12
「それではアキさん、お気をつけて。」
リネットが少し寂しそうな表情で見送ってくれる。
翌朝エルモアに戻る為、集落を発った。村人たち総出で見送りに来たのには驚いた。それだけアキ達に期待してくれているという事だろう。ちなみにリネットだけは管理小屋までついて来てくれて、最後の最後まで案内人としての役割を果たしてくれた。
ここから30分程森林沿いの街道を歩いて関所に戻る。そこからは馬車でエルモアへ。ベル達と合流してすぐにリスルドへ発てば、今日中にはなんとか到着できるだろう。
「ああ、リネット。次会う時は外で会おうな。」
「はい!また!」
早々にリネットと別れ関所への道を急ぐ。少し名残惜しいが、仕方がない。まあすぐに外の世界で会えるようになるだろう。いや会えるようにする。
結局リネットはアキ達が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
「では急ぎましょう、今日中にリスルドまで行くんですわよね?」
「そうだな。」
ミルナの確認に相槌をうつ。
リスルドに到着した後は、そこで1泊、そして翌朝ステラと爺さんに調査報告をして、エスペラルドへ帰国する。予定通りに事が運べば4,5日後にはミスミルドの屋敷には帰れる計算だ。
「とはいってもそんなに急いでも仕方ないから、森林浴を楽しむつもりで行こう。せっかくミルナ達とこうして旅してるんだしね。」
「そうですね!そうしましょー!」
ソフィーが最高に楽しそうだ。アキとの旅路というだけでなく、故郷であるサルマリアを旅してるからなのかもしれない。
15分程歩いただろうか。アキ達は関所と管理小屋の丁度中間辺りに差し掛かっている。
しかし監視者は動かない。もし接触を謀ってくるのであればこの辺りだと予想していたのだが。結局監視者はあの村の者で、リネットの安全を見守る為にアキ達を監視していただけかもしれない。一応警戒は怠らないようにしておこう。なんせあのルティアが調べたのに、姿形を最終的に確認する事は出来なかったのだから。
キンッ。
そんなことを考えていたら耳元で金属音がした。
「アキ。」
外套を被ったルティアが姿を見せ、短剣の無月を構えてアキを守るように立っている。呼んでもいないのにルティアから姿を見せるという事は、何か問題があった事を示している。
一体何が。アキは辺りを見回す。するとルティアの足元に短剣が1本落ちているのが確認できた。
「アキ狙ってた。間に合った。」
「ありがとう、ルティア。」
どうやら短剣はアキを狙っていた物のようで、ルティアが守ってくれたらしい。先ほどの金属音はルティアが飛来する短剣を弾いてくれた音だ。
結構危なかったかもしれない。きっとルティアがいなかったら死んでいただろう。やはりこの子は優秀な影だ。
「アキさん大丈夫ですかー!」
ソフィーが心配そうな表情で駆け寄ってこようとするが、それを手で制す。
「心配は後。こっち見るな。警戒しろ。」
アキの指示に素直に頷き、武器を手にするミルナ達。
やはり動いて来たかとほくそ笑む。果たして鬼が出るか蛇が出るか。短剣が落ちている場所から考えると、襲撃者は左前方にいるらしい。アキはそちらの方を向き、何時でも反応できるように月時雨を抜刀する。
「ルティア、相手はどこだ?」
「ひだり、まっすぐ。多分あの茂み。」
さすがルティア。これで居場所は大体わかった。不意打ちからはルティアが守ってくれているから大丈夫だが、視認できない事には次の手が打てない。
「そこにいるやつ、わかってるから出てきたらどうだ?」
月時雨の切っ先を茂みに向ける。するとルティアのように外套を被った人物が姿を現しアキ達の前に立ちはだかった。得物は剣だ。既に抜刀しており、殺り合う気満々らしい。
「お前は邪魔。死ね。」
外套の人物が端的に呟く。
「見逃してくれない?」
情報が欲しいので適当な会話で場を繋ぐ。
「無理、死ね。」
「何で邪魔なの?」
「言う必要はない。だから死ね。」
あまり会話をする気はないのか、外套の人物は地面を蹴ってアキへの距離を一気に詰めてくる。だがアキには届かない。ルティアが応戦して相手の剣を受け、鍔迫り合いに持ち込む。ミルナ達に動くなと指示し、外套の人物がルティアから飛び退いたタイミングを見計らっていつもの氷刃を飛ばす。
「くっ。」
「あら、これを避けるか。」
視認性の低い氷魔法を予告なしに勘だけで避けた。それが現状出来るのはアキが知る限りではエリスだけだ。つまりこの人物はエリス並みだと推測できる。相当な手練れと考えていいだろう。
「ならこれはどうかな?」
視認性の高い氷矢も混ぜる。目くらましになるかと思ったが、あまり意味はないようで、氷刃、氷矢ともに的確に躱してくる。
だが少し動きに違和感がある。少し試すか。アキは魔法を飛ばす方向を少し調整する。
「なるほど、狙いは俺か?」
「……!お、お前以外には用はない。死ね。」
少し驚いた声色で返事をする襲撃者。
ただアキの言葉に同意した。
しかし死んでと言われても困る。まだ死ねない。アキは引き続き氷魔法を放ち、近寄られないよう襲撃者との距離を保つ。そしてその間にミルナ達に指示を出す。
「ミルナ達は見に回れ。手を出すな。」
「で、でも!」
エレンが真っ先に反論してくる。納得がいかないようだ。
「多分こいつはエリスと同等だ。それに対人戦ならこの中で俺が一番強い。あとミルナ達を狙う気はないようだから余計な刺激をしてほしくない。だから少し待ってろ。いいな?」
アキがそう言うと、全員が渋々ながらもわかったと頷いてくれる。
ちなみにアキだけを狙っているとわかったのは、先程の違和感のおかげだ。避け方が少し不自然だったので、魔法を放つ方向を変えてみた。避けると同時にミルナ達へ攻撃が出来るように氷魔法を調整したのだ。アキの攻撃を躱してミルナ達に斬りかかる絶好のタイミングだったにもかかわらず、強引に体の向きを変えて逆方向に避けた。つまりアキ以外には攻撃する気は一切ないと言っているのと同意義だ。それにミルナ達を人質に取って盾に使えばいいのに、それもしてこない。完全にミルナ達を巻き込まないようにしてると言える。
では何故アキだけが狙われているのか。それはやはり集落でアキがした「魔獣召喚を廃止する」という話に襲撃者が食いついたからと考えられる。昨晩ミルナ達ははっきりと「自分達はわからないけどアキが全部知っている」とリネットに言った。もしこの人物がそれを聞いていたのであれば、アキだけを殺せばいいという事になる。だからミルナ達に刺激するなと言ったのだ。いざとなれば全員殺せば楽に事が済む。現状その意思が襲撃者にない以上、アキだけを狙ってもらうのが得策だ。
とりあえずは以上の事から、この人物は魔獣召喚廃止に反対なのだと推測が立つ。
このタイミングで襲ってきた事からもそれは証明できる。今までいくらでも襲うタイミングはあった。それなのに襲って来たのはアキが魔獣関連の話をしてからだ。あの話をした直後に襲わなかったのは集落を巻き込みたくなかったのか、少人数になるタイミングを待っていたのか。まあ両方かもしれない。
後はこの人物が誰かという事だ。それが何より重要だ。
「ルティア、誰かわかるか?」
「わからない。でもあの村の人間じゃない……と思う。」
それがわかれば十分だ。
ではまず正体を暴かせてもらうとしよう。アキは氷刃と氷矢の本数を減らし、速度を弱める。これで相手はアキが疲れてきたと判断してくれるはずだ。
「そろそろ限界?じゃあ死ね。」
案の定斬りかかって来たので、月時雨で剣戟を受ける。ルティアが守ってくれようとしたが、彼女には下がれと命じた。
アキに対して無防備で飛び込んでくるという事は、アキの魔法について何も知らないというのがわかる。エリスであれば決して飛び込んではこない。鍔迫り合いをした時点で敗北になるのはわかっているからだ。まあ今回は殺すつもりはないので、殺傷能力のある魔法は使わないが。
「しぶとい。早く死ね。」
「それより君には姿を見せてもらおうかな?」
アキは外套の人物に向けて風魔法を撃ち込む。殺傷性は0だ。
「な、なにを……!?」
襲撃者はアキの意図に気づいたようだがもう遅い。アキの風魔法が外套を剥ぎ取り、襲撃者の素顔が露わになる。
燃えるような赤い髪をした女性。
アキが何かを言うより先にミルナ達が叫ぶ。
「「「「イリア!」」」」
やはりか。途中からそうかもしれないと予想はしていた。
これで確定した。何故イリアがここにいるのか、そして何故襲ってきたのか、そしてイリアの目的はなんなのか。全てアキの推測通りだ、間違ってはいなかった。
「余所見していると死ぬよ?っていうか早く死んでよね!もう!」
イリアの雰囲気ががらっと変わった。姿をばらされた事で口調を偽る必要はもうないという事なのだろう。
ただ攻撃してきたところで、アキは別に体力切れでもないし、魔法はいくらでも打ち続けられる。
とりあえずしばらくは鍔迫り合いに持ち込んで様子見だ。
「イリア!やめてくださいませ!」
背後でミルナが叫んでいる。しかしイリアにミルナ達の声は全く届いていないようで、アキを攻撃し続けてくる。
袈裟切り、右薙ぎ、左薙ぎ。イリアの攻撃を全てきっちり防御する。エリスの様に嫌らしいフェイントはしてこないので楽だ。本気で殺す気がないのだろうか。それともこれが彼女の対人戦の実力なのか。とりあえず油断せず、的確に防いでいく。
「イリア、なにしてんのよ!辞めなさい!」
「そうだよ!僕達だよ!」
「イリア!アキさんを、アキさんを怪我させないでー!」
エレン、レオ、ソフィーが必死に叫ぶが、やはりイリアは脇目も振らずにアキだけを攻撃し続けている。
ミルナ達が取り乱すのは承知の上で、イリアと確認してもらう為、彼女達の前で外套を取った。アキはイリアを見た事がないので、彼女達に確認させる必要があった。
「まあ……仕切り直しかな。」
アキは小さく呟く。全てが繋がった今、後はどうやって平和的解決に持って行くかだ。でもミルナ達がこの状態では到底無理だ。落ち着いて何かを交渉できるような状況じゃない。1回イリアに引かせるしかないだろう。
「ソフィー、イリアに弓を射て。」
「えっ……む、無理ですー!」
ソフィーに指示を出すが涙目になりながら訴えてくる。
「よく考えろ。この状態で話になるか?それに怪我をさせても俺とミルナがいれば治癒できる。だから4人共、イリアが死なない程度の攻撃を仕掛けろ。」
戸惑いながらも頷くミルナ達。
これで少しは落ち着いてくれるだろう。ただ彼女達はおそらく本来の実力の50%も出せないだろう。それくらい動揺している。だがそれでもイリアを拘束するには十分な戦力だ。ミルナ達に加えて、アキの側ではルティアが控えている。彼女はイリアに対して仲間意識はない。つまり100%の力を出せる。アキとルティアにミルナ達。イリアを拘束できるのは時間の問題だ。だからこそイリアの選択肢として一番正しいのは……。
「イリア、1回ひいたらどうだ?人数的に不利だぞ。」
彼女にしか聞こえないように囁く。鍔迫り合いに持ち込んだのはこの為だ。
「はあ……仕方ないかな……ここはひくしかないよね。あなた、次は殺すからね。邪魔なんだから。」
イリアはそう呟くと、鍔迫り合いしつつ、刀をおもいっきり押し込んでくる。それに対して逆らわずにアキは後方へと飛ぶ。これでイリアとの間に適度な距離が出来た。
するとイリアは踵を返し、颯爽と森の中へ姿を消す。ルティアには目で攻撃するな、追うなと合図をしておく。
「イリア待ちなさい!」
逃げたイリアを追おうとしたので、エレンを制止させる。
「待て、追うな。行かせろ。」
「なんでよ!アキ!なんで!」
エレンが涙声でアキに問いかけてくる。一応アキの指示には従ってくれるようだ。
「エレン。」
「あっ……うん。」
声を荒げてごめんと俯くエレン。とりあえず泣きそうになっているこの子達にイリアを追いかけるのを止めた理由を説明してやる。
「イリアは俺を襲った。そして形勢不利とわかったら逃げた。そんな人物を捕まえてもなんの材料もなしに説得できる可能性は低いだろ?」
襲うのにも逃げるのにも理由がある。その理由を知らないで「襲うな!逃げるな!」と言っても意味はない。もし相手を捕まえるのが目的なのであれば適当に痛めつけて捕らえれば問題ないが、ミルナ達はイリアと和解し、仲間に戻りたいのだ。それなのに説得する為の材料がないなら捕まえたところで意味はない。
「俺を殺そうとしていた彼女に何を言う?」
イリアは明確な敵意を持ってアキを攻撃してきていた。
「でもアキなら説得できるんじゃないの!」
「理由がわかればな。でもわからない。まあ、そこは俺が調べるから安心しろ。イリアはまた必ず俺を殺しにくる。邪魔らしいからね。」
アキがそう言うと、小さく頷くエレン。一応納得してくれたようだ。エレン達には表面向きの理由を説明して無理矢理納得させた。まあ苦しい説明だったが、嘘は言っていないし間違ってはいない。ただ本当は説得する材料はある。だが今はそれをしたくない。今イリアと対峙してもいい結末は見えないからだ。彼女に対する計画はちゃんとある。
ミルナ達はイリアがアキを殺そうとした事実が悲しいのか、俯いて何かを堪えるように拳を握り締めている。怒りなのか涙なのかはわからない。おそらくは両方だろう。
「なんでよ、イリア!」
エレンの絶叫が森林に木霊する。




