2-5 そのことなんだけれど
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翌日。
「そっちだ!」
「はい!」
害獣討伐。
翌々日。
「もう少し行ったら休憩しようか」
「分かりました」
道中警護および荷物運び。
翌々々日。
「次はかけっこだ! あのお姉ちゃんが鬼だよ」
「わ、わ~」
村の学校にて、子供たちの相手。
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「なんか剣士の仕事って。何でもアリというか、剣を使わないようなものも含むんですね」
その日の夜、会館で夕飯を取りながら、私はドニーさんに言った。
「まあそれはそうだ」彼女はパンを齧りながら応じる。「組合は要するに、地方に根差した剣士団だから。民間なぶん、仕事の幅は広くなるよ」
「なるほど」私は頷く。「……剣士団ってなんですか?」頷いた理由は特にない。
「あー」ドニーさんは。「それはあれだよねえシオカちゃん」
一緒にテーブルを囲んでいる、受付の人――シオさん(本名はドニーさんが呼んだ通りシオカというのだが、そう呼べと本人に言われた)に話を振る。シオさんはタバコの煙をふうっと吐くと、
「剣士団は、この国の首都に本拠地を構える、王に仕える剣士の集団ですよ」そう説明を始める。「首都を主とした警察活動と、軍隊活動を行う組織で――フォスが憧れた組織でもあります」彼女はドニーさんのほうをちらと見てから言い終える。
「へえ」私は。「え? 姉さんが?」
ここで、その名前が出てくるのか。
「そうです」シオさんは。「もともと――」
ガタン、と勢いよく立ち上がり。
ごくごく、と喉を大きく鳴らし。
「呑め! シオカちゃんも」
ドニーさんは樽を机に叩きつけて言った。彼女は結構な酒豪である。
「私は酒はやらない」
「ツれないな、全く」
ドニーさんは言って、他のテーブル席に絡みに行ってしまった。
「あ、あの、それで。姉さんの話は」
私はシオさんに訊いたが、彼女はそれ以降は何も話そうとせず、ただタバコをふかしているだけだった。
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『全く、あの二人はペラペラと』
姉に直接訊くと、まずそんな言葉が返ってくる。
「あ、何か言い辛いことがあるなら、また別の機会でいいんだけど」その態度に私は遠慮を示す。
『そういうわけではないけれど。もう少し、ここで経験を積んでから話そうと思っていたの』
姉の返答はそうだった。私は居住まいを正して聞く姿勢を作る。
『聞いた通り、剣士団は私が入ろうとした組織。それに入るのが、わたしの剣士としての一番の《《夢》》だった』
「入ろうとしたっていうのは、試験に落ちちゃったとか? それとも年齢とかの制限があるとか」
『いや。準備は万端だったんだ。見習い剣士っていう枠があって、年齢十二歳から受け入れていたし。わたしは、十六歳の時に受験ようとしたんだけれど』
姉は説明する。では一体――と考えたところで、あることが引っかかった。
十六。
十六歳の姉。私はハッとした。
『うん。受験に行く途中で、わたしは命を落としたんだ』
ドニーさんの歯切れが悪かったのは、
つまりは、そういうことなのだった。
『近道を行こうとして、しくじった。思えば、驕っていたところがあったかも知れない』私の記憶の中では、いつも堂々としていた姉が、しおらしくそう言って、等身大に感じられることは、私にとって嬉しいことだった。「でも――勝算、というか、その近道を、抜けれる算段はあったんだよね?」私の質問には、『まあね。でも、見通しが甘かった。数の差を舐めていたんだ』そんな答えが返ってきた。『だから、この話は、ツルギーがもっと経験を――一対一だけでなく、多対一の戦闘を経た後で、話そうと思っていて』
「そっか」そういう経緯ならば、納得である。「でも早めに聞けてよかったよ。改めて気を引き締められたし、――新しい夢も、できたから」
『そのことなんだけれど。ツルギー、あなたはそんなことしなくていい』
キインと、耳鳴りのようなものが頭に響く。
頭の中が、真っ白になった。
私は姉を追いかけ、両親を説得し、鍛錬に励み、ここまで来た。そして新たな目標が見つかり、それに向けてここから更にがんばろうと、そんな心持ちになっていたところで――降ってきたのは、そんな言葉だった。
「――えっと」私は。鼓動が激しくなってゆく胸を押さえつつ、ゆっくりと尋ねる。「それは。私じゃ、無理ってこと?」
『そういうわけでは、なくて』
「そういうわけだよね? いいのに、無理に慰めなくて」最低限。そう、私にかけられているのは最低限の期待だったのだ。姉に続いて剣士になった私は、姉の経歴をなぞって、後は姉より長生きできれば上々。私が何か特別なことを為したり、自己実現に励んだりというのは余計なことなのだ。「そっか。そっかそっか。これからも、言われた通り剣を振ってればいいんだね」それは至極簡単だ。「そっか」耳鳴りは止まない。この感覚は、いつかも味わった。あれは幼い日、姉に――
『あなたはそんなことしなくていい』
「あー……思い出した」
私は。
「姉さん、昔もそうだったよね。私が、剣士になりたいって言ったのを否定して。だから私は、長らく『剣士』を将来の選択肢から外してたんだ――今回は、認めてくれたのはなんで? 罪悪感? それとも姉さんの代わりとして、私を育てるため? まあこうして剣士になれたから理由なんて何でもいいけど。でもまた、そうやって私の将来を阻むんだ」
『…………』姉は。『そういう、わけでは』
「そうじゃなくてさあ」私は。「違うなら、違うって言ってよ。ちゃんと否定してよ」
『…………』
「もういい」
私は立ち上がって、布団に潜る。
思えば、ここまで私の心の内を、姉に吐き出したのは、彼女の生前を含めて初めてだったかも知れない。仲が悪かったというわけではないが、姉のほうから壁を作っていたとは、今になって思う。その理由を、姉は明かそうとしない。このわだかまりは、今後、私が剣としての姉を振るい続ける上で、いつかは解消しなければならないことだろうが、今はまだ、この怒りは冷めそうにない。




