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異世界の観察者  作者: 天霧翔
第十九章 イリア
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8

 早朝5時、アキは弦月の山へと出発した。勿論イリアと接触を謀る為だ。イリアはアキが1人にならない限り姿を見せてはくれないだろう。


 出発前、屋敷の廊下でセシルとすれ違ったのは想定外だったが、特に問題はない。どのみちアキがいないと気付くのは10時過ぎだ。セシルが何か不審に思ったとしても、アキが部屋にいるかの確認はそれまではしないはずだ。つまり昨日彼女達に伝えた集合時間を過ぎるまで、アキの不在は発覚しない。予定時間を過ぎたら問答無用に「お寝坊さんの寝顔を見てやるですー!」とか言いながらうちの子達が突撃してくるだろうが、それまでは大丈夫だ。


 そしてアキがいないと気付いたとしても、そこからアリアとルティアの足止めが入る。なのであの子達が追ってくるのはおそらく正午前後、今から6時間後くらいになるだろう。それだけあればイリアとは十分に話が出来る……という予定だ。


 ちなみに足止めの為にルティアに教えた魔法は、強制的に筋痙攣を起こさせるものだ。神経から筋肉に送られる伸縮信号を魔素で代用し、強制的に筋肉を収縮させ続ける。すると俗にいう筋肉がつるという現象を引き起こす事が出来る。


 ルティアは完全には筋痙攣の理屈を理解出来なかった。だがある程度現象さえ理解すれば、詠唱を使って魔法を発動できる。だからルティアに魔法をかけて実際に一度筋痙攣を体験してもらったのだが……動かなくなった自分の体を見て、痛がるとかではなく、何故か「ふぉおおお」と可愛らしく目を輝かせていた。


 なんでも魔法の効果に感動したらしい。まあ気に入ってもらえたのならなにより。だがルティアは感動するだけでは終わらず、かっこいい技名が欲しいとかおねだりしてきた。なんだそれ。仕方ないので忍者っぽく「影縫い」という固有魔法名称を付けてあげた。そのネーミングもかなり気に入ったようで、技名を叫んで魔法を発動させる練習をずっと繰り返していたルティア。「影縫いっ!……かげ……ぬい!かげーぬいー!」とか色んなイントネーションを試していた。その姿があまりにも可愛くて止めろとは言えなかったのだ。


「魔法自体は直ぐ使えるようになったのに何やってんだか。特訓のほとんどが『影縫い』ってかっこよく叫ぶ為の練習だったよなあれ。しかも決めポーズも大事だとか言い始めて意味もなく短剣まで投げてたし。まあ全部がいいカモフラージュにはなるか……?」


 技名もポーズも正直無駄な事だが、なんかルティアらしくてちょっと可愛い。


 ルティアに伝授した技はそんなところだ。後はアリア。ルティアが影縫いで足止めすると同時に、アリアには睡眠導入剤でミルナ達の意識を奪うようにとお願いしておいた。さすがに異世界でそのような薬を生産するのは難しかったので、オリハルコンを使って地球から召喚した。紅茶に混ぜる計画も立案しておいたが果たしてちゃんと出来ただろうか。まあアリアなら臨機応変に上手くやっているだろう。


 ただ唯一心配なのが、アリアが興味深そうにその薬を見つめて不敵な笑みを浮かべていた事だ。余った分をとっておいて悪用しようとか考えてないか心配になる。しかも「これアキさんには効くんですか?」とか聞いてきたので本気で怖い。うちの変態メイドなら薬を盛って既成事実を作るくらいの事はやりかねん。


「全くアリアは……そんなを事しなくても……まあ、今はいいか。」


 アキは余計な考えを振り払い、弦月の山へと歩みを進める。


 足止めはきっちりアリアとルティアがしてくれる。余計な事は考えるな。今は目の前の事だけ見ていればいい。






 弦月の山に踏み入ると、アキは昨日サーシャに案内してもらった道を辿り、山を登っていく。どこかでイリアは必ず接触してくる。今日はルティアをつれていない事はイリアも知っている。何故なら十六夜の洞窟で襲われた時、アキは最後わざと鍔迫り合いに持ち込んだ。そしてその時にイリアに伝えたのだ。「お前の力になれるはずだから今は引いてくれ」と。そして「弦月の山で待つ。1人になる時間を作るからその時に襲いに来い。」と付け加えた。


 だから1人になった今、イリアは必ず姿を見せる。対話になるのか殺し合いになるかはわからない。アキの予想だと落ち着いた話し合いが出来ると考えているが……。


「まだ来ないのか?もうそろそろだと思うけど。」


 アキは辺りを警戒しつつ、山を登っていく。あと30分も歩けば魔法印のある洞だ。あそこで争うわけにはいかないだろうから、もうそろそろだとは思うが。


 アキがそんな事を考えていると、山道の先にある少し開けたところに燃えるような赤髪の人物が立っているのが見えた。


 間違いなくイリアだろう。


「イリア。」


 アキは焦ることなく、ゆっくりと歩いて、イリアの元へ辿り着く。


「アキだっけ?来たよ。殺していいんだよね?」

「アキだよ。よろしくね。まあ、殺すのはいいけど、話をしてからじゃダメ?」

「話?まあ別にいいよ?聞く価値ないと思うけど。でも……とりあえず準備運動させてほしいかな!」


 やはりか。予想通りだとアキはほくそ笑む。しかし準備運動とはなんのことだ。


「準備運動ってなに?」

「こういうことだよ!!!」


 イリアが抜刀して斬りかかってくる。だが殺気は一切感じない。


 なるほどそう言う事か。


 イリアは体を動かして脳を活性化させたいのだろう。確かにまだ早朝で頭があまり目覚めてない。多少の有酸素運動も悪くないかとアキも月時雨を抜刀する。


「そうそうイリア、噂に聞いてた通り美人だね。」

「何の話!?でもありがとうね!普通に嬉しいよ!」


 適当な無駄口を叩きながらイリアと剣を合わせる。


 イリアは燃えるような赤い髪をしている少女だった。髪の長さは胸くらいまでのセミロング。それを背中で軽く結っている。瞳は紫色をしていてどこか神秘的な美しさを感じる。顔立ちは凛々しく、可愛いというよりは格好いいと言った感じだ。黒に金色の刺繍が入ったローブのような外套を羽織っていて、外套の下はノースリーブの赤色のシャツを着ている。そしてシャツと同じ色のホットパンツを履いており、惜しげもなく綺麗な足を見せつけてくる。


「ちょっとアキ!足とか見過ぎじゃないかな!」


 イリアはアキの視線に少し頬を赤らめる。だが攻撃されているのだからイリアを見るのは当然だ。彼女の一挙手一投足に注目して防御しないと自分が負傷する。


「そ、それはそうだけどさ!」


 一応納得はしてくれたようだが、どこかまだ不満そうなイリア。というか単純に照れているだけなのだろう。


「それにしてもずいぶんとあの子達に気に入られてるみたいじゃない!」

「そうだな、すっかり懐かれたよ。いい子達だよ?」


 その言葉にイリアが少し微笑んだのをアキは見逃さなかった。「そんなのはしっている」と言った表情だ。やはりこの子はミルナ達を嫌ってはいない。


 その後も暫く模擬戦のような剣の攻防を繰り返す。しばらくしてイリアは満足したのか、攻撃を止め、剣をしまう。


「よし準備運動は十分かな!じゃあ特別に話しくらいは聞いてあげるよ!納得できなかったら殺すからね!はい、ちゃっちゃと話す!」


 イリアが冗談を言うように笑いながら言ってくる。とてもではないがアキを殺す気には見えない。やはりアキの予想通りだ。間違いない。


 そもそも最初に会った時からイリアがアキを殺す気がないのはわかっていた。不意打ちの短剣をルティアは防いでくれたが、あれが当たっていても死にはしなかっただろう。ルティアにも後で聞いたところ、「あれは当たってもかすり傷程度」と教えてくれた。そしてその後の攻撃も、今の準備運動のように、一切殺気を感じなかった。イリアは「殺す」と言っているが、多分殺すのではなく「少々痛い目をみさせる」程度のつもりなのだろう。


 だからイリアとは話が出来ると考えていた。そして本人も「聞いてあげるよ」と言ってくれたし、やはりアキの話を聞く気はあるようだ。


 そもそもイリアの雰囲気が最初にあった頃に比べると全然違う。普通の女の子だ。多分最初は素性を隠す為に演技をしていたのだろう。ミルナ達にイリアと悟らせない為に。そして今はミルナ達がこの場にいないから素のイリアを見せてくれている。きっとそう言う事だ。


 理由は大体想像がつく。あとはその答え合わせをするだけだ。無事イリアと話せる時間も出来たので、すぐに全てはっきりするだろう。


「イリア。お前の正体だったり、お前の目的の為に俺が協力出来る事について色々と話したいんだけど……でもまずはそこに隠れている連中の対処からだろうな。イリアのお友達だったら話は早いんだけど……違うだろ?」


 イリアとアキはまずこの状況を生き延びる必要がありそうだ。


「え、何を言っているのさ!?」

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