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「あれが管理小屋でしょうか?」
ミルナが森の中に立っている小さな建物を指差す。関所からここまでは一本道だ。周囲が木々に囲まれているので見通しは良くないが、森林の間を這うように道が整備されていたので別段迷う事はなかった。管理小屋の先には山が見える。きっとあの麓にでも洞窟への入り口があるのだろう。
「多分そうだね。とりあえず依頼書を提示して挨拶しておこう。多分ステラが連絡してくれているとは思うけど。」
そうですわねとミルナも同意する。アキ達は早速管理小屋の方へと歩みを進める。ルティアも姿は見えないが近くにいるはずだ。
「ルティア。」
「大丈夫。いる。」
森林のほうから小さく聞こえる。やはりちゃんといた。しかしこの立地はルティアにとっても隠密しやすいだろう。ミレーのように見通しのいい平原が広がっていると隠れる場所が少なそうだ。ここならいくらでも身を潜めるところがある。
「よし、じゃあ行くか。どんな一族なのかな。兎だったりしないかな。」
それだったらやる気も急上昇なのにと呟く。
「アキ?僕とお話する?」
不機嫌そうにうちの狼が威嚇してくる。ちょっと可愛い。
とりあえず早速管理小屋の扉をノックする。
「どちらさまですかな?」
声がして扉が開かれる。姿を現したのは老婆と言っても差し支えなくらいの年齢の女性。とてもではないが戦闘は出来ないだろう。多分彼女は見張り的な役割なのかもしれない。一族の若い衆が魔獣召喚を行い、現役を退いた年配はこうやって来訪者などの相手をする役目を担っているという事だろうか。
「こんにちは。Sランク冒険者のアキです。ステラベル王女殿下から十六夜の洞窟の依頼を受けて参りました。」
「おお、そうでしたか。王女殿下から連絡は受けておりますぞ。一応依頼書を拝見してもよろしいですかな?」
老婆の言葉に従い、ステラに持たされた手紙を見せる。といっても依頼の部分だけをだ。他は私信が多すぎてさすがに見せられない。「報告の時はベルさん連れてきてくださいね!」「お土産がないと拗ねますからね!」とか書かれている。あまりにも我儘な私信が多いので、むしろばら撒いてやろうかと思ったくらいだ。
「確かに。ようこそおいでくださいました。あたしの事は婆とでも呼んでくだされ。」
名前を明かしたくないのかと一瞬思ったが、そういう事ではないようだ。この老婆にとって、アキ達は孫のように見えるのだろう。アキ達にはそう呼んで欲しいのだとすぐに雰囲気でわかった。多分エスタートのような好々爺だ。
「そうですか?お婆さん、お忙しいのにお邪魔してすいません。2,3日よろしくお願いします。」
「いやいや、来客が少ないので嬉しいですわい。皆もきっと喜びます。それにサルマリア家から丁重に扱う様にとも言われておりますのでな。」
ステラのおかげもあってか、邪魔者扱いはされてないようで安心した。
老婆は早速アキ達を集落に案内してくれるとの事なので、彼女の後に続く。
「大丈夫ですか?背中に乗りますか?」
「大丈夫です。まだまだ若い物には負けませんぞ。」
年配の人を歩かせるのはどうかと思い声をかけたのだが、遠慮されてしまった。まあでも多分本当に元気なのだろう。ずっと立ち入り禁止エリア内で魔獣と隣り合わせの生活をしているから体力があるのかもしれない。ある程度の筋力トレーニングなどは今でもしているのだろう。
「失礼しました、そんなにお元気ならお婆さんではなくお姉さんと呼ばせてください。」
「ほほほ、こんな婆を捕まえて嬉しい事をいってくれますな。婆でいいですぞ。」
適当な雑談を婆さんと交わしているとソフィーが脇腹を突いてくる。
「アキさん、見境なしですか?さすがの私も呆れます。やれやれですー。」
「この駄エルフが。そんな発想しか出てこないお前に呆れるわ。」
ソフィーの頬を抓る。
「ひゃっへー!」
どれだけストライクゾーン広いと思われているんだ。ただの社交辞令だという事をわかれ。さすがにミルナやエレンはわかっているだろうと思ったのだが、もの凄い勢いで視線を逸らしやがった。レオも「あはは」と渇いた笑い声を上げて誤魔化している。この子達のアキに対する評価が酷い。
「つきましたぞ。こちらがあたし達の集落ですじゃ。」
婆さんに案内された集落は森の中の少し開けた場所にあった。ただ、管理小屋から集落まではちょっとした獣道しかなく、案内なしでは辿り着けない。ある程度整備された街道は管理小屋迄だ。侵入者に十六夜の洞窟や村を発見されにくくしてあるのだろう。そう考えると、月夜の森に忍び込んで調査までしてくれたルティアの能力はやはり凄い。
ちなみに集落は20軒ほどのボロボロな小屋が建っているだけだった。全部合わせてもエスペラルドにあるアキの屋敷より小さい。この中の1軒が来客用との事で、アキ達はそこを貸して貰えるらしいが……いかんせんボロい。
「見た目はあれじゃが、中は結構ちゃんとしておるから安心していいですぞい。」
アキの考えてる事を見抜いたのか、婆さんが説明してくれた。
王家から不自由ない生活を約束されているので、家具などはかなり上質な物が用意されているのだとか。それなら見た目もちゃんとすればいいのにと思ったのだが、極力目立たないようにする為にわざと廃墟のような見た目にしているらしい。
「なるほど、納得です。」
「では村の者に紹介しますでの。」
婆さんはそう言うと、ある小屋の扉を叩く。すると16歳くらいの女の子が姿を見せた。
「リネットや、客人がいらしたので皆を呼んできてくれるかい?」
「はい、お婆様。」
リネットと呼ばれた少女はそう返事をすると、集落の人を集める為に飛び出していった。そして数分もしないうちに30人くらいの人が集まった。男女比は大体半々、少し女性が多いかもしれない。年齢層は子供から大人まで均等に分布しているようだ。アキは彼らを観察してそんな感想を抱いた。
そんな彼らも同様、アキ達に興味津々のようで、まじまじと観察してくる。やはりこの地への来客自体が珍しいのだろう。ただ不思議と嫌な感じはしない。ミルナ達への視線も特に不快感はない。王家の客人として丁重にもてなすように連絡が来ているからだろうか。
「この方達が王女殿下から連絡のあった洞窟の調査をする人達じゃ。」
婆さんが紹介してくれたので、アキは一歩前にでて挨拶する。
「Sランク冒険者のアキです。そして彼女達は私の仲間で同じくSランクです。皆さんのお仕事の邪魔にならないようにいたしますので数日間よろしくお願いします。」
そしてミルナ達にも簡単に自己紹介させる。
村人達は快くアキ達を歓迎してくれた。さらに必要な事は遠慮なく言えとまで言ってくれた。王家の客人ともなれば扱いが別格だ。
「案内人もつけますでの。わからない事は何でも聞いてください。リネット、来なさい。」
先ほど村人を呼びに走り回っていたリネットがアキ達の前に出てきてお辞儀する。正直これは助かる。アキとしても案内人をお願いしようと思っていたので、頼む手間が省けた。
「はじめまして、リネットです。皆さんの案内役のお役目を頂きました。」
リネットは黒色の瞳にセピア色の髪をしているとても可愛らしい女の子だ。髪の長さは肩より少し長いくらいで、ポニーテールにして後ろで結んでいる。服装は白いワンピースを着ていて、清潔感がある。もしかしたら今日の為にお洒落をしてくれたのかもしれない。他の村人たちの服装と比べても、明らかに来客用の綺麗な格好といった感じがする。
「リネットさん、よろしくお願いします。」
「はい!あ、リネットでいいです。アキさんの方が多分年上ですし。」
リネットが改めてお辞儀をしてくる。礼儀正しい子だ。
「わかった。ちなみにリネットはお婆さんのお孫さんかな?」
「ほほほ、その通りですじゃ。なんでわかったんですかの?」
婆さんが嬉しそうに会話にはいってくる。どことなく婆さんに似ているとは思ったが、やはり正解のようだ。
「だって婆さんと同じで美人さんじゃないですか。目元とかそっくりです。」
「いやはや本当にお上手な事で。あと5年若かったら求婚しておりますぞ。」
せめて50年にして欲しい。さすがにそこまでストライクゾーンは広くない。婆さんは多分80くらいだろう。5年でも75歳だろうが。
「お婆様、歳を考えてください。」
リネットが溜息交じりに呟く。
「ほほほ、じゃあリネットが求婚するかね?」
「な、なにをいっているんですか!」
本当に何を言ってるんだ。
そういう会話はやめなさい……と言うわけにもいかないので、アキは黙って成り行きを見守る。当然うちの子達の空気は既に氷点下だ。しかもリネットは満更でもないように、頬を染めながらチラチラこっちを見てくる。やめてくれ。おかげでソフィーの目が「お話ですー!」って言っているじゃないか。
「ちなみにリネットのご両親は?」
アキがそう言うと、中年の男女が前に出てきた。
「リネットの父です。こちらが妻です。」
2人が丁寧な挨拶をしてくれる。
「娘さんを案内人としてお借りしてもよろしいのでしょうか?」
「ええ、婆さんの決めたことですし、私達としても異論はありません。」
どうやらこの婆さんは村長のような立ち位置らしい。今回管理小屋に婆さんがいたのもわざわざアキ達を出迎える為のようだ。王家の客人という事もあり、村長である婆さん自ら出向いてくれたのだろう。
「アキさん、ご予定を聞いてもいいですか?」
リネットが尋ねてくる。どう案内すればいいのか計画を立てるからアキ達の予定を知りたいとのことだ。
「そうだね、今日はもう午後過ぎだし、後で森を少し案内して欲しい。洞窟は明日お願いできるかな。明後日は明日次第ってことで。」
「わかりました。がんばります!」
リネットがガッツポーズしながら気合を入れている。
とりあえずアキ達が泊まる小屋まで案内して貰う事にした。流石に少し休憩したい。リネットに30分ほど休憩したら森を案内してくれとお願いする。
「あ、その前にお婆さん。聞きたいことがあります。」
「はいはい、なんですかの?」
「リネットは戦闘できますか?万が一魔獣が出てきたら自分の身は自分で守れます?」
もし魔獣がでたら、Sランクのアキ達が対処すればいいだけだ。だがその際にリネットを守りながら戦ったほうがいいのか、気にせず戦ってもいいのかは確認しておかなければならない。ちゃんとリネットの実力を把握しておかないといざという時に怪我をさせてしまう。
「なるほどですじゃ、リネットの事を気にかけてくださりありがとうございます。」
婆さんがリネットの両親に実力の程を伝えるように指示する。
「うちの娘は多少短剣の心得がございます。ですが獣を狩れる程度です。万が一の時はうちの娘を何卒よろしくお願いできますでしょうか。」
リネットの父親が申し訳なさそうに深々とお辞儀をしてくる。
「勿論です。大事な娘さんにかすり傷ひとつ負わせないよう全力で守ります。うちの子達は頼りになりますからご安心ください。」
「アキさん、よろしくです。」
リネットが頼りにしていますと父親に続いてお辞儀してくる。
「こちらこそ。では貸してもらえる家に案内してくれるかな?」
うちの子達が「早くお話」とプレッシャーをかけてくるので、彼女達が暴走する前に休憩に入った方がいい。まあ30分の休憩ではなく、30分のお話タイムになるのは間違いないが。
そんな事を考えながらリネットに集落の一角にある家に案内してもらう。
「こちらです、好きに使ってくださいね。30分後にお迎えにきます!」
リネットはそれだけ言い残し、タタタと走り去っていった。元気な子だ。
アキは早速扉を開けて中に入る。
「確かに綺麗だね。」
「ええ、家具も立派ですわ。」
ミルナも驚いているようだ。
家の見た目はやはりボロいが、内装は婆さんの言う通りしっかりしていた。ソファー、テーブル、ラグ等、一通りの家具は揃っており、アキ達の屋敷のリビングと遜色がない。さすがに個室は無いのでリビングで雑魚寝になってしまうのが難点だが。まあそこまで贅沢は言えないので仕方がない。
「よし、30分お昼寝しよう。」
「えへへ、アキさん面白いこといいますねー?ダメですー!」
ソフィーがそんな事させませんと腕を絡めてくる。
「そうですわね。お話しましょう?」
ミルナが逆側の腕に抱き着いてくる。
「ミルナ、胸あたってるよ?」
わかっているとは思うが一応注意しておいてやる。
「い、言わないで!ばか!」
どうやら意識しないようにしていたらしい。アキに指摘された事で顔を赤くしている。てっきり「当てているんですわ」とか言われるのかと思ったのに。
アキが不思議に思っていると、ミルナが赤面し俯いたまま教えてくれる。
「アキさんだからですわ……最近は無理なんです。意識するようになってからは恥ずかしいんですの……。あ、だからといって他の人にはこんなこと絶対してませんから!しませんから!」
すっかり乙女なミルナが微笑ましい。でも恥ずかしいならしなければいいのに。
「しかし久しぶりだな、この感じ。今日は5人でお泊り会だ。アリステール以来かな?」
「確かにそうね!」
エレンが嬉しそうに声を上げる。その隣でレオもブンブンと尻尾を振って嬉しそうだ。
「じゃあお話しましょうー!」
誤魔化されてくれなかったようだ。ちくしょう。
「今いい雰囲気で休憩に入る流れじゃなかった?」
「えへへ、それはそれ、これはこれですー。」
まあいいか。いつも通り満足するまでこの子達のお話とやらを聞いてやろう。




