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少女神異譚  作者: 成東 志樹
第2章 山姫神伝説

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第6話 怪談捜査

 夏梅なつめの案内役を仰せつかってから、啓介けいすけの勤務は日勤帯に固定された。交番シフトの助っ人も署内の雑用もない。その代わりに、いま、八面はちめんがわの河川敷にいた。

 制服姿で草むらに座っている。周辺を散策する夏梅を見ている。


 資料はすべて読み終えた。それを待っていたかのように、夏梅は啓介に車を出させた。

 現場に行くと言うから、白い着物の女が映っていた道路か、岩倉いわくら未鈴みすずが発見された公園にでも行くと思ったのだが。

 指定されたのは河川敷だ。去年、夏休み中の小学生二人が溺死する事故が起こった。


 八面川の男児の霊。


 資料にあった怪談のひとつだ。八面川の河川敷で子供だけで遊んでいると見知らぬ男児がどこからか出て来て、一緒に遊ぼうと言う。

 そこで受け入れてやらなければ帰り道で全員車に撥ねられて死ぬ。受け入れてやれば平和に遊ぶが、やがて子供のうち一人だけが、男児によって八面川に突き落とされ、死ぬ。


 なんとも救いのない話である。どのルートを選択しても誰かが死ぬ。つまりは『子供だけで河川敷で遊ぶな』という警句なのだろう。八上やがみの川で子供が死ねばこの話が盛り上がり、親たちは子に言い聞かせるのだった。


 ――子供だけで川に行ってはいけない。八面川の男の子が出て来るよ。


 時計を見る。もうすぐ定時だ。


 育児休暇を終わらせたのは裕香ゆかの体調が回復したからだ。理央りおも以前よりは眠るようになったし、相慈そうじもなんとか理央に触ることができるようになった。

 それでも家のことは気になる。なにかあればいつでも連絡をしてと言ってはあるが、妻は遠慮して連絡を躊躇ためらうことが多い。


 ふと目の前に意識を戻すと、夏梅が視界から消えていた。

 慌てて立ち上がり、周囲を見回す。


「夏梅さん……?」


 いない。草むらが広がるばかりで、まるで最初から誰もいなかったかのように人の気配がない。子供ではないのだから、川に入るなんてことはしないだろう。しない。しないはずだ。啓介には確信が持てない。夏梅の考えていることを理解できた試しがない。


 あるいは、まさか。本当に男児の霊が――。


「な、夏梅さん!」

「はい」


 橋脚きょうきゃくの陰から出て来た。座り込みでもしたのか、スーツの膝についた土を払いながら涼しい顔でこちらを見る。


「なにかご用ですか」

「……なにも」

「では次に行きましょう」

「次、とは」

「夜に出現する富士子さん」


 本命だ。画像の彼女と関連するかも分からないが、これであれば、捜査する価値がなくはないだろう。


 富士子さんも、遭った人間はどちらにしろ殺される。

 女であれば富士子さんに惨く殺され、男であれば山へ連れ帰られ生きたまま食われる。

 山姥やまんばの亜種だろうか。『むやみに夜に外出するな』ということか。


「しかし、特定の場所の噂じゃないですよ。どこに行くって言うんですか」

八郷はちごうさんへ行きましょう。山から降りて来る女もこれに近い。この辺りで『山』といえば、八郷山でしょう」

「それは、そうですが」


 近くに停めてあった車に乗り込む。助手席に座った夏梅は、ビジネスバックから紙の地図を取り出した。


「山に関連する怪談が多いのですね」

「だから、山姫神伝説からの派生でしょう。富士子さんなんてほとんどそのまま、伝説を怖い方面に解釈したものにしか聞こえません」

「では、『富士子』さんに心当たりは? 伝説では『さえ』です」

「知りませんよ。当時生きていた女じゃないですか。なにか様子が変だったとか、殺人事件を起こしたとか」

「そういった記録は見つけられませんでした」


 そうですか、と突っぱねたい気分だった。

 自分はいったいなんの仕事をやっているのだろう。


 上司にそれとなく言ってみても「うまくお付き合いして」としか返って来なかった。捜査班に近づかず、関係のないことを嗅ぎまわっている分には、あちらにとっては都合がいいのだ。


「ひとつ、気になることがあるんです」

「なんでしょう」

「どうしてさえは、戻ってくることができたのでしょうか」

「……愛のちから、とかですかね」


 山姫神伝説のなかでは、生贄に捧げられた娘は誰も帰って来なかったとされている。しかし、さえは帰って来た。帰って来て、愛しい男を連れて行った。


 確かに矛盾点ではあるものの、所詮は伝説だ。整合性なんて考えて作られていないだろうし、そんなことは考えるだけ無駄だろう。


 夏梅はなにやら考え込んでいる。

 啓介は黙って車を飛ばした。


 八郷山はそれなりに険しく、中級者以上の登山客に人気の山だ。登山口前に数十台が入る整備された駐車場がある。停めると夏梅が鞄をその手に持った。


「ここまでで構いません。もう定時は過ぎているでしょう」

「は、しかし、徒歩で帰れるような場所では」

「大丈夫です」

「タクシーなんて来ませんよ」

「問題ありません。ここで。本日はありがとうございました。また明日」


 言って夏梅は車を降りた。振り向きもせずに山へ向かっていく。啓介はしばらく悩んで、夏梅のアドレスへメールを入れた。


『確認のため、ご帰宅されたらご連絡ください。また、帰りに困った場合も、ご連絡ください。お迎えにあがります』


 なんだというのか。啓介はため息をついてハンドルに額を付けた。楽な仕事といえばそうである。ただ夏梅の指示に従って、行きたいところに連れて行って、話を聞いてやればいい。


 とはいえ、自分はいったい何をやっているのかという怒りと焦燥は生まれ続ける。これはなにかのドッキリで、あるいは上司の嫌がらせで、ただ面白がって自分を追い詰めようとしているとしか思えない。むしろ、そうであってほしい。


 啓介は再度エンジンをかけ、ハンドルを回して車体を旋回させる。その瞬間、運転席の窓に衝撃が走った。なにかがぶつかったのだ。生き物だと分かったのは、べったりと赤黒い血が付いていたからだ。なにかが落ちる音もした。


 ブレーキを踏みドアを開ける。アスファルトにはからすが倒れ伏していた。それも、二羽。


 一羽の横面よこつらへもう一羽がぶつかったようで、頭に突き刺さってL字の状態で落ちている。刺したほうは窓硝子にぶつかったのだろう、すでに死んでいて動かない。刺されたほうは開いた嘴の端から黒い血泡を噴き、びくびくと数度痙攣してから死んだ。


 空を見上げる。数十羽の烏が空中で喧嘩をしていた。

 そういえば最近、烏が増えた。

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