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夕刻頃、ミスミルドに無事到着した。
「アキ、楽しかったぞ。イリアの嬢ちゃんの事でまた忙しくなるかもしれんがちょくちょく顔を出すのじゃぞ。わしに出来る事があるなら遠慮なく言うがいい。」
エスタートはそれだけ言い残し、自分の屋敷へ早々に帰っていった。イリアの件ではあまり力になれないと思っているのだろう。まあさすがに別世界にまでミレンド商会の力は及ばない。そうなると爺さんと会う機会も減るだろうから、時間を見つけて会いに行くようにしよう。爺さんの拗ね顔は見たくない。
とりあえずアキ達はいつも通りリビングへと向かう。ソフィーは相変わらずしゃべらないが、ちゃんとついて来てくれた。
「ソフィー、隣に座って。」
「……。」
もう返事すらしてくれなくなった。
無理矢理ソフィーの手を掴んで隣に座らせる。軽く睨まれたが、気にしない。ただ別に抵抗はしてこない。ひたすら無視してくるだけだ。
「どうしたんですのソフィー?何か言ってくださいませ。」
ミルナが心配して声をかけるがやはり無視。うちの子達はソフィーがどうしたのかはわからないようだ。アキの事ならすぐに見抜くくせに、アキ以外の人の考えている事はわからないらしい。
「みんな……俺はソフィーに嫌われたらしい。辛いからしばらく自分の世界に帰ることにする。」
「ち、ちょっと!何言ってるのよ!」
エレンが大声をあげて驚く。ミルナ達もちょっと待ってと必死に止めてくる。アキはそれらを無視し、リビングから立ち去ろうとするが、服をおもいっきり引っ張られる。ソフィーだ。それはダメといわんばりに引っ張ってくる。
まあアキとて本気で自分の世界に戻る気はない。何よりイリアの件の真っ只中にいなくなるわけがない。ミルナやベルは一瞬焦っていたが、すぐにアキの意図を理解したのか、納得したように成り行きを見守っている。
「やれやれ、この駄エルフしばらく借りるからな。」
アキはそう言って服を掴んでいるソフィーをお姫様抱っこする。
「なにするんですか!離してくださいです!」
ソフィーが暴れようとするので黙らせる。
「俺の女なら黙ってろ。」
そう言うと、ソフィーは素直に暴れるのを止めた。アキはソフィーを抱き抱えたままリビングを出て自分の部屋へと向かう。エレン達は唖然としていたが、ミルナやベルあたりがきっと説明しておいてくれるだろう。
自室に着いたので、とりあえずソフィーをソファーに下ろす。ただソフィーはそっぽを向いたまま、こっちを見てくれない。まだ機嫌は直らないらしい。
「俺の事嫌いになったのか?」
アキの問いかけに、ソフィーは黙って首を横に振る。やはり嫌われてはいないようだ。それにもし嫌われているなら、そもそもおとなしくアキの部屋まで運ばれてこなかっただろう。
「怒ってるんだろ?」
すると今度は頷くソフィー。
間違いなく怒っている理由はあれだ。
「みんなにキスしたのにソフィーだけしてない。最後なのが納得いかないってことか?」
アキがそう言うと、ソフィーが睨んでくる。
「そーです!わかっているのになんでですか!嫌いです!ばか!」
「ふっ……なるほどね。」
「な、なに笑ってるんですか!私怒ってるんですー!」
ソフィーがさらに鋭く睨んでくる。でもアキにとってはこのソフィーも正直可愛い。こんなことで怒る彼女が微笑ましい。
「怒ってるのはわかるよ。でもソフィーの俺を見る目が優しいからつい。だってソフィーが本気で怒っている時は他人をゴミのように見るだろ。あのくらいしないと怖くないぞ?」
「そ、それは無理に決まってます!アキさんにあんな感情ないですー!」
結局本気で怒る事は出来ないらしい。そんなソフィーを撫でてやる。一瞬気持ちよさそうな顔をするが、すぐに自分が怒っているのだと思い出したらしく、すぐさま不機嫌そうな顔を浮かべる。わざとらしいエルフだ。
「撫でてもだめです!許しません!」
「ソフィーだけしてないのにはちゃんと理由があるんだ。」
「なんですか、一応聞いてあげます。」
偉そうに踏ん反りかえるソフィー。行動がいちいち可愛い。
「ソフィーは特別だからだ。」
「やったー!……って騙されると思いましたか!私はそんな単純じゃないですー!」
いつもならすぐにコロっと騙せるのに、今日はダメらしい。
「じゃあ少しまじめな話するか。」
「はい。」
「ソフィーにだけしなかったのは、よくわからなかったからなんだよ。」
エレンやミルナはこういう状況でしたいと教えてくれた。リオナやアリア達は自然とそういう雰囲気を作ってくれた。でもソフィーの場合はいつも「チューしましょー!」と突撃しかしてこない。雰囲気なんて微塵もない。そんな勢いでしてしまって本当にソフィーは満足なのかわからなかった。
「だから迷ってただけだ。別に意地悪でソフィーにしなかったわけじゃない。本当にソフィーは雰囲気とかどうでもいいのか?」
するとソフィーは俯いてもじもじし始めた。何か言いたいようだけど踏ん切りがつかないようだ。やはり何か希望のシチュエーションでもあるのだろうか。
まあせかしても仕方ないので、ソフィーが話す気になるまで待つことにする。
5分くらい経っただろうか。ソフィーが意を決したように小さく呟く。
「うぅ……アキさん。あの……聞いても笑わないって約束してください。」
「うん、約束する。」
「暴走しちゃうの、半分は嘘なんです。」
むしろ半分は本気なのか。むしろ全部嘘だったらいいのにとつい笑いそうになってしまう。危ない。笑わないと約束したところだ。
「以前、昔話をした時には言いませんでしたけど、私こう見えて実は結構恥ずかしがり屋なんです。」
ソフィーが猪突猛進なのには理由があるらしい。なんでも暴走するくらいの勢いで行かないと、つい引っ込み思案になってしまい、何も出来なくなるのだとか。やりたい事ははっきりしている。でも恥ずかしくて行動に移せない。幼少の頃はずっとそうだった。でもそれだと何もやりたいことが出来なくなる事に気づいて、勢いで突っ走るようになった。だから冒険者になった時も勢いで飛び出してきた。後先考えずにとりあえず行動すればいいと思ったらしい。
「だからその、アキさんとチューしたくても恥ずかしくて言えないから……暴走するしかなくて。甘えるときもそう。ああやって行かないと何も出来ないんです。」
迷惑をかけていることは分かっている。それでもああする以外の方法が自分には思いつかないのだとか。
「だからごめんなさいです。」
ソフィーが少し寂しそうに微笑む。
「やっと笑ってくれたな。」
満面の笑みじゃないけど、やっぱりソフィーは笑顔が似合う。
「こんな笑顔でもいいんですか?……えへへ、ちょっと元気になりました。アキさんらしいです。」
どんな笑顔でもソフィーはソフィーだ。
「それに別に迷惑じゃない。暴走ソフィー、俺は好きだ。あれがないと寂しい。今のしおらしいソフィーもいいけど、やっぱり元気で自由奔放なソフィーが一番だ。」
「じゃあ私は今のままでもいいんです?」
「うん、今のままがいいんだ。」
すると今度はいつもの花が咲いたような最高の笑顔を浮かべるソフィー。綺麗な翠色の瞳がアキを真っ直ぐに見つめてくる。そしてそっと目を閉じる。
この状況なら……とアキは彼女の頬に手を添えてそっとキスをする。
「えへへ、アキさん大好きです。」
唇を離した後、ソフィーが嬉しそうに呟く。
「うん、これからもいつものソフィーでいてね?」
「はい!」
すっかり機嫌が直ったのか、元気よく返事をするソフィー。これでひと段落だろうか。とりあえず他の子達が心配しているから一旦リビングに戻ろうとソフィーに声をかける。
だがソフィーは一向に動こうとしない。何かを悩むような素振りをしている。顎に手を当て、首を傾げながら逡巡している。嫌な予感しかしない。
「私は特別なので大人のチューもしましょー!」
「いやまて、その結論はおかしい。」
やはり碌な事を考えていなかったと、アキは必死に逃げようとするが、ソフィーに抱き着かれて身動きが取れない。悲しいことに、冒険者としての実力はまだまだソフィーの方が上だ。本気で拘束されたら抜け出せるはずもない。そしてこのエルフはこういう時に限って本気を出す。
「ちょっとま……。」
「問答無用ですー!」
アキがいい終わる前に、ソフィーが無理矢理キスしてくる。そして彼女の舌がアキを蹂躙し始める。
雰囲気の欠片もない。今までの話は何のためにしたのか。
そして間違いなく自分は今襲われている。別に嫌ではないし、嬉しい事だが、なんか違う。絶対違う。普通逆だろう。何故アキはこのエルフに襲われているのだろうか。
「ぷはっ……。えへへ、アキさんおいしーです!」
「ええい、離れろこの駄エルフが。」
濃密な口付けをして満足したのか、ソフィーは恍惚とした表情を浮かべている。
しかもなにが「おいしーです」だ。なんとか貞操は守れそうだが、間違いなくアキは何かを失った気がする。
「これで私も大人の女ですー!みんなに報告してきます!」
「いや、おい、ちょっと待て。」
アキの制止も空しく、ソフィーは部屋を飛び出していった。さすがの急展開についていけない。あの暴走エルフはやることなすこと斜め上すぎる。予想がつかない。
「……いじけてたと思ったら光の速度で機嫌治しやがって。やりたい放題だなあのエルフは。まあ……幸せそうだからいいか。」
とりあえず彼女の後を追ってリビングへと降りる。間違いなく大変な事になりそうな予感しかしないが、行くしかないだろう。




