表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女神異譚  作者: 成東 志樹
第3章 未鈴

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/18

第2話 触れるな

 秋人あきとは学校が終わっても帰宅する気にならず、公園のベンチに座って時間を潰していた。夕方五時を過ぎた空は地面を赤く染めて、担任や、湯之原ゆのはら真凪まなから流れた血を思い出させた。


 担任はまだ復帰していない。噂によれば、からすが刺さった左目はもう、光を映すことはないらしい。


『湯之原真凪の呪い』だ、と秋人は思う。


 呪われる筋合いはない、とも思う。

 しかし事実として、あの場にいた人間が行方不明になっている。校内で消えた鹿島かしまも、それ以前に失踪した寺西も木戸も、まだ見つかっていない。

 

 不安がる果歩かほには「呪いなんてない」と何度も言い聞かせた。それでもメッセージを送ってきて言い募るので、アプリをミュートにして見ないようにしている。

 秋人だって不安だった。烏が飛び込んできたとき、窓に真凪の影があったことは打ち明けられていない。そんなことが本当にあるのか? 幽霊や呪いなど、やはりまだ信じ切れない。


 人が消えているのは、すべてどこかの誘拐犯の仕業で。

 担任の事故は偶然で。

 影はただの錯覚で。


 時間が経って冬にでもなれば、全部なかったことみたいに、いつものように生活しているのではないのか。


「あれ、秋人くん」


 声を掛けられて顔を向けると、岩倉いわくら未鈴みすずが公園に入ってくるところだった。


「おう。いま帰り?」

「うん、宿題してたらちょっと遅くなっちゃった」


 自然と隣に座ってくる。下から覗き込むように首を傾げた。


「なにしてるの?」

「……ちょっと考え事。最近学校いろいろあるだろ」

「ああ、ショックだったよね。学校休んでる子もいるし。先生、大丈夫かな」


 担任も湯之原真凪に関連している。図書館やその周辺の掃除区画の指導担当だった。その場にはいなかったものの、真凪が恨んでいても不思議ではない。


 それもあって、『湯之原真凪の呪い』であるという噂は日に日に信憑性を帯びている。


「未鈴は、さ」


 うん? と笑う。屈託のない、猫のような可愛い顔。

 自分と似合いだと思う。もしかしたら果歩よりも。どうしていままで彼女の存在に気が付かなかったのだろう。

 惹かれている、と思う。


「まだ思い出せない? 行方不明になってたときのこと」

「うん……思い出せない。やっぱり、寝てたときみたいな感じなんだよね。自分が移動した記憶もないし、そんな感覚もない」

「そっか」


 その記憶は真凪の幽霊が奪ったのだろうか。未鈴は終業式の日、体調不良で欠席していた。あの場どころか学校にもいなかったのだ。恨まれる筋合いはないだろう。


「未鈴も、あんまり遅くならないほうが良いかもよ。ほら、始業式でも校長が注意してた」

「ひとりで帰らないようにってね。でも、二回も行方不明になるなんてこと、あるかなあ?」


 未鈴は呑気に返す。彼女を背後の雑木林に連れ込もうとしたら、簡単にできるだろう。未鈴は身体が小さくて、細くて、ひょいと抱えてどこへでも走れそうだし、抑えるのも容易に思える。


「いやほんとに。未鈴が誘拐犯から脱走してたら、むしろ狙われるかもよ」


 冗談で言ったつもりはなかったが、未鈴はきゃらきゃらと笑った。


「秋人くんは?」

「おれ? おれは、大丈夫でしょ」


 根拠もなく返せば、未鈴は笑顔のまま言った。


「分かんないよ」


 語気は強い。微笑みは優しい。一瞬時間が止まる。声色と表情が嚙み合わない。夢の中に入り込んだような違和感だ。しかしすぐに口調が顔と合う。


「うーんでも確かに、女の子のほうが危ないかな?」

「……そうそう」

「でもこないだ行方不明になったのは、男の子だったね。鹿島くんだっけ」

「ああ、男子はみんなビビってる」

「友達だった?」

「ん?」

「行方不明になった子。友達だった?」

「……いや。話したことは全然あるしつるんでたけど、友達ってほどじゃなかった」

「そっか」

「未鈴は、さ」


 訊いても意味がないことは分かっていた。ただ、どうしても否定して欲しかったのだ。湯之原真凪を恐れる必要のない誰かの意見が聞きたかった。


「呪いって、信じる?」


 未鈴は考え込む。


「言われてるよね、噂。湯之原さんの呪い」

「そうそれ」

「私は、信じないかな。死んだ人間が生きた人間になにかするなんて無理じゃない?」


 未鈴がベンチから立ち上がる。


「注意してもらったし、帰ろうかな」


 目線を下げると烏が降りてくるところだった。とんとん、とジャンプをして移動する。

 最近、烏が増えた気がする。山から降りてきているのだろうか。


「送るよ」

「ううん、まだ明るいし大丈夫。ありがとう」


 未鈴は手を振って、秋人に別れを告げる。その時だった。怒号が飛んだ。


「秋人!」


 驚いてそちらを見ると、祖父の時雄ときおが怒りの形相でこちらに走って来ていた。老人の走りなのでそれほど早くない。秋人は祖父がなにに怒っているのか分からず、ひとまず立ち上がって出迎えた。


 時雄は秋人の身体を押して自らの後ろに押し込んだ。未鈴から遠ざけたのだと分かったのは、時雄が未鈴のほうを向いて怒鳴ったからだ。


「うちの孫に近づくな!」


 秋人は目の前で起こっていることが信じられなかった。威厳があり礼儀に厳しい祖父が、秋人の友人に突然怒鳴っている。ましてや、女性に。


「どしたのじいちゃん、やめてよ。話してただけだよ」


 時雄の後ろから出て、秋人は未鈴を庇うように立ちふさがった。未鈴は突然激高する老爺に怯えて、身を縮めている。


「どけ、秋人!」


 怒りは収まりそうになかった。秋人は時雄を押し留めながら、振り向いて未鈴に叫ぶ。


「未鈴、ごめん! うちのじいちゃんなんだ、大丈夫だから、行って!」


 未鈴は狼狽うろたえていたが、再度の促しにより走って公園を後にした。追おうとする時雄の腕を掴んで止める。


「なに、いきなり。やめてよ。おれの友達だし、話してただけじゃん」

恵美えみは話しておらんのか」

「母さん? なに……」

「お前たちがここに来るときに言っておったのに」

「聞いてないよ、なに?」


 秋人の返答が気に入らなかったのか、時雄は早足で公園を出ようとする。未鈴の姿はもうない。いまから時雄が走ったところで追い付けはしないだろう。秋人は時雄の速度に合わせて並走した。


「どこ行くの」

「お前の家だ。恵美と話す」

「母さんいないよ、仕事で」


 時雄はやっと立ち止まった。彼は大きくため息を吐き、すっかり上がった息を整えてから、八尾家に向かって踵を返した。


「恵美に電話するように言え」


 それから、秋人を見据えて。


「あれとは関わるな」


 帰宅した恵美に事情を話しても、時雄に電話をしなかった。するとその日の深夜に時雄から家の電話へかかって来た。出たのは恵美だったが、案の定すぐに喧嘩になった。


 一階の口論を階段に座って聞いた。『迷信でしょ』『古いって』『私たちには関係ない』といった言葉が聞き取れたが、なんの話をしているのかは結局分からなかった。

 口論が止んだ頃、一階に降りてなんだったのか尋ねた。


「なんでもない」


 そう言って、恵美は自身の部屋へと帰って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ