15
「貴様、ふざけているのか!」
やたらと通る声で叫んでいる。声の高さからして女性だ。
アキは声のする方へ顔を向ける。すると騎士のような格好した人物が大通りにある店の軒先で何やら揉めていた。隣に護衛のような衛兵を2人従えている事から、相応に身分の高い人物だという事が伺える。
「この私、いや、この国を愚弄するのと同意義だとわかっているのか!」
引き続き会話に耳を傾けて、連中がどういう人物かを観察する。話の内容からするに、店主の対応が気に入らなかったのだろう。まあそちらは正直どうでもいい。さっきからそんな揉め事は山ほど目にしているし、興味もない。ただ今までの連中と違い、特殊な格好をした人物であった事がアキの興味を引いたのだ。
彼女は白と青を基調とした鎧を纏い、背中には真っ白な外套を優雅に靡かせている。外套や鎧には金の装飾が所々に施されており、由緒正しき物であるというのが一目でわかる。さらに腰に剣を携えているので、戦闘能力もあると予想出来る。剣は大体エリスの物と同等くらいだろうか。
立ち振る舞いからして、そこらの一般市民ではない。おそらく彼女は国家の公務に従事していると推測が立つ。彼女が言った「この国を」という言葉が何よりの証拠だ。そして彼女の側に控えている従者だと思った2人も、よく見ると似たような鎧を着ているのがわかる。装飾の豪華さが明らかに彼女の物に比べて劣っている事から、2人は彼女の部下。それに彼女自身が武器を携帯している事から、護衛ではないと察しが付くし、アリアやイリアナのように主人の後ろで慎ましやかに待機していない。
つまり彼女はこの国に使える兵士であり、騎士長や隊長クラスの人間。そして側に控えている2人は彼女の部下。この方向で間違いないだろう。
「彼女が適任だな。必要な条件は全部満たしている。わかるか、イリア?」
「なるほど、さすがアキ!つまり美人だからだね!」
「なんでだよ……」
イリアが当然かの如く即答してきたのが納得いかない。全然違う。アキはイリアに何故彼女なのかを改めて説明する。
確かにイリアの言う通り、あの騎士の格好をした女性は美人といっても過言ではない。背中で結った長い黒髪に瑠璃色の瞳。凛とした雰囲気がまさに美人騎士か美人剣士といった感じだ。美人剣士というとうちのエリスだが、エリスとは違い、どこか気高さがある。国に仕えていると言った誇りがあるからなのかもしれない。多分気が強く、自分が正しいと信じて疑わないタイプだろう。うちのエリスも美人で凛としているが、それはあくまで戦闘においてだけ。日常生活では普通に乙女だし、ちょっとしたことで一喜一憂する可愛い女の子。あと盛大にアホの子だ。
「なんでそんな話になってるのかな!?彼女の説明はどこいったのかな!?エリスの事が大好きなのはわかるけど、可愛さとか私に語らなくていいからね!?」
イリアが呆れた顔で突っ込んでくる。
「悪い、つい。話を戻すとあの子は条件に合致するんだよ。」
「美人だからだね?」
「だから違うと言ってるだろうが。」
何だこの無限ループは。しかしまあちゃんと説明しなかった自分も悪い。
ただ何故イリアはそう思ったのだろう。まるで言動がミルナ達そっくりだ。
「ミルナ達が言ってたからね!アキはすぐ女を落とそうとするから見張っておけって!やっぱりそういうことなんだね!ほんとに美人さんに目を付けるとはびっくりだよ!」
どうやらミルナ達は余計な事をイリアに吹き込んだらしい。おかげでひどい誤解を招いている。それに加えて……
「なんで少し不機嫌そうなんだよ。」
「べ、別にそんなじゃないんだから!勘違いしないでよね!」
そっぽを向きながら全力で否定するイリア。最近彼女がエレンに見えて来た。あれ程の猛獣ではないが、言ってる事が瓜二つだ。
「とにかく……美人とかじゃなくてだな……」
何故彼女が接触する人物として適任か、今度こそちゃんと説明する。
まず屋敷を買うと言っても、普通の家だと狭すぎる。どうせミルナ達は全員ついて来る。絶対来る。だからベルフィオーレで住んでいるくらいの広さの屋敷が必要だ。そうなると、当然その辺の一般市民に尋ねたところで意味はない。富裕層御用達の商会でないとアキが望む広さの屋敷は取り扱ってないだろう。つまり相応の身分の人間に紹介を頼む必要がある。
そして彼女の立ち振る舞いは貴族のそれに近い。国に対する忠誠心、正義感、そしてプライドの高さから考えると、彼女は貴族階級出身の兵士であると推測できる。
「彼女がただの兵士長クラスだとは考えにくい。騎士団長クラス、そして貴族階級出身だと思う。」
これだけでも十分接触に値するが、さらに彼女は、国家に仕える職に就いている。これが大きい。ユーフレインの為政者との繋がりを持つのであれば騎士団長や貴族階級と知り合うのが手っ取り早い。アキ達の目的の為にはまさに一石二鳥。
「つまり二重の意味で彼女は最適という事だね。」
「なるほどね、確かにそうかも?じゃあ美人は関係ないのかな?」
「ないよ。別にあれが男でも問題なかった。」
当然だ。男でも女でも構わない。
ただイリアはまだ納得がいかないのか、首を傾げている。
「うん?……えっと……じゃあもし同じ立場の男があっちで言い争いしてたら、アキはどっちに声かけるのかな?」
「え、当然彼女だけど。」
アキだって男だ。男女の選択権があるのであれば当然女性を選ぶ。美人ともあれば尚更だ。交渉内容的に男性の方が都合がよかったり、男性を選ぶメリットが少しでもあれば、男性を選ぶが、どちらも変わらない同条件なのであれば当然美人の方だ。
「やっぱり!ミルナ達には報告しておくね!」
今度こそ納得したらしい。望み通りの回答が返って来て満足なのか、イリアが満面の笑みを浮かべている。
「それは待とうか。」
正直に答えただけなのにこれは何ともひどい仕打ちだ。大体アキに下心があるわけではない。たまたまあの女騎士が最適だと思っただけだ。まあミルナ達にそんな言い訳が通用するわけもないのだが……。これを報告されたらハイライトを消した目でひたすら1時間くらい「お話」され続けるのが目に見えている。
「冗談だよ!でもやっとアキから一本とれた!どうだ!」
いつもの仕返しだよとイリアはしてやったり顔だ。
「はいはい、参りました。さて……それより接触する為に何か手札が欲しいな。」
まだ続いている女騎士と店主の言い争いに視線を戻す。まあ争いの内容はもう聞いていない。それより何か使える物がないか周囲を観察する。
あれだけ大声でやり合っていたら、嫌でも注目は浴びる。道行く人は我関せずで素通りしてはいるが、どこか迷惑そうな表情を浮かべている。誰も立ち止まったりし野次馬はしてないが間違いなく邪魔だと思っているようだ。そんな中、通行人連中に紛れて異色な雰囲気を放っている人物がいる事に気づく。
「ん、あれはもしかして?」
店の裏路地あたりから顔を覗かせている13~14歳くらいの少年がいた。お世辞にも綺麗とは言えない格好をしている。顔色もそれほど良くないし、食事も満足に取れていないのだろう。
間違いなく孤児だ。
そんな少年は女騎士と店主の言い争いを他の通行人とは違った様子で観察している。迷惑という表情ではない。あれは何かを見定めようとしている人の顔つきだ。誰にも悟られないよう、不自然に思われないよう、気配を殺して騎士達の様子をじっと伺い、何かのタイミングを待っている。そんな感じだ。
「あれは使えるかもしれないね。」
「……アキ?」
「ちょっと接触してくるよ。」
大丈夫なのと心配そうな表情をするイリア。
「大丈夫だ。イリアは俺の隣にいて、何かあったら守ってくれ。」
アキ自身の透過魔法は解除するが、イリアのはそのままだ。つまりイリアはアキの隣にいて何かあったら助けてくれればいい。そう彼女に伝えると、安心したのか「任せて!」と元気よく返事をしてくれた。
アキ達は早速人気の無い裏路地へと移動し、光学迷彩魔法をイリアにだけかけ直す。そして念の為にアキが羽織っていた外套をイリアに被せておく。万が一イリアが姿を見せなければならない事態になってもこれで大丈夫だろう。
「これでいい。動きがあったら接触してくる。」
アキは虚空に向かって話かける。もうイリアと手は繋いでないので、当然彼女の姿は見えない。
「イリア、いるか?」
目の前の空間に手を伸ばすと、イリアがそっと手を握ってくれた。
「うん、いるよ!」
よし、大丈夫そうだ。
イリアの姿が見えないのは不便だが仕方ない。まあいざとなればアキの索敵魔法で探せばいいだろう。ルティアとイリアには今日も識別刻印をしておいたので、索敵魔法さえ展開すればいつでも居場所は確認できる。
「気を付けてね?」
イリアの声が虚空から聞こえて来た。
「うん。まあイリアが側についていてくれるし安心だよ。」
空気と話している、そんな不思議な感覚に陥る。影にいるルティアと話すときもいつもこんな感じだ。
とりあえずアキは先ほどの女騎士、そして少年へと意識を戻す。
するとどうやら女騎士は言い争うのに飽きたようで、一段落着きそうな雰囲気だ。
「そろそろ動くか?」
おそらくあの少年の目的はスリ。言い争いをしていて懐が疎かになっているあの女騎士が狙い目だとでも思っているのだろう。しかしその考えは安直な気がする。いくら注意力が散漫になっているとは言っても、彼女は国に仕える兵士、しかも隊長クラス。度胸は認めるが少々無謀ではないだろうか。
とはいえアキはユーフレインのユの字すら知らない素人だ。もしかしたらアキの知らない欠点があの美人騎士にはあるのかもしれない。とりあえずは少年と女騎士の行動を見守るとしよう。
「もういい!話にならん!」
女騎士が話を切り上げようとする。それと同時に孤児の少年が動いた。女騎士の方へと一直線に歩みを進めている。そして次の瞬間……。
「なんだ!?」
「いたいっ……!」
踵を返した女騎士が少年とぶつかった。なるほど、あのタイミングを狙っていたのか。確かにあの方法であれば自然を装って衝突できる。しかも部下の兵士2人は店主と女騎士のやり取りに気を取られていて、少年の接近に一切気づいていなかった。
「騎士のおねーさん、ごめんなさい。」
「ああ。こちらも悪かったな。」
少年は丁寧に謝り、足早に去っていった。彼女と部下の兵士達は自分達に非があると思ったのか、あまり孤児と関わりたくないのか、少年を咎める事はなかった。
鮮やかな手口だと恐れ入る。そう、あの女騎士は気付いていない。ぶつかった瞬間、少年が彼女の懐から財布のような物を盗んでいる事に。
「少年には悪いけど利用させて貰うとしよう。」
いくら少年が食い扶持に困っていようが、犯罪は犯罪。
アキは腰に携えたオリハルコンに手を添え、魔素を集約する。発動するのは勿論物質召喚魔法。先ほど少年が財布を盗む瞬間、しっかりと財布の色や形を目に焼き付けておいた。その記憶を頼りにアキは召喚魔法を行使する。
次の瞬間、先ほどの少年が盗んだ女騎士の財布が手元に現れた。
隣にいるイリアから「おー!」と驚く声が聞こえる。まあ当然声だけで、彼女の姿形は見えないが。
兎にも角にもこれでアキにも「提供」出来る物は出来た。後はこの財布を手札にあの女騎士に接触するだけだ。
アキは女騎士の方へと歩みを進め、迷わず声をかける。
「すいません、美人の騎士さん少々よろしいですか?」
「む?誰だ貴様は。私に何の用だ。」
ぶっきらぼうではあるがちゃんと返事を返してくれた。「美人の」と社交辞令を付け加えておいたのがよかったのかもしれない。
「いえ、これ貴女の物ではないですか?」
アキはそう言って彼女の財布を差し出す。
訝しげな顔をしていた女騎士だが、アキが持っていた財布を見ると、彼女は目を見開いて驚く。そしてすぐに表情を強張らせ、アキに詰め寄って来た。
「貴様!国に仕えるこの私に盗みを働こうとはいい度胸をしているな!」
「いや、盗んでないです。」
「貴様!なんと白々しい!問答無用だ!」
何故アキが自分の財布を持っているのか、彼女なりに答えを導き出した結果、アキが盗んだという結論に達したらしい。普通に考えれば盗んだ人間がわざわざ盗品を差し出しに来るわけない。非常に短絡的な思考だ。
まあこうなると事は想定済み。店主との言い争いを見ていたので、彼女の性格はある程度わかっている。正義感が強く、国に仕えているのを誇りに思っており、自分の正義が正しいと疑わず、それを他人にも押し付ける。そして想定外や例外的な場面に直面すると、感情的感覚を優先してしまう傾向がある。彼女はそんな性格だ。まあ簡単に言えばエリスとベルの悪い部分だけを足したような人間だ。
「盗んだならこうして正面から返しに来るわけないでしょう。」
「む……た、確かに。」
問答無用といいつつも、アキの意見をちゃんと聞いているところが面白い。彼女は激情型で短気だが、平和的に話を進められると踏んでいる。我は強いし思い込みも激しそうだけど悪人ではなさそうだし、話の持って行き方次第では彼女と友好的な関係を築くことも可能だろう。
「さっき少年とぶつかりましたよね?あの時ですよ。だから私が取り返してお返しに来たというわけです。」
「あいつか!?この私を侮辱するとは!いますぐ成敗してくれる!」
女騎士が駆けだそうとするので、アキは慌てて止める。ここでどこかに行かれては本末転倒だ。大体財布を受け取る前に追いかけようとするのだから呆れる。
「まあまあ、あの子は私の仲間が追っていますので。とりあえずは財布を受け取って確認して頂けませんか?」
後ろに控えている彼女の部下も止めようとしていたのが見えたので、アキが止める必要はなかったのかもしれないが、話を優位に進める為、会話の主導権はアキが握っておきたい。
「そ、そうか。なら貴様の仲間に任せるとしよう。」
当然仲間が追いかけているなんて嘘だ。イリアはアキの隣にいるし、ルティアは別行動中。少年が盗みをしたのは事実だが、アキが財布を取り戻している事だし、未遂という事で少年の事は見逃す方向でいいだろう。女騎士には後で見失ったとでも言っておこう。彼女も財布が戻ってきたのであればこれ以上の事はしないだろう。
アキは財布を彼女に手渡し、中身を改めるように伝える。女騎士は素直に財布を受け取り、確認してくれる。
「うむ。問題ない。感謝するぞ……。」
女騎士は何か逡巡しているようだが、おそらくアキの事を何と呼べばいいのか迷っているのだろう。丁度いい。ここらで自己紹介と行こう。
「アキです。」
「うむ、アキか。私はシズルドリーヴァだ。」
シズルドリーヴァは満足したように頷く。
ここまでは想定通りの展開だ。問題はここからどう話を持っていくか。アキが全面的に前に出て色々と主張するのはあまり好ましくない。彼女の性格上、会話の主導権や優位性は彼女にあると思わせるべきだ。
「それにしても見たことない顔だな。この街へは最近きたのか?」
そんな事を考えていたら、シズルドリーヴァの方から会話を始めてくれた。これは好都合。利用させてもらうとしよう。
しかしまるで街の住人すべて知っているかのような口ぶりだ。だがこれだけの街で全住人を覚えているわけはないだろう。もしかしたら国の兵士としてある程度目立つような人間は頭にいれているのかもしれない。アキはそう推測した上で、もっともらしい回答をする。
「ええ、仲間と旅をしておりまして。武者修行のようなものです。最近イニステラに到着したばかりなんですよ。だからシズルドリーヴァさんの事も存じておらず申し訳ない。」
「ふむ、なるほどな。それならこの街の事を知らなくても仕方ない。私はエヴァグリーン王国に仕える騎士の1人。このイニステラ隊の騎士隊長を務めておる。」
アキの答えにシズルドリーヴァは特に疑問は抱かなかったようだ。これでイニステラの事を知らなくても当然という状況が出来た。遠慮なく色々質問しても不審には思われないだろう。
「ありがとうございます。ちなみにイニステラはエヴァグリーンの王都なのですか?」
「なんだ、そんな事も知らないのか?そうだ、ここは王都。つまりイニステラ隊は王都を守る名誉ある騎士団だという事だ。まあ、私の上に本隊やら色々いるのだがな……。」
やはりイニステラはエヴァグリーンの王都らしい。しかしここが王都なのは運がいい。エヴァグリーンの為政者と関係を築くには王都へ行くことが必須だったが、すでに王都にいるのだから移動する必要がない。
しかしシズルドリーヴァはやはり騎士隊長という事に誇りを持っている。そこを上手く刺激してやれば色々と情報を聞き出す事も出来そうだ。
「それでもその若さで王都の騎士隊長とは凄いですね。シズルドリーヴァさんは才色兼備のお手本のような人ですね。」
過剰な世辞も混ぜつつ、シズルドリーヴァを持ち上げ、気持ちよくなってもらう。そして饒舌になったところで本題を切り出せば彼女は断らないだろう。
「ふふ、褒めても何も出んぞ。まあアキには特別にシズと呼ぶことを許す。」
「ありがとうございます、シズさん。」
渾名呼びを許してもらえたという事は、ある程度の好感度は稼げたと言っていい。部下が驚いた表情をしていることから、これは珍しい事なのだろう。しかしシズの教育がしっかりしているのか、部下の2人は一切アキ達の会話に入ってこない。
「ふむ、財布を取り戻してもらったお礼をしなければいけないな。」
「それでしたら不躾かもしれませんがお願いがあります。」
シズが自らお礼と口にしてくれたのならこれに乗らない手はない。
「ほう。金か?」
「いえ、屋敷を探しております。」
「さすがに無理だな。そもそも財布を取り返した程度で屋敷を要求するとは……さすがに強欲すぎやしないか?」
シズはムッとした表情を浮かべる。アキが言葉を端折って伝えたので、いい感じに勘違いしてくれた。
「いえ、言葉足らずですいません。私はこの街が凄く気に入りました。だから屋敷を買おうと思うのですが、私には仲間がいるのでそこそこ大きな屋敷が必要です。そして屋敷を調達しようにも信用できる商人を知りません。」
屋敷を寄越せと言うのではなく、商人を紹介して欲しいのだとシズに伝える。人の心理とは面白いもので、大きい要求した後に小さい要求すれば、「そのくらいなら」と大体の人は断らない。
「シズさんの紹介なら信用できます。そういった物件を取り扱ってそうな商人を紹介して頂けないでしょうか。お金はありますので多少高くても大丈夫です。」
「なんだ、そんな事でいいのか!アキは欲がないな。ふふ、いいぞ!それくらいなら丁度いい礼になるだろう。シズルドリーヴァの名において約束する。任せておけ!」
シズが楽しそうに笑う。
「やはり美人ですね……。険しい顔で怒鳴っているより、そっちの方がずっと魅力的ですよ。」
……とアキは独り言のように呟く。
「な、何を言ってるんだ!さ、さっさと紹介してやるからいくぞ!」
「あ、聞こえてました?すいません。」
「い、いいからいくぞ!ついてこい!」
顔を赤く染めたシズが叫ぶ。
ちゃんとアキの「独り言」はシズの耳に届いたようだ。シズにはまだまだ上機嫌でいてもらわなければ困るのだ。最後まで気分よく案内してもらわなければならない。そしてあわよくば、為政者との接触にシズを使えれば一石二鳥だ。
ただ隣からすごく冷たい、恐ろしい、視線を感じる気がする。イリアか。イリアなのか。まあ……気のせいだと信じよう。
「お願いします。」
とりあえずは順調だ。大体アキの目論見通り進んでいる。
ただもうすぐ13時。ルティアと合流する時間だ。アキは早速探知魔法でルティアの位置を索敵する。
なんか物凄く近くに反応があるんだが……。
もしかしたらさっきからルティアは近くにいたのだろうか。あれだけの量の情報収集だからてっきり時間がかかると思っていたのに、どうやらルティアは想像以上に優秀だったようだ。
「えーっと、ルティア?」
アキは小さく呟く。シズとはある程度距離を取っているので、多少の会話は大丈夫だ。
「ばかっ!」
するとルティアの拗ねた声がどこからか聞こえきた。
どうやら先ほどの一幕を見られていたらしい。あの突き刺さるような冷たい視線を送っていたのはルティアだったのだろう。
「あれはお世辞だ。」
「……どっち?」
ルティアが端的に質問してくる。おそらくこれはルティアとシズ、どちらが綺麗かという質問だろう。しかし選択肢を1回間違えたら即バッドエンドへ直行なイベントは止めて欲しい。
「当然ルティアのほうが可愛いに決まってるだろ。」
「ならいい。」
それだけ聞ければ満足なのか、嬉しそうな声のルティア。とりあえずバッドエンドは回避できたようだ。
さて、それよりも今のうちにルティアが集めた情報を貰っておくべきだ。シズや商人と対話する時何かと有利になるかもしれない。
「ルティア、仕事は?」
「もちろん、やった。えらい?」
ルティアの姿は見えず声しか聞こえないが、褒めて褒めてと嬉しそうにしている彼女の姿が容易に想像つく。
「ああ、えらいぞ。さすがルティアだな。今、調べた事教えてくれないか?」
「頑張った。何でも聞いて?」
ルティアに頼んだのはハンター連盟、街の情勢、そして氷姫の調査。氷姫やハンター連盟については今は必要ない。それは夜にでもまた聞けばいい。それよりも今は大まかな街の情勢について知りたい。屋敷を購入する時に役立つかもしれない。
「街の治安は?」
「言う程悪くない。でもよくもない。アキが見てきた通り。」
貧富の差がやはり大きいらしく、格差社会とのことらしい。そして貧困層が犯罪に手を染めるので治安が良くならない。つまりさっきの少年とシズのような出来事なんてこの世界では日常茶飯事だという事だろう。
なぜ貧困が多いかの根本的原因はまた別に調べる必要がありそうだ。
「貧困が多い理由調べた。いる?」
ルティアが1言えば10理解して行動してくれるタイプなのは知っていたが、想像以上だ。そこまで調べてくれているとはさすがに思わなかった。
「さすがルティア。でも、今はいいよ。」
理由は内戦だったり戦争だったりするのだろうが、今は知らなくてもいい。屋敷の購入には必要ない情報だ。
「俺が今知りたいのは一般的な収入、ハンターの収入、富裕層の収入。あと屋敷の価格。わかる範囲で教えて。」
これらはルティアに調査依頼していた事ではない。さすがにこんなピンポイントの調査はお願いしていない。だがルティアであれば調べてくれているかもしれないと思い、聞いたみた。
「全部わかる。すごい?」
「え、わかるのか?それはほんとにすごい。頼りになる。ありがと。」
さすがすぎる。もうユーフレインでアキが情報収集する必要なんてないのではないだろうか。ルティアに任せれば全て集めてきてくれる気がする。
しかしここまで調べてくれたのだ。夜に詳しい報告を彼女から聞くのが今から楽しみだ。
「えっへん。」
誇らしげに胸を張っているようなルティアの声が聞こえる。姿は見えないが、間違いなく「頑張った!」というドヤ顔をしているのだろう。
ちなみにルティアの説明によると、一般的な収入が1ヶ月1金程度、そして富裕層は10金~1000金とかなりバラツキがあるらしい。ハンターについては当然の事ながらランクによって異なる。ベルフィオーレの冒険者のようなランクがユーフレインのハンターにもあり、下位で一般層の収入と同程度、上位で富裕層中堅クラスくらいとのことだ。
そう考えると、ベルフィオーレの場合は一般層の平均収入が100銀なので、ユーフレインとは貨幣価値の違いが10倍ほどあるという事になる。ベルフィオーレでは1金で買える物がユーフレインでは10金くらいする計算だ。
「屋敷の相場は?」
「ミスミルドの私達の屋敷だとこっちで50000金くらい?」
エスタートの爺さんからはミスミルドの屋敷は5000金ちょっとだと聞いた覚えがある。マリミアの屋敷も同じくらいの広さで6000金だったので、やはりベルフィオーレ価格の10倍くらいがユーフレインで同価格だと考えるのが妥当だ。
「いい情報だ。最後に通貨だが……価値と種類を教えてくれないか?」
「うん。はいアキ。これ。」
ルティアが一瞬だけ姿を見せ、アキの手に袋を握らせてくる。本当に一瞬だったので、シズや街の人には一切気づかれていない。
アキが手渡された袋を開けると、複数の通貨が1枚ずつ入っているようだ。ルティアはこの短時間で通貨までしっかりと調達してきたらしい。本当にこの子のスペックが恐ろしい。まあ頼りになるのでアキとしては嬉しい事ではあるが。
「銅貨、銀貨、金貨。ここまでは一緒か……残りの2つは?」
見た事のない青と黒の通貨が入っている。ベルフィオーレであれば金貨の上に白金貨があるが、ユーフレインでは違うのだろうか。
「青金貨と黒金貨。金貨1000枚で青金貨1枚。青金貨10枚で黒金貨1枚。」
ルティアがメモを読むときの口調で教えてくれた。
またくしゃくしゃの紙をポケットに突っ込んでいたのだろう。そんな彼女の姿を想像すると可愛くてついつい笑ってしまう。
「むぅ。それ考えちゃダメ。」
どうやら正解だったようだ。
「でもルティアこんな高額通貨をどうや……。」
「そ、それも考えちゃダメ!内緒っ!」
駄目らしい。
とりあえずルティアの説明を総括すると、青金貨がベルフィオーレでいう白金貨の役割を果たしているようだ。そして黒金貨が青金貨10枚という事は、金貨1万枚が黒金貨1枚という換算になる。ユーフレインのほうがインフレ傾向にあるのできっと上位通貨が必要だったのだろう。
「ルティアのおかげで滞りなく事を進められそうだ。あとでたくさんご褒美上げるからな?」
「やった。楽しみ。」
本当にルティアの情報収集には助けられた。何でも言う事を聞いてあげるとしよう。どんなわがままでも言うがいい。
「さて念の為に今のうちに追加で青と黒金貨を国庫から拝借しておこうか。」
金は商人と交渉する際の強力な武器になる。金がある事をアピールすればアキの事を上客として扱ってくれるだろう。
アキは早速シズ達に気づかれないようオリハルコンに手を添える。




