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ディストピア9:摂氏52度の空は、なぜ青かったのか  作者: 沁みた大根


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第10話「選択」

広場だった。


かつては、人が集まる場所だったのだろう。


今は、ただの空間だった。


ひび割れた地面。

崩れた建物。

焼け跡。


それでも、人は集まっていた。


静かに。


多くはない。

だが、確かにいる。


誰も大きな声を出さない。


疲れている。


怒りも、焦りも、すでに通り過ぎた後の顔。


ただ、ここにいる。


中央に、装置があった。


簡素な端末。


まだ動いている。


奇跡のように。


ユウトは立っていた。


子どもは少し後ろ。

猫は足元。

尾の火は、変わらず揺れている。


少女が一歩前に出る。


初めて、人々の前に立つ。


ざわめきが起きる。


小さいが、確かに。


その存在は、明らかに“違う”。


銀色の髪。

均整の取れた動き。

無駄がない。


少女は、周囲を見渡す。


一人ひとりを見るように。


そして、口を開く。


「現状を説明します」


声は、変わらない。


正確で、揺れがない。


「環境条件は臨界点を超えています」


「複数の要因が同時に進行し、回復の見込みは極めて低い状態です」


誰も驚かない。


すでに知っているからだ。


言葉にされただけ。


少女は続ける。


「選択肢は二つです」


間。


静寂。


「一つは——再起動」


「この地球を離れ、別の環境へ移行します」


ざわめき。


わずかに。


「もう一つは——再生」


「この地に残り、回復を試みます」


声は同じ。


どちらにも、感情はない。


ただ、提示される。


「どちらを選択するかは、個々に委ねられます」


端末が、静かに光る。


選択の場。


誰かが前に出る。


迷いながら。


手を伸ばす。


止まる。


引っ込める。


また別の誰かが近づく。


同じことをする。


決めきれない。


当然だった。


どちらも、確証はない。


どちらも、危険だ。


ユウトは動かない。


ただ、見ている。


少女——ルカが、振り向く。


初めて、名前が出る。


誰かが小さくつぶやいた。


「……ルカ」


その音が、広がることはなかった。


ただ、その場に落ちる。


ルカはユウトを見る。


琥珀色の瞳。


揺れない視線。


「あなたは、選びますか」


問い。


初めて、個人に向けられた。


ユウトは答えない。


足元を見る。


猫がいる。


静かに座っている。


尾の火が、ゆらりと揺れる。


どこへ行くわけでもない。


ただ、ここにいる。


ユウトは空を見る。


青くはない。


黒くもない。


ただ、曖昧な色。


壊れかけた空。


それでも——


そこにある。


子どもが、少し近づく。


距離は、もう前ほど遠くない。


完全に近くもない。


その中間。


ユウトは、端末を見る。


光っている。


触れれば、決まる。


未来が。


大きなことは分からない。


成功するかも分からない。


何が正しいかも分からない。


ただ——


これまでのことは、分かる。


水を少し分けたこと。

誰かを引いたこと。

火を囲んだこと。

離れても、関わろうとしたこと。

手を離さなかったこと。


全部、小さかった。


全部、意味がないかもしれなかった。


それでも——


やった。


ユウトは、手を伸ばす。


迷いは、完全には消えない。


それでも、止まらない。


触れる。


端末に。


選択する。


何を選んだのか、誰にも分からない。


表示は、個人にしか見えない。


音もない。


変化もない。


ただ、終わる。


ユウトは手を引く。


ルカが言う。


「その選択は、全体に対して大きな影響を持ちません」


正しい。


いつも通り。


ユウトは、少しだけ笑う。


「……だろうな」


猫が立ち上がる。


歩き出す。


どこへともなく。


ユウトは、その後を追う。


子どももついてくる。


ルカは、少し遅れて歩き出す。


広場には、まだ人がいる。


選ぶ人。

迷う人。

動かない人。


世界は変わらない。


すぐには。


何も解決していない。


それでも——


誰かが、選んだ。


誰も見ていなかった。


それでも、その選択は確かにあった。

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