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「おかえりなさい、アキさん。」
エリスと別れ、夢見心地のような気分でテントに戻ると、何故かうちの兎がいた。
「え、セシルなにしてるの。」
この兎はいつのまにアキのテントに来たんだ。全く気付かなかった。まあ間違いなくアキがエリスと話している時だろう。ルティア並みの隠密能力を発揮してくる兎怖い……と思ったが、よく考えれば単純にアキの察知能力が低いだけだ。多分エリスは気付いていたはずだ。敢えて何も言わなかったに違いない。
「で、私にはしてくれないんですか。」
セシルが頬を膨らませながら文句を言ってくる。
「なにを?」
とぼけてみた。
まあ何を言いたいのかは大体察しがつく。だがこの兎には自分の口から言わせたほうが面白い。そんないたずら心に火がついてしまった。
「えっ!?……あ、あのその……えっと、言わなくてもわかりますよね!?」
兎耳をぴくぴくさせながらセシルが呟く。そしてそんな事言わせないでくださいと睨んでくる。
「わからないな。なに?」
わざとらしく首を傾げてみる。
「そ、その……えー……ああもう!チューです!チュー!」
どうやら吹っ切れたらしい。セシルは顔を赤くして叫ぶ。
「ベル王女様とはミレーでしたんですよね!?あとアリアさんとも!そして今エリスさんとしてたのも見てたんですから!私は!私にはないんですかああああ!?」
もうヤケクソらしい。
つまりあれだ。アリア達の中でセシルにだけキスしてない。だからわざわざ夜這いに来た。そういうわけか。なかなか大胆な兎だ。
「よ、夜這いとかなじゃないです!ばかー!」
緊張と恥ずかしさでセシルの兎耳が今まで見た事がないような不規則な動きをしている。やっぱ兎耳最高。癒される。
「それで?」
「こら!『それで?』じゃないです!私にもチューしてくださいよ!チュー!あと耳ばっか見ないでください!!!」
おかしい。女の子が口付けをせがんでくるときはもっと可愛くてドキドキするものだと思ったのに。まったくドキドキしない。いや、むしろ襲われそうという意味ではドキドキするが。
しかしセシルはこんな雰囲気もくそないシチュエーションでいいのだろうか。
「誰のせいですかああああ!?」
怒られた。アキのせいらしい。
「わかったわかった。はい、ちゅっちゅ。」
「なんですか!?その投げやりなのは!しかもそれ口で言ってるだけだから!」
「じゃあほら、耳を出せ。」
「耳にしてどーするんですか!?なんでよおおお!もおおおお!」
兎耳をペタっと折り曲げ、そっぽを向くセシル。あれは完全にへそを曲げてしまった時の仕草だ。どうやらうちの兎は、せっかく勇気を出してお願いしにきたのに、アキに軽くあしらわれたのが気に入らなかったらしい。
ちょっと揶揄い過ぎたか。
「セシル。」
「聞こえません!アキさんの声は聞こえません!この兎耳はアキさんの声を遮断中です!」
「えー、通してくれ。」
「ダメ!通行禁止!シッシッ!」
そう言いつつも律儀に返事を返してくれるセシル。相変わらず兎耳をペタっとさせてこっちを見てくれないが、一応ちゃんとアキの話を聞いてはくれるらしい。
「エリスとの話、聞いてたんだろ?だから俺のところへ来た。セシル、心配してくれてありがとね。」
アキが寂しくないようにと、セシルは自分に出来る事がないかと必死に考えた。その結果、自分を差し出すという結論に辿り着き、アキのテントに忍び込んだ。そういうことだろう。しかしエリスといいセシルといい、何故この子達はすぐそういう方向に突っ走るのか。気持ちは嬉しいがこの子達の行く末が心配だ。
「ほら、おいで。俺の兎。」
アキの言葉にセシルの耳がピクっと反応する。どうやら拗ねるのを止めるか悩んでいるらしい。わかりやすい兎だ。
「セシル、来い。早くしろ。」
「……!はい!」
今度は命令してみる。すると兎耳をピーンと立て、嬉しそうにアキの胸に飛び込んでくるセシル。
この兎はアキに命令されるのが好きなのは知っている。アキはあまり強引な物言いをしない。だからこういうのは効果的なんだとアリアが以前教えてくれた。何故これがそんなにいいのかはわからないが、いいらしい。まあ深く突っ込むと碌な事にならなさそうだったのでそれ以上は聞かなかったが。
「心配かけてごめんね。」
「ううん、私が勝手に心配しただけです。」
兎耳を優しく撫でてやる。やはりセシルの耳の触り心地は最高だ。
「えへへ……気持ちいい。これはアキさんだけの兎耳です。好きなだけ触っていいです。」
「ありがと。」
「あ、あの、それと……チュー……も……」
俯きながらボソッと呟くセシル。
「いいの?」
「はい……じ、自分からお願いするはしたない兎でごめんなさい。」
セシルが美しい深紅色の瞳を潤ませながら見つめてくる。
そう、まさにこんな感じだ。女子の誘惑はやはりこうでないと。さっきのセシルとはうって変わって可愛い。ドキドキしてしまう。そしてセシルもどっかのミルナに比べて遥かに誘惑が上手い。
「いや、はしたなくないから大丈夫。」
「そ、そうで……っ……!?」
アキはセシルを抱きしめ、強引に彼女の唇を奪う。エリスやアリアにしたキスとは違う乱暴なキスだ。でもきっとセシルにはこの方がいい気がした。
そのまましばらくセシルの柔らかい唇の感触を味わう。最初はピーンと兎耳を逆立てて緊張していたようだったが、今では穏やかにぱたぱたと揺らしている。
「ん……そんなに嬉しかった?」
セシルが耳をこうやって揺らすのは満足している時だけだ。
「うん。アキさん大好き。」
セシルが本当に満たされたような笑顔で抱き着いてくる。
「もっかい……ダメ?」
セシルが目を瞑って唇を差し出してくる。
「まったく、しょうがない兎だな。」
さっきとは違う、優しい口付けをしてやる。唇がちょっと触れ合うだけの短いキス。
「ふふ、しょうがないのはアキさんです。やりたい放題じゃないですか。エリスさんにキスした直後に私の唇まで奪うとか酷い人ですね?」
セシルがくすくすと笑いながら揶揄ってくる。
「……まあ。」
確かにその通りだ。この短時間で2人の女性にキスをするとか節操がないどころの騒ぎではない。というか先日アリアにもしてるので「やりたい放題ですね」と言われても一切言い訳はできない。
「嘘です。だって私のほうからおねだりしたんですから。それに全員娶るんですよね?だったらなんの問題もないです。」
「そうか、そうだね。」
この子達を全員娶ると決めてから、開き直る事にしたんだった。つい余計な事を考えてしまった。
「はい、気にしないでください。アキさんはアキさんの好きにしていいんです。」
セシルが優しく微笑んでくれる。ただ自分の発言に何か思うとこがあったのか、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべるセシル。
「それより……エリスさんで十分寂しは紛れてたよね?私、こんなことして……むしろ私こそ迷惑かけて……ごめんね?」
「そんな事ない。セシルこそセシルの好きにしていいんだよ。」
俯いているうちの兎をそっと撫でてやる。
「ほんと?」
「ああ、それに嬉しかったよ?」
「えへへ。そっか。よかった。」
満足したのでそろそろ戻りますとセシルが立ち上がる。
「あっ……」
何か言い忘れた事があるのか、頬を染めもじもじしながら見つめてくるセシル。
「……アキさん。私もずっとそばにいます。私、セシルはアキさんの専属受付嬢ですから。だからミルナさん達がいなくなったとしても大丈夫です。アリアさん達や私がアキさんを支えますからね。」
セシルは最後にそれだけ言うと、おやすみなさいと自分のテントへ戻っていった。
「そろそろ寝るか。エリスとセシルのおかげで気持ちよく寝れそうだ。」
アキは毛布の上に横になり、久々に思考の海に潜る。
これでアリア、ベル、エリス、セシルとは一線を越えたと言ってもいい。だがもしこれがミルナ達だったら、ねだられても決してキスはしなかっただろう。アリア達だからした。彼女達だから恋人関係になるのを躊躇なく受け入れられた。
勿論それには理由がある。正直、こういう事をするのは、ミルナ達からになるとアキも思っていた。だがいつからかイリアの件を考えるようになり、この一線だけは絶対に超えないようにしていたのだ。何故なら、正式な恋人関係になるのは、イリアの事が終わってからの方がいいと思ったからだ。
情報収集が進み、徐々にイリアの存在が見え隠れするにつれ、ミルナ達がアキかイリアを選ばないといけない可能性があるかもしれないと気づいた。だからこそ男女の関係になるわけにはいかないと強く思うようになった。男女の関係だからという理由を与えたくない。そんな理由でアキを選んでほしくない。だからミルナ達に懇願されてもキスもしなかったし、正式に恋人になる返事も未だしていない。あくまでイリアの件が終わったらミルナ達を受け入れると言っているだけだ。
まあミルナ達はもう恋人のつもりでいるようだが、それはどちらかとしかいられないとは微塵も思っていないからだ。だが彼女達はアキかイリアを選ぶ必要がある。いや、選ばなければいけない可能性が出てきた。
「なあ、イリア。俺だけずるをするわけにいかないよな。」
アキがミルナ達を強引に自分の女として扱ってしまったら、ミルナ達はアキを選ぶ可能性が高い。勿論彼女達がいなくなるのは寂しい。今もエリスやセシルにそれで慰めてもらったばっかりだ。だから彼女達に手を出して正式に恋人になってもらう事も考えた。でもそんな自己中心的な事をしたら、きっと自分は後悔する。ミルナ達とはこれからもいられるだろうが、一生後悔すると思った。イリアとアキ、純粋にどちらといたいか、正々堂々、平等な条件の元、ミルナ達に選んでもらいたい。
「ミルナ達には悪いけど、キスとかはイリアの件が終わってからだ。それまでは待ってもらわないとね。」
ベルとキスをしたとミルナ達が知った時、凄く羨ましそうにしていたのは知っている。事あるごとに「私にもしてして」と訴えてくるくらいだ。そんな彼女達を敢えてスルーし続けてきたのだから今更曲げるわけにはいかない。
彼女達に選ばせる。卑怯な方法だとは思う。だが他にいい案も今は思いつかない。
勿論、イリアとアキが一緒にいられる結果になる可能性だって十分にある。それが何より最高の結末だ。だからそうなるように最大限の努力はする。
まずは平和的解決、そしてイリアとの和解だ。
ただそれがどう転ぶかはまだわからない。
「どのみちあと2、3日で全てが終わる。あと少し。全部終わったらもう何も遠慮する必要はないな。アリア達、そして出来たらミルナ達におもいっきり甘えよう。」
全てが終わった時、アキの隣にうちの子達がいればいいのになと希望的観測を胸に抱きながら、アキは夢の世界へと旅立つ。




