表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女神異譚  作者: 成東 志樹
第2章 山姫神伝説

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/16

第7話 歪な土地

 啓介けいすけ八郷はちごうさんから一度警察署に戻り、洗車をしてから帰路についた。烏の死体処分の手配までしていたら随分と遅くなってしまった。

 

 帰宅すると、家族の食卓はもう終わった後だった。相慈そうじだけが居間にいて、テレビを眺めている。


「お疲れさん」

「ただいま。裕香ゆかは?」

理央りおと寝とられるよ。食事、温めるかね」

「いいよ自分でやる」


 台所には麻婆茄子が皿に盛られて置かれていた。冷蔵庫の白米の上に載せて、一緒にレンジに入れる。温まった麻婆茄子丼を持って居間に戻って座ると、ようやく一息ついた気分になる。

 本当はビールを開けたいところだが、夏梅なつめからのコールに備えて控えておく。


「これ、親父が作ったの?」

「そう。難しくはない。味付けはレトルトだからな。茄子切って炒めるだけだ」

「充分だよ。ありがとうね。助かってる」


 ふふ、と誇らしげに相慈が笑う。こんな笑い方をするような人ではなかった。現役時代の相慈は家にはほとんど帰って来なかったし、いつも険しい顔をしていた。

 笑いあった記憶は、ほとんどない。

 

 七雲なぐも家は代々八上(やがみ)に住んでいて、祖父も父も、親戚も多くが警察官だ。だからそんな日常を、特別だとも思わなかった。


 ――ここは奇妙な土地です。


 夏梅の言葉を思い出す。 

 啓介は半分笑いながら言った。


「親父、八上町を奇妙な土地だって思ったことある?」


 雑談のつもりだった。こんなことがあった、と警察官時代の奇妙で愉快な話でもしてくれると想定していた。


 相慈はテレビを向きながら黙っている。聞こえなかったのかな、と再度尋ねようとすると、ゆっくりと首だけでこちらを振り返った。


「奇妙、というより、いびつな土地だったかもしれんな」

「なに。歪って、どういう」

「……いや、昔の話だ。もう違うから、知らなくていい。特にお前は。もう誰もそうしていないから、わざわざ知るべきことでもないのだよ」

「昔は、どうだったの」

「そうさな。生まれた場所や血筋で人を分けるような……どこにでもあるようなことがあった。場所というより時代がそうさせたんかもしれん。おかしなことを言って悪かった。昔のことだ。知らなくていい。理央のためにもな」

「理央?」


 生まれて一年も経っていない息子に、なんの関係があるというのか。

 相慈はもう終わりだとでもいうようにテレビに向き直り、芸人のリアクションに笑い声をあげた。


――――――――――


 啓介は畑仕事を終え、帰路についている。

 夢であるのだと理解していた。見える風景は、以前見たものと違って随分近代的だ。昭和の初めころだろうか。


 自分の家は山の麓にあるあばら屋だった。この時代だとこんなものなのだろうか? 随分古い木材で出来ていて、台風でも来れば吹き飛んでしまいそうだ。


「帰ったぞ」


 戸口から覗き込む。

 子どもたちが家にいて、妻はひとあし先に帰っているはずだった。けれど家のなかは静まり返っている。どこかへ出かけているのだろうか、いや、そんなはずは――そう思って一瞬後、啓介は血の気が引いた。


 違う、連れて行かれたのだ。


 夢のなかだからだろうか、確信できた。

 肺がぎゅっと縮み上がる。途端に息が浅くしか吸えなくなった。全身の毛が逆立ったような気がした。叫び出したいのを我慢しながら、啓介は家にあがり子供の姿を探し回る。

 七つと、二つにもならない娘ふたりだ。下の子が熱を出したので、上の子に子守りを任せて出てきた。いってらっしゃいと笑って手を振ったのをしっかりと覚えている。


 足音が走り寄ってくる。

 戸口を振り返ると、息せき切った妻が飛び込んできた。


 妻は、裕香の顔をしていない。知らない女だ。それでも妻であると認識していた。理解していた。

 これが、自分が望むでもなく『番わされた』、女である。

 それでもそれなりに、大事にしたいとは思っていた。怯えきって無理矢理にとつがされたこの女を、せめて自分だけは虐げることがないようにしたかった。


 その妻は悲壮な顔をしている。

 息を切らして家のなかを見回し、静かなのを受け止めると首だけを動かしてこちらを向いた。


「連れて行かれた」


 言って泣き崩れた。

 土間に両膝をついてわんわんと大きな声をあげて泣き喚いている。


 啓介はただ、同じように膝をつき、妻の肩を抱くことしかできなかった。


 泣き喚く以外にできることはない。

 反抗も反論も許されてはいない。

 そもそもそのために存在しているのだ。

 そのために生まれ、生き、生かされているのだ。


 そう。――に生まれたばっかりに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ