12
「……というのがアキさんの予想です。」
アリアが話を締め括る。
イリアがこの世界の人間じゃない事。この世界を観測する為に存在しているという事。そして彼女の目的は、アキを殺す事ではなく、自分の故郷へと帰る事。アリアに全てを説明され、なるほどと納得した。まあ全てアキの推測らしいが、これが正しいとミルナは確信している。彼が間違えるわけがない。だってアキだもん。
「なるほどね。でもなんでアキは1人で行ったのかな?」
レオが首を傾げる。
確かにレオの言う通りだ。イリアと話をするのであれば別にミルナ達を連れて行っても問題ないはず。それなのに何故危険を冒してまでアキはわざわざ1人で出向いたのか。それはミルナにもわからない。
「わかりませんか?ではもう少し説明しましょう。」
アリアはミルナ達が選択を迫られているのだと指摘する。イリアはおそらく故郷へ帰る。そしてアキは帰らない。じゃあミルナ達はどうするのか。イリアについて別世界へ行くのか。それともアキとこの世界に残るのか。
「だからなんですわね……アキさんがこの前『どっちかを選ぶことになったら~』とか聞いていたのは。」
「あと最近私達を構いまくっていたのはそういうことなんですー……?」
ミルナに続いてソフィーが辛そうな顔で呟く。
「ってことはなに!?私はどちらかを選ばないといけないっていうの!そんなの無理よ!」
エレンが悲痛な叫び声をあげる。レオの尻尾もすっかり垂れ下がっていて、どうしていいかわからないといった様子だ。
「そうよ!みんなでイリアの世界へ行けばいいのよ!」
エレンが「それがいいわ!」と嬉しそうに提案してくるが、それは無理だ。
「いえ、無理ですわ。アキさんは絶対に行きません。」
「なんでよミルナ!」
「アリアさん、セシルさん、エリスさんに王女様。彼女達に『この世界を捨てて俺について来い』とアキさんは言うと思いますの?」
ミルナが尋ねると、エレンは「あっ」っと声をあげ、俯いてしまう。
「アリアさん達なら行くとは言うでしょう。でもアキさんがそんな事を言うとは思えませんわ。」
ベルは王女という立場を捨て、さらには両親の事も捨てなければならない。セシルは母親、アリアは妹を。家族を巻き込むわけにはいかない。家族と離れ離れになるような選択をアキがアリア達に迫るわけがない。アキは間違いなくアリア達とこの世界に残る。
「そしてアキさんは私達がイリアについていくと思ってるはずですわ。」
もしミルナ達がイリアについて行かなければ、イリアは1人になる。だからアキはミルナ達がイリアについていくと考えているのだ。そうすれば、ミルナ達とイリア、アリア達とアキという構図が出来上がる。誰も1人にはならない。
「アキさんのばか……。でも確かに……そうするしか……。」
ミルナは俯きながら小さく呟く。悔しい。涙が出そうだ。他にいい案があれば……と思うが何も浮かばない。アキの言う通りこの方法が最善なのだろうか。でもそんなの嫌。
「そんな!無理ですー!無理!無理!」
ソフィーがやだやだと叫ぶ。
そんなのミルナだってそうだ。嫌だ。どちらかを選ぶなんて無理。
「ではアキさんからの本当に最後の伝言です。『どうするか決めたら追いかけてこい。遅いとイリアはいなくなるかもしれない。早めに決めろ。』だそうです。」
アリアが非情な現実を突きつけてくる。エレンやソフィーが恨めしそうにアリアを睨んでいる。ミルナだってアリアを殴りたいくらいだ。でも彼女に非がない事はミルナだけでなく、誰もがちゃんとわかっている。彼女はただアキの言葉を伝えているだけなのだから。
ソフィーはここ数日、不思議に思っていた。最近アキがいっぱい自分を構ってくれる事に。嬉しかったけどどうしたのだろうと思った。だから気づく機会なんていくらでもあった。それなのに、アキに甘える事に夢中で、何も考えていなかった自分が憎らしい。なんで自分はこんなに馬鹿なの。なんですぐ考える事を放棄しちゃうの。
「『愛してる』って言ってくれた時に気づくべき……です……。」
きっとあの時が最後のチャンスだった。あれでアキの考えに辿り着こうと思えば辿り着けた。それなのに自分は「やったー!」とはしゃぐだけで何も考えなかった。何が「アキさんの事になら頭が働くんですー!」だ。自分だけはアキの事を特別に理解できる存在だと思っていたのに。彼の気持ちを察知し、考えを見抜くらい余裕で出来ると思っていたのに。
「ばか……私のばか……なにしてるんだろう……。」
でもそれは結局自分が勝手にそう思っていただけで、実際には何も出来ていない。出来なかった。そしてそのせいで、イリアかアキかを選ばなければいけない状況に今立たされている。全部自分のせい。馬鹿な自分が全部悪い。
「どうすれば……わからないです。アキさん……アキさんならなんて言いますか?……ってアキさんならきっとイリアを選べっていうんです。知ってます。」
間違いなくアキならそう言う。
ソフィーはアキの事が大好きだ。そして彼も自分の事を慕ってくれている。両想い。嬉しい、幸せ。でもそれを分かった上で、イリアについて行けとアキなら言う。本心はソフィーといたいとは思ってくれているだろう。でもそうすると、ミルナの言った通り、イリアが1人になってしまう。だから彼女といてやれとアキは言う。自分を犠牲にしてそう言う。「俺にはアリア達がいるから大丈夫。」と間違いなく平然とした顔で言うはずだ。
「やだよ。アキさん、一緒に居たいよ……。」
ソフィーは泣きそうになるのを必死に堪える。
アキと一緒に居たい。彼が大好きな私の笑顔をもっと見せてあげたい。そしてもっともっと自分を愛して欲しい。
でもイリアの事も大事。アキと同じくらい大好きな彼女を1人にさせたくない。
「わからないです……どうすればいいんですか。教えてくださいです、アキさん。」
ソフィーの質問に答えてくれるアキは今いない。ソフィーが自分で決めるしかない。イリアかアキか。でもそんなの無理。どちらとも居たい。でもそれも無理。じゃあどうするの。それの堂々巡り。
「ソフィー……。」
レオはソフィーが頭を抱えて悩んでいるのを隣で眺めていた。
痛いほどソフィーの気持ちはわかる。だって自分も同じだから。そんな彼女を見ていたら寂しさと悲しさがこみ上げてくる。
レオは気付いたら自分の尻尾をそっと抱きしめていた。
「僕は何が正しいのかわからないや。」
多分どちらを選んでもきっと正しいのだろう。アキを選んだら、アキは自分達を受け入れてくれる。イリアを選んだら、イリアは受け入れてくれる。2人の性格は自分達が一番よく知っている。きっとアキは「イリアを選べ」と言い、イリアは「アキを選べ」と言う。
結局レオが自分で決めるしかない。
「アキ……大好き。イリアも大好き。」
どちらとも一緒に居たい。どうすればいいの。レオは助けを求めるようにミルナやエレンを見るが、ソフィーと同じように頭を抱えていた。そうだよね、誰もわからないよね。みんな同じように葛藤しているんだ。
「僕の尻尾はどっちを望んでいるのかな?」
自分の尻尾をぎゅっと抱きしめるレオ。
アキの事を考えると尻尾が嬉しそうにぴくぴく動く。でもイリアの事を考えても一緒。この尻尾もあの2人の事が大好きなのだ。
「そういやイリアもよく尻尾を褒めてくれてた。もふもふしてて凄く気持ちよさそうだねって。」
アキはこの尻尾が大好きだ。いつも触りたそうにしている。そしてレオも彼になら触ってもらいたい。でもそれはイリアでも一緒。イリアになら触られてもいい。
「……結局結論なんて出ないよ。」
考えて見たけど結局堂々巡りするだけ。
でも決めろという方が無理だ。決められるわけがない。ミルナ達が頭を抱えているのが何よりの証拠だ。自分達じゃ無理。
「もう誰か代わりに決めてくれないかな……。ってダメだよね、そんなの。あはは、僕は何を言ってるんだろ。もうよくわからないや。」
「……1つだけ。付け足します。」
頭を抱えてなかなか結論を出さないミルナ達を見かねてか、アリアが口を開いた。だがどこか緊張した声色だ。
ミルナは首を傾げる。アリアがこれ程までに緊張を露わにした事があっただろうか。もしかしたら彼女はアキに逆らって、彼が望んでいない事をしようとしているのかもしれない。そんな考えがミルナの頭を過った。だがそれしか考えられない。
ミルナだけでなく、エレン達もそれをちゃんと理解しているようだ。アリアが一体何を言うのかと、緊張した面持ちで彼女の言葉を静かに待っている。
「ベル王女様。貴女はアキさんにキスしてもらいましたよね?」
「な、なんですか……急に……か、揶揄わないでください……。」
ベルは恥ずかしそうに顔を赤らめるが、アリアの顔は真剣そのものだ。
「いえ、揶揄っているわけではありません。」
そんなアリアの様子を見て、ベルは真面目な話だと理解したようだ。頬を軽く両手で叩き、気持ちを落ち着かせるベル。
「は、はい……して頂きました。」
まだ少し頬が赤いが、ベルははっきりと答える。
「はい。そしてエリスさん、セシルさん、私もして頂きました。でも……ミルナさん達はされましたか?」
何の話をするのかと思ったら、アキにキスされたかどうかだ。一体どういうことだとミルナは少しイラっとしてしまう。でも不機嫌になるのしょうがないと思う。だってミルナはアキにして貰ってないんだから。ずるい。ずるい。ずるい。
しかもエリスやセシルまで。なによそれ。アキのバカ。
「な、なによ!じ、自慢したいわけ!」
エレンが怒鳴る。どうやら不愉快になったのはやっぱりミルナだけじゃなかった。そもそも何の関係があってこんな話になってるの。
「いえ、揶揄っているわけでも、自慢したいわけでもありません。」
ミルナ達の不快感を真正面から受けても、アリアはあくまで平然とした表情で淡々と告げてくる。
どういうことだと首を傾げるミルナ。最初は弄られているのかと思った。でもさすがにアリアもこの状況でそんな事はしないだろう。それにここまで敵意を向けられて平然としているのだから、この話題には何か意図があるに違いない。ただそれが何かはわからない。
「ミルナさん達はしてもらってない。どういう事かわかりますか?私はてっきり貴女達が最初だと疑っていませんでした。でもアキさんは貴女達だけにはしなかった。」
その言葉でミルナは気付く。いや、でもまさか……。だがどうやらその考えは間違っていないらしい。察しのいいあのベルが目を見開いているのだから。
「ど、どういうことよ!」
エレンが叫ぶ。どうやらミルナとベル以外はまだピンと来ないようで、アリアに説明しろと詰め寄っている。
「つまりですね、イリアさんとアキさん。貴女達がどちらかを選ばなければいけない日が来るというのをアキさんは見越していたのです。そしてその際、貴女達には公平に選んでほしかった。わかりますか?」
そう、アリアの言う通りなのだ。例えばアキとミルナがキスをして、一線を越えてしまえば、自分はアキを選ぶ気がする。正式な「アキの女」ともなれば、選択を迫られた際、その事実が判断を邪魔する。だからアキはミルナ達には一切手を出さなかったのだ。
「はい、そういう事です。」
アリアの指摘に言い返す言葉が思い浮かばない。エレン達もそうなのか、俯いて歯を食いしばっている。
確かにアキとそういう関係になっていたら、これ程迷う事はなかったかもしれない。イリアが1人なろうと、自分はアキの側にいなければいけないという使命感に駆られていたかもしれない。ただ今はそんな関係になる一歩手前。引き返す事だって十分にできる。
「酷いよ……アキ……。」
レオが小さく呟く。
でもアキが酷くない事なんてミルナ達が一番よくわかっている。最後の最後までアキはミルナ達の事を大切に考えてくれているだけなのだ。
ただこんなのどうしていいのかわからない。アキと離れたくない。でもイリアとも離れたくない。どっちも大事。どっちも大好き。
「……これが本当の本当に最後です。」
まだ何かあるのだろうか。もう無理、何も考えられないのに。そう思いつつも、ミルナは必死に気力を振り絞って顔を上げる。すると「大丈夫ですよ」と言わんばかりの優しい視線でミルナ達を見てくるアリア。
「全部ここまでアキさんの思惑通りです。でもそれって癪じゃないですか?ちょっとムカつきませんか?」
アリアが全員に問いかける。
まさかアリアからアキを批判する発言が出てくるとは夢にも思わなかった。今までの悩みが飛んで行ってしまうくらいには驚愕した。一体どういうつもりなのだろう。
「私はむかつきますね。」
「ええ、私もです、王女様。」
「ああ、ひどいのだ!」
するとベル、セシル、エリスがそれぞれアキへの非難を口にし始めた。この子達までそんな事を言うなんて。ミルナは驚きを隠せない。
まるでミルナ達を慰めてくれているかのようだ。自分達がなんて言っていいかわからない分、彼女達が代わりに言いたい事を言ってくれている、そんな気がする。
もしかして……仲間だから……?
「アキ、意地悪。」
そしてルティアまでもがどこからか会話に加わってきた。相変わらずどこにいるのか全くわからないが、彼女もミルナ達の味方らしい。
「ミルナさん達はそう思いませんか?」
アリアが不敵な笑みを浮かべている。いや、アリアだけじゃない。ミルナやソフィー達以外の全員が何かよからぬ事を考えている時の顔をしている。
「ど、どういうことですの?」
ミルナは恐る恐る尋ねる。




