2
サーシャに案内された屋敷はそこそこ大きい2階建ての洋館だった。ミスミルドにあるアキの屋敷の半分くらいの大きさはありそうだ。建屋自体はエスペラルドの建築様式で造られており、ミスミルドでよく見かける造りだ。ちなみに中は結構広く、個室が10部屋くらいはちゃんとあるとのこと。アキ達全員が1人1室ずつ使えそうなので安心した。そうでないとうちの駄エルフあたりがすぐ暴走するからな。
しかし十六夜の洞窟の集落は、目立たないよう質素な小屋を装った住居ばかりだった。だが先も言ったように、このエスペラルドの立ち入り禁止エリアは、サルマリアの十六夜の洞窟とは違う。集落には立派な屋敷がいくつも建っていて、小さな街を形成している。
その理由をベルに聞いたところ、魔獣召喚に問題が発生しない限り、魔獣は立ち入り禁止エリア内を闊歩する事はない。だから一族が快適に過ごせるよう、豪華な屋敷にしているのだという。もし万が一問題が発生して屋敷が破壊されても、新しく作り直すだけだから別にいいらしい。サルマリアとはこの辺の考え方が少し違うようだ。
「別にサルマリアの方法を否定しているわけではありません。エリア内で魔獣が暴走したり、侵入者がいたりした際、集落への襲撃を避ける為、ああやって集落を目立たなくする事に意味はあるでしょう。」
ただベルの考えは違う。
魔獣が暴走でしたのであれば、屋敷を囮にして一族には避難してもらう。そしてもし侵入者がいたのだとしたら、それはこの地を統治している王家の怠慢だという。そもそもこの地を管理してもらう代償として、何不自由しない暮らしを約束しているのだから、屋敷もある程度豪華な物を用意しておきたかったというのがベルの主張だ。
「それが私達エスペラルド王家代々の考え方です。」
アキはサルマリアの時のような小さな小屋を予想していたので、この想定外に広い屋敷は嬉しい。あの計画にも好都合だ。この屋敷であれば、大幅な計画の見直しは必要ない。
なんにせよ、全ては明日からだ。弦月の山を一通り見学して特に問題がないようであれば、明後日予定通りに決行する。あとは肝心のイリアが来るかどうかだが、それはおそらく大丈夫だ。イリアはきっと来る。
「アキさん、中へどうぞ。ご自分の家だと思って寛いでくださいね。」
サーシャが屋敷の中へと案内してくれる。
中は立派な家具が所狭しと並んでいた。内装にもちゃんとお金をかけているのがわかる。とりあえずアキ達はリビングへ向かい、遠慮なく寛がせてもらう。今日はもうこの屋敷でのんびり過ごす。しっかり休んで明日に備えるだけだ。
「それでは明日の朝、お迎えに来ればいいですか?」
何故かアキ達と一緒にリビングのソファーに腰掛けているサーシャが予定の確認をしてくる。てっきりアキ達を屋敷まで案内したらすぐに帰ると思っていたのに、何食わぬ顔でリビングまでついて来た。そして当たり前のようにアキ達と寛いでいる。
当然うちの子達はサーシャを追い返そうと、あの手この手を尽くしていたのだが、全て徒労に終わった。ミルナ達のそんな妨害は一切意に介せず、サーシャはにこにこしながらアキの正面に座っている。ちなみに本当はアキの隣に座ろうとしてきたサーシャ。だがベルとミルナがそれだけは絶対させまいと、必死に両サイドをガードしたので、諦めて正面に座っているというわけだ。
「それとも……今夜は私と寝ます?夜のお勤めしましょうか?」
やっと引き上げてくれるのかと思ったら、突拍子もない提案をしてくるサーシャ。帰るどころではない。なんだそれ。
しかしこの子は本当に度胸がある。ミルナやアリア達にこれだけ不快感を向けられても一切気にした様子はない。神経が図太いのか、無神経なだけなのかはわからないが、本当に肝が据わっている子だ。
「今すぐ出ていきなさい!」
「ええ、お引き取りお願いしますわ!」
ベルとミルナが全力で殺気を叩き込んでいる。これは不味い。そろそろこの子達が本気で怒り始める頃だ。
「あまり彼女達を揶揄うな。」
取っ組み合いが始まる前に、アキがサーシャを諫める。
「私の誘いを断れる男性は珍しいんですよ?一族の中にはいません。まあ……アキさんのお嫁さんは皆さん美人さんですものね。」
サーシャがふふふと笑う。
どうやら自分の容姿に自信があったのだろう。だからアキを落とせなくて意地になっていたのかもしれない。
「そうだな。彼女達は傾城傾国と言っても問題ないくらいに美しい。」
「あ、あの傾城傾国?とはどういう意味ですの……?」
ミルナが首を傾げる。
「絶世の美女。その美しさ故に国を滅ぼしてしまう程という意味だ。」
「そ、そんな……えへへ。アキさん。」
ベルが頬を染めて嬉しそうに微笑む。
ミルナ達もアキの言葉に満足気だ。ただそんな表情とは裏腹に、全員の口元がだらしなくにやけているのだから呆れる。相変わらずチョロい。
「皆さん幸せそうで羨ましい。ますますアキさんを篭絡したくなってきました。」
「諦めろ。俺はこの子達だけで満足している。」
「まあ……今は引きます。また明日来ますね、それではゆっくりお休みください。」
サーシャは妖艶に微笑みながら帰っていった。うーん、明日からが思いやられる。だがこれでやっとミルナ達と水入らずだ。やはり部外者がいるとどうも落ち着かない。
「やっと一息つけるね。」
サーシャが帰り、ごろごろするかと思った矢先、うちのエルフがアキの胸に飛び込んで来る。
「アキさーん!」
嬉しそうにソフィーが胸に顔を埋めてくる。きっと美人だと褒められたのが嬉しいのだろう。こういう素直なところは彼女の美徳だ。
「女の子を落とさなかったから嬉しいですー!今日はお話無しですー!」
どうやら違うらしい。
なんでも、美人だと褒められた事より、アキがちゃんとサーシャを追い返した事がなにより嬉しいんだとか。なんだその理由。
「珍しい事もあるものですわね。」
ミルナがうふふと袖を口元にあてて笑う。
珍しいとは失礼な。ステラやリネットの事だってちゃんと断っただろうが。
「でもこの前、よくわらかない兎拾ってきましたよね?」
セシルがアイリを連れてきた事を指摘してくる。しかしこの子達の中でのアイリの扱いが酷い。
「セシル、あれは仕方ないんだ。」
兎は世界の摂理だからしょうがない。兎が落ちていたら拾わなければならない。何もおかしい事ではない。当然の事だ。
「おかしいわよ!?なによその理論は!!!」
「そうだよ、僕は悲しいよ!もう兎は拾ってこないでね!」
エレンとレオが文句を言ってくるが、何故かそれが少し嬉しい。やはりアキにとって、彼女達との時間は何事にも代えがたい最高の癒しということなのだろう。
まあサーシャの事はまた明日考えればいい。面倒な事は今は後回しだ。まずはこの時間を楽しむ事にしよう。最後になるかもしれないこの時間を。
「そうだ、ルティアもでておいで。」
そろそろ寂しがって飛び出してくるころだ。うちの影も呼んでやる事にする。するとやはり寂しかったのか、瞬時に部屋の隅から姿を現し、外套を脱ぎ捨てタタタと駆け寄ってくるルティア。
「待ってた。アキ。」
飛びつくようにしてアキに抱き着いてくる。
「寂しかっただろ。」
「うん。アキ成分足りない。」
とりあえずルティアが満足するまで好きに甘えさせてやるとしよう。
ミルナ達はこの時だけは文句を一切言わない。ルティアがずっと影で頑張っているのを知っているからだ。ミルナ達とは違いルティアは基本影で動く。だからアキとの時間は必然的に少なくなる。自分達がルティアの立場だったらと考えると、彼女の寂しいという気持ちは痛いほど理解出来るのだろう。というか以前そういうことなんだと小一時間にわたり力説された。余計な事聞いて後悔したのを覚えている。
「ところでルティア、今日イリアはいたか?」
「ううん、いなかった。」
まだイリアは姿を見せていないらしい。まあそれならそれでいい。
「ところで明日の弦月の山の見学にベルやアリア達もくるか?」
「あれ?いいんですか?」
ベルが不思議そうに首を傾げる。まあいつものアキなら「危ないからベル達は屋敷で待機」と言っているから当然だろう。
「危なくないんですの?」
ミルナも危険なのではとアキの考えに否定的だ。
「今回に限っては逆だね。ここに置いておくほうが危険だ。もしイリアが彼女達を人質に取ったらどうする?」
「そ、それは……。」
ミルナが口籠る。アキの言いたいことが理解できたのだろう。腐ってもアキやミルナ達はSランク冒険者だ。襲われたとしてもある程度の対処はできる。ただベル、アリア、セシルは違う。彼女達が襲われたら、人質に取られるか殺されるかだ。
「それにイリアは俺の事は襲えない。だから今晩も見張りとか無しに1人で寝るし、明日も堂々と山の見学に行く。」
「なんでですかー?」
今度はソフィーだ。残念そうな表情を浮かべている。どうせ「1人だと危険なので一緒に寝ますー!」とか言うつもりだったのだろう。そうはさせん。
「ああ、ルティアがいるからだ。前回イリアは不意打ちしようとしてルティアに阻止されているだろ。だから今回も彼女が影にいるとイリアは考えているはずだ。」
つまり、不意打ちが成功するという確証がない限り、イリアは襲ってこない。もし不意打ちが失敗したら、ミルナ達、ルティア、そして今回はエリスと、多人数を相手にすることになる。イリアにとっては相当不利だ。彼女は馬鹿ではない。そんなリスクある行動はしてこないと容易に想像がつく。
「ルティアは必ず俺の側にいてくれるからね。安心できる。そしてアリア、ベル、セシルはわかった?俺と一緒に行動するのが一番安全な理由。だから出来るだけ俺と一緒にいるようにね。」
「「「はい。」」」
3人ともわかりましたと素直に頷く。
「つまり、1人になったらダメってことね!」
「そうだね!ずっとアキといるべきだね!」
エレンとレオが理解したと頷く。
いや、そういう意味じゃない。ミルナ達はSランクだから別に好きにしてもらっていい。あくまでこれはアリア達の話なのだから。
まあ、こうなるのはわかっていたけど。この子達が自分の都合のいいように事実を曲解して理解するのは今に始まった事ではない。
「というわけでアキさん!一緒に寝ましょー!」
そして何故かそういう結論に辿り着くうちの駄エルフ。
そもそも屋敷の敷地くらいなら十分にルティアの索敵範囲内だ。つまりこの屋敷にいれば基本的に安全。一緒に寝る意味なんて微塵もない。
「寝ない。部屋に来たら速攻で叩き出すからな。そして当分遊んであげない。」
「そ、そんなー!酷いですー!」
ソフィーが絶望した表情を浮かべる。酷いも何も突撃してこなければいいだけだろうが。しかし彼女の表情を見るに、どうやら何とかして来るつもりだったようだ。危ない危ない。
「エレン?リオナ?まさか2人まで来るつもりじゃなかったよね?」
「そ、そんなことないわよ!」
「そうだね!まさか!そんなことしないよ!」
必死に誤魔化そうとするうちの絶壁と狼。ミルナも気まずそうに視線を逸らしやがった。どうやら全員夜這いにでも来るつもりだったのだろう。本当に油断も隙もない子達だ。
「ほんとに来たら正座3時間。当分デザート無し。遊ぶのも無し。」
「「「「そんなー!」」」」
悲痛な叫びを上げるミルナ達。どんだけ来たいんだ。
「来なければいいだけだろうが。」
アキの言葉に苦笑いを浮かべるうちの子達。どうやらまだ諦めていないらしい。
「そうか、来る気なのか。いい度胸だな。ルティア、彼女達が俺の部屋に近づいたら言え。その時点で罰ね。」
「わかった、まかせて。」
アキに抱き着いていたルティアが頑張るとガッツポーズしている。
これでまず間違いなく大丈夫だ。
だがここまでするのには実は裏がある。普段なら部屋に突撃されても少し怒って叩き出すだけなのだが、今回はそれをされると例の計画に差し支える可能性がある。だから確実に突撃してこない方法を取らなければいけない。
まあ何とかうまく筋立てて説明出来たので、ちゃんと誤魔化せただろう。
「ルティアがいてくれるから大丈夫だ。心配するな。」
アキが念を押すと、ミルナ達が不承不承ながら頷く。
この子達はアキが危険だとわかると、罰とか関係なく部屋まで来る。そしてそれは断固として譲らない。そこまで心配して貰えるのは嬉しいが、今回ばかりはそれだと困る。
とりあえずルティアのおかげで、危険がないと説得出来た。これで無事、夜は1人になれる。しかし何故ただ夜1人で静かに寝る為にここまで考えなければならないのか。うちの子達の過保護さには呆れる。まあ危険を顧みず色々やらかしてきたから自業自得とも言えなくもないが。
「気持ちは嬉しいよ。ありがとう。おいで。」
アキがそう言うと、レオが尻尾を振って嬉しそうに撫でられにきた。
そしてエレン、ソフィー、ミルナも撫でて撫でてと甘えにくる。特別サービスで今日はハグもつけてやろう。まあこれは少し切なくなったアキが彼女達の温もりを感じたかっただけなのだが。
「えへへ、アキさんに抱きしめられるの嬉しいですー。」
満足気なソフィー。エレンとレオも嬉しそうにしている。
最後はミルナだ。
「でもミルナを抱きしめると胸があたるんだよな。」
ソフィーやエレンも当たると言えば当たるのだが、ミルナだけはどうしても胸を押しつぶすような形になってしまう。そしてどうやらミルナはそれを意識しないようにしていたらしく、アキに指摘され、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「言わないでくださいませ!ばかー!」
「え、じゃあやめる?」
「や、やめません!早くして!べ、別に……む、胸くらい好きなだけ当ててあげますわ!」
ヤケクソになったミルナが自分から抱き着いてくる。
「やはり予想通りだ。ミルナの柔らかい豊満な胸が俺に当たっている。とても弾力があって気持ちがいい。最高だ。」
「胸の感想をわざわざ解説しないでくださいませんか!?それは心の中に留めておいてくださいませ!アキさんのばか!!!」
ちょっとミルナ遊びが過ぎたようだ。耳まで真っ赤にして涙目のミルナ。だが赤面しながらも、凄く幸せそうにしてくれているので、まあ大丈夫だろう。
そしてうちの子達を抱き締めて終わりなわけがない。当然のようにベルやアリア達、そしてルティアまでも抱きしめる事になったのは言うまでもない。ルティアはさっきまで抱き着いていたくせに、何食わぬ顔でさらっと「みんなだけずるい。」と混ざってくる辺りさすがだ。
「アキさん、王女の私の胸はいかがでしょう。大きさでは負けますが柔らかさではミルナさんなんかに負けません。」
「胸を押し付けるのはメイドの嗜みです。」
さらにはベルやアリアがミルナに対抗するように、胸を押し付けてきたので困った。大体ここで王女は関係ない。あといちいち張り合うな。そしてそんなメイドの嗜みがあってたまるか。
「「アキさん、さあご感想を。」」
「黙れ、この腹黒王女にど変態メイドが。」




