13
「ルティア、人の気配はあるか?」
ユーフレインで昨日見つけた洞窟への転移は無事に終わった。そして念の為にルティアに周囲の気配を探らせる。同時にアキも索敵魔法を発動。
「だいじょうぶ。いない。」
ルティアが端的に答える。
アキの索敵にもひっかからなかったので、大丈夫だろう。とりあえず真っ暗な洞窟に炎魔法で明かりを灯す。一番の懸念だった転移を人に見られるということはなかったので一安心だ。
本当は、まずアキだけ先に転移し、偵察すべきだと思ったのだが、当然そんな事は許して貰えなかった。アキ1人で行くのは絶対ダメらしい。1人で行く必要があるならルティアが行くと言って利かなかった。まあでも皆がアキの事を心配してくれるように、アキも彼女達の事は心配だ。結局互いに譲らず、3人同時に行く案で妥協することになった。
「じゃあ街へ移動しようと思うんだけど……。」
「どうしたのかな?何か問題?」
イリアが首を傾げ、心配そうな表情で聞いてくる。
「いや……昨日今日、下着召喚をしてないなと思って。」
「ちょっと!?まさかの悩みだよ!心配した私がバカみたいだよね!?」
「いや、物足りなくない?イリアのしていい?」
「駄目だよね!?そこで『そうだね、なんか物足りないし私の召喚して?』とか言うと思うのかな!かな!?」
イリアはこいやってすぐ反応してくれるから楽しい。つい遊んでしまう。
「アキ、私の見る?」
「見ないから女の子がそういうことするのはやめなさい。」
ルティアは着物風の着衣を捲り上げようと裾に両手をかけているので慌てて止める。この子の場合は普通に見せようとしてくるので困る。まあそれを言うとアリアもだが……。どうやらこの2人は羞恥心が明後日の方向に存在しているらしい。
「むぅ。なかなか成功しない。」
ルティアはぷくっと栗鼠のように頬を膨らませる。
「だから今はイリアのを召喚する。」
「その結論おかしいよね!?私の話聞いてたのかな!」
「甚だ遺憾だ。」
イリアはアキがずっとオリハルコンを納刀しないので、気が気でないようだ。いつ自分が暴挙にでるかわからないと、必死に手元を見つめてくる。ただ結局アキは無詠唱で魔法を発動出来てしまうので、イリアに止める術は実のところはない。本気で止めたいなら、アキからオリハルコンを奪い取るしか方法はないのだ。
「つまり、こうだ。」
アキはオリハルコンを持ち上げるでもなく、振るでもなく、そして詠唱することもなく、物質召喚魔法を発動させる。
「今日も水色にしておいたぞ。」
空中に見慣れた水色の布が現れ、ゆらゆらと舞い落ちる。
だがイリアもさすがの瞬発力というべきか、地面に落ちる前に下着を回収してしまった。なんという無駄な身体能力だ。動きが見えない。さすがはSランククラスの実力者ということか。
「感心するとこおかしいからね!?なんでよ!今の話の流れはもうしない流れだよね!!!アキのばかー!!!!」
イリアは大声で非難してくるが、顔を赤くして目を潤ませているので、あまり迫力はない。むしろ羞恥に悶えていて可愛らしい。
「イリアばっかりずるい。」
「ずるくないよね!?その感性おかしいからね!?」
「そんなことない。アキに好かれてないとそういのされない。ずるい。」
「え……そ、そうなのかな……?」
何故かルティアに説得されそうになっているイリア。きっと彼女もある意味単純なのだろう。
「イリアは喜ぶべき。」
まあルティアの交渉術は一級品だ。ベルフィオーレで王族暗殺を唆せるのだからこの程度の説得は余裕だろう。
ルティアはいつも端的に、そして的確に、言葉を紡ぐ。さらに彼女の口調には迷いがない。だから自分自身の考えをしっかり持っていないと、ついついルティアの言い分が正しいと勘違いしてしまうのだ。
「や、やったー?……って待って!?喜ぶのは絶対間違ってると思うんだよね!私痴女じゃないからね!?」
「ちっ。」
さすがに騙されてはくれなかったか。そもそも下着云々に関しては、さすがにルティアの感性の方がおかしいので、騙せなくて当然といえば当然。むしろ一瞬騙せそうになっただけでもさすがだ。
「ちょっとアキ!舌打ち!舌打ち!」
何かイリアが言っているが、無視して交渉を頑張ってくれたルティアを撫でてやる。
「アキ、ごめん。」
「気にするな、ルティアはよくやった。それに俺はこれからも気にせずやるから安心しろ。」
「やめて!?全然安心できないよ!やらなくていいからね!」
よし、十分イリアで遊べたし満足した。
今日もやらなければいけない事が山積みだしさっさと出発することにしよう。まずは街への潜入、そして情報収集だ。
「ではいくぞ。イリア、街へは普通に入れるか?それとも門衛のようなのがいるのか?」
「えっ……!?あ……、えっと、えっと、街へは普通に入れるよ!門衛はいるけど別に止められたりはしないかな。その辺りはベルフィオーレと一緒だね。」
急に真面目な話をしたので吃驚したのだろう。イリアは慌てながらも必死に説明してくれた。
「了解。それとイリア……悪かった。」
イリアの反応をみて反省した。そういえば彼女とはまだそれほど長い時間一緒にいるわけではない。ちょっと馴れ馴れしくし過ぎた。ついついうちの子達と同じ感じで遊んでしまった。
「イリアはなんか話しやすいんだよね。ミルナ達とチーム組んでいたからかな?俺と同じ異世界の出身者だから?まあ……ともかく馴れ馴れしくして悪い。」
アキは謝るが、イリアはいいよ気にしないでと笑う。
「あはは、平気だよ。ちょっと恥ずかしかっただけ。でもね、私もアキの気持ちわかる。なんか話しやすいんだ!」
「そっか、ありがとな。」
「アキ、私も、私も。居心地いい。」
うちの小動物に抱き着かれた。そして何故か拗ねている。
まあずっとイリアと話していたのが気に入らなかったのだろう。
しかしあっちを立てればこちらが立たずなのは相変わらずだ。これからもずっとこの状態なのだろうかと思うと頭が痛い。ただこうやってアキを必要としてくれているのだから決して悪い気分はしない。
地球にいた頃は1人でいい、何も求めない、誰にも期待しないと決めていた。それでも自分は平気だとずっと思っていたが、それは強がりだったのかもしれない。
「俺もだよ、ルティアもありがとね。」
いい加減認めるべきなのだろう。
心のどこかでは誰かに必要とされたいと思っていたのだという事を。それを認めたら、過去の自分がすべて否定されるような気がして出来なかった。でも今ならそれもいいかもしれない。ベルフィオーレで皆と出会い、必要とされている今なら、もう過去の自分を否定したっていいだろう。
「こんな日が来るとは……ミルナ達め……」
嬉しいが何か癪だ。今日ベルフィオーレに帰ったらおもいっきり苛めてやろう。
そんな事を考えながら、アキは洞窟を出て、街を目指す。
「とりあえず街へは普通に入れるんだな。」
「うんうん。」
ベルフィオーレと一緒で門衛はいるが、それはあくまで魔獣対策の為だとイリアが言う。身元確認などの検問は特にないらしい。
それならばどうしようかと頭を捻る。
「アキ、どうしたの?普通に入るのじゃダメだったのかな?」
そんなアキの様子を不思議に思ったのか、イリアが尋ねてくる。
「まだあんまり目立ちたくないんだよね。」
情報収集がある程度終わるまでは、出来るだけ注目を浴びたくないのだ。アキ達は部外者だから必然的に街の人の目に止まる。例えばそんな状態でハンター連盟に登録したとして、もしユーフレインのハンターとベルフィオーレの冒険者レベルがさほど変わらなかったら、イリアは絶対に目立つ。そしてアキも当然特殊な魔法を使うから注目を浴びるだろう。そんなアキ達が街で情報収集をしていたら、面倒な事に巻き込まれる事は請け合いだ
「なるほど。それは確かに目立つかもね……。」
「アキ、どうする?」
一応案はある。
「そうだな。ルティア、無茶を言っていいか?」
正直ルティアにこんな事を頼むのは心苦しい。だが間違いなく彼女が適役だし、彼女以外には無理な事だ。
「もちろん。いっぱい言って。」
「ありがとう。まず、ルティアだけ別行動。誰にも悟られず街に潜入しろ。」
そしてハンター連盟、街の情勢、氷姫について調べるようにと伝える。さらに手段は問わないので、ユーフレイン通貨も集めるようにお願いする。そう、アキの案とは全部ルティアに丸投げしてしまう事だ。正直かなりの無茶振り。しかも数時間という時間制限付き。
だが目立たず調べるのであれば、ルティアに頼むのが最適だ。これ以上の適任者はいない。まあ並大抵の人であれば不可能だ、無理だと言うだろう。だがルティアなら出来る。そう信頼しているからこそ無理を承知で頼んだ。
「ルティア、出来るか?」
「もちろん。余裕。まかせて?」
ルティアは考える事なく即答する。
さすが頼りになる。
「ごめんね。でもルティアなら出来ると思った。」
「ううん、いい。信頼されるの嬉しい。」
「今度2人でどっか行こうか。今日のお詫びというかお礼だ。」
「……!いっぱい頑張る!」
さらにやる気になってくれたようだ。ただそれだけではさすがに申し訳ないので、ルティアには何か別のご褒美でも考えておこう。
「じゃあ早速出発してくれ。13時までに全て終わらせろ。頼んだぞ。」
「いってくる。アキ、またね。」
そう言うとルティアは洞窟内からスッと姿を消す。洞窟の入り口に設置した土壁は先ほど解放しておいたので、出入りは問題ないだろう。索敵魔法を使って一応ルティアの位置を確認したが、既に洞窟を出て、街へ接近しているようだった。
「さすがだな。もうあんなとこまで……。」
まあルティアにだけ仕事をさせるわけにもいかない。アキ達も早々に街へと向かうとしよう。
「ところで私達はどうするのかな?」
イリアも同じ気持ちなのか、早く仕事をくれとやる気満々だ。
「うん、俺とイリアは魔法で姿を消して街へ入る。そして街の観察だな。まあ必要に応じて姿を見せる。俺達の仕事は屋敷を探す事だからな。」
情報収集はルティアにまかせたが、肝心の拠点決めはアキ達の仕事だ。話が通じそうな相手を見つけ、拠点に使えそうな屋敷を探さなければならない。
「だから姿を見せるのはあくまでコミュニケーションの為だ。戦闘行為は一切禁止。何を見ても手出しするな。」
「大丈夫。ちゃんと昨日教わったからね。アキの言う事、守るよ。」
「さすがイリア。」
アキは彼女の頭を軽く撫でてやる。そんなアキの行動が気に食わなかったのか、イリアが文句を言ってきた。
「や、やめてよ……!」
「あ、悪い、ついな。」
「ち、違うよ!嫌って事じゃないから!こ、子ども扱いしないでって事だからね!勘違いしないでよね!」
つまり単純に恥ずかしいだけ。そういうことか。しかしそのエレンのようなツンデレ発言はなんなんだ。
「わ、笑わないで!そ、そんな事より!どうやって姿消すのかな!?」
これ以上この話題を続けるのは得策ではないと思ったのか、イリアが話を戻す。
「魔法を使う。悪いけど手を貸してくれ。」
そう言って左手を差し出す。
「嫌だと思うけど、ごめん。」
好きでもない男の手を握るのは嫌だろう。ただ身体的に接触してないとこの魔法は効果がないので許して欲しい。
「え、あの、その、うん、わかった。……別……嫌……ない……。……嬉……かな。」
顔を真っ赤にして俯いているイリア。しかし了承してくれたのはわかったが、最後の方が小声過ぎて聞こえなかった。何て言ったんだ。
「え、なに?最後聞こえなかった、もう一回言って。」
「な、なんでもないよ!」
恥ずかしそうにしながらイリアが手をそっと握ってきた。まあとりあえず大丈夫そうなので話を進めればいいか。
「今回俺が使う魔法は視覚を誤認させるような魔法だと思ってくれればいい。」
いわゆる光学迷彩だ。光を完全に透過、回折させる。つまり物体の表面で光を反対側に迂回させ、対象を認識させない。地球では実現にまだまだ時間が掛かるであろう技術だが、大気魔素を使えばなんなく実現出来るはずだ。
「むずかしい、私にはよくわからないよ。」
「そうだな、簡単に言えば見えなくなるだけ。存在が消えるわけじゃない。」
そう、光学迷彩は存在を消せるわけではない。ただ相手の視覚を誤魔化すだけのものだ。アキ達が声を出したら聞こえるし、触れる事だって出来る。細かい理論はわからないだろうから、イリアに実際の事象だけを説明してやる。
「深く考えなくていい。隠密行動していると思えば大丈夫だ。そうすれば魔法の効果があるから絶対に見つからない。」
「それなら大丈夫かな!でも手を繋ぐ理由は?」
「そんなに嫌か?」
それはさすがにアキとしても少々凹む。
「ち、違うよ!ただの質問!」
それならよかった。そこまで嫌われてないようで安心した。
「手を繋いでいれば、お互いの事は見えるんだ。勿論、個別に魔法をかける事もできるけど、その場合だとお互いの事も見えなくなる。それは不便だろ?」
まあ視覚を遮る対象を選別できるようにすれば、別々に魔法を施しても問題ないのだが、それは複雑すぎて今のアキでは魔法を構築できない。
「なるほどね!だからこうして手を繋ぐんだね。」
繋いだ手を楽しそうにぶんぶんと振るイリア。
「そうだな。つまり俺とイリアの初デートだな。」
「ち、違うよ!?なんでデ、デ、デートとかいうのかな!?必要だから手を繋ぐだけなんだからね!」
必死に違う違うと叫ぶイリア。
「じゃあデートはまた今度ね。」
「こ、今度ってなにかな!?」
しかしこんな茶番をこれ以上続けても仕方ない。
アキは騒ぐイリアを無視し、光学迷彩魔法を展開。そしてイリアの手を引いて洞窟を出る。さっさと街へと向かうとしよう。後ろでイリアが「デート?今度いくの?やった!……やった?あれ?」とかよくわからない事をずっとぶつぶつ呟いているが……まあ気にしないでいいだろう。
洞窟から外に出ると、青く澄み渡った空が広がっていた。どうやら今日は青天のようだ。気持ちのいい天気のはずなのに、何故か心地よさが全くない。どこか空気が張っているような感じがする。まるでユーフレインの情勢を現しているかのような雰囲気だ。




