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翌日の早朝、サーシャが予定通り迎えに来てくれたので、アキ達は弦月の山へ見学に向かう。
特に大きなトラブルはなく、山の下見は滞りなく進んだ。
弦月の山はどこにでもあるような普通の山だった。十六夜の洞窟の周囲に広がっていた森林と全く同じ。平穏そのものだ。そして肝心の魔法印は山の頂上にあった。山頂付近に洞窟のような洞があり、魔法印はその中に設置されている。洞といっても、山の斜面を少し掘っただけのような窪みで、雨風に晒されないという程度の場所だ。サーシャに頼んで魔獣召喚も一応見せてもらったが、十六夜の洞窟で見たのと一緒。3人1組で誘導、召喚、記録担当と別れ魔獣召喚を行っていた。大きな違いはない。
「魔法印も基本的には一緒だね。」
転送印の位置指定部分だけは異なっているが、それ以外は十六夜の洞窟の物と酷似していた。
それだけわかればもういい。魔法印の確認は終わりだ。あとはイリアを誘い出すだけ。ただ彼女が今日動く事はないだろう。
まあそう言えるのはちゃんと理由があるからだ。まだミルナ達には内緒だが。
とりあえず今は森林浴を楽しみながらのんびりとサーシャに弦月の山を案内してもらえばいい。正直もう屋敷へ引き上げてもいいのだが、後少しくらいは歩いておきたい。一見無駄に見えるこの散歩、これはイリアにアキの居場所を知らせる為に敢えて歩き回っている。後はこの土地の地形を把握する為だ。今後の計画を円滑に進める為、出来るだけの情報は仕入れておきたい。
ちなみにこのお散歩の隊列は、サーシャを先頭にしてエレンとレオ。アリア、セシル、ベルを間においてその後ろにミルナとソフィー。そして最後尾はアキとエリス。
最初サーシャはアキの隣にいたかったのか、前に来てくださいと強引に手を繋ごうとしてきた。どうやらまだアキを篭絡するのを諦めていなかったようだ。ただアキがこの隊列の意味を説明すると、渋々納得して従ってくれた。リネット同様、サーシャには戦闘能力がないので、万が一の為のこの隊列だ。そして裏の理由もあの時と同じ。アキがルティアと会話する為だ。
今回エリスを最後方においているのは、アキが狙われた場合を想定してだ。というかこうしないと最後尾にいるのをミルナ達が許してくれなかったからだ。
「ルティア、わかってると思うけど。」
アキは虚空に向かって小声で話しかける。そしてルティアは当然のように、どこからか返事をしてくれる。
「アキを見てる人いる。でもイリアかどうかわからない。」
「1人?」
「うーん、多分?でも複数かもしれない。」
「なるほど。」
ルティアが1人と言い切れないのであれば、複数と考えておいたほうがいい。
しかしイリア1人じゃないのか。てっきり彼女は単独で行動してると思ったのだが。まあ計画に支障はない。その可能性も当然考慮してある。前回襲撃を失敗した事を踏まえ、イリアが仲間を連れてくるかもしれないとは考えていた。まあ仲間とも限らないが。もしかしたら全く別の敵の可能性だって十分にある。
とにかく最悪の事態だけはちゃんと想定しておかなければ。
「了解。引き続き頼むね。今日は襲われないだろうけど、念の為に。」
「まかせて!アキは私が守るっ!」
気合十分のルティア。きっといつものように可愛らしくガッツポーズもしている事だろう。
「アキ!私もだぞ?私もいるのだ!」
エリスが小声で必死にアピールしてくる。そこは張り合うところなのかと呆れるが、それがなんとも彼女らしい。
兎にも角にもアキの安全は万全だ。ルティアとエリスが警戒しているのであれば不意打ちなんて成功しない。これでミルナ達も文句ないだろう。
「ああ、エリスも頼りにしてる。」
そう言ってエリスの手をそっと握ってやる。たまには彼女とこうやってのんびり散歩するのもいいだろう。
「あー!ずるい!私も手繋ぎますー!」
だがそんなエリスとの静かな時間は秒で終わりを迎えた。
エリスと仲良く手を繋いでいるのに気づいたうちのうちの暴走エルフが突進してきた。というか気づくの速すぎるだろうが。
「えへへー!じゃあ私はこっちですー!」
嬉しそうにソフィーが逆側の手を握ってくる。もうなんというか凄い。隊列
まで考えて色々計画したのに、一瞬で無に帰すソフィーが凄い。
そしてそんなソフィーのせいで、残りの子達も自分も自分もと文句を言ってくる。というか隊列を乱すんじゃない。今イリアに襲われたらどうする。
まあもしイリアがこの状況を見ていたとしても、呆れて襲うどころではないだろうが。
「そしてなんでサーシャまで参戦してるんだよ。」
「え、私も手を繋ぎたいです。だめですか?」
不思議そうに首を傾げてくる。ダメに決まっているだろう。そもそもこの子達がそんな事を許すわけがない。繋ぐ前に全力で阻止してくる。そしてアキはお話コースだ。だからそうなる前にちゃんと拒絶して「お話」回避をしなければ。
「ダメ。俺の手はこの子達専用だからな。」
「ケチですね。それに何ですかその臭いセリフ。」
「うるさい、何とでも言え。」
お話回避できるなら臭いセリフくらい言ってやる。理不尽に怒られるこっちの身にもなって欲しい。
「うーん、じゃあ私は後ろから抱き着きます!」
そう言ってサーシャはアキの背中におぶさるようにして抱き着いてくる。
「あー!アキさん!お話ですー!」
光の速度でソフィーが非難の声をあげる。
「だからなんでだよ。おかしいだろ。」
ちゃんと断ったのに何故お話なのか。というかそもそもエリスとソフィーがアキの手を握っているからサーシャを避けれなかったんだろうが。むしろ2人が守ってくれなかったのが悪い。そう、アキは悪くないのだ。
「だからお話は理不尽だ。」
「アキさん少し嬉しそうですもの。お話ですわ。」
「ええ、有罪です。極刑です。」
ミルナとベルが許しませんからねと微笑む。
わかっていた。彼女達に何を言っても無駄なのはわかっていた。この子達がお話と決めた以上、お話は不可避だ。
だが1つだけ訂正しておきたい。別にサーシャに抱き着かれて嬉しそうにはしていない。断じてしていない。もちろんサーシャは可憐な乙女なので言い寄られて嫌なわけはない。いい香りもするし胸もそこそこあるしで、男なら誰しもドキっとするだろう。だが必ずしも嬉しいわけではない。そもそも抱き着かれるならミルナやアリア達のほうが断然いい。それだけははっきりと言える。
「だからお話は酷いだろう?」
偶にはお話回避に全力で取り込んでみる。
「酷いです。私じゃ不満なんですね?」
サーシャが頬を膨らませる。
大事なところで茶々をいれるな。話が拗れる。
「俺は別にサーシャの事は好きじゃない。俺が好きなのはこの子達だ。」
アキがはっきりと断言すると、さらに不機嫌になるサーシャ。そして対照的に満面の笑みを浮かべるミルナ達。アキがバッサリと彼女を拒否した事が嬉しいのだろう。
よかった、これで無事お話を回避出来るかもしれない。
しかしなんで立ち入り禁止エリアを見学しながらこんな面倒な状況になっているのだろう。イリアの襲撃を警戒するより数倍は疲れる。
「サーシャ、外の世界には俺なんかよりもっといい男がいる。サーシャでも落とせない男が山ほどいるだろう。だからそっちを落とせ。」
「それはそれ、これはこれです。アキさんも落とさないと満足できません。」
うーん、これはサーシャには当分付きまとわれそうな気がする。下手したらどこかのソフィーのように地の果てまで追いかけてきそうだ。ベルにお願いして接触禁止命令でも出してもらおうか……。
「エレン、助けろ。」
とりあえずさっきからもの凄い殺気を放っているうちの猛獣に助けを求める。
「ええ、言われるまでもなく!あんた!アキから離れなさい!」
エレンが朧月を抜刀してサーシャに斬りかかる。
「きゃっ……!なにするんですか!」
斬られると思い、アキから飛び退くサーシャ。だがさすがにエレンも本気で切り刻むつもりはなかっただろう。きっと。多分。結構際どかったけど。
しかしやっと離れてくれた。
「よしエレン、俺の背中に抱き着け。サーシャが抱き着けないように。」
「わ、わかったわ!でも仕方なくだからね!か、勘違いしないでよね!!!」
口ではそう言いつつも、嬉しそうに抱き着いてくるエレン。今日も彼女のツンデレは絶好調だ。
「さて……そろそろ戻ろうか。今日はもう十分だ。」
というか疲れた。無駄に疲れた。早く帰りたい。
何故ただの下準備でこれほどの労力を使わされたのだろう。しかもイリアとは全く関係ない事に。
まあとりあえず何事なく下見が終わったのでよしと思う事にしよう。後は明日、いよいよこの旅の本番だ。計画に狂いはない。きっとうまくいく。そして最善の結果を迎えたいものだ。
これからもミルナ達といる為、なんとか最後まで頑張ってみよう。
「サーシャ、今日はありがとう。」
集落に到着したので、サーシャに今日の礼を伝える。
「お礼はいりませんので、結婚しましょう。」
「しない。帰れ。シッシッ。」
さっさとサーシャを追い払う。
彼女のせいでまたひと悶着あるかと思ったが、意外にも彼女は素直に引き上げていった。ただ去り際に「諦めませんからね、私を娶ってもらいます」と捨て台詞を言い残して言ったが……。
「お話ですー!」
ソフィーが叫ぶ。
そしてやはりアキのお話は不可避だったようだ。




