5
翌朝、予定通りエスタートから迎えの馬車が来たので、アリアを連れて爺さんの屋敷へ向かった。
始めはアキ1人で行こうとしていたのだが「絶対ダメ!メイドが増える気がするからダメ!」ととうとう知り合いの家にすら1人で行かせてもらえなくなった。
「じゃあアリア連れてくからいいでしょ。ルティアも影としてつれてく。」
アキの提案にそれならと渋々納得してくれた。メイドが増えるのはアリアが絶対許さないと全員が理解しているので、安心らしい。まあこの子達ならそう言うだろうと思い、アリアを同行させればいいと踏んでいた。さらに念の為にうちの影をつれていけば、誰も無理についてくるとは言えない。
「ほんと手間のかかる子達だな……。」
馬車に乗り込んでからボソッと呟く。
そんなアキをアリアはどこか切なそうな顔で見つめてくる。きっと昨日の話を聞いたから心配して気にかけてくれているのだろう。
「あら、アリアさん?すっかり女の顔になってしまったんですね。とうとう既成事実を作ったんですか?」
イリアナは何かを察知したようで、アリアに問いかける。
「つ、作ってません!」
「なるほど……ふふ、ムキになるってことはキスでもされたんでしょうか?」
「そ、そ、そんなことは!」
珍しくアリアが押されている。いつもは毒舌メイド同士、均衡を保っているのだが、今日はアリアが劣勢だ。しかしイリアナの洞察力もたいしたものだ。的確に事実を言い当ててくるとは。
「どうなんですか?アキさん。」
「え?したけど?」
別に隠す事でもないので、口付けした事をあっさり白状する。
「なんでばらすんですか!アキさん!」
アリアが顔を真っ赤にして怒ってくる。純情なアリアが新鮮だ。
「別に何も恥じる事なんてない。俺は大好きなアリアにキスしただけだ。」
アキがそう告げると、アリアは顔を両手で覆ってしまう。嬉しいけど恥ずかしいのだろう。イリアナはそんな彼女の姿を見て苦笑している。
「アリアさんもすっかり乙女ですね。羨ましい。それで私の事はいつ襲ってくれるんですか?毎晩部屋の窓の鍵を開けて待っているというのに。」
「年頃の乙女なんだからは危ない事はやめなさい。いかないから。」
残念ですとくすくす笑うイリアナ。
「でもアリアさんがアキさんの妻になったらメイドがいりますよね?その際は私を……」
「いりません!アキさんのメイドは私です!妻もメイドも両方私です!」
自分のアイデンティティであるメイドを奪わると思ったのか、アリアが必死に叫ぶ。だがアリアは自分で言った事わかっているのだろうか。
「あら、妻ですって。聞きましたアキさん?」
イリアナが不敵な笑みを浮かべる。アリアで遊ぶ気満々のようだ。
「うん、聞いたけど?」
「ち、ち、違うんです!アキさん、これはその!あの!」
必死に今の発言について言い訳しようとするアリア。
「俺はもとよりそのつもりだ。アリアを嫁にするのになにか文句あるのか?」
「えぇ……えっと……・そ、その、ない。」
しどろもどろになりながら頬を染めて俯くアリア。
しかし昨日のキス以降、すっかり乙女の表情を見せてくれるようになったアリアが可愛い。もっと早くしておけばよかったかもしれない。仏頂面で完璧なメイドもいいが、こちらのアリアのほうがずっと人間味があって好きだ。
「でも本当にアリアさんが羨ましい。私もよき嫁ぎ先が欲しいです。」
チラチラっとアキを見てくるイリアナがうっとおしい。
「こっちみんな。娶らんから。」
「人生長いですしゆっくり行きますね。」
諦めるという選択肢はないらしい。
エスタートの屋敷についたので、早速イリアナに案内してもらい、爺さんの書斎へ向かう。
「爺ちゃんきたよ。」
「うむ、色々とあったが……元気か?」
「まあね、爺ちゃんも息災でなによりだ。」
アキは軽く挨拶だけして書斎のソファーに腰掛ける。アリアはアキの後に立っていつものように待機しようとしたので、隣に座れと命令する。
「で、でも私はメイドですので……。」
「いいから、座れ。」
アリアの手を引っ張って無理矢理隣に座らせる。
「ほほほ、なるほどなるほど。」
爺さんがそうかそうかと頷いている。多分アキの行動の意味している事を的確に見抜いたのだろう。アキがアリアを隣に座らせたのは、今はアキのメイドとしてではなく、アキの妻役として側にいろと言いたかっただけだ。
「メイドとしてはもういらないということですか!」
「違う、俺のメイドはアリアだけだ。でも俺の女としてもいろ。時と場合によって使い分けてくれ。ずっとメイドだったら俺が嫌だからね。今はイリアナがいるだろ?だからアリアは俺の隣だ。」
アリアが勘違いしているようなので認識を正してやる。しかしそんなに「アキのメイド」というステータスが大事なのかと呆れる。
「で、でも……。」
まだいまいち納得がいってない様子のアリア。仕方ない、メイドとしてのプライドを擽る言い方に変えてやろう。
「本当に優秀なメイドなら、主人がメイドとしていて欲しい時とそうでない時なんて瞬時にわかるんじゃないかな?」
「勿論です!お任せください!今、アリアは貴方の女です!」
この子も結局単純だ。そんなアリアの様子に爺さんも豪快に笑っている。
「ははは、なるほどの。アキはこの件の成り行きが不安で寂しいんじゃろ。あの子達がいなくなるって考えたらの。アリアの嬢ちゃんに隣にいて欲しいんじゃな。」
「人の心を解説すんな殺すぞジジイ。」
まあでも爺さんの言う通りだ。自分でも上手く説明できないが、もの寂しい気持ちがずっと心のどこかにある。だからアリアに隣にいて欲しいと思い、座らせたのだ。
「アキさん、大丈夫です。私はここにいますから。」
アリアがそっと手を重ねてくれる。とても温かく、優しさが伝わってくるようで心地よい。
「アリア、ありがと。爺ちゃん、話をする前にもう1人呼んでもいいか?」
「む?ああ、構わんが?」
爺さんが「はて?」と言った顔をする。流石のエスタートでもうちの影の存在はわからないようだ。
「キーリ、おいで。」
「うん、アキ。」
ルティアがアキの背後にスッと姿を現す。
急に現れたうちの影にイリアナは目を見開いている。あの爺さんですら眉を動かして動揺を隠せていない。さすがルティアだ。
「キーリ、この2人は信用できる。いいか?」
アキはそう言って、彼女の外套に手を添える。
するとルティアはコクリと小さく頷いてくれた。
「爺ちゃん、改めて紹介する。俺の影のルティアだ。」
彼女のフードを取って素顔を露わにする。少し緊張して震えているようなので、アキの膝の上に座らせてやると、ルティアは嬉しそうに見上げてくる。相変わらず小動物のように可愛い子だ。なんかこの子を見てると和む。
「ほほほ、なるほど!9人目じゃな!わしの予想まであと1人じゃ!」
「いえいえ、私の予想ではあと3人です。」
「おい、人の嫁の人数で賭けしてんじゃねえ。このクソジジイにど変態メイド。」
なにやら爺さんが10人、イリアナが12人とアキの娶る人数の賭けをしているらしい。人の人生でそんな賭けをしないで欲しいのだが。
「アキさん!ど変態メイドは私です!」
「黙れ、お前まで入ってきたら話がさらにややこしくなるだろうが。」
アリアの頭を引っ叩く。大体何を主張しているんだ。ど変態って絶対に褒め言葉じゃない。だが何故かアリアは褒められてると思うらしい。頭がおかしい。
「そうです!私にとっては褒め言葉です!」
「だからもうお前黙れ。」
アリアの頭をもう一発叩く。
「……それで、何を賭けてるの?」
「はい、1金ほどかけてます。」
イリアがさらっと賭け金を告げる。
アキの人生大安売りだ。大富豪なのだからもっとまともな賭けをしていると思ったのに、1金とかアキの人生どれだけ安いんだ。
「でもそのルティアの嬢ちゃんも1人なんじゃろ?」
爺さんが確認するように尋ねてくる。
「まあそうだね。ルティア、俺の女がいいんだよね?」
「うん、アキの女がいい。」
ルティアが嬉しそうに抱き着いてくる。
やはり9人目になるのは間違いない。でもまあアキとしてもこの子を誰にもあげたくない。懐いてくれているのであれば是非側にいて欲しい。
「これは凄い美少女ですね。」
ルティアを見たイリアナの感想もやはりそうだ。うちの影を見た人は美少女だとみな口を揃えて言う。彼女が褒められるのはアキとしては凄く嬉しい。自分の事以上に嬉しい。勿論ルティアだけじゃなく、ミルナやアリア達でもそうだが。
「アキさん早くあと3人みつけてください。いえ、2人でいいです。そしたら最後の1人に私が立候補すれば1金ゲットです。」
イリアナがガッツポーズをする。自分の人生棒に振ってまでして手に入れる金額ではないだろうが。しかしこのメイドは本気で立候補してきそうだから怖い。
「アキあと1人じゃ!1人だけにするんじゃぞ!」
爺さんは爺さんで早く嫁を増やせと言ってくるので面倒くさい。もう9人もいるんだから十分だろうが。
しかし実際、もしエリザが立候補してくるなら、10人になってしまう。まあエリザが本当にそれを望むのであれば、アキは受け入れるつもりだ。なんせあれはアキの猫だ。責任を取って最後まで飼わなければならないだろう。ただその事実を爺さんには絶対いってやらない。余計な事しまくりそうだし。
「俺の嫁の人数の話はもういい。これ以上増やす気ない。」
アキは早く本題に入りたいので話を変えようとしたのだが、イリアナと爺さんはどこ吹く風で、勝手にアキの嫁談義を進めている。
「のお、イリアナよ。心配せんでも増えると思わんか?」
「そうですね。間違いなく際限なく増やすでしょう。」
「もうお前ら黙れ。」
いい加減にしなさい。膝の上に座っているルティアがちょっと怖い顔で睨んでくるし、隣にいるアリアも拗ねている。これ以上うちの子達の機嫌を損ねるのは得策ではない。しかしちょっと前までは「アキさんが望むなら何人でも」とか言っていたくせに、えらい変わりようだ。
「まあ……ほら4人減るかもしれない。そしたら5人になる。」
アキがそう言うと、アリアが手を握ってきた。ルティアも膝を優しくさすってくれている。私達がいるから大丈夫だよと言ってくれているらしい。
「イリア譲ちゃん関連の話じゃの。詳しく聞こう。」
「そう。何があったかは前回話したよね。」
エルモアからリスルドに戻った際の報告では、十六夜の洞窟で起こった「事実」しか話してない。
「あの時はあまり時間がなかったから説明出来なかったけど、イリアが何者かという事、彼女の目的について。そして彼女の目的に対する今後の計画。ちなみにアリアとルティアだけには昨日話した。」
アキは弦月の山での計画を爺さんに語る。何故アリアとルティアにだけ全てを話したのか。そして彼女達に一体何をしてもらうのか。包み隠さず全てを爺さんに伝える。
「なるほどの……わしはおぬしが怪我しないならかまわん。まあ嬢ちゃん達にまた怒られろ。だがそれが今生の別れにならんようにな。」
そう言ってエスタートは寂しそうに笑う。
「そればかりは蓋を開けてみない事にはなんとも。これは全て予想通りに進めばの話だからね。そもそもイリアの目的が俺の推測と違うなら大幅に計画を修正しなきゃいけないし。」
「そうじゃな。それでわしに頼みたい事とはなんじゃ。」
何か頼みがあるから訪ねて来たんだろと爺さんは不敵に笑う。さすが爺さん。勿論イリアの件を報告しておくという目的で来たのだが、それとは別に頼み事があるのも事実。
「ああ、管理人の一族に対する手土産として新鮮な肉、魚、野菜等の食料を大量に手配して欲しい。あとは日用品や衣類も。ミレンド商会なら全て揃えられるよね?そしてそこに紛れ込ませて欲しいものがあるんだよね。」
十六夜の洞窟でわかったのだが、管理人の一族は外の世界の食事や日用品を自由に手に入れる事ができない。王家から定期的に届けられてはいるが、どうしても手に入りにくい物も多い。だからそれらを手土産として持っていけば彼らに喜んでもらえるだろうと考えたのだ。そしてそこにイリアと交渉する為の物を紛れ込ませたい。ミルナ達は一族の現状を知っているから支援物資を持って行くと言っても一切不審には思わないはずだ。いいカモフラージュになる。
「承知した。揃えておこう。出立は2日後じゃな?」
「ああ、頼むよ。爺ちゃんはどうする?」
「さすがに立ち入り禁止エリアについて行くのは難しかろう。」
ベルに頼めば何とでもなると思うが、確かにエスタートを同行させるとなったら色々と手間がかかる。うちの王女様に迷惑をかけるのは吝かではないからミスミルドに残ると爺さんは言ってくれた。
「だから無事で帰ってこい。望む結果にならぬとも、生きてさえいればきっといい事はある。わかったな?」
「大丈夫。俺にはルティアやアリアがいてくれる。あとベル、セシル、エリスもね。だから必ず戻ってくる。安心してくれ。」
アキがそう言うと、そうかと穏やかな表情で頷く爺さん。アキにとって、爺さんがある意味この世界での親代わりと言ったところだ。
ちなみにそれを本当に伝えてやると「最高じゃ!」と騒ぎ始め、最終的にイリアナにうるさいクソジジイと怒られていた。ざまあみろ。




