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異世界の観察者  作者: 天霧翔
第十七章 十六夜の洞窟
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9

 「それではお願いします!」


 リネットの合図と共に召喚がはじまる。


 召喚担当者がオリハルコンを魔法印に突き刺して数歩下がる。一見何の変化もないように見えるが、あれで魔素がオリハルコンに集約されているはずだ。


 数秒ほどすると召喚印の中心が突如光りを放ち始め、魔獣が姿を現した。無事に召喚は成功したようだ。しかし実際に召喚を見ると、やはり何とも言えない気持ちになる。アキでさえそうなのだから、この世界の生まれであるミルナ達は尚更だろう。


 案の定、ミルナ達もどこか複雑な表情を浮かべている。


「こ、こうやって魔獣を召喚してるんですのね。」


 ミルナがそう呟いてアキの服をそっと掴んでくる。


 やはり見ると聞くとでは大違いなのだろう。本当にこのような事が行われている事に戸惑いを隠せないミルナ達。


 ちなみにアキが観察したところ、召喚された魔獣は亀のような姿形をしていた。ただ普通の亀とは違い、図体がバカでかい。地球で言うところの象くらいの大きさはあるだろうか。これはもう神話に出てくる玄武のような存在に近い。その他の特徴としては、甲羅や体が岩で出来ている。巨大な岩亀といったところだ。いったいどんな生体構造なのかが非常に気になる。しかしまあこんなところで研究に精を出すわけにもいかないので、大人しく見学に徹する事にする。


「次に命令付与です。」


 リネットが小声で説明してくれる。


 彼女が小声なのは魔獣の意識をこちらに向けない為だろう。ここでアキ達が大声を出したら台無しになる。さっきから囮役が声を出して剣を構え、魔獣の注意を引いている。この大広間に入った際、何故大量の武器が保管されているのか気になったが、そういう事かと納得する。もちろん緊急時の応戦用でもあるのだろう。


 そして魔獣の背後では召喚担当者がそっとオリハルコンを魔法印から抜いている。記録係は召喚された魔獣について観察して記録を取っている。見た感じ、今のところは順調そうだ。


「命令付与印を通過しました。後はそのまま転送印の方へと誘導します。」


 今度は小声ではなく普通の声量で説明してくれるリネット。命令付与がされたからもう大丈夫という事なのだろう。ただアキは魔獣の一挙手一投足を見逃さないよう観察していた。そのおかげで、リネットの声に魔獣がかすかに殺気をこちらへ向けた事に気付けた。


「リネット俺の後ろに下がれ。」

「えっ……?」

「いいから早くしろ。」

 

 そう言って無理矢理リネットの手を掴んで自分の背後に追いやる。そして念の為、愛刀の月時雨を抜刀しておく。


「アキさん?」


 ミルナが不思議そうな顔で尋ねてくる。


「魔獣に命令付与されていない。用心しろ。」


 リネット、そして召喚担当者がまさかといった顔をしているが、魔獣はアキの声に反応し、反転していた。こちらへ襲い掛かる気満々だ。何故命令付与の魔法印が正常に作動しなかったのだろうか。


 まあ考察は後だ。まずは魔獣退治と洒落こもう。


「さて、リネット。あれは倒してしまってもいいのだろう?」

「は、はい。」


 魔獣がこちらを向いていたので、さすがにリネットも異常だと気付いたらしく、声に戸惑いと恐怖を感じる。ミルナ達はアキの言葉を聞いて既に武器を構えている。さすがうちの子達だ。頼りになる。


 とりあえずはリネットを安心させてやろう。


「リネット、安心しろ。このミルナが『おっぱいバズーカ』って叫ぶとこのバカでかい胸が飛んでいって魔獣を倒してくれるから。」

「はぁ!?ちょっとアキさん!!!そんな事できてたまりますか!?そもそもバズーカって何ですの!?」


 息をもつかせぬ速度でミルナが叫ぶ。


「魔法を開発……。」

「絶対しないで!したら許さないんだから!」


 ミルナがあとでたっぷりお話ですと睨んでくる。


 そしてリネットはこんな非常事態に何を言っているのだろうと呆れ顔だ。ただアキがそんなことを言う余裕があるとわかり、少し安心したようだ。ミルナには怒られたが、リネットを落ち着かせることは出来たからよしとしよう。


「よしやるか。まずはエレンとレオ、頼む。2人だけで問題ないと思うが一応油断はするなよ。あと魔法印には踏み入るな。気をつけろ。」

「ええ、わかってるわ。」


 エレンが短剣の朧月を構えて頷く。


「いけ、絶壁。」

「その名で呼ぶなっていってるでしょうが!!!」


 口では文句をいいつつも、魔獣に向かって一直線に突進するエレン。


「レオは一拍外して。ゆけ我が尻尾。」

「違うけど違わない!なんか不本意!!!行ってくる!」


 レオも自分の相棒である大剣の月白を構えて魔獣へと突進、そして素早く右薙ぎを繰り出す。先行していたエレンは既に袈裟切りを一撃入れたようで、魔獣の側面へと回り込んでいる。相変わらずうちの猛獣はすばしっこい。


「次、ソフィーとミルナは援護射撃しろ。ただミルナ、炎系の魔法は控えろ。洞窟内だから何に引火するかわからん。」


 アキの指示にわかりましたと頷く2人。そして瞬時にエレン達と連携を取り、ソフィーは弓矢を、ミルナは氷魔法を放つ。さすがミルナ達。阿吽の呼吸だ。


 指示を出し終わったアキは特にやる事もないので、魔獣の動きを観察しつつ、リネットを守ることにする。まあいざとなったらルティアもいるし、オリハルコンも持ってきている。といより召喚用のオリハルコンがその辺に山ほど転がっているからアキのを使うまでもないだろう。大丈夫だ、問題ない。魔獣くらい何とでもなる。ただそんな面倒な事になる前に、エレン達が討伐してくれるのが一番なのだが。






 違和感にはすぐに気づいた。ミルナ達が戦い始めて何かおかしいと感じ、ソフィーの弓矢が皮膚に刺さらなかったのをみて確信した。姿形は岩亀なので、装甲はちょっと硬いのかと思っていたが、ちょっとどころではない。かなり強固な外皮を持っている魔獣のようで、うちの子達の攻撃が全く通用していない。幸いにも岩亀自体の攻撃力や機動力はBランク程度なので、エレン達に危険はなさそうだ。


「ソフィー弓はもういい。ミルナも一回魔法止めて。あの程度の魔獣に2人の援護は不要だ。」


 アキの言葉に従い、攻撃を止めるミルナとソフィー。外皮の硬さには彼女達も気付いており、どうしましょうと言った顔で見つめてくる。


 まあやり方はいくらでもある。ただリネットもいるし、時間をかけるのは避けたいところだ。攻撃がリネットに飛び火する可能性は当然あるので早めに決着をつけるのに越したことはない。


 ならアキの出番だろう。策はある。


「リネット、召喚担当の人達を呼んで。エレン達が回避した攻撃が彼らに当たらないとも限らない。」

「は、はい。」


 リネットが召喚担当の3人にアキ達の後ろに来るよう伝えてくれた。アキ達は大広間の入り口付近に立っているので、これで広間の奥、つまり岩亀の後ろはここから死角になる。


 これで準備は整った。後は監視者の事をルティアに確認すれば完璧だ。


 アキはミルナとソフィーにリネット達を守るようにと伝え、岩亀の方へ近づく。魔獣はエレンとレオがしっかり抑えているので、アキの方に襲いかかってはこないだろう。


 リネット達が聞こえないだろう距離まで離れ、ルティアに小声で声をかける。


「ルティア、いるよな?」

「うん。手伝う?」


 どこからかちゃんと返事をしてくれるルティア。さすがだ。隠れるところなんてないのに相変わらず姿は見えない。それでいてアキと会話できる距離にちゃんといてくれる。


「いや、大丈夫。覗き見してる奴はこの広間にいるか?」

「いない。いるけどこの広間にはいない。」

「絶対か?」

「当然。絶対。」


 ルティアがいうのなら間違いない。監視者はいるが、この広間にはいない。つまり入り口付近からこっちの様子を伺っているという事だ。それならば好都合。監視者からも広間の奥は完全な死角になる。


「ありがとう、じゃあ俺のかっこいいとこでも見てて。」

「わかった。かっこいいアキ見てる。」


 素直に頷くルティア。アキは冗談で言っただけなのに、そんな大真面目な返事をされるとさすがに照れ臭い。


 とにもかくにもこれで下準備は整った。後はエレンとレオに計画を伝えて手伝ってもらうだけだ。


 アキは風魔法で声を飛ばしてエレン達だけに聞こえるよう指示を出す。


「エレン、1回俺のとこに戻れ。レオはそのまま魔獣を抑えて。無理に攻撃を入れる必要はない。こちらを注目させないようにだけしてくれ。」


 無事声は届いたようで、エレンとレオは小さく頷くと、すぐさま指示通りの行動に移る。エレンが軽くフェイントを入れ、岩亀の視線をレオの方へと誘導。それと同時にレオが牽制の攻撃を放ち、岩亀の注意を引き付ける。その隙にエレンは戦線を離脱、アキの元まで戻ってきてくれた。


「エレン、大丈夫か。」

「ええ、もちろんよ。攻撃が通らないだけで魔獣自体は弱いわ。」


 だから心配しないでとエレンが小さく微笑む。なんかずるいくらいに可愛い。じゃなかった。そんな事考えてる場合じゃない。


 ここからはアキの出番。交代だ……のその前に1つだけ確認しておく。


「ところであれ食えるのかな?」

「え?えーっと多分……?大丈夫だと思うわよ?」


 エレンが手を顎に当てて首を捻る。


 外皮は完全に岩なので、あれが食べられるのかアキにはまったくわからない。まあエレンが大丈夫というのであれば大丈夫なのだろう。魔獣を見てきた数は彼女のほうがアキより遥かに多い。


 とりあえず食べられるのであれば形が残るように倒したい。今夜はアキ達の歓迎会だ。せっかくリネット達が歓迎会をしてくれるのだから肉くらいは提供したいと思っていた。だからアレが食べられるのであれば丁度いい。


「交代だ、俺がやる。エレン、俺を魔獣の背後に飛ばせるか?」

「そ、そんなのダメよ!危ないわ!」


 それを言うなら最前線で戦っているエレン達も危ないという事になるのだが。本当に過保護な子達だ。まあその気持ちは嬉しい。でもアキもメルシアの1人なのだから、正直頼って欲しい。


「そ、それはそうだけど……っ!」

「エレン、出来るのか出来ないのか。まず答えろ。」

「で、出来るわ。」


 さすがエレン。小柄なのにしっかりと鍛えている。アキの方が体重も身長もあるのにそれを簡単に出来ると言い切った。


「じゃあやれ。いいな。」

「は、はい。」


 アキが命令すると、体をビクっとさせ素直に頷くエレン。後はレオとタイミングを合わせるだけだ。さっきと同じように風魔法を使い、レオに指示を届ける。


「俺が魔獣の背後に回ってリネット達の死角から仕留める。レオはそのまま魔獣の注意を引いておけ。絶対俺に気づかせるな。こら、こっちを見るな。いいから黙ってやれ。」


 レオもエレンと同じように反対しようとしたのだろう。一瞬動きが鈍ったのでレオにも命令した。この子達へ何かをお願いするときはこの方法に限る。アキが強めに言うと素直に頷いてくれるのだから。まあ理不尽なお願いでない限りはだが。


 とりあえずソフィーとミルナへの説明は後回しだ。きっとアキがここに出てきた事で何をするつもりかは大体わかっているだろう。


 これで準備は整った。絶対に一撃で仕留める。その為に今回はオリハルコンを使うつもりだ。実践では初だが、練習は幾度となくしたので問題ない。一番の問題は監視者やリネット達にオリハルコンを使うところを見られる事だ。その対策の為、わざわざリネット達をミルナ達の後ろに集めたのだ。そして監視者のおおよその位置はルティアに確認済み。これで岩亀の背後に回り込めば全員から死角になる。アキが何をするかはわからないだろう。


「エレン、一緒に魔獣に向かって走ってくれ。俺がタイミング見て跳躍するからそのままエレンで魔獣の背後まで俺を飛ばせ。」


 エレンが頷く。


「アキさん!怪我!怪我はだめですー!」


 ソフィーがいつものセリフを叫んでいる。もうそれいいからと呆れるが、おかげで少し和んだ。肩の力も抜けただろう。


「じゃあエレン、行くよ。」


 レオにも5秒後とだけ伝え、アキは地面をエレンと共に蹴る。ある程度岩亀に近づいたところで、跳躍。それに合わせてエレンが体を一回転させ、遠心力を使い、アキを飛ばす。朧月の刀身の腹でアキの足裏を全力で押し上げ、エレンの力を加えてくれる。


「エレン、ありがとう。」

「怪我したら許さないんだからね!」


 アキの体が宙を舞う。


 レオは岩亀の意識を自分に向ける為、全力で攻撃を仕掛ける振りをしてくれている。おかげで岩亀にはアキの跳躍は気付かれていないようだ。


 空中に放り出されたアキはそのまま体制を保つように岩亀を目下に捉えつつ、前方宙返りにひねりを加える。そして岩亀の背後に回り込み、空中で体制を整える。


 しかし随分アクロバティックな事が出来るようになったものだ。これもエリスやミルナ達との訓練のおかげだろう。


 完全にリネット達から死角になった瞬間、アキはオリハルコンを抜刀、魔素を集約する。そして魔法を発動。今回使用するのはアクアジェット切断を魔法に転換したもの。いわゆるウォーターカッターと言われているやつだ。水を300メガパスカルまで加圧し、細い穴を通すことで脅威的な切断力を実現出来る。ダイアモンドの加工などに使われると聞いたことがある。まあアキは文献でしか読んだことないが、何回も練習してあるので、現象理解と魔法の具現化は問題ない。


 アキはイメージを魔素に通達、それをオリハルコンの剣先から射出。


「レオ、離れて。」


 レオに退避するよう指示する。多分この魔法は余裕で岩亀を貫通するはずなので、レオに直撃すると不味い。


「いいよ!」


 レオは瞬時に後ろに飛び退いてくれた。さすがレオ、素早い。アキは早速魔法を発動、オリハルコンを垂直に振り下ろす。


「……!」


 魔獣が気づいた時にはもう遅い。頭部から左右に真っ二つに切断され、魔獣は血しぶきを上げて静かに絶命した。断末魔を上げる余裕もなかったようだ。とりあえず予想通りの威力で安心した。練習では幾度となく試したが、生物に使うのはさすがに初めてだ。


 しかしやはりオリハルコンは脅威だ。改めて実感した。これがなければ到底こんな魔法は体内魔素が足りなくて発動できない。自分が強くなったと勘違いしてしまいそうだ。大気魔素を利用できるオリハルコンあってこそなので、あまり使わないようにしよう。これに慣れると戦闘技術を疎かにしそうな気がする。


 まあうちの子達を守る為ならいくらでも使うが。それはそれ、これはこれだ。


「あれ……このセリフ、どこかで聞いたな。」


 聞き覚えのある言葉に苦笑するアキ。どうやらすっかりミルナ達に感化されてしまったようだ。


「しかし面倒な魔獣だった。どうでもいいけど血の色は赤なんだな。」


 訓練以外で久々に真面目に戦闘した気がする。魔獣との戦闘はいつもミルナ達の仕事で、アキは手出しさせてもらえない。そのせいだろうか、自分で討伐した事に不思議な爽快感を感じる。うん、悪くない。今度からはアキも討伐に参加させてもらおう。


 そんな事を考えながら、アキはミルナ達の元へと戻る。

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