。
口ごもる裕二を尻目に、健介は続ける。
「大五郎がトランクの中に入れられたのは、昨日の夜から今日の朝までのどこかのタイミングになるけど、まあ普通に考えれば人目のつかない夜中だよな。で、柳生の者は夜中になんで住宅街なんかうろついてたんだよ? まさか夜中の散歩だとでも?」
「……もういい。わかった、この説は捨てよう」
ボロクソに否定されてちょっとショックだった。
「で、でも! 柳生の者犯人説はかなり信憑性が高いだろ! そりゃあ、なんで一度トランクに入れた大五郎を取り返す必要が出てきたのかはわからねえけどよ」
「そこが一番重要なんじゃねえか」
「っんぐ!」
ぐうの音も出ない正論を返された。
裕二は必死に頭を回転させ、一つの仮説を捻り出した。
「あ、そうだ! 犯人は自分が犯人だとわかる証拠を大五郎に残してしまったんだ! そのことに気づいて、慌てて追いかけてきたに違いない!」
どうだ! と言わんばかりに声を張り上げる。
「証拠? あー、なるほど証拠か」
健介は口元に手を当てて考え込んだ。
「この仮説はどうよ? これなら文句ねえだろ!」
「なるほど確かに。それなら筋は通っているーーとでも言うと思ったかバカめ」
一転して裏切られた。
「な、なんでだよ?」
「あのなあ。忘れてるかもしれねえけど、大五郎は死後五日経ってるんだよ」
「それがなんだよ?」
「わかんねえかな……あのな、お前の車に大五郎が乗せられたのが今日なんだぞ」
健介は頭をガシガシと掻いた。
「柳生の者が犯人だとすると、大五郎を殺してから五日も経ってるのに、証拠を残したことに気づいたのが車に乗せた後で、それを慌てて追いかけてきたことになる。どんな間抜けだよ」
「わ、わかんねえじゃん! あいつすげえ間抜けかもしれねえじゃん!」
そう口にしながら、裕二は自分のこれが見苦しい負け惜しみでしかないことを理解していた。
「やめとけやめとけ。お前に探偵役は無理だ」
健介は呆れ返った口調を隠そうともしない。
「それに、さっきも言ったことだが、大五郎と柳生の者の正体とか、大五郎を殺したのは誰なのか、なんて考えてもしょうがねえだろ」
「……まあ、そうだけどよ」
真相がわかったところで、どうしようもないのだ。大五郎を殺した犯人はあいつです。なんて警察に通報するわけにもいかない。
「結局のところ、俺たちがやることは変わらない。車に大五郎を乗せていることが誰にもバレないよう、安全運転で式場を目指す。これにだけ集中したほうがいい」
「……わかったよ」
健介の言うことは正論。
謎が謎のまま、というモヤモヤを抱えたまま、裕二はひとまず頷いた。
「あとは柳生の者が追いかけてくるかだけど、今のところそんな様子はねえな」
バックミラーを確認しながら健介が告げる。
道の駅を出てしばらくの間走ったが、後方に怪しい車は一台もなかった。
「諦めたのか?」
「さあな。でも、これだけ走って柳生の者らしき車がないとなると、あっちも俺たちを見失っただろ」
「ならいいけど」
本当にこれ以上追いかけてこないのだろうか?
相手はナイフをちらつかせて脅してきた男だ。姿は見えないが、不安は拭えなかった。
「そろそろ山道に入るぞ」
ここまで平坦で走りやすい道だったが、それももうすぐ終わる。
これから通る滋賀県と福井県の県境は完全に山の中。ナビを見る限り、しばらく曲がりくねった山道が続く。
段々と近づいてくる大きな山を視界にとらえながら、裕二はわずかに怯えを含んだ表情を見せる。
「こんな山道、走ったことねえんだけど」
普段の帰省で使う高速道路も山の中を走るが、あれとこれから走る道を比べるのは違うだろう。
「まあ気をつけたほうがいいな。道は狭いし、急カーブもあるし」
「この道走ったことあるのか?」
「相棒とよくドライブしてたよ」
「ああ。電柱にぶつけて廃車にした相棒か」
健介の過去の運転歴について考えると、いまいちこいつを信用していいかどうか疑問が湧く。
「とにかく。これからは今まで以上に安全運転を心がけたほうがいい。事故で警察の世話になる危険性もあるが、万が一道を外れて崖から落ちたら、そもそも死ぬからな」
「わ、わかったよ」
健介の脅すような言葉に、ハンドルを握り直す。
慎重な運転を改めて心がけ、いよいよ山道に入るその直前のことーー
前方にパトカーが止まっているのが見えた。




