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少女神異譚  作者: 成東 志樹
第1章 少女の呪い

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第4話 夏休みの終わり

 夏休みの終わった清峰きよみね高校は、やはり『八上やがみちょう連続行方不明事件』の話題で満ちていた。


 事件は夏休み中にはじまったのだ。久しぶりに会った同級生と、噂や憶測を話すなというほうが無理だろう。


 唯一帰還した未鈴みすずのことを噂する声もあったし、八上町に昔からある都市伝説を引き合いに出す人間もいた。富士子さんに連れて行かれたのだとか、八面はちめんがわの男児がみんな川に落としたのだとか。

 それから――。


 教室の机に鞄を置いた瞬間。


「なあ、秋人あきと


 出入口で呼んだのは友人の鹿島かしま大夢ひろむだった。立てた親指で方向を示されるのでそちらへ行ってやる。

 鹿島が連れてきたのは、人気のない特別教室棟、二階にある音楽室の前。冷えた声で言った。


「聞いたか? 木戸きどが行方不明だって」

「聞いた。朝のニュースでもやってたし、きょうはずっとそういう話ばっかだわ」


 昨日、未鈴と動物園に行っているあいだにも一人の男子生徒が行方不明となっている。夕方コンビニに行くと言って出て、二度と帰らなかったという。

 家庭でのトラブルは特にない。日が日なので学校が始まることを苦にして家出をしてしまったのではないかと警察は見ているようだが、秋人の知る範囲ではいじめなどもなかったはずだ。よほど成績が悪いなんてこともない。

 普通に高校生活を送っていた、普通の高校生だった。顔を合わせたら世間話をする程度の、友人だった。


 切羽詰まった表情の鹿島に腕を掴まれる。剣幕に、思わず後ずさる。


「なあ。おれら、大丈夫かな」

「なんで。なにが?」

「だって、湯之原ゆのはらの呪いだって言われてんだぞ」


 噂はいくらでもある。富士子さんが。八面川の男児が。

 それから、『湯之原ゆのはら真凪まなの呪い』――。


「そんなもん」


「そんなものあるわけないでしょ」


 秋人の返答を遮ったのは強い女性の声だった。二人して見れば、近くの階段から三原みはら果歩かほが降りて来たところだ。長身の美人。彼女の性格を秋人はよく知っていた。


「なに怖がってるの? 呪いなんて。怪しい配信ばっかり見てるからそう思うんじゃない?」

「でもさ――」

「ないわ。あるわけない。それともなに? 心当たりがあるってこと?」


 果歩は才色兼備な女子だ。それに伴う正当な自信もある。制服を着崩していても教師に注意されないのは成績がいいから。男子には厳しいが女子には甘い。その容姿と人当たりの良さで校内では人気者。果歩を敵に回しては校内で恋愛を成就させるのは難しいと言われるほどだ。

 そんな彼女ににらまれて、鹿島は勢いを失くした。


「……心当たりは、ねえよ。ただ、そういう噂があるから」

「放っておけばすぐに収まるわよ」


 分かったよ、と言って、鹿島は来た道を帰って行った。秋人を置いて行ったのは気を遣ったのだろう。果歩は寄って来て、秋人の夏服の袖をちょんと摘まんだ。身長差分、その視線は上目遣いになる。


 果歩の身長は百七十近くある。それを誇らしく思いつつもちょっとコンプレックスなのだという。秋人は果歩より十センチほど背が高い。目線を下げてしっかりと目を合わせてくれる、そういうところが好きなのだと、かつて言われたことを思い出した。


 悲しげな顔で、果歩は尋ねる。


「どしたの? 連絡返してくれないなんて」


 そういえば果歩からの連絡が三日前に来ていた。そこから返事を催促する連絡もあったが、スマホを開くとつい未鈴とのショートメールを確認してしまい、つい返信を忘れていたのだ。


「ごめん。夏期講習忙しくて。疲れて、帰った瞬間寝ちゃうから」


 誤魔化そうとしたが、一転果歩はきつく責めるような声音で返す。


「じゃあ、動物園に行ったのは?」


 なぜバレているのか。田舎の監視網は厄介だ。


美咲みさきのお兄さんが見たって。動物園で、誰か女と二人でいたって」


 危機一髪だ。誰といたかまでは知らないらしい。


「親戚だから。中学生のいとこが遊びに来て、一日世話を任されたってわけ」

「夏休み最終日に遊びに来たの?」

「そう。もう帰ったよ」

 

 秋人はスラックスのポケットを探る。あった。今朝回収をしていて助かった。


「お土産を買ったんだ。後ろめたいことがあるなら買うわけないだろ。果歩と妹ちゃん、二人分あるから」


 小さな袋を二つ取り出す。レッサーパンダのキーホルダーだ。金具が色違いになっている。


「え、いいの」


 ぱあ、と果歩の顔が明るくなる。両手を上にして差し出すので、その上に二つとも置いてやる。早速取り出して感嘆の声を漏らした。果歩は怖そうな雰囲気に反して可愛いもの好きである。そういうところが好きなのだと、いつか伝えたような気がする。


「そのピンクと、もうひとつはブルー。好きなほう取りな」


 果歩の機嫌はすっかり直った。一時的なものだろうが、まあいい。彼女は足取りも軽く、用事があるらしい職員室へと降りて行った。

 背中を見送りながら、秋人は教室に戻る気力が失せたことを自覚する。空き教室を見つけて入った。どうせ最初は体育館に集まって始業式だ。いなくても咎められることはない。とはいえ廊下の窓から見えないよう、端に座り込む。


(あの、キーホルダーは)


 本当は、果歩に買ったものではない。

 両親が付けてくれるかと思い購入した。彼らは朝早くに出て夜遅くに帰ってくる。家にいるときは大抵機嫌が悪いため、秋人も積極的には話しかけない。


 メモを書いてリビングの机に置いておいたのだが、一晩経っても触られた形跡すらなく、今朝顔を合わせても話題に出なかった。

 買ってきたのだと言ってみても、こちらを見もせずに仕事の支度をしていた。

 せっかくだから、果歩へのご機嫌取りに使ったというわけだ。


 両親が忙しいのは、自分のために働いてくれているからだと分かっている。……いや、そう信じている。自分をいとうて寄り付かないのではなく、致し方なく多忙なのだと。そのために余裕がないのだと。

 両親と出掛けた記憶がここ十年ほどないとしても、そう信じている。

 大学進学のために家を出たら、あの家庭はどんな温度になるのだろう。下がるのは嫌だと思いながら、上がってしまうのも嫌だと思う。


  秋人はゆっくりと、教室のベランダに出た。中庭が見渡せる。やはり見つからないように窓下の壁にもたれて座る。


 清峰高等学校の中央校舎は、中心を刳り抜かれた四角柱の形をしている。

 真ん中にあるのは中庭だ。校舎に囲まれた中なのでそれほど広くはないが、芝生が引かれ花壇があり、中心には円形の池がある。数匹の鯉が飼われている。

 中庭は生徒の憩いの場だった。昼休みには昼食の場として争奪戦が起こっていた。


 あのことが起きるまでは。


『湯之原真凪』の呪い…………。


 考えてはいけない、と思う。

 考えてはいけない、と思っては、考えずにはいられないのに。

 せめてもの抵抗に目を瞑る。暗闇が視界を覆う。


 深く息を吸えば、どこかから草の匂いがした。

 (ちがう、血の匂いだ――)

 それも違う、と思う。

 けれどやはり濃い匂いが鼻をつくようで、目を開けた。

 それを待ちかまえていたかのように、陽が陰る。

 ――落ちて来る。

 人だ。生徒が落ちて来る。

 湯之原真凪が落ちて来る。 

 肩までの髪が舞っている。小さな体が空中に投げ出されている。

 落ちている最中なのに、彼女の体は叩きつけられたあとの状態だ。

 深くぱっくりと割れた右眼。落下の衝撃でまぶたえぐれ、眼球が零れそうになった左眼。見開かれた、もう閉じない両目で。

 こちらを強く、凝視しながら――中庭へと落下した。


 秋人は思わず立ち上がり、ベランダの欄干に抱き着くようにして下を見た。変わらない中庭が広がっている。誰も落ちていない。誰も死んでいない。


 誰もこちらを見ていない。


 安堵の息を吐き、吸って初めて、匂いなどしていないことに気が付いた。

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