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「アキさん遅いですねー!」
落ち着かないのか、まだかまだかとリビングを歩き回っているソフィー。今日は弦月の山に行く予定なのだが、アキがまだ来ない。
ミルナも彼女の気持ちはよくわかる。アキが居ないと何故かそわそわしてしまう、落ち着かない。ソフィーと一緒になって歩き回りたいくらいだ。
「落ち着きなよ、まだ9時50分だよ。」
レオの言葉にドキっとするミルナ。だがその言葉はミルナではなくソフィーに向けて発せられたものだと知り、安堵する。危ない。お姉さんとして見っともないところを見せるところだった。
「えー、だって遅いんだもん。」
ぶーぶー文句をいうソフィーに「あと10分あるでしょ」と苦笑交じりに呟くレオ。
「でも、アキにしては遅いわね。寝坊かしら?」
エレンが珍しい事もある物だと首を傾げる。
朝の10時にリビングに集合だとアキは言っていたので、まだ少し時間はある。だがアキは大抵集合時間の15分くらい前には必ず来ており、遅れた事なんて一度もない。だからこそまだ来ていないのが不思議だ。もちろんアキも人間だから寝坊する事だってあるだろう。彼が少し遅れたとしても誰も怒ったりはしない。
「ふふ、時間過ぎても来なかったら起こしに行きませんこと?」
良い事を思いつきましたとミルナはほくそ笑む。皆でアキの部屋に突撃して驚かしてやろう。
「それはいいですね。」
「面白そうなのだ!」
ベルとエリスが是非やりましょうと賛成の声を上げてくれる。勿論ソフィー達も異論はないらしく、既に突撃する気満々だ。
「いいんですかねー……?」
「あら、セシルさんは寝起きのアキさんに興味ありませんの?」
セシルだけはやめたほうがいいと言っているので、彼女の悪戯心を擽るように囁く。
「うー……それは……あります。いきます……!」
セシルも悪魔の誘いに負けたようだ。
「ふふ、ではアキさん……覚悟してくださいませ。」
そう、遅れるほうが悪いのだからミルナは悪くない。たまには仕返ししてやろう。いつもいつも自分で遊ぶアキを今日こそ一泡吹かせてやる。
「それでしたら突撃前に紅茶を飲んでしまいましょう。冷めてしまいます。」
アキが起きてきた時の為に淹れてあった紅茶を全員に振る舞ってくれるアリア。また淹れ直すので、これは皆で飲みましょうとの事だ。
「そうですね、まだあと5分ありますからお茶でもしましょう。」
「ええ、王女様。私達は優雅な朝を過ごすとしましょう。」
ベルとうふふと笑い合う。
アリアが入れてくれた紅茶を嗜むミルナ達。ただ誰もが顔をにやつかせ、優雅とは程遠い締まりのない顔をしている。寝ぼけ眼のアキを見るのが楽しみで仕方がないらしい。まあそういうミルナもそうなのだから人の事は言えないが。
「あと2分ですー!」
「覚悟するのね!アキ!」
グイっと紅茶を飲み干し、屈伸運動を始めるソフィーとエレン。どれだけ気合を入れるんだと呆れてしまう。でも……自分もしておこうかしら。
「僕もアキの寝起き楽しみだなー。そして寝顔の屈辱晴らしてやるんだもんね!」
「ええ、レオさん!あの時の屈辱忘れてはいません!兎は執念深いのです!」
レオとセシルはみっともない寝相をアキに見られた時の事をまだ根に持っているようだ。確かにあれは恥ずかしかった。
「アキの間抜けな顔を拝んでやるのだ!仕返しだ!」
エリスが声を上げる。確かに彼女は2回も寝顔を写真とやらで撮られているので、気合が入るのも頷ける。
「あんなはしたない寝顔を見られたのは一生の不覚ですわ……アキさん……今日こそあの屈辱、晴らせていただきます。」
真っ黒な笑みを浮かべながらミルナは呟く。そう、自分だってあられもない姿を見られたのだ。しっかりその償いはしてもらおう。
「時間です!いくですー!」
10時なった瞬間、ソフィーが叫ぶ。どうやらアキに一秒の猶予も与える気はないらしい。まあもちろんミルナにもそのつもりはない。
「ではみなさん、いきましょう。」
ミルナの言葉を皮切りに、全員が忍び足でアキの部屋へと向かう。絶対に起こさないよう、慎重に。そして扉の前に辿り着くと、音を立てないようそっと扉を開け、一気に部屋へと雪崩れ込む。
「アキさーん!朝ですよー!」
「あんた遅いのよ!さっさと起きなさい!」
ソフィーとエレンが待ってましたと言わんばかりにベッドに向かって容赦なくダイブする。あの毛布の膨らみの下で寝ているであろうアキはたまったものじゃないはずだ。
「うふふ、どんな間抜けな顔を見せてくれるのでしょう。」
ベルが意地悪な笑みを浮かべ、アキが布団から出てくるのを待っている。
ミルナもこれには興味津々だ。本当にどんな間抜けな寝ぼけ眼を見せてくれるのだろう。ついつい心が躍る。
ただ……何時まで経ってもアキは布団から出てこない。
これはおかしい。ソフィーとエレンがベッドにおもいっきり飛び込んだのだ。あれで起きないアキではない。
「さ、さっさと起きてくださいませ!」
痺れを切らしたミルナは毛布をはぎ取る。
だがそこにアキの姿はなく、丸まった別の毛布があるだけだった。どうやらアキはとっくに起きていたらしい。ただ部屋にはいない。どこにもアキの姿はない。
「あれ?アキさんはどこですー?」
ソフィーが不思議そうに首を傾げる。
「アキさんがどこいったか知っている人はいますか?」
ベルが尋ねる。ただ誰もその答えは持っていない。ミルナ達は静かに首を横に振るだけだ。
「どういうことよ!なんでいないのよ!どこにいったのよ!」
エレンが叫ぶ。
「うーん、でも、まさか?いやでも、うーん。」
ミルナは必死に頭を回転させる。アキは一体どこへ行ったのか。
するとセシルが何かを思い出したかのようにハッと顔を上げる。
「そう言えば朝……アキさんを見かけました!」
「どういうことですか?」
ベルが尋ねると、セシルが朝方にあった出来事を話す。
朝の5時頃、お花を積みに行くために起きたセシル。その時偶々アキとすれ違い、どうしたんですかと声をかけたそうだ。
「私はお手洗いに行くとこでした。アキさんはお手洗いに行っていたのだと言ってました。」
その時は特に不思議には思わず、そのままセシルもお手洗いに行ったのだと言う。まあそれは当然だろう。
「でも……言われてみれば……部屋に戻る方向じゃなかったような?それに寝間着じゃなかった……武器も持っていた気がします。私も半分寝ぼけていたのであまりはっきりとは覚えてなくて……。」
ごめんなさいとセシルが謝る。だがそんな早朝に寝ぼけ眼で見かけた相手の服装なんて覚えているほうが難しい。セシルは何も悪くない。
「え……じゃあ……まさかほんとに?」
ミルナには一つだけ思い当たる節がある。でもまさか、そんな。
「どういうことよミルナ!何かわかったのなら話しなさいよね!さっきから何を一人でぶつぶつ言ってるのよ!」
エレンが独り言を呟いていたミルナに詰め寄ってくる。
「ごめんなさい。でも推測ですわよ?」
「いいから言いなさいよ!」
「もしかしてアキさんは1人でイリアの所に行ったのではないでしょうか?覚えていますか?アキさんが言った言葉を。『俺の側にはルティアがいる。彼女がいればイリアは襲ってこない』と言っていましたわ。」
つまりルティアを意図的にアキから引き離せば、イリアを誘き出せる。その為にアキはルティアを置いて1人で弦月の山へ向かった可能性がある。それにもしルティアを連れ立っていたとしても、アキとルティアしかいないのであればイリアが行動を起こす可能性は十分にある。
「そんな!アキがそんなことするわけ……!」
レオが即座に否定の言葉を口にする。だが彼女がその言葉を終わらせることはなかった。思い当たる節があったのか、すぐに口を噤むレオ。
「するわけありますわよね?アキさんは私達の為ならなんでもする人ですわ。」
「アキさーん!怪我は!怪我をしてたら大変ですー!いますぐ向かわなきゃ!」
ソフィーがあわわと慌てて部屋から飛び出して行く……前にミルナが止める。
「待ちなさいソフィー。まずはルティアさんの確認ですわ。屋敷にいるのかいないのか……それが先です。」
ルティアを連れていったのならまだ安心できる。だがもしルティアがこの屋敷にいるのなら……最悪。それは考えたくない。
「でも私達が呼んででてきますかね?」
セシルがうーんと首を捻る。確かにセシルの言う通り、ミルナ達がルティアを呼んだところで、彼女が出てくるとは考えにくい。あれはアキでないと駄目だ。
「でも試して損はないです。ルティアさん。」
ベルがまずはやってみましょうと行動に移す。
「なに?」
すると部屋の片隅から外套を被ったルティアが姿を現す。
「ルティアさん!なんでいるんですの!」
ミルナは叫ぶ。ルティアが出てきたという事よりも、彼女がここにいてアキがいないという事実が何よりミルナを焦らせた。自分の考えた最悪のシナリオが頭を過る。
「アキさんはどこですかー!出してくださいー!」
ソフィーがルティアに詰め寄る。
「アキは……いない。」
焦る事なく、静かに、落ち着いた様子でルティアが呟く。
「じゃあどこにいるよの!」
今度はエレンだ。
「まさか……ほんとに……?」
本当に自分の予想通りなのではと不安になるミルナ。そして誰しもが同じ気持ちのようで、全員がルティアの返事を固唾を飲んで見守っている。
「アキは……イリアのところへ向かった。」
「そんな!ほんとに!?」
悲痛な叫びを上げるミルナ。
なんであの人はまたそんな勝手な事を。なんでなんでなんで。心配と同時に怒りが沸々と湧き上がる。
だが今は怒っている場合ではない。一秒でも早く彼の元へ行かなければ。万が一の事があったら……涙が出そうになるのを必死に堪える。
「いくわよ!いますぐ!」
エレンが叫ぶ。今度はミルナも止めない。
「私も行きます。」
「お供します!」
ベルもセシルも行くと声を上げる。
「なら私もいくのだ!」
エリスも同行を申し出てくれた。これは心強い。
「そうですわね、ではみんなで行きましょう。王女様とセシルさんもいらっしゃるほうがいいですわ。屋敷にいた方が危険かもしれません。それに2人が来るならエリスさんも一緒に行けますわ。さぁ……急ぎますわよ!」
ミルナを先頭に、アキの後を追おうと部屋から飛び出そうとするが……小柄な美少女がミルナ達の前に立ちはだかる。
「だめ。」




