19
「こちらが最後の物件になります。」
翌日、不動産業者のような人に案内され、アキ達はマリミアの街の物件巡りをしている。イリアナの手配は完璧で、午前中にはもう見られるという事だったので早速見に来た。ちなみに爺さん達は別行動だ。多分気を利かしてアキ達だけにしてくれたのだろう。
「こちらのお屋敷は部屋数も多く、主寝室とは別に12部屋ほどございます。」
現在内覧している樹の上に建てられた屋敷はかなり大きい。このマリミアの街の屋敷はどれも樹の上に建てられている。ただ樹の大きさからか、通常は1つの樹に2,3つは屋敷が造られている。だがこの屋敷は1つの大樹を全て占領しており、完全に周囲から独立している。ちなみにこの屋敷の前に内覧した2軒は、やはり他の屋敷と樹を共有していて、この街ではよくある形になっていた。
「他の物件は部屋数少なかったし、このくらいの広さは欲しいかな。」
「そうですわね、私達、アキさん、シャルさんいれて12人ですもの。」
ミルナがアキの隣で同意する。発言がすっかり正妻気取りなミルナがとても可愛い。多分昨日の一件で変なテンションになっているのだろう。皆も何があったのかミルナの様子を見て薄々察しているようで、苦笑い気味だ。確かにこれだけわかりやすいのも凄い。他の子達が呆れるのもわかる。
「ではお屋敷の中に案内します。」
不動産屋の女性がアキ達を玄関の方へと先導してくれる。
この屋敷への入り口は1つしかないらしい。隣の樹からの吊り橋のみだ。地上から直接のアクセスは一切不可能。大抵は地上からもアクセスできるよう螺旋階段があり、複数のルートがあるらしいのだが、この樹にはこの屋敷だけなので特別にこの造りにしたのだとか。
吊り橋を渡るとちょっとした庭と玄関があった。とてもこれが樹の上とは思えない。庭園には色とりどりの花が咲いていた。そして庭の隅には小さな小屋が建てられており、ちょっとした用具入れになっているようだ。
「見ろ。エレン用の部屋がちゃんとあるぞ。」
「はああああ!?なんで私があそこなのよ!ただの小屋でしょうが!」
「犬小屋でしょ?」
「だったとしてもなんで私なのよ!」
エレンが牙を向いて呻ってくる。まさにエレンにうってつけの小屋だ。
「ほら、あそこにエレンが住めば、玄関に猛犬注意って書けるじゃないか。」
「ぶっころおおおす!今日という今日はぶっころおおおす!」
エレンが本気で斬りかかってくるので案内人が怯えている。他人を怖がらせるのはやめなさい。しかし実際こんな感じで侵入者に襲い掛かってくれそうだからいい番犬になりそうだと思うんだが。ダメだろうか。
「ダメに決まっているでしょうが!死ね死ね!死ねええええ!」
エレンの剣戟を適当に受け流す。まあ明らかに手を抜いてくれているので片手間で躱せる。いつものアキとエレンのじゃれ合いだ。ミルナ達はまた始まったと呆れた顔をしている。
「すまん、エレン。冗談だ。あの犬小屋は獣人のリオナかエリザかセシルのものだな。」
アキが謝ると「ばか」とだけ言い残し、剣を納めてくれた。ただ今度はうちの獣人組が猛烈に抗議してきた。
「なんで獣人が外なのかな!おかしいよね!それに私、犬じゃないからね!狼だよ!?」
「猫は室内で飼うのが普通よ!外はダメよ!絶対ダメ!凍え死ぬわ!」
「兎小屋ってことですかあああ!いやです!中で飼ってください!」
三者三様に文句を言ってくる。しかしなんでこの子達は飼われる前提で話しているのだろうか。動物扱いされると怒るくせに、不思議なものだ。
「あ、あの……そろそろ中に案内しても……?」
「はい、すいません。お願いします。」
案内人が恐る恐る尋ねてくるので謝っておく。
アキ達は早速屋敷の中へ入る。玄関を入ると左手にリビング、右手にダイニングあった。ダイニングを抜けるとキッチン、そして浴室やトイレがあり、そのまま抜けるとリビングに戻ってくる円形の造りなっているようだ。この屋敷は樹の外周に沿って建てられているので、この造りになるのは当然か。そして玄関ホールからは螺旋階段もあり、上にあがると、樹の外周を辿るように個室が6つ配置されている。そこからもう1階上がると、同じく個室が6つあり、さらにその上の最上階には主寝室という4階建ての構造になっている。
素晴らしい。本当に秘密基地のようで、男心を擽られる最高の物件だ。
「そして主寝室から行けるこういう部屋もございます。」
案内人が主寝室の壁のある部分を押すと、奥へと通じる通路が現れた。ミスミルドにある屋敷の隠し部屋のようなものだろうか。現れた通路を歩き、その先にあった階段を少し下ると、そこには円形の大部屋が広がっていた。どうやらここは樹の中らしい。
「つまり主寝室の壁から樹の中へと入れるようになっているって事か。」
「はい、その通りです。」
この部屋はいい。転送召喚魔法を使うにはうってつけだ。
「いかがでしょう。ちなみに家具も当然ついております。」
リビングや各個室にはベッドやソファーなどの家具が既に設置されていた。その他にも様々な調度品が随所に配置されている。金持ちの家に置いてある、わけのわからない壺のようなものを想像すればわかりやすいかもしれない。
今までの屋敷もそうだったように、この世界では基本的に家具などが付いているのが主流なのかと思っていた。だがそれは違うらしい。そういった買い方をするのは爺さん達のような金持ちだけなのだとか。一般的な屋敷には家財道具はついてこず、自分達で全て揃えるらしい。案内人によると、いくつも屋敷を持てるような貴族や商会長にもなると、いちいち家具をそろえるのが面倒なのだという。それなら最初から全て揃っている屋敷を買って、気に入らないものだけ買い替えたほうが効率的なのだとか。それにすぐに住めるという利点が大きいらしい。確かに爺さんのような商会長だと間違いなく忙しい。家具などを買いに行く暇もないだろう。それなら金は出すからすぐに住める屋敷を寄越せという事か。
「うーん、さすが金持ち。考える事が違う。」
「えーっと、アキさんもその1人ですからね?わかってますよね?」
セシルが呆れたように兎耳をぴくぴくさせている。
とりあえず目の前で揺れていた耳を掴んで撫でまわす。
「な、なんでええええ。場所、場所わきまえてよおおお!」
「兎耳を触るのに時と場所など関係ない。触りたくなった時に触る!それが世界の真理だ!わかったか!」
「しらないから!そんな真理しらないからああ!」
相変らず自由だなとミルナ達が生暖かい目を向けてくる。そして案内人はもう何がなんだかわからないようで困っている。
さすがに他人をこの茶番に巻き込むのは申し訳ない。適当にセシルを解放し、屋敷の話を進める事にする。
「とりあえず、ここは凄く良い屋敷だ。俺は気に入った。」
あの隠し部屋がある事がこの屋敷最大の利点だ。あそこであれば人目を一切気にせずエリザの召喚なども行える。どうせこの街に来るときも今後は転送魔法で来るだろう。そう考えると、絶好の物件だ。ミルナ達もそれをわかっているようで、賛成と頷いてくれる。
「それに景色もいいね、街がいい感じに見渡せる。」
ツリーハウスの4階建てという事もあり、主寝室からの眺めは特に絶景だ。この屋敷自体が5~6階くらいに相当する高さにあるので、主寝室は当然高層階になる。下を見下ろすと人が小さく見える程だ。木漏れ日も最高だし、風通しもいい。これこそツリーハウスの醍醐味だと言った感じの屋敷だ。
「お気に召されたようでなによりです。いかがいたしますか?少々値は張りますが……。」
先ほどまでの珍事件が無かったかのように平然と営業してくる。さすが営業職。まあしかしこれだけの物件なのだから高額なのは当然だろう。
「いい屋敷だしね。3万金くらい?」
「あ……えっと……いえ、そんなにはしません……。」
案内人が冷や汗を垂らしながら苦笑いしている。
アキの予想は大外れで、値段は6000金だった。万単位はすると思ったのだが、意外にお手頃価格のようだ。
「あの……アキさんの金銭感覚を皆に押し付けないでくださいませ。」
ミルナが引き攣った笑みを浮かべている。というかベル以外はみんな同じ表情だ。
「そうなのか、ベル?」
「さあ……私は10万金くらいかと思いましたけど。」
唯一平然としているベルに聞いてみるが、ベルもよくわかりませんと言った表情で首を傾げている。
「ばかですか貴方達は。6000金は普通の人が人生数回は遊んで暮らせるくらいの金額なんです。貴方達の感覚がおかしい事を自覚してください。」
アリアに呆れ顔で怒られた。
確かにベルは王女でお金なんていくらでもあるだろうし、アキも爺さんの商会に商品を提供して荒稼ぎしているので、いつのまにか白金貨単位での貯蓄になっている。
「あはは……私もアキ様の奥さんにしてもらいたいです……。」
案内人が冗談交じりに呟く。
まあただの冗談だろう。爺さんから紹介してもらった不動産屋だ。基本的に金持ちを相手にしているはず。アキ達の会話もよくある会話に違いない。
ただそれを冗談と取れない子達が当然うちにはいるわけで……
「「「「絶対ダメ!」」」」
全力で叫ぶミルナ達。
「ひっ……冗談です!」
とりあえずミルナ達を殴っておく。
「営業トークだ、本気にすんな。」
「だってー!」
ソフィーが口を尖らせている。しょうがないエルフだ。
「とりあえずこの屋敷、買うから書類お願いできますか?」




