10
1日目の移動は順調に進んだ。魔獣の襲撃もなく、平和な旅路だった。
特に疲れも溜まっていないので、多少無理して進んでもよかったのだが、そこまで急ぐ意味もない。適当なところで移動を切り上げ、夜営の準備をする事にする。
「ミルナ、火の番の順番はどうなったの?」
今夜の見張りについてミルナ達戦闘組が話し合ってくれていた。
ちなみにアキも火の番くらいはするといったのだが、全員から「絶対ダメ」と何故かお叱りを受けた。というかその話し合いに参加すらさせてもらえなかった。明日からアキは忙しくなるからしっかり休めとの事らしい。気持ちは嬉しいが、怒られるのは理不尽ではないだろうか。
「まずエリスさんですわ。その後にエレン、レオ、私、ソフィーの順番ですわ。」
「2人1組ではなく1人なのか?」
「そうですわよ?ほら、前もそうでしたわ。アキさんとアリステールに到着する前の旅でも。」
そういやそうだった。
「でも念の為に2人のほうがよくないか?」
「この辺りには危険な魔獣はいませんわ。それに私達はSランクですわよ?信じてくださいませ、大丈夫です。」
あまりこの子達に危険な事はさせたくないのだが。
「ふふ、アキさんは私達を過保護といいますが、アキさんも大概ですわよ?」
ミルナがくすくすと笑う。
「む……。」
悔しいがその通りだ。返す言葉もない。この子達はSランク、戦闘能力も申し分ない。むしろアキより強い。普通ならそんな一流の冒険者を心配するほうがおかしいだろう。
「私達がアキさんを心配する気持ち、少しはわかってくださいました?」
「そうだね、ミルナの言う通りだ。」
完全に一本取られてしまった。
まあミルナが大丈夫だと言うならそれを信じよう。それにもし危険が近づいたらすぐに全員を叩き起こせばいいだけだ。それに今はルティアもいる。何かあればきっとルティアが真っ先に気付いてアキを起こしに来てくれる。
「わかった。でも体調が悪いとかあったら早めに交代するように。」
うちの子達とエリスは頑張りますと気合十分だ。いつもは食って寝てばかりだからこういう時役に立てるのが嬉しいらしい。
「食って寝ては余計ですわ!?」
そこは断固として認めたくないようだ。
ちなみにベル、セシル、アリアは逆に申し訳なさそうにしている。夜営の時はいつも寝ているだけで何も出来ないのが歯痒いのだろう。だが彼女達には彼女達の役割がある。
「アリアとセシルは昼間いっぱいお仕事してくれてるだろ。だからしっかり休みなさい。そしてベルは王女として出来る事を既に終えているからいいんだ。適材適所だよ。そう考えると一番役に立ってないのは俺じゃないかな?」
「「「そんな事ないです!」」」
アリア達が食い気味で反論してくる。
「アキさんはいつも私達を引っ張って行ってくれます!むしろ頑張り過ぎです!少しはさぼってください!」
「料理だって毎日してくれます。メイドの私の仕事取らないでください。」
セシルとアリアが力説してくる。ついでに文句まで言われる始末だ。
「それにアキさん無しではこの国変えていけません。何よりアキさんがいないと私がダメダメになってしまいます!」
ベルが力強く言い放つ。確かに改革に関してはアキが指針を示してあげないといけないだろう。
しかしダメ人間にはなるなよ。
だがそれに対しては何より同意見なのか、ミルナ達が当然ですと言わんばかりに頷いている。なんでだよ。
「え、なに。みんな俺がいないとダメになるの?」
「え?馬鹿ですか?何をいまさら当然の事を言ってるんですか?」
ベルが真顔で答えてくる。
そして馬鹿と罵られるだけでなく、今更言わせるなと何故か怒られた。嬉しい事だけど、本当に嬉しい事だけど、非常に納得がいかない。
最初の火の番はエリスだ。彼女に見張りを任せ、アキ達はそれぞれのテントへと戻る。ちなみにミルナ達は4人で1つのテント。アリア、セシル、エリスが1つ、そしてベルとアキがそれぞれ自分専用テントを持ってきている。
尚、ベルが「なんなら私のところで一緒に寝ませんか?」と提案してきたせいで、女性陣による「アキがどのテントで寝るか争奪戦」が先程まで繰り広げられていた。最終的にミルナ達が勝って喜んでいたが、自分のテントで寝るからとアキが速攻で却下したら、この世の終わりかというくらいに絶望していた。というか自分のテントがあるのだから当然だろう。
「もうみんな寝た頃だろうか。」
それぞれがテントに入ってから1時間くらいが過ぎた。丁度いい頃合いだ。エリスの火の番は2時間なので、様子を見に行こうとアキはテントから出る。
「絵になるような美人だ……台無しだけど。」
エリスは焚火の前でボーっと空を見上げていた。綺麗な金髪が焚火で橙色に照らされ、とても神秘的な雰囲気を纏っている。とても美しい。口さえ閉じていればだが。なんであの金髪碧眼剣士はだらしなく口を開けて空を見上げてるんだ。
「エリス。」
「な、なんでいるのだ!」
アキが声を掛けると、慌てて視線をアキの方へ向けるエリス。
「とりあえず口を閉じようか。美人が台無しだよ?」
「び、美人とか……そんなことないぞ……?」
口をだらしなく開けていたことより美人と言われた事に反応するエリス。しかし相変わらずこの子は自覚がないらしい。
やれやれとアキは溜息を吐いてエリスの隣に腰を下ろす。
「いや、そこは少しは自覚しなさい。エリスは美人なの。わかった?」
「うん……わ、わかった。」
頬を染めつつも素直に頷くエリス。
「それでどうしたのだ?」
「ああ、エリスと過ごしたくて。ダメだった?」
「だ、駄目じゃない……のだ!」
それはよかった。
エリスと2人きりは久々だ。偶にはいいかと、アキは彼女の腰に手を回し、そっと引き寄せる。
「ア、アキ……ど、どうしたの……?」
エリスの口調が素に戻っている。アキの意外な行動に驚いたようだ。
そんなエリスからは仄かに野花のようないい香りが漂ってくる。どこか懐かしくなるようなそんな香り。
「エリス、いつもありがとう。俺はエリスの事、好きだよ。」
「な、な、何を急に言ってるの!」
エリスが驚いてアキから距離を取ろうとしたので、腕を掴んで強引に抱き寄せる。抵抗されたら力では到底敵わないが、エリスは素直にアキの行動に身を任せてくれた。
「側にいろ。」
アキがそう言うと、エリスは耳まで真っ赤にしながらコクリと頷く。
「わ、私も……アキのこと……好き。」
「うん。最近あまり構ってあげられてなくてごめんね。」
そんなアキの言葉にエリスは心配そうな表情を浮かべ、見つめてくる。
「それは別にいいよ?でも……最近アキなんか寂しそうにしていたから心配してた。今もそう。それに普段はそんなに積極的じゃない……なにかあるの?」
どうやらエリスにも気付かれていたらしい。彼女を構ってあげたほうがいいとか偉そうな事を考えていたが、本当のところはただ自分が構って欲しかっただけなのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。
「あー……うん。」
エリスに話しておくべきだろうか。ただ彼女は隠し事が下手だ。素直過ぎると言ったほうがいいかもしれない。あまりアキ達の会話に積極的に参加してこないからミルナ達は気付いていないかもしれないが、面と向かって聞いたらエリスは全てを話してしまうタイプだ。
だからこそエリスには全てを話さないほうがいいと思う反面、彼女に何も言わないというのは何か嫌だ。こんなに心配してくれているのだから。
「そうだね……エリス、誰にも言わないって約束できる?」
少しだけ、当たり障りのない部分だけ、話そう。
「うん、わかった。」
「イリアの件、きっともうすぐ決着がつく。」
「そうだね。」
いつのまにかエリスの方がアキに抱き着いている。そんな彼女の温もりがどこか心地よい。エリスに寄り添われると不思議と安心する。
「でも襲われたってことは……イリアと必ずしも幸せな結末が待っているとは限らない。」
もしかしたらアキとイリアは一緒にいられないかもしれない。その時ミルナ達はどっちを選ぶだろうか。それはわからない。だから今がミルナ達との最後の時間になるかもしれない。
「だから少し寂しいんだ。でも俺にはエリスやアリア達がいるから1人にはならない。それはわかってる。でもあの子達がいなくなるのは……ね。あくまでそういう可能性もあるって話だけどね?」
アキは苦笑しながら呟く。
「なるほどね……だから最近やたらと彼女達を構ってたの?」
「それもあるね、女々しい男だと笑っていいよ?」
自分自身女々しいなとつくづく思う。エリスにそう思われても仕方ない。
「笑わない!そんな事しないもん!」
エリスが優しく抱きしめてくれる。
「私は戦闘しか出来ないバカだし、難しい事なんて何もわからないけど、それでもアキが寂しいってことくらいはわかる。こうやって側にいる事しか出来ないけど、私ならずっといるから安心して。」
珍しく饒舌なエリス。きっと自分の気持ちを必死に伝えてくれようとしているのだろう。本当に優しい子だ。
「ありがとう。」
「うん、絶対どこにもいかないから。あ……あの……その……も、もしそ……寂しいなら……私、抱く?」
上目遣いでアキを誘惑しようとしてくる。乙女なエリスは女の子らしくて、凄く魅力的だ。くそ、可愛い。どっかのミルナより誘惑がずっと上手いじゃないか。
しかしまさかエリスがそんな提案をしてくるとは。出会った頃は「一緒に寝る」の意味すらわからない初心な少女だったのに、いつの間にかすっかり成長したらしい。
「ねえ、エリスは俺の女?」
「うん、えっとね……そ、そのつもり……。」
彼女の認識もそれならば問題ない。
「そっか。でも今は抱かない。そのかわり……。」
エリスの頬に両手を添え、そっと口付けをする。
「んっ……。」
エリスは驚いたように目を見開くが、すぐ目を閉じ、アキを受け入れてくれた。
夜のしじまにぱちぱちと焚火の音だけが響く。アキとエリスはお互いの唇の感触を確かめ合う。
「急にごめんね。」
唇を離してそっとエリスに囁く。炎のゆらめきに照らされたエリスはとても美しく、儚げだ。
「ううん。謝らないで。嬉しいよ。少しは寂しさ紛れた?」
「ああ。」
すっかり寂しさなんて忘れてしまっていた。
ただそんな寂しさを紛らわせる為にエリスを使ったのは反省だ。彼女に対して失礼だったと自分を叱責する。
「ごめん。」
「だから謝らないで。いいの、私はアキの物だもん。私を貴方の都合で好き勝手に使っていいんだよ。文句なんて言わない。酷いとも思わない。それだけで嬉しい。だからもっとして?」
今度はエリスの方から口付けをしてくる。1回したことで、我慢していた彼女の栓が外れたのかもしれない。
「アキ、頑張って。私は貴方の味方。何があっても。アリア、セシル、ベル、ルティアもそう。だから貴方の好きなようにすればいい。でも悔いのないようにだけね?」
エリスがはっきりと静かに告げる。真剣な眼差しでアキを見つめながら。
「ああ、ありがとう。」
エリスのおかげで大分落ち着いた気がする。
やはりアキはエリスを構いに来たのではない。構ってもらいに来たのだ。自分の気持ちを誤魔化し、エリスを構ってやろうとか思っていたのはただの言い訳。テントの中で1人になった途端、切なくなって寝られなかったから誰かと一緒にいたかった。そういう事だ。
「エリスのおかげで元気になった。弱音吐いてごめん。」
これならぐっすり寝れそうだ。
「いいのだ!こんな私でもアキの役に立てたのなら嬉しいのだ!」
アキの吹っ切れた様子を見たエリスは、すっかり調子を取り戻したようで、いつもの騎士口調で誇らしげに語る。
「いつもだよ。」
エリスと話せてよかった。すっかり気分が晴れた。
そろそろ寝るかと、アキは立ち上がり、清々しい気分でテントへと戻る。
ただ最後に一言だけエリスに伝える。
「じゃあ、おやすみ、俺のエリス。」




