2-6 だけってことはないよ
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一週間後。
迫ってくる拳を、右へ左へ、体幹を頼りに上半身だけで避ける。固定された脚を狙ってくる蹴りは、後方に飛び退くことで回避。続けて攻めに転じる。遠い間合からの攻撃は、腕の長さも脚の長さも私のほうが短いぶん不利だが、一定以上に間合を詰めれば瞬発力のある私のほうが有利で、むしろ戦いやすくなる。当然そのことは相手も理解しており、早めに腕を前に伸ばして彼女の間合を保とうと構える。しかしその構えにも隙はある。彼女のほうが上背があるぶん、腕の下から地面は空きがちだ。そこに素早く詰めていく、その私を咎めるように、膝がすぐに飛んできた。しかし私はその更に下、一本残った軸足に突っ込む――躱した左膝が、私の背中に乗っかり。私は地面に突っ伏す結果となった。
「姿勢を落とすほど、動きに自由が利かなくなってる感じだね」ドニーさんはそう評価する。「その選択をするんだったら、もっと体幹鍛えなきゃだよ」
「はい……」私は膝と肘を地面につき、肩で息をする。今日の訓練は私から提案し、組手にしてもらった。剣は部屋に置いてある。空を見上げると、太陽は空のてっぺんまで移動していた。
「お。そろそろ時間?」
「はい。稽古ありがとうございました」
私は頭を下げ、今日の仕事へと向かう。部屋に寄って剣を持っていくのは忘れない。最近はドニーさんとでなく、難度を見繕ってもらって、一人で受けることも増えてきている。一歩一歩、着実に進歩していると実感できる日々だ。
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「最近がんばってますね」
受付に立っているシオさんは、任務達成の報告をした私に、そんな言葉をかけてきた。
「はい。剣士団を目指してるので」
私は返す。周囲の人に聞かれているだろうが、ここで怖じてはいられない。腰の姉のことも、気にせずに言い放つ。
が。
シオさんは、静かに首を傾げる。
「あ、あの。どうしたんですか」
「いえ、なぜ目指すのかなと思って」シオさんは言う。
「それは――姉さんが。目指していたと聞いたので」
「目指して――入団して。それから、どうするんですか?」
私は、心臓がばくんと跳ねたのを感じる。
「……え?」
「わざわざ受験に行って。合格って。入団したところで――その後、特別やりたいことがないなら、ここで充分じゃないですか」
ばくん。心臓がもう一つ跳ねる。
「その点、フォスは目標があって、目指してましたから。入団後は――」
私は、三度目の鼓動が跳ねるより早く、自室まで逃げるように走っていった。腰に差している以上、逃れられるわけがないのに。
「……えっと、姉さん」
私は口を開く。
『なあに』
姉の返事はふつうだった。
「ごめんなさい」
私は素直に謝った。
『別に、謝ることではないよ。わたしの態度が悪かったのは事実だし』
「いや。私は、自分の態度こそ悪かったことを、自覚してなかったから。だから、謝らせて。てか、めちゃくちゃ恥ずかしい」心臓が激しく動いて、私の身体中に血液を巡らせているのが分かる。「私は――目的もなく。姉さんの真似をしてた、だけなんだ」
『だけってことはないよ。少なくとも、これまでの鍛錬は無駄にはなっていない。ツルギーの、力になっているはずだよ』
「うん、ありがとう」
姉さんの言葉は、蜂が選って集める蜜より甘い。
「ところで。姉さんが剣士団を目指した理由って何?」私は、シオさんに訊きそびれていたことを思い出す。訊きそびれたというか、彼女が言う前に私が駆け出したのだが。
『……………………』
姉の沈黙は、今までで一番重かった。
「え、あ、何か言い辛いことがあるなら、また別の機会でいいんだけど」
「…………うん」
姉の返事は如何とも取り難かったが、続く言葉がないところを見るに、答えたくないということなのだろう。それならばこれ以上の詮索はするまい。
「じゃあ私の話。……やっぱり、剣士団を、目指すことにする」
『――え』姉は全く不意打ちを受けてそんな声を発する。『あ、あれ。そ、そうなの』
「姉さんが憧れてたっていうのは、やっぱり気になるよ。だから、まず目指してみることにする」私は説明する。「それで、晴れて剣士団に入れたら――その時は、姉さんの理由を、教えてほしい」
『…………』
「駄目かな」
『……そうだね、いいよ。そういう約束で』
姉はそう言ってくれた。半ば、押し切るような形には、なっていたかも知れないが。「ありがとう。姉さん」
『ただし』
「ただし?」
『剣士団に入るってことは、当然それなりの実力をつけてもらわなきゃ困るからね』
「……うん」
今度はたじろぐのは私の番だった。これからは、今まで以上に大変な日々になるだろう。
しかしそれは、充実と同義でもあると、姉と向かい合って話すこの時間には確かに思う。




