13
「うるさいゴミですね。ちょっと捨ててきます。」
「あれ、イリアナってそんな事出来たっけ?」
戦闘能力はないと思っていたのが、違うのだろうか。不思議に思ってイリアナに尋ねる。すると本人ではなく爺さんの方から答えが返ってきた。
「ふはは、イリアナは元Sランク冒険者じゃ。」
イリアナのまさかの過去に驚きを隠せない様子のミルナ達。さすがのアキも少し驚いた。あの性根最悪のメイドがまさかそんな実力者だったとは夢にも思わない。しかし何故そんな地位まで上り詰めておいて今は爺さんのメイドなんてやっているのだろう。
「元って事は冒険者引退したってこと?Sランク辞めてまでメイドになるってどんな事情があったんだ?言えないなら言わなくてもいいけど。」
「いえ別に大した事ではありません。メイドは花嫁修業です。」
イリアナが淡々と答える。
しかしSランクを辞めた理由が花嫁修業とは頭がおかしいんじゃないかと思ってしまう。だがイリアナは大真面目のようで真剣な顔で答える。
「冒険者やっていて気付いたんです。戦闘ばかりしていて家事が出来ない女はいいお嫁さんになれないと。その証拠に全然男が寄ってきませんでした。私もそろそろいい歳です、早くいい夫を見つけなければいけません。そう、私が悠々自適な自堕落生活を送る為に。」
理由を力説してくるイリアナ。だが男が寄ってこないのは、家事云々ではない。間違いなくその性根が腐った部分のせいだろう。それにいつも辛辣で容赦ないし、ど変態だし。美人だけど残念要素が全て揃っているようなメイドだ。だから正直花嫁修業の意味は無い気がする。
「現在の夫第一候補はアキさんです。どうでしょう、私を貰う気はありませんか?」
「今の話を聞いて『ある』というやつがこの世にいると思うか?」
まあ彼女の健気さは認めよう。メイドになって少しでも女らしさを磨こうと思ったのだろう。
「そうです、私は健気な可愛い女の子です。戦闘もできるし家事もできる。役に立ちますよ?」
「ふむ……まあそうだな。」
確かにメイドとしては超有能だ。それに加えて戦闘スキルも持ち合わせているのだから最高の人材。それでいて美人。辛辣なとこに目を瞑りさえすれば、イリアナを雇わない人はいないだろう。屋敷の留守番も安心して任せられる。信のおける忠実な従者になってくれるのは間違いない。
「アキさん!いけません!正気に返ってください!この腹黒なんかを娶ったら取り返しがつかなくなります!騙されてはいけません!」
アリアが必死に止めてくる。助かった、危ない。一瞬イリアナを迎えてもいいんじゃないかと本気で思ってしまった。
「ちっ……コホン。とりあえずこのゴミ片づけてきます。」
そう言って絡んできた連中をどこかへ引き摺っていくイリアナ。
しかしあのメイド、舌打ちしやがった。どうやらアリアのおかげで早まらずに済んだようだ。
「さすがアリア。」
「いえ、よかったです。油断も隙もありません。まったく。」
アリアが安心したようにホッと胸を撫で下ろす。
「ちなみにエリス、セシル。彼女の実力はどう見る?」
「そうだな……私以上かもしれないのだ。」
「Sランク相当の実力はあると見ます。」
つまり2人の意見を総括すると、おそらくエリスと互角という事だろう。現役であればエリス以上だったかもしれないが、ブランクがある分そのくらいで考えるのが妥当か。
「相当な実力者だな。でも本当になんでメイドやってんだ。」
果たしてイリアナがどこまで本当の事を言っていたのかはわからない。すべては読み切れなかった。ただ嘘を言っていなかった事はわかる。多分、真意は語ってないだけで、言っていたことは一応事実なのだろう。メイドとして花嫁修業している事も、結婚して自堕落な生活を送りたいことも。
「まったく素直じゃないやつじゃ。イリアナはの……小さいころからの夢が『お嫁さん』なのじゃよ。夫の為に甲斐甲斐しく尽くしたいらしい。」
冒険者は生活の為にしていただけ。ただ元から戦闘の才能があったのか、あっという間にSランクまで上り詰めた。それでも彼女は地位や名誉、そしてお金なんかよりも、お嫁さんになりたいという夢を追っているのだとか。その為にある時冒険者をスパッと辞め、メイドとして雇ってくれと爺さんに頼み込んできた。
「イリアナとは依頼を通して知り合っての。そして彼女が20歳くらいの時じゃな。『女として遅くなる前に……夢を諦めたくないから』だそうじゃ。」
この世界で女性は18~21歳くらいに結婚するのが普通らしい。それを超えると適齢期を超えたと言われ、結婚も難しくなるのだとか。エリザがまさにそれだ。美人で、まだ女性として魅力満載だとしても、そのように扱われてしまう。これも異世界の文化だからしょうがないのかもしれないが、アキとしてはやはりどうも慣れない。
「なにそれ。めっちゃ可愛い。性格が残念だけど。」
「うむ、だからわしも雇うことにしてな。こんな健気でいい子なかなかおらん。性格は残念じゃが。」
イリアナが隠している真意はおそらくこれなのだろう。ちょっといい話で感動してしまったじゃないか。うちの子達も、イリアナの健気さに心を打たれたようで、少し見直したと言った表情をしている。さらにはアリアまでもが「それならまあ……最悪雇っても……。」と呟いているくらいだ。
「人のいないところで何を言ってるんですか?人が隠そうとしている個人情報をぺらぺらと話しているこのクソジジイも捨ててきていいですか?あと性格の事は余計なお世話です。」
いつの間に戻ってきたのか、爺さんの後ろにイリアナが鬼のような形相で立っている。さすが元Sランク冒険者、まったく気配がわからなかった。
「ふはは。お嫁さんが夢の可愛いイリアナよ、後処理ご苦労じゃった。」
「お嫁さんになりたいイリアナ、助かったよ。」
イリアナの形相なんて気にもしないエスタートとアキ。2人で遠慮なく彼女を煽る。ただそれに対しててっきり辛辣な言葉で返答してくると思いきや、イリアナは頬を染めて俯いてしまう。まさかの反応だ。
「へ、変ですか……?」
「いや?素敵な夢だと思うよ。」
ここで揶揄う程、野暮ではない。アキは正直に答える。
「じゃあ……お、お嫁さんとしてどうですか……?尽くしますよ?」
イリアナがしおらしい表情でアキに聞いてくる。あのイリアナが、いつもの辛辣など変態メイドではなく、とても慎ましやかな女の子に見える。そのあまりのギャップについ頷きそうになってしまった。
「考えておく。でも俺はやめとけ。他にいくらでもいい男はいるから。それに知っての通り、俺にはこんなにも慕ってくれる子達がいる。だからあまり構えない。」
これだけアキを慕ってくれている子達がいるのは幸せな事だ。それは当然わかっている。だがその分1人1人を構う時間はどうしても減るし、分散してしまう。ミルナ達はそれを分かった上で、アキと一緒にいてくれる。
ただイリアナは旦那となる人には誠心誠意尽くしたいと言っていた。それがもしアキの場合、同じだけ彼女に尽くすことはできない。だからきっとイリアナには一夫一妻の方が合っている。彼女だけを大事にしてくれる人を探すべきだ。
「そういうわけだ。まあ、イリアナの候補に入っていただけでも光栄だよ。それに爺さんから優秀なメイドを取る事は出来ないさ。」
アキはそれだけ言うと「また絡まれる前に温泉に行こう」とだけ告げ歩みを進める。とは言っても場所は知らないので、ミントとリカの先導についていくだけなのだが……。
「私の中ではアキさん以上の人なんていないと思うんですけどね……。」
イリアナが呟く。アキに聞こえなかったようだ。
ただ側にいたアリアははっきりと聞いた。それを聞いて、もしかしたらイリアナも近い将来仲間に加わるかもしれないなと思った。彼女も感情表現が苦手なだけで、乙女らしい一面を持っている。どうせアキの事だから彼女に迫られたら断れない。でもそれでこそ自分の優しいご主人様。
「しょうがないですね。その時は彼女に負けないよう、アキさんのメイドとしてお仕えするとしましょう。」
それから少し歩くと、温泉に到着した。温泉施設は街の最深部の一角に作られている。一波乱あったが、なんとか無事辿り着いた。入り口は大木をくりぬいたアーチになっており、アキ達は早速それをくぐり抜けて中に入る。
すると仄かに硫黄においが鼻を刺す。どうやらここの温泉は硫黄泉らしい。温泉自体は切り株を利用して作られているようで、大木の切り株があちらこちらに見える。こちらの世界の木は本当にでかい。樹径が平気で数百メートルあったりする。さすがにここの木々はそれほど大きくはないが、それでも20M近くの樹径はあるだろう。そしてその切り株をくり抜いて、温泉を流し込んでいる。
マリミアの街もそうだったが、温泉も実に風情がある。周りは森林なので海が見えるとかの絶景温泉ではないが、沢山の木々に覆われており、山奥の秘湯といった雰囲気で情緒がある。上を見ると樹々が青々と生繁っており、木洩れ日がとても美しい。
「エルフの温泉郷って感じだな。」
「そーなんですかー?」
ソフィーが首を傾げる。エルフ本人がその仕草をするという事は、別にこの光景はエルフっぽくないという事なのだろう。
「うん、俺のイメージだとそうかな。この街自体がまさに大自然の中にあってエルフの里っぽいよ。俺の世界だとエルフは幻想的な場所に住んでいる神秘的な存在として表現される事が多いからね。」
「えへへ、じゃあ私がここで温泉に浸かっていたら似合います?」
「そうだな、ソフィーが入浴してたら妖精に見えるだろうね。」
ソフィーが嬉しそうに「やったー、妖精ですー!」と喜んでいる。まあソフィーみたいな美少女エルフが森林の中で水浴びなんてしていたら、それだけで神秘的な光景に見えるだろう。
「じゃあアキさん、見せてあげます!みんなで一緒にはいりましょー!」
「この駄エルフが。何を馬鹿な事言ってるんだ。」
「えー、見たくないんですかー?」
見たいか見たくないかで言えば見たい。でもそういう問題ではないだろう。大体他の子達が嫌がるに違いない。それにそもそもイリアナ、ミント、リカはアキの仲間でも無いのだから。
「別に大丈夫ですけど?」
「私も平気ですよ?」
「私もです。」
ただ3人とも何故か平然とした顔で答える。むしろミルナ達のほうが顔を真っ赤にして首をぶんぶん振っているくらいだ。ミルナやベルなんて絶対無理ってくらいに赤面している。おかしい。
しかしこれ以上この話を引っ張ると泥沼に嵌まりそうなので、早々に話題を変える。
「ちなみにリオナは尻尾とか大丈夫?お湯吸って重くなりそう。」
何の脈絡もない話題だが、この際仕方がない。彼女達と入る羽目になるのは勘弁だ。正直アキとしても恥ずかしい。後絶対にのんびりできない。この子達がいるだけでゆっくりできるわけがない。
まあそれに一応リオナの尻尾については本当に気になっていた。いつももふもふで立派だから、風呂とかではどうしているのだろうと前から思っていた。
「あはは、まーね。だから私はお湯にはつけないようにしてるよ。あ、もちろんシャンプーはしてるから綺麗だからね!」
だから安心して触ってねとリオナが微笑む。元々そんな心配は一切してないから安心して欲しい。いつも丁寧に手入れしているのは触り心地ですぐにわかる。
ただ獣人は入浴が苦手だとよく小説の描写ではあるが、どうやら必ずしもそうでもないようだ。セシルやエリザも風呂が好きだと言っているし、獣人というよりは結局その人の性格なのだろう。
「ちなみにエリザの尻尾やセシルの耳は?」
「私はつけても平気よ。乾かすのが面倒だけどね。」
「私も別に大丈夫です。ちゃんと乾かしてるので。」
エリザがゆらゆらと尻尾を振りながら、そしてセシルは可愛らしく耳をぴくぴく動かしながら教えてくれる。
「それならよかった。でも乾かすのは俺なんだが。」
毎晩この子達の髪を乾かしてるのは今も絶賛続いている。そして先日合流したエリザにも、温風魔法で髪や尻尾を乾かしてやったら、それがえらい気に入ったらしく、「毎日お願い!」と懇願されてしまった。
ただエリザならミルナ以上に自分で出来ると思うのだが。そう指摘したら「そういう事じゃないの!」と怒られた。まあ別に9人も10人もこの際変わらないので、別にいいのだが。ちなみにルティアもいつもこっそり部屋にやって来て、乾かしてと言ってくるので、シャルも含めた全員を結局アキがやっている事になる。
「あの、その……アキ君、ごめんね?」
「別にいいよ。あれもみんなとの大事な時間だから。」
確かにアキの自由時間は減るが、みんなとのコミュニケーションの時間は増えるので、あれはアキにとっては楽しい時間の1つだ。別に文句はない。疲れている時とかはちょっとしんどいなと思ったりもするけど、これくらい頑張らないとダメだと思っているので苦痛ではない。
「よし、突っ立ててもしょうがないし、さっさと温泉いくか。」
「はーい!じゃあアキさんいきますよー!」
ソフィーが手を握って引っ張ろうとしてくるので、容赦なく蹴飛ばす。
「エレン、リオナ。その暴走エルフが突撃してこないようにしっかり見張っといて。」
目を離したら間違いなくこちらにきそうだ。爺さんもいるしそれはよくない。ただそのくらいソフィーならわかっていそうだが、いまいち暴走モードのソフィーは信用ならない。ここはまたエレンとリオナに監視を頼むことにする。
「うん、わかったわ。」
「了解だよ!ほら、いくよ、ソフィー。」
「いーやーだー!はなしてー!」
先ほど見た光景だ。こんな短期間でデジャブを作ってくるソフィーはある意味凄い。




