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少女神異譚  作者: 成東 志樹
第1章 少女の呪い

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第6話 家族

 帰宅すると、リビングの机の上に千円札が置かれていた。秋人あきとは黙ってポケットに仕舞う。「夕飯はコンビニで」の意だ。

 最初のころは、「おかえり」だの「ごめん!」だのメモ書きが一緒にあったのだ。もうそれすら役割を見出されず、省略されるようになった。


 きょうは父が出勤、母が在宅勤務だ。書斎からは母のリモート会議の声が聴こえている。仕事のできる賢い母は、優しい口調で部下と雑談をしている。


 ざり、と不快感を示す心を黙らせて、秋人は鞄も降ろさず再度外に出た。

 

 最寄りのコンビニに寄って、温める必要のない食事を探す。蕎麦とおにぎりを買って公園に向かった。家で食べたくなかったのだ。


「秋人」


 声を掛けられて顔を向けると、一人の老爺が公園に入ってくるところだった。祖父の時雄ときおだ。まずい、と思うが、すでに袋から出した蕎麦を隠す術はない。


「じいちゃん」

「どうしたこんなところで」

「いや、ピクニックみたいな。外で食べると楽しいかなって」

恵美えみは、夏貴なつきくんは」

「えっと、まだ、仕事……」


 時雄は深く深くため息を吐いた。


「うちで食べなさい」


 言って、踵を返す。仕方がなく秋人は、コンビニ袋に蕎麦を仕舞って後を追った。


 祖父、八尾はちお時雄ときおの家は、秋人の家から徒歩で十分ほどの場所に建っている。辺り一帯の土地を所有する大地主で、秋人の住む家も土地は時雄の所有だ。金銭には余裕があり、古いが大きな屋敷を構えている。


「ばあさん、秋人だ」


 呼びかけて玄関に入れば、エプロンを着た祖母、成実なるみが出て来た。


「あれ、どうしたんです」

「両親がまだ仕事らしい。公園で飯を食おうとしとった。なんや食わせるものあるか」

「まあまあ。すぐにご飯にしますわ。秋人さん、お上がりなさい」

「いいよじいちゃん、ばあちゃん。ご飯あるし」

「上がれ」


 無視である。

 上がり框に腰掛けて靴を脱ぎ、追っていけばリビングに通された。ローテーブルとソファの向こう、ベビーサークルで区切られたキッズスペースでは母の弟とその息子たちが遊んでいる。四歳と、もうひとりはやっと立てるようになった赤ん坊だ。十か月だったか。


「秋人くん、いらっしゃい」


 叔父の時也ときやが笑顔で歓迎してくれる。秋人が微妙な表情で笑って見せると、察したように笑った。


「お父さん、秋人くんどうしたの」

「恵美のやつ、また子を放って仕事なんぞしよる」

「ああ、まあ僕から言っておきますよ。忙しいんでしょう、昇進したって話だから」

「言ってもなにも変わらん」


 時雄はまた大きなため息を吐きながら、ソファに座って夕刊を読み始めた。

 時也に無言で手招かれる。注意を払いながら隣に座ると、こっそり耳打ちしてくれた。


「大丈夫、最近はもう諦めたみたい。もしまた姉さんに電話しようとしてたら止めるから」

「ありがとう、時也さん」


 秋人が小学六年で八上やがみちょうに引っ越して来たのは、ちょっとしたお家騒動があったからだった。

 八尾の所有する土地を、長女である秋人の母が継ぐか、弟で長男である時也が継ぐか。秋人の母、恵美は相続を希望したが、当時八上にいなかったので祖父に断られたのだった。ずっとこの家に住んでいて、すでに管理の仕事も手伝っている時也にすべて譲るつもりだ、と。


 それで麻宮あさみや家は急いで八上に越して来た。しかし結局、土地のほとんどを時也が相続することに決まり、麻宮にはほんの少ししか回ってこない。そういう経緯があって、麻宮夫婦と祖父母の仲は修復不可能なほどに悪くなってしまった。


 祖父母も叔父一家も秋人には優しくしてくれる。

 特に祖父は、忙しい両親に放置されている秋人を気にかけてくれる。母親――恵美に諭す電話をかけては迷惑がられ、厄介をかけた秋人が母からこっぴどく叱られることが何度かあった。


 秋人が困っていることを察して時也が間に入ってくれていたのだが、それももう不要のようだ。


 成実と、時也の妻である朋子ともこが食卓を整えてくれた。突然来たにも関わらず、家族と何も変わらない献立を用意してくれた。おひたしと煮物の小鉢に、メインはカジキの照り焼き、白米と味噌汁。大人たちにはビールがつく。


 あんまり喜ぶとまた時雄が恵美を悪く言うので表出はしないが、秋人にとってはこれ以上なく豪華な食事だ。麻宮家に金がないというわけではなく、大抵がコンビニやスーパーの弁当なので、こういった何品もある定食は滅多に食べられない。


 時雄と成実、時也と朋子、時也夫妻の息子が二人。追加の椅子を出してもらって、大きなダイニングテーブルにどうにか七人で食卓を囲んだ。

 時雄にビールを注ぎながら、時也が言う。


「そういえば、秋人くんの学校だよね。あの行方不明事件が起きてるのって。大丈夫?」


 どきりとする。大丈夫? とは、どういう意味だろう。

 あたりさわりのない答えを返す。


「ああ、うん、基本。きょう始業式だったんだけど……怖がって学校来てないやつもいたけど、大体は普通だよ。山には近づくなって言われたくらい」

「山? なんだろう、熊でも出ると思ってるのかな。この辺って熊いましたっけ?」


 問われた時雄は黙ったままだ。代わりに成実が答えた。


「どうやったかね。私は見たことがないけど、深い山だからおるかも分からんね。八郷山の伝承にも熊が出てくるものがあるし」


 食後、時也と朋子が片付けに台所へ下がった。子どもたちは二人で遊んでいて、成実は風呂へ。

 食卓には、時雄と秋人の二人だけが残った。


「秋人、大学は」

「まだ決めてない。でも、勉強はしてるよ」

「金なら出してやるから、好きなところに行きなさい。恵美たちはこっちからの援助は嫌がるだろうが」

「母さんたちが出してくれるから、大丈夫だよ」

「家の購入代金も、お前の進学費用も、出すと言っても聞かない。それらを気にしなくて良いなら、あんなに働かなくてよいだろうに」

「好きで働いてるんだと思うよ。仕事してて楽しそうだから」

「お前の世話より大事なものなどない」


 時雄は、じっと秋人を見つめた。不憫な子だと思っているのだろう。時雄の時代であれば、家にはいつも誰か大人がいただろうから。この家もそうだ。時雄と時也で働いていて、成実と朋子はいつだって家にいる。だから子どもたちは、いつでも大人のいる家に帰ってくる。


 それを、羨ましくないかと言われれば、困ってしまうが。


 秋人は曖昧に笑って見せた。両親に向かって、仕事と息子どちらが大事なのかなどと、聞く勇気はない。


「秋人。名字は違うが、お前は八尾の者だ。いつでも頼って来なさい。毎日でも来ていい」


 うん、と返事をする。時雄は不満げにため息をついた。


 秋人が麻宮家に帰宅しても、母の仕事はまだ終わっていなかった。通話は続いているようで、時折優しい笑い声が、秋人の部屋にまで響いた。

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