9
「え、何を言っているのさ。」
イリアが首を傾げる。アキが何を言っているか本気でわからないようだ。つまりこの連中はイリアの知り合いではない。それか知り合いだがイリアは何も聞いていないかだ。
「まあ出てこないならこっちから攻撃するけどいいの?」
「アキ……?」
アキは剣の切っ先に炎を顕現させ、前方の木陰に向かって飛ばす。すると茂みから複数の影が姿を現した。全部で5人。ただこれで全員のはずがない。おそらく数人まだどこかに潜んでいるだろう。あと2,3人はいると考えておいた方がよさそうだ。
「われらの存在に気づくとは。」
「うちにはあんたらより遥かに優秀な影がいるんでね。」
ルティアの隠密に慣れているアキならば、彼らの存在に気づく事は難しくない。それにルティアは昨日「複数いるかもしれない」と示唆してくれていた。彼女がそう言うなら、複数人いる可能性が高いという事だ。だからイリア以外にも誰かがいるというのは当然想定の範囲内だ。
「で、狙いは俺なの?それとも……というより確実にイリアなんだろうね。」
アキはイリアにチラッと視線を送る。
このタイミングで出てくるということは、アキが標的という可能性は低い。もしアキが標的ならいくらでも襲うタイミングはあっただろう。5人以上の戦力があるのだから、何もアキが1人なるのを待つ必要はない。ミルナ達がいようがいまいが襲ってくるはずだ。むしろ非戦闘員であるベルなどを連れていた昨日が絶好の機会だった。つまり昨日ではなく今姿を見せるという事は、狙いはアキではなくイリアだ。
「っていうか貴方達!どういうことなのかな!」
イリアが叫ぶ。どうやら知り合いのようだ。やはり仲間か。
「ふん、お前は裏切り者という事だ。ここで死んでもらう。それと男。お前は関係ない。だが念の為にお前も死んでもらう。悪く思うな。」
「ちょっと!べ、別に裏切ってないよ!そんなつもりじゃないんだから!」
イリアが即座に否定する。ただどこか歯切れが悪い。
きっとイリアとしては彼らを裏切るつもりはなかったのだろう。ただ彼女の目的や行動が裏切りに値するかもしれないと自分自身でも思っている節がある……と言ったところか。
「問答無用だ。」
襲撃者は剣を抜刀し、構える。どうやらアキの事は放置して、まずはイリアから殺すつもりのようだ。剣先の殺気がすべてイリアに向いている。
「イリア、彼らに1人で勝てるのか?」
「さすがに無理かな……。皆、私と同じくらいの実力だよ?」
イリアが悔しそうな表情で呟く。
彼女と同等という事は、彼ら1人1人がSランク相当の実力者という事だ。ならばここはアキがなんとかするしかないだろう。イリアにここで死なれるわけにはいかない。それこそ最悪のシナリオだ。まだこの子と何も話せていない。
だが果たして彼らを殺していいものか……。もしイリアの仲間なのであれば、彼らからも情報を収集しておきたい。
とりあえずアキも抜刀して構える。
「アキ……?」
「俺はまだ死にたくないんだよね。それにイリアみたいな美人を死なせたくない。」
アキはそう言ってイリアを守るように彼らの前に立ちはだかる。
「な、何言ってるのさ!?こんな時に!」
頬を赤く染めながら叫ぶイリア。ミルナ達から聞いていた通りの性格のようだ。真面目で純粋で可愛い少女。そしてやはりアキの事を本気で殺そうとしていたわけではない。その予想は今確信にかわった。ちょっと脅して魔獣召喚廃止から手を引かせようとしていた。多分そんなところだろう。
その時イリアの背後から突如殺気を感じる。
「イリア、危ない。」
アキはイリアの手を掴み、自分の方へと引き寄せる。そして彼女を庇うようにして抱きしめる。
「な、なに!」
飛んできたのは短剣だった。イリアに当たらなくて一安心だ。
「安心じゃないよ!!!アキが怪我してるじゃない!だ、大丈夫なの!?っていうかなんで庇うのよ!私はアキを殺そうとしてたんだよ!!」
イリアがアキの傷を見て叫ぶ。
飛んできた短剣はイリアを庇ったアキの背中に刺さった。当然激痛が走ったが、大丈夫だ。問題はない。自分で月時雨を腹に突き刺した時の痛みに比べればたしたことは無い。
「動かないでってば!今抜くからね!」
イリアが短剣を抜いてくれる。だが傷口からは血が滝のように溢れてくる。それを見たイリアは慌てて自分の外套を脱ぎ、傷口に当て、必死に止血しようと押さえてくれる。
「外套汚れるからいいよ。それにほら、イリアの手だって……。」
「そんなのどうでもいいでしょ!じっとしててってば!」
イリアは必死に傷口を押さえてくれる。彼女の外套や手、そして服までもがアキの血で真っ赤に染まる。でもイリアはそれを全く気にする様子はなく、必死に、涙目になりながら、アキの傷を押さえてくれる。自分を殺そうとしていたのならこれを機にとどめをさせばいいのに、逆にアキの心配をしてくれている。ルティアと一緒だ。あの子もアキが自傷した時、ずっと心配していてくれた。
やはり早くイリアと話したい。話したい事が山ほどある。
こいつらをさっさと片付けよう。彼ら殺していいかどうかはもう直接イリアに聞けばいい。
「イリア、彼らが知っていてイリアが知らない情報ってあるのか?」
「今それどころじゃ……!!!」
「いいから答えろ。あるのかないのか。あいつらを殺してもいいか?」
イリアを睨みつけるように再度問う。
「な、ないよ!私も知ってる!」
イリアは焦ったような表情浮かべながらも、はっきりと答えてくれた。
それならば問題はない。
アキはイリアを守るように左手で彼女を抱き寄せ、右手で改めて剣を構える。
「ア、アキ!」
イリアが驚いたような声を上げ、アキから離れようと暴れる。
「この馬鹿。黙って俺に守られてろ。ミルナ達がお前を待ってるんだ。ここで死なれたらこっちが困るんだよ。わかったら大人しくしろ。」
アキがそう命令すると、イリアはビクっと体を震わせ、小さく頷いた。そしてアキの服をそっと掴んでくる。
ではさっさとこの襲撃者どもを始末する事にしよう。
「悪いがお前たちには死んでもらう。恨みはないけど狙ってきたのはそっちだからな。」
「ふん、そんな手負いの者にやられる程われらは弱くない。」
邪魔するならまずはアキを殺すと、5人が殺気を放ってくる。そして先程短剣が飛んできた方向からも微かに殺気を感じる。予想通り、やはりまだ何人か潜んでいたようだ。
「イリアからと思ったが……お前からにしよう。イリアを庇わなければ少しは長生きできたものを。まあいい。そろそろ意識も朦朧としてきただろう。すぐに殺してやる。」
短剣に毒でも塗ってあったのだろうか。だがそんなものアキには効かない。
今ここにはアキとイリア、そして彼らしかいない。何も遠慮する必要はない。イリア以外は殺す。だからアキの魔法を見られてもなんら問題はない。
「意識が朦朧?何を言ってるんだ?」
そう言ってアキは傷口を彼らに見せる。
「な、傷口が!?そうか治癒魔法か!」
「いや、でも早すぎる!あの傷がこんなに早く治るわけがない!貴様何をした!」
アキの傷が治っている事に動揺を隠せない襲撃者達。
まあ驚くのも当然だろう。アキが使っているのは体内魔素を使って発動させる一般的な魔法ではない。オリハルコンを経由して大気魔素を使った治癒魔法だ。先ほどから抜刀していたのは月時雨ではなくオリハルコン。これならどんな重症でもすぐに治せる。アキには無制限の大気魔素と地球の医学がついているのだから。
勿論彼らにこれらを説明してやる義理はない。
「お前らが理解する必要はない。じゃあ死ね。」
これ以上話すことなど無い。時間の無駄だ。アキはイリアと色々話さなければならない。それに早くしないとうちの子達が鬼の形相で追っかけてくる。だからこんな連中にこれ以上時間を使っている暇はない。
「な、何をする気だ!」
以前ミレー王国でミルナ達に見せた超高速の炎魔法。人間が反応できる速度ではないとエリスが言っていたあの魔法を使う。
アキは魔素を集約、発動の準備を整える。あとは彼ら目がけて放つだけ。
「うるさいな、俺はこれからイリアとキャッキャウフフするんだよ。お前らに構ってる時間はないんだ。」
「しないよ!?なんでそんな事になってるのかな!?」
イリアがこんな状況で何を言っているのと叫ぶ。
「ふざけやがって!聞け!われの名は……。」
「はいはい、うるさい。」
名乗るだけ無駄だ。アキはさっさと魔法を発動させる。当然彼らがこの魔法を回避できるわけもなく、瞬時に炎に包まれ絶命する。
そして探知魔法で残りの襲撃者の場所を探り、同じように炎魔法で殺しておく。ちなみに探知魔法はレーダーのようなサーモグラフィをイメージした。効果は絶大だ。どこに誰が何人隠れているか丸分かりだった。
大気魔素を使える今ならアキは多分どんな地球技術でも再現できる。知識さえあれば大概の事は実現可能だろう。
「おわったよ、イリア。」
「えー……せめて名乗らせてあげようよ……。」
まさか口上の途中で攻撃するとは思わなかったのか、イリアが呆れ顔だ。
「名乗る暇あるなら攻撃するべきだろう。あんなやり取りやるだけ無駄だ。模擬戦でもないんだから名前なんて知る必要はない。」
「確かにそうだけどね……、ちょっと同情しちゃうかな……?」
襲ってきたとはいえ、彼らは一応イリアの仲間。可哀そうに思うのも仕方ない。だがイリアに悲しみの感情は一切見えない。奴らとは仲が悪かったのだろうか。
「とりあえずやっと片付いた。これで心置きなくイリアとキャッキャウフフできる。」
「いや、だからしないからね!?」
イリアが猛抗議してくる。何故だ。何が不満なのだ。
「だって今からお話するじゃん?」
「お話するのをキャッキャウフフって表現しないでくれないかな!?」
なんでよと地団駄を踏むイリア。なんかうちの子達を見ているようで和む。まあ冗談はさておき、とりあえずは話だ。
アキはイリアにその辺りに座るように促す。
「あ、その前に……あの……アキ、守ってくれて……そのありがとね。」
イリアは俯いて小さく呟く。




