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「ついたぞ、アキ!ここだ!」
丁度ルティアとの会話を切り上げたタイミングでシズが立ち止まり、振り返る。そしてここだととある建物を指差す。
どうやら目的地に到着したらしい。
シズが指差す方へ視線を向けると、その先にあったのは、立派な4~5階建ての白い建物。綺麗で、清潔感があり、明らかに富裕層向けの店だ。その佇まいはエスタートの商会を彷彿とさせる。
ここがシズ御用達の商会と言う事か。
「エル商会と言ってな、私が懇意にしている店だ。自信をもって紹介できるぞ。」
シズが誇らしげに説明してくれる。しかしこんな規模の商会と懇意しているシズはやはり貴族階級出身なのだろう。
いい機会なので本人に聞いてみる。
「ありがとうございます。ところでシズさんは騎士隊長だけでなく、貴族様でもあられるんですか?」
「む?そうだぞ。よくわかったな?」
「立ち振る舞いに気品がありましたので。」
勿論彼女の立ち振る舞いだけで判断したわけではないが、決定打になったのは間違いない。シズからはどこか気品を感じる。うちのベルの優雅さとは似ても似つかないが、時折見せる仕草が貴族や王族階級のそれに近かった。
「そ、そうか?あまり言われた事ないのだが……でもそう言われるのは悪い気分ではないな。アキは人を見る目があるな!気に入った!だから『さん』なんて付けなくていいぞ!気軽にシズでいい!友人だと思って話てくれ、特別に許す!」
「そう?じゃあよろしくね、シズ。」
上手くシズの好感度を稼げているようだ。貴族様に対してフランクに話す事を許して貰えたのであれば、屋敷の商談もかなり優位に進められるだろう。それに今後も彼女とはそれなりに友好的な関係を築けそうだ。
「ああ、任せておけ!」
さらに気分をよくしたのか、シズはついてこいと上機嫌で商会へ入っていった。
念の為索敵魔法でイリアとルティアの居場所を確認しておくが、2人共ちゃんとアキの側にいる。これなら問題ないだろう。
アキも急いでシズの後に続く。
シズは商会に入ると、正面にあった階段を勝手に上っていった。店員もそんなシズを特に止める様子はなく、丁寧にお辞儀している。やはり彼女はこの商会の上客と言う事なのだろう。そして4階に到着すると、真正面に豪華な扉がある。扉の前にはメイドのような侍女が立っており、シズを見るなり扉を開け、中へと丁重に案内してくれた。
部屋の中は執務室兼応接室のような場所になっている。そして部屋の奥には黒檀のような高級木材で作られているであろう机があり、中央には応接用のソファーとテーブルがおいてある。
そのソファーに座っている黒髪の初老の男性。彼がこの店の責任者なのだろうか。
「これはこれはシズルドリーヴァ様、本日は如何なされましたか。何かご入用でしょうか。」
初老の男性がソファーから立ち上がり、シズに丁寧に頭を下げる。シズは軽く手をあげその挨拶に答えると、対面のソファーに腰を下ろす。
「エル商会長、先日ぶりだな。今日の客は私じゃない。紹介したい人物がいてな。」
「シズルドリーヴァ様のご紹介とは珍しい。誠心誠意ご対応させて頂きます。」
うん、いい感じだ。
これがシズを頼った何よりの理由。貴族階級御用達の商会であれば貴族に紹介して貰うのが一番。貴族であるシズの紹介であれば、アキが邪見に扱われる事はない。何故ならそれはシズの事を侮辱することにもなりかねないからだ。
「うむ、早速だがこちらが私の友人のアキだ。」
隣に座れと手招きをしてくるシズ。
さすがに無言で座るのもおかしいので、エル商会長と呼ばれた初老の男性に自己紹介だけはしておく。
「ありがとうシズ。エル商会長、アキと申します。本日はお忙しいところお時間を頂きありがとうございます。」
これで十分だろう。あくまでも客はこちらなのであまり下手に出るのはよろしくない。足元を見られないような態度を取るのは大事だ。勿論紹介してくれたシズの顔を潰さない程度にだが。
とりあえずシズの隣に座るアキ。先ほどからエルの事をさりげなく観察しているが、アキが「シズ」と渾名で呼んだ時、一瞬彼の表情が動いた。シズの部下も驚いていたし、彼女がこの呼び方を許しているのはやはり珍しいのだろう。
「ご丁寧にありがとうございます。アキ様はシズルドリーヴァ様とお親しいのですね。是非我が商会とも懇意にして頂ければ幸いです。それで本日はどういったご用件でしょうか?」
「この街に拠点を構えたく、屋敷が1軒欲しいと思っています。ご紹介頂ければと思い、お伺いさせて頂きました。」
アキは早速本題に入る。ここで世間話をしても仕方ない。それにもう14時だ。ベルフィオーレへの転移場所も探さなければいけないし、あまりだらだらとしている余裕はない。
「承知いたしました。アキ様はシズルドリーヴァ様のご紹介ですし、エル商会の面子にかけて必ずやご希望にお応えさせて頂きます。お屋敷のご希望はありますか?」
「そうですね……個室が最低でも12部屋、そして広めの庭がある屋敷が望ましいです。あと欲を言うなら高い塀に囲まれていれば尚いいですね。」
「防犯的にでしょうか?それならご心配はいりません。当商会が扱う屋敷は全て貴族様にお売りできるレベルの物です。その辺りはご安心ください。」
どうやらエル商会の物件はどれも塀に囲まれているらしい。さらにはどの屋敷もアキが希望する広さがあり、家具も付いているから、すぐにでも住む事が出来るとエルが補足してくれた。
「素晴らしいですね。つまり後は立地や好みの問題という事でしょうか。」
「その通りです。それとご予算次第ですね。失礼ですがお伺いしても?」
「金額に糸目は付けません。気に入ればそこを購入させて頂きます。お薦めの物件を内覧させて頂けますか?」
アキがそう言うと、エルは手を顎に当て首を捻る。どんな物件を紹介しようか逡巡しているのだろう。
「どの地区をご希望とかありますか?」
どうやら質問形式でアキに紹介する屋敷を絞っていく事にしたらしい。ただアキにイニステラの地区の良し悪しなんてわかるわけがない。
さてどうするか……と悩んでいたら、シズが会話に入って来る。
「アキはこの街に来たばかりだからよくわからないだろう。どうかな、私の住んでいる地区の屋敷とかお薦めだぞ?」
「あ、ならそこにする。シズの屋敷にも近いなら会いに行きやすいよね?」
「おお、そうか!いつでも来るがいい!」
シズの方から提案してくれて助かった。
「それではその地区の屋敷をいくつか内覧できるよう手配致します。今からは少々難しいので……明日でよろしいでしょうか?」
本音を言えば今日中に見学をしたかったのだが、さすがにそれは難しいらしい。見学した上でミルナ達に相談する。その予定だったのだが、どうやらそれは叶いそうにない。明日アキの独断で決めるしかなさそうだ。まあどのみちベルフィオーレに戻る時間も近いし、これから内覧出来ると言われていたとしても見学は無理だったが。
「ええ、では3軒程見繕っておいてください。明日また来ます。こちらが……手付金です。屋敷を購入してもしなくても返金は結構。手間賃のようなものとお考えください。」
アキは黒金貨を1枚テーブルの上に置く。
これは金はちゃんと持っているぞというアピールだ。勿論中途半端な屋敷を紹介したら許さないという脅しの意味も兼ねている。
「こ、これはこれは。ありがとうございます。私の責任を以って全力で対応させて頂きます。そして今後とも当商会をよろしくお願い致します。」
黒金貨には少々驚いたようだったが、エルはすぐに真剣な顔つきで金を受け取る。さすがに商会長ともなれば、受けとらないという不躾な事はしない。そしてアキが手付金を出した意味もちゃんと理解したようだ。
「まだ屋敷すら見てないのにさすがアキだな!くっくっくっ……気に入った!」
「シズの紹介だから出来る事だよ。」
これはお世辞でも嘘でもない。アキが黒金貨を手付金として払えるのは、シズがいるからだ。これで商会が不誠実な対応をしてきたら、シズは決して黙っていないだろう。つまりエル商会は彼女を敵に回す事になる。だからこそエルに無条件で手付金を出せるのだ。
「そ、そうか。役に立てたようで何よりだ。アキ、私も明日一緒に屋敷を見に行ってもいいか?その、ほら、エル商会を紹介した手前……ちゃんとした屋敷かどうか確認したいしな!それに明日は丁度非番でな!」
シズがしどろもどろになりながら聞いてくる。ストレートに「一緒に見に行きたい」と言うのが恥ずかしいのだろうか。
「勿論構わない。来てくれるなら嬉しい。こちらからお願いしたいくらいだよ。」
アキとしてもありがたい申し出だ。シズが同行してくれるのであれば、尚更エルは気が抜けないはずだ。
それにシズとはまだまだ話したい事がある。今日の夜、ルティアの報告を聞き、改めて情報を整理してから、エヴァグリーンやイニステラの事をシズに聞きたい。
「今日はこれから仲間と一旦合流しなければいけないんだ。でもシズともっと話しがしたい。だから明日一緒に屋敷の内覧に来てくれ。」
「明日はアキの仲間も来るのか?」
「いや、内覧は俺1人だからシズがいれば心強いんだよね。」
とはいってもルティアとイリアは影から同行させるが。
「そうか!なら明日、ここの商会に集合でいいな?」
「そうだね、そうしようか。エル商会長、10時くらいでよろしいでしょうか?」
アキが確認すると、エルも問題ないと合意してくれた。
「では私はそろそろ失礼します。」
話はまとまったし、長居は無用。さっさと帰るとしよう。ただシズは少しエルと話す事があるから残るらしい。
「じゃあここで解散ってことでいいな。シズ、本当に助かった。ありがとう。」
「気にするな!こちらこそだ!ではアキ、また明日な!」
エル商会のから出て時間を確認すると、もう15時だ。
あと1時間でベルフィオーレに戻らなければならない。
これは時間的に街中で転移場所を探すのは難しそうだ。それなら無駄にうろつくより洞窟まで戻った方がいいだろう。
「イリア、ルティア、今朝の洞窟まで戻ろう。」
アキはそう思い、姿を隠している2人に声を掛ける。
だが……返事がない。
「あれ……?」
索敵魔法を展開して2人の居場所を確認する。
いる。すぐ側にいる。なのに返事をしてくれない。
どうしたものかと逡巡していたら、ルティアがどこからともなく文句を言ってきた。
「アキ、すぐ女落とす。」
ルティア様が完全に拗ねている。なるほど、だから話しかけても返事してくれなかったのか。
「それは違う。断じて違う。」
別に落としてなんていない。シズとは友好関係を築いただけだ。そっけない態度を取ってアキに興味を無くされても困るし、世辞を言うのは当然だろう。それにシズとは今後も付き合っていきたい。貴族様で騎士隊長のシズ。イニステラで活動する上で、彼女の力は間違いなく役に立つ。
「わかるだろ、ルティア?」
「お話。みんなともお話。」
うん、駄目らしい。まあ拗ねているだけで怒っているわけではないようだ。ただただアキに文句を言いたいだけなのだろう。
「わかった。お話な。後、情報収集頑張ったご褒美もいるだろ?」
「……!いる!」
とりあえずご褒美を餌に、「お話」の緩和を狙っておく。
「で……イリアはなんで返事してくれないの?」
「し、知らないんだからね!」
なんてわかりやすい子だ。お前はエレンか。
「ルティアが拗ねるのはわかる。でもなんでイリアは拗ねてるわけ?」
「別に拗ねてなんかいないんだからっ!」
エレン語で言うとそれは拗ねているという事になる。
「んー……じゃあイリアもお話するか?」
「する。」
「じゃあそれでいいだろ。さっさと帰るぞ。」
正直今日は色々気を遣い過ぎて疲れた。ここで拗ねている2人の相手をする元気もあまりない。何でもいいから2人が納得してくれる最低限の提案だけしてさっさと帰りたい。
とりあえずアキは路地へ向かい、イリアの光学迷彩を解除する。そしてルティアにも影から出てきて貰う。光学迷彩を改めて全員でかけ直す為だ。
「じゃあ悪いけど洞窟までまた手を繋ぐからな。」
そう言ってアキは手を出すが、何故かイリアは腕を絡ませてきた。
「こ、これでもいいんだよね?」
「え、うん、別にいいけど。」
どういう心境の変化だろうか。まあなんとなく想像はつくが……言うのは野暮だし、突っ込む元気もないから気づかない振りをしておこう。
ちなみにルティアは手を繋ぐ気など最初からさらさらないようで、既にアキの背中にしがみついている。いつもの定位置だ。
「うん……もうなんでもいいや。さっさと撤収。」




