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「アキは本当自由だね……。」
呆れ声でイリアは呟く。話が終わったと思ったらリオナの尻尾やセシルの耳を愛で始めたアキ。さすがのイリアもこの展開にはついていけない。
「アキさんは人を殺めてからまだ気持ちがあまり落ち着いてないんですわ。」
そんなイリアの様子に気付いたのか、ミルナが耳打ちしてきた。
「ああ、そういう事?リオナやセシルさんが待機してたのも?」
「ええ、そうですわ。あの2人は……いえ全員ちゃんとわかってますわ。ほら、エリザさんも近くにいるでしょう。いつでもアキさんが尻尾を撫でられるように。」
確かにエリザもさりげなくアキの側まで移動している。
ただエリザの場合は最近この屋敷に加わったので、まだこういう状況にあまり慣れてないのだとミルナが言う。彼女もアキに尻尾を差し出し癒してあげたいが、なかなかタイミングが掴めなくて戸惑っているのだとか。だからせめていつ呼ばれてもいいように、アキの近くに移動したのだとミルナが教えてくれた。
「しかしアキの獣人好きにも困ったものだね。」
「ええ、それはもう本当に。でも気持ちを静める為に女を抱くとか言わないので全然いい方ですわ。」
ミルナは苦笑しつつも「アキさんはなんだかんだ優しいので」と付け加える。確かにイリアも戦闘後は気持ちが昂る。そして男の場合、女を抱いてそんな気持ちの昂りを鎮める事があると聞いたことがある。
「あれ……?じゃあなんでミルナは行かないのかな?」
「行きたいですわ。でもアキさんを困らせたくないので今は我慢ですの。」
アキは今、リオナの尻尾とセシルの耳を愛でている。そんなアキの癒しの時間を邪魔したくないのだとミルナが呟く。
普段であればアキ争奪戦に発展するのにどうしたのだろうと不思議に思っていたが、なるほど、納得だ。結局ミルナ達はなんだかんだアキの事が大好きで、何よりも最優先なのだ。
「ほら、見てくださいませ。あのソフィーですら静かに見守ってるんですのよ。まあここまでみんないい子になるのはこういう時だけですけど。いつもは『私が!』って争うのに……しょうがない子達ですわ。」
ミルナがくすくすと笑う。そんなミルナを見て「あんたもでしょ」と突っ込みそうになるイリア。
「……そうだね。本当にみんなアキが好きなんだね。ミルナはその筆頭だけど。」
少しくらいは皮肉を言ってやろう。
「ふふ、そうですわよ。」
だがせっかくの皮肉にも、気にする様子はないミルナ。それどころか当然ですと言った表情だ。
「まったく……まあ……その気持ちはわかるけどね?」
イリアは誰にも聞こえないようにそっと呟く。「ユーフレインを何とかして欲しい」それは自分の我儘なのに、アキは喜んで手伝うと言ってくれた。そして今日、人まで殺めてくれた。全力でイリアの願いを叶えようとしてくれているアキ。
「そんなん好きにならないわけないじゃない……もう……。」
「あ、アキさん。1つ聞いてもいいですか?」
十分耳や尻尾に癒して貰った事だし、明日に備えてそろそろ休もうかと思っていたら、ベルが恐る恐る尋ねてくる。
しかしそんなかしこまらなくてもいいのに。聞きたい事があるなら気にせず聞いて欲しいものだ。とりあえずベルに話すように促す。
「ありがとうございます。ベルフィオーレの今後の方針というか方向性について少し相談したいのです。」
ああ、なるほど。アキは魔獣政策を廃止してもいいと確かにベルに伝えたが、進め方などは一切指示していない。ベルとしては少しでも道標が欲しいのだろう。
「こんな大規模な改革、前例がないので困っているのです。」
ただ単に現行の政策を廃止するだけでいいのか、それとも各国足並みを揃え、打ち合わせをしてから廃止すべきなのか。どの方法が正しいのか全くわからないとベル。
「そうだね、ちなみにベルの考えは?」
「私は……アキさんが提案してくださった政策を急に施行しても浸透はしないと思います。ある程度ベルフィオーレに沿ったようにアレンジするべきかと。」
まあそれは当然だろう。民主制が一般的である地球の法律を君主制の世界に持って来ても上手くいくわけがない。地球の歴史を見てもそれは明白だ。君主制から民主制に切り替わってから完全に機能するまでには相当な時間を要している。
「ただその調整は私にも十分出来ると思います。問題は犯罪政策の方です。どのタイミングで魔獣政策を廃止し、新しい法律を展開するのがいいのか……それで悩んでいるんです。」
「なるほど……俺の考えでよければ話すけど?」
「是非お願いします!」
ベルが嬉しそうに胸の前で手を合わせて喜んでいる。
一般人であるアキの意見が果たして役に立つのかはわからないが、これだけ期待された目で見つめられたら頑張るしかない。何とかベルの参考になる意見を言うしかない。
「俺だったら……まず各国を集めて話し合うとこから始めるかな。」
エスペラルド、ミレー、サルマリアの王家とは改革について色々話をしたが、各国個別に話しただけ。だから例えアキが一字一句同じ事を言っていたとしても、各国の考えに多少のズレは生じているはずだ。それにこの大陸最後の1国、リオレンド王国とはまだ話してすらいない。
「ベルのお父さんがリオレンドに話をしておくって言ってたよね?その後に4国集めて話をしたらどうかな。そうすれば各国足並みを合わせて動けるんじゃない?」
各国を集めて話をしたほうがいい。それは間違いないと思う。それに魔獣制度を廃止し、新しい政策を打ち出すのであれば、各国で同時にする方が絶対にいい。4国が合同で進めている政策となれば、その熱意はきっと民にちゃんと伝わる。
「なるほど!各国による国家会議ですね!早速明日お父様に打診してみます!さすがアキさんです!」
「いや、このくらいの事、ベルも思いつくだろ。」
ベルは尊敬の眼差しを向けてくるが、誰でも思いつく事だろう。そんな手放しで褒められるのはちょっと恥ずかしい。
ただ意外な事にベルは「その案は青天の霹靂です」と感動している。
「え?各国で集まって会議とかしないの?」
「しないですよ?話すことも特にないので。」
「そうなのか?」
てっきり定期的に首脳会議みたいものが行われていると思っていた。だがどうやら4国が集まってそういう事をすることはないらしい。
「ミレーの闘技大会で私とアイリス女王がお話していましたよね?あんな感じの雑談くらいはします。」
他国を観光等で訪問した際、王家同士が雑談がてら話したりすることはあるが、その程度なんだとベルが教えてくれる。しかもそれはあくまで各国がそれぞれの判断で好きにやるらしく、習慣的に行われている事ではない。
「なるほどね。ベルは真面目だから毎日のように王城へ出向いてアイリスと話をしていただけか。」
「そ、そんなことないですけど……まあそう言う事です。」
ミレーの闘技大会にサルマリアやリオレンドの王族関係者が観戦に来ているにも関わらず、アイリスと公務をしていたのはベルだけ。今思えば何故あの時それを不思議に思わなかったのだろう。よく考えればおかしい話だ。
それに後でベルに何を話したのか教えてもらったところ、会議というより互いの国の近況を報告し合うただ雑談会のようなものという感想を持った。
「俺の世界ではそういう会議は常識だったから、てっきりベルフィオーレでもやってるのかと思ったよ。そもそも闘技大会で各国が揃うんだからやればよくない?」
「た、確かに……。なんかアキさんと話していると、この世界の統治者達は何も考えてないようで王女としてものすごく恥ずかしくなってきます……。」
ベルがシュンとした顔をしてしまう。
でもまあベル達のやり方もわからなくはない。こんな平和な世界だと各国が話し合う必要なんてないのだろう。それにベルを筆頭に、ベルフィオーレの統治者達は聖人君子のような人間だ。普通そんなのありえない。そんなありえない世界だからこそ、余計な会議などする必要がなかったのだ。つい地球基準で物事を考えてしまっていたが、ベルフィオーレ基準でみるとおかしくないのかもしれない。
そもそもベルフィオーレの統治者達は、地球の為政者のように、本音と建て前を使い分けていない。ややこしい経済的戦略だったり、政治的思想だったりが存在しない。他国より有利に立とうとか、他国を食い物にして自国を潤そうと考えがそもそもないのだ。
地球では各国の思惑が複雑に絡み合い、為政と言うのは訳の分からないくらいややこしかった。政治関連のニュースを見るたびに思っていたことだ。何故こんなに複雑である必要があるのかと。何故いつも下らない事で揉めているのかと。一般人であるアキには全く理解出来なかった。
それに比べると、ベルフィオーレの為政は単純明快だ。「悪い事はやめましょう、魔獣に殺されます。平和な世界を作りましょう」それだけだ。難しい事なんて何にもない。だからこそ首脳会議なんて必要ないのだろう。
「これも魔獣政策の副産物なのかな?」
普通、全ての国の統治者が聖人君子なんてありえない。きっと昔は各国それぞれ色々な思惑があったのだろう。だから戦争もあったし、治安も悪かった。だが魔獣政策を施工し、長年維持した事で、ベルフィオーレ各国は民に対して後ろめたい気持ちが芽生えた。290年も続けていれば、統治者達の意識がそのように変わっても不思議ではない。そしてそんな意識から、国同士で争いをしなくなった。いつ破綻するかわからないこの制度に怯えながら、自分の国の平和を守り続ける。
まあ地球やユーフレインでこれと同じ事をしてベルフィオーレのような世界になるかと言われると、間違いなくならない。奇跡的な偶然が積み重なったせいで、この世界は構築された。ベルフィオーレはそんな稀有な歴史を辿り、今の体制が出来上がったと言うわけだ。
でもこんな世界なら確かに各国で話す事もない。自国での政策は色々あるかもしれないが、それは他国には関係ない。
「でもベル、別に落胆する事はないさ。為政に何が正しいなんてないからな。それにもし今の体制が嫌なら今回のこれがいい切欠になる。そうだろ?」
魔獣政策を廃止した上で平和を保てるなら、どの国も大歓迎だろう。平和を不確定要素の強い魔獣に頼らなくて済むのだから、胸を張って平和な国だと民に言える。
ただその改革が一筋縄では行かないのはどの国もわかっているはずだ。新しく施行する法律などを民に浸透させるのは大変。だが逆にそれが各国にとっては望ましいのかもしれない。
何故なら、
「統治者としてベル達が今まで何もしてなかったという事はない。でもこれからはもっと大変になる。それなのに各国が乗り気なのは、自分達がやっと統治者らしい事を出来るという思いがあるからなのかもね?」
そう、本来であれば治安維持などはベル達の仕事だ。でもそれを今までは魔獣に頼っていた。そしてそんなのは本当の統治ではない。自分達の意志で「統治」していないのだから。
「た、確かに……!それはあるかもしれません!」
「これからは会議なども頻繁にすればいい。それに国内での活動も活発になるんじゃないか?大変だけどやりがりあるだろ。頑張れよベル?」
秘密保持と現状維持を行ってきただけの王家ではなくなる。これからは自分達で考え、試行錯誤して治安維持をしていかなければならない。大変な事は山積みだが、「統治者」になれる機会であるのは間違いない。
「はい、その通りですね!アキさん、私頑張ります!」
ベルはやる気が出たのか、両手でガッツポーズしながら嬉しそうに微笑む。
「それでこそうちの王女様だ。」
ベルは王女としての責任感が本当に強い。エスペラルドが大好きという気持ちがひしひしと伝わってくる。アキの為なら国なんていつでも捨てるとベルは言っているが、なんだかんだ自分の国の事をいつも考えている。本当に捨てろとアキが言ったら、きっと彼女は悩んだ末に出来ないと泣くだろう。
そんな泣き虫王女様のベル。自分の国の為に出来る事が見つかった今、彼女はやる気に満ち溢れている。
「あ、あの……でも私だけじゃ無理です。1人にしないでね?一緒にいて、側で支えてね……アキさん?」
ただ一抹の不安は完全には拭い切れないようで、少し弱気になっている。まあベルにこんなことを上目遣いで言われたら、アキには断れない。そもそもベルを娶る覚悟をしたのだから、アキの返事は一つしかない。
「ああ、もちろん。」
「えへへ、嬉しい。」
「何かあったらいつでも相談しなさい。」
ベルはすっかり満足したのか、幸せそうな顔で甘えてくる。
だがそれはやめなさい。
そのせいでミルナ達が不機嫌になっているだろうが。
「そんな顔するなって……わかるだろ?」
「わかります。でも私達だって言って貰いたいんですー!」
ソフィーが口を膨らましながら拗ねている。ベルばかり構っていたので不満が爆発したらしい。
だが優しい子達だ。
普段ならもっと構え、遊べ、と騒ぐ彼女達だが、今日は比較的大人しい。あんなベルとのやり取りなんてした日には3時間のお話コースだ。それが今日は少し拗ねる程度。きっとアキが疲れているとわかってくれているからなのだろう。
「大分落ち着いた。おかげで今日もぐっすり寝られそうだ。ありがとな、俺に好き勝手させてくれて。」
今日みたいに人を殺めた日は、いつも自由にさせてくれる。何を言っても、何をしても、ミルナ達は笑って静かにアキを見守ってくれる。
「あら、ばれてますのね?アキさんこそ私達の考えてる事見抜かないでくださいませんか?」
「そうよ!自分が見抜かれて不満に思っているんなら私達にもするんじゃないわよ!」
ミルナとエレンが反論してくる。だが言葉尻はどこか優しい。なんというか……この子達にはやはり敵わない。アキの事を本当によくわかっている。
「ならお互い様ってことだな。」




