第十三話
道の駅を飛び出した裕二の運転は、随分と荒っぽいものだった。
「なんだ、なんなんだあいつは!」
ナイフを突きつけてきた男から一刻も早く距離を取らねば。恐怖と焦りのせいでアクセルを踏み込む力が無意識に強くなる。
今日一日心掛けていた、法定速度を決して超えない安全運転などすっかり頭から抜け落ちていた。今の運転を警察に見られれば即座に止められるだろう。そんな当たり前のことすら考えることができていない。
「おい、落ち着け裕二」
「落ち着けるわけないだろ!」
心配する健介に怒声を上げる。
「あ、あいつ、車の鍵をよこせって言ってきた。スマホや財布じゃなくて、車の鍵だぞ!?」
ただの強盗なら、狙うのは奪い取りやすいスマホや財布といった金目の物だろう。現在裕二は無一文だが、そんなことをあの男が知る由もない。
にもかかわらず、あの男は車の鍵を要求してきた。
「明らかに僕の車……いや、大五郎を狙ってる」
「大五郎を? そんな、まさか」
健介は懐疑的な声を上げるが、裕二には確信があった。
「自慢じゃないがこの車は高級車でもなんでもない。そこらに掃いて捨てるほどある大衆車だ。そんな車の鍵をトイレとはいえ白昼堂々、人目についてもおかしくない所でナイフを突きつけて脅し取ろうとするか?」
そんなわけがない。奴の狙いは裕二の車ではなく、車のトランクにいる大五郎だ。
「……まじで大五郎狙いなのか?」
「ああ。今朝のショッピングモールの駐車場で僕の車を物色していたのも、多分そのためだ。あの男、大五郎を追いかけてきやがった」
ショッピングモールから道の駅までおよそ2時間かかる。その間あの男が追いかけてきたなんて、全く気が付かなかった。
「……大五郎を狙い、追いかけてくる刺客」
健介は深刻そうな表情で呟く。
「つまり柳生の者。ってことか?」
「…………お前がそれでわかりやすいなら、別にいいけどさ」
どれだけ子連れ狼が好きなんだこいつは。
体の力が一気に抜ける。緊張感まで抜けてしまいそうだった。
しかしそのおかげで幾分か冷静になれた。
「……柳生の者。追いかけてきてるか?」
健介にならい、あの男のことを柳生の者と呼称する。感覚が麻痺してきているのか、不思議としっくりきた。
健介は振り返り、車の後方を確認する。
「いや。来てない。後ろには車の一つもねえよ」
「そうか」
裕二は踏み込んでいたアクセルから軽く足を浮かせ、速度を落とす。
「ひとまずは、振り切ったか」
だが安心はできない。柳生の者はここまで自分たちに気づかれることなく追いかけてきた男だ。
「しばらく後ろ見ててくれ。いつ柳生の者が来るかわからない」
「ああ」
健介はこくりと頷き、バックミラーを注視する。
「だけど裕二。なんで柳生の者は大五郎を狙ってるんだ?」
「それは……」
答えに詰まる。
なぜ大五郎を追ってきているのかが謎だ。
「実は、柳生の者は生前の大五郎の友人で、偶然僕たちの車のトランクに詰め込まれた大五郎を見て、取り返すために追いかけてきた。とか?」
「だったら警察に言えばいいだろう」
それもそうだ。ナイフを突きつけて鍵をよこせ。なんて言う必要がない。
「……大五郎の体に、宝のありかについて書かれた刺青が彫られていて、それ狙いとか?」
「漫画の見過ぎだ」
一蹴される。まあ、流石にこれは冗談だ。
「そもそもの話。なんで柳生の者はこの車に大五郎が乗ってることを知ってるんだ?」
健介は疑問を口にする。
「今日1日、大五郎が他の連中に見つからないよう、かなり気を使ってた。大五郎の入ってるトランクを開けたのなんて、車のタイヤ交換した時くらいだぞ」
「でも、最初に柳生の者を見かけたのは、車のタイヤを交換するずっと前だ」
柳生の者を最初に目撃したのはショッピングモールの駐車場。そこから追いかけてきたのなら、その時よりも前のタイミングで車の中の大五郎の存在を知っていなければおかしい。
しかし、ここで思い直す。
「いや、待て。大五郎を最初に見つけた時。つまり、お前のアパートの駐車場でトランクを開けてる」
「あ、そっか」
あの時はトランクの中に入っていた見知らぬ男の死体にパニック状態だった。周囲の状況を確認している余裕なんてまるでなく、その時に柳生の者に目撃されていてもおかしくない。
「ん? でもそれもおかしくねえか? あの時、車の後ろには塀があって、トランクを開けても俺たちが立ってた位置からじゃないと、大五郎を見ることができないぞ」
「……確かに」
「それに、なんであの時間に柳生の者が俺のアパートの近くにいたのかがわからん。あのあたり、ただの住宅街だぞ?」
確かに、偶然通りがかったとは考え難い。
「近所に住んでるとか?」
「積極的にご近所付き合いしてるわけじゃねえが、あんな奴見たことねえよ」
となると、今朝自分たちが大五郎を見つけたタイミングで、大五郎の存在を知られたわけではない。
ならば一体いつ?
「…………あ」
ふと、ナイフを向けてきた柳生の者の目を思い出す。鈍く冷たい視線。
その時、新たな可能性を思いついた。
「もしかして、柳生の者が大五郎の存在を知ったのは、僕たちが大五郎を見つけるもっと前なんじゃないか?」
「前?」
「つまり、大五郎がトランクの中に入れられた瞬間とか」
「……嘘だろ」
健介の表情が驚愕に染まる。
「それだけじゃない。柳生の者が大五郎の存在を知っていたのはーー」
この可能性はあまりに恐ろしく、裕二は一瞬口ごもった。
だが、不思議な確信とともに、思い切って口にする。
「あいつが、大五郎を殺した犯人だからじゃないか?」




