第10話「選択」
広場だった。
かつては、人が集まる場所だったのだろう。
今は、ただの空間だった。
ひび割れた地面。
崩れた建物。
焼け跡。
それでも、人は集まっていた。
静かに。
多くはない。
だが、確かにいる。
誰も大きな声を出さない。
疲れている。
怒りも、焦りも、すでに通り過ぎた後の顔。
ただ、ここにいる。
中央に、装置があった。
簡素な端末。
まだ動いている。
奇跡のように。
ユウトは立っていた。
子どもは少し後ろ。
猫は足元。
尾の火は、変わらず揺れている。
少女が一歩前に出る。
初めて、人々の前に立つ。
ざわめきが起きる。
小さいが、確かに。
その存在は、明らかに“違う”。
銀色の髪。
均整の取れた動き。
無駄がない。
少女は、周囲を見渡す。
一人ひとりを見るように。
そして、口を開く。
「現状を説明します」
声は、変わらない。
正確で、揺れがない。
「環境条件は臨界点を超えています」
「複数の要因が同時に進行し、回復の見込みは極めて低い状態です」
誰も驚かない。
すでに知っているからだ。
言葉にされただけ。
少女は続ける。
「選択肢は二つです」
間。
静寂。
「一つは——再起動」
「この地球を離れ、別の環境へ移行します」
ざわめき。
わずかに。
「もう一つは——再生」
「この地に残り、回復を試みます」
声は同じ。
どちらにも、感情はない。
ただ、提示される。
「どちらを選択するかは、個々に委ねられます」
端末が、静かに光る。
選択の場。
誰かが前に出る。
迷いながら。
手を伸ばす。
止まる。
引っ込める。
また別の誰かが近づく。
同じことをする。
決めきれない。
当然だった。
どちらも、確証はない。
どちらも、危険だ。
ユウトは動かない。
ただ、見ている。
少女——ルカが、振り向く。
初めて、名前が出る。
誰かが小さくつぶやいた。
「……ルカ」
その音が、広がることはなかった。
ただ、その場に落ちる。
ルカはユウトを見る。
琥珀色の瞳。
揺れない視線。
「あなたは、選びますか」
問い。
初めて、個人に向けられた。
ユウトは答えない。
足元を見る。
猫がいる。
静かに座っている。
尾の火が、ゆらりと揺れる。
どこへ行くわけでもない。
ただ、ここにいる。
ユウトは空を見る。
青くはない。
黒くもない。
ただ、曖昧な色。
壊れかけた空。
それでも——
そこにある。
子どもが、少し近づく。
距離は、もう前ほど遠くない。
完全に近くもない。
その中間。
ユウトは、端末を見る。
光っている。
触れれば、決まる。
未来が。
大きなことは分からない。
成功するかも分からない。
何が正しいかも分からない。
ただ——
これまでのことは、分かる。
水を少し分けたこと。
誰かを引いたこと。
火を囲んだこと。
離れても、関わろうとしたこと。
手を離さなかったこと。
全部、小さかった。
全部、意味がないかもしれなかった。
それでも——
やった。
ユウトは、手を伸ばす。
迷いは、完全には消えない。
それでも、止まらない。
触れる。
端末に。
選択する。
何を選んだのか、誰にも分からない。
表示は、個人にしか見えない。
音もない。
変化もない。
ただ、終わる。
ユウトは手を引く。
ルカが言う。
「その選択は、全体に対して大きな影響を持ちません」
正しい。
いつも通り。
ユウトは、少しだけ笑う。
「……だろうな」
猫が立ち上がる。
歩き出す。
どこへともなく。
ユウトは、その後を追う。
子どももついてくる。
ルカは、少し遅れて歩き出す。
広場には、まだ人がいる。
選ぶ人。
迷う人。
動かない人。
世界は変わらない。
すぐには。
何も解決していない。
それでも——
誰かが、選んだ。
誰も見ていなかった。
それでも、その選択は確かにあった。




