13
「イリア本当にいいのか?」
アキとイリアは魔法印が設置されている洞まで来ている。
あの後イリアと色々話したのだが、やはり自分の故郷に行きたいので、転送して欲しいと言われた。それがイリアの望みならアキとしては文句はないのだが、ただ転移が成功するかが不安だ。魔獣召喚をしているので、生物の転送はなんら問題ないとは思うが、実際に人間で実験した事はない。当然失敗のリスクが伴う。ただそれでもイリアは行くと言い切った。アキなら大丈夫、信用できるとまで言ってくれた。
「何回聞くのかな?いいんだってばー!」
何度も確認するアキに苦笑するイリア。
アキとしては正直乗り気ではないのだから仕方ないだろう。それに行くにしても、ミルナ達とちゃんと話をしてからのほうがいいんじゃないだろうか。
だがイリアは「今行く」と頑なに譲らなかった。何でもミルナ達と話したら決意が鈍るから会いたくないそうだ。
「本当にいいのか?俺の嫁にならなくて。」
「そっち!?なんで今更そっちなのかな!?おかしいよね!」
イリアが頬を赤らめて叫ぶ。うちの子達同様、イリアもこの手の話題には弱いらしい。
「1%くらいは冗談だ。」
「それほぼ本気だよね!?もう!……それよりさ、アキ……ミルナ達の事お願いね?貴方になら安心して任せられる。だから彼女達を……。」
「わかってる。あの子達は俺とイリアの大事な仲間だからな。」
アキがそう言うと、イリアは少し寂しそうに微笑む。そして早くしてと言わんばかりに魔法印の上に立つイリア。
「転移先は報告書の転送場所でいいんだな?」
今回の転移魔法は、洞にある召喚印を書き替えて行う。
ちなみにアキがオリハルコンを介して直接イリアを転送しないのは、それが出来ないからだ。アキはイリアの世界へ行った事がないので、転送先をイメージする事が出来ない。だからわざわざ魔法印が設置されている洞まできているのだ。
そして肝心の魔法印は先ほどアキが修正した。召喚術式の部分を日本語で転送術式に書き換えた。2つの言語が混在している術式になってしまうが、発動自体には問題ない。検証済みだ。
ただ魔法印を書き換えている際、イリアを異世界のどこへ転送すればいいのか決めていない事に気が付いた。魔獣召喚はおそらくランダムな場所からの召喚だ。つまり逆にこのままイリアを転送すると、ランダムな位置への転移になってしまう。
イリアは報告書を転送している魔方印があると言っていたので、そちらを使えば場所指定してイリアを転移させる事が可能だ。しかしそれは敵の本丸に直接乗り込むことになり、かなりの危険が伴うだろう。もしまだイリア達の報告書が何かしら研究に使われてるのだとしたら、イリアは転移した瞬間に拘束されるかもしれない。
だから正直ランダムな場所への転移の方がいいかもしれない。まあそれはあくまでアキの意見だ。結局のところはイリアが決めるべきだと思い、彼女に確認したら、報告書を転送している場所へ直接乗り込むと迷う事無く宣言した。
イリアがそう言うならアキは従うまでだ。彼女の希望通り、転移場所の術式部分を報告書転送場所に変更し、魔法印を完成させた。幸いにもイリアが魔法印の模写を持っていたので書き換えに苦労はしなかった。まあそれは一族以外に見せてはいけない秘蔵の文書だったらしいが、今更だ。
「うん。ランダムだとどこに行くかわからないもん。これなら確実に元凶のとこに行けるからね!思いっきり殴ってやるんだ!」
イリアが元気よく笑う。だがどこか寂しそうで、明らかに空元気だとわかる。
彼女の気持ちは痛いほどわかる。ミルナ達と別れ自分の世界へ行くのだ。いくらイリア自身が望んでいる事とはいえ、あの子達との別れが寂しいのは当然。アキも今日まで散々だったのだから。
「イリア、無理はするなよ?」
「大丈夫だよ!私がこの世界へ二度と干渉しないようにしてみせるからね!だから魔獣召喚は私を転移させたらもう止めていいからね?安心して私に任せてほしいかな!」
この世界でミルナ達が平和に笑って暮らせるようにするのが自分の最後の仕事だと誇らしげに宣言するイリア。
ミルナ達が言った通り真っ直ぐで優しい子だ。そんなイリアの力に何とかしてなってやりたいと思うアキ。だがこの世界からじゃなにも出来やしない。アキは結局何も出来ない。向こうの世界の事に関してはイリアに任せるしかない。
「ごめんね。何も力になれなくて。」
肝心な時に無力な自分が悔しい。
「ううん、十分だよ。私はアキに出会えてよかった。」
唇を噛みしめて悔しそうにしているアキを心配してくれたのか、イリアは魔法印から出ると、駆け寄ってきて抱き着いてくる。
「これが最後だから少しだけ。いいかな?」
「ああ。」
アキを慰める為に抱き着いてきたのかと思ったが、そうではないらしい。どうやらイリア自身がこの世界を旅立つのが寂しいだけのようだ。まあ確かにこれから彼女は1人で別世界にいく。この世界を捨て、1人で頑張らなければならない。仲間は誰もいない。ミルナ達はいない。
そんな寂しそうに抱きついてくるイリアを、そっと撫でてやる。
「私がミルナ達と出会ってあの依頼を受けてなければ、アキはこの世界には来れてなかったのかな?」
「そうかもな。イリアが放棄した依頼をルティアが代わりに受け、オリハルコンを俺の世界へ転送した。イリアがミルナ達と出会って変わってなければ……俺はここにはきっといない。」
もしイリアがあの依頼を放棄してなければ、ルティアには回されていなかった。そもそもイリアがAランクになってなかったら、この依頼は別の人間が受けていたはずだ。その場合ルティアに回されていたとも限らない。別のAランク冒険者に依頼されていた可能性の方が高い。そう考えると、アキがこの世界に来られたのは、全部イリアとミルナ達のおかげ。イリアをうちの子達が変えてくれたおかげだ。
そう考えると本当に何から何までミルナ達には敵わない。あの子達は凄い。どこまでアキの人生に影響を与えれば気が済むのだとついつい苦笑してしまう。
「あはは、そう考えると私達の出会いは運命的なのかな?」
運命的。確かにイリアの言う通りかもしれない。
そんな彼女にアキから言える事はただ一つ。
「ほう、俺の嫁になる覚悟が出来たのか?」
ソフィーに以前言われたのだ。運命的とか相手が言い始めたら「それは落ちる数秒前ですー!」らしい。
「もー!なんでそう言う事言うのかな!そんなわけないからね!?っていうかほんとにあのバカエルフは!!!!」
イリアが頬を膨らませる。
「それに……去りづらくなるからやめてよね!ばかっ!」
これ以上ミルナ達の話はダメとイリアが寂しそうに笑う。
そしてイリアはアキから離れ、魔法印の上へ戻る。
「ありがとう、アキ。早めにお願い。」
どこか名残惜しそうにイリアが呟く。
「ああ……。」
アキはオリハルコンをそっと抜刀し、魔法発動の準備をする。
「さようなら、アキ。貴方に会えてよかった。」
イリアが優しく微笑む。ソフィーに負けずとも劣らないくらいに可愛い笑顔。ただそれはどこか儚げで、愁いを帯びている、そんな悲しい笑顔。
「……リア!・・キ!」
その時だった。遠くから叫び声が聞こえた。
アキとイリアは洞の外へ視線を向ける。
「アキ、早く。お願い。」
今アキ達を呼ぶ人間なんてうちの子達しかいない。イリアもミルナ達が来たとすぐに理解したようだ。あの子達が来る前に、早く転送してと懇願してくる。
「いいのか……?」
「うん……早く!」
とても寂しそうな目で頷くイリア。
「わかった。」
アキは小さく頷いて、オリハルコンを強く握り締める。
この剣を魔法印に突き刺すだけ。それでイリアはこの世界から消える。
「いた!!!アキ!まって!イリアもダメよ!待ちなさい!」
エレンの悲痛な叫び声が背後から聞こえる。勿論ミルナ、ソフィー、レオもいる。麓からここまで必死に走って来たのだろう。みんな息切れしていて汗だくだ。
ただ少し遅かった。
「アキ。やって。」
イリアが早くしてと目を伏せる。
彼女の望みがそれなら、アキは素直に従うだけだ。
「ああ。」
オリハルコンを魔法印に突き刺す。
「アキさん!なんでですの!まってくださいませ!」
「イリアー!まってー!」
ミルナとレオが叫ぶ。だがもう遅い。魔法は発動した。
「ミルナ、ソフィー、エレン、リオナ。さようなら。」
イリアがミルナ達にそっと微笑む。最後くらいは笑顔で……という事だろう。
「そんなー!だめですー!」
ソフィーの叫び声が洞内に響き渡る。
だが無常にも魔法印は激しく発光し、眩い光がイリアを包む。転移が始まった。




