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異世界の観察者  作者: 天霧翔
第十六章 サルマリア王国・王都リスルド
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21

「ただいま!」


 リビングの扉を勢いよく開け放ち、中に入る。


 ミルナ達はリビングでアキの帰りを待ってくれていたようで、ちゃんと全員揃っている。ただ急に扉が勢いよく開いたのと、アキがやたら大声をあげて入って来たので何事かと驚いているようだ。


 でもこんなテンションになるのも仕方ない。


「みて!兎!屋敷の前で兎拾った!俺、これ飼う!」


 アキは家の前に落ちていたアイリをみんなに見せる。そう、兎が落ちていたのだ。まさか兎を拾える日が来るとは。なんていい日なんだ。


「え?なに?なんなのですか!?」


 アイリは何が起こったのかわかってないようで「え?え?」と辺りを見回している。そう、屋敷の前に居たのはリスルド冒険者協会支部長のアイリ。つまり兎。アキはその兎の姿を見るな否や、無言でアイリを拉致って屋敷の中まで引きずって来たのだ。


 そしてアイリだけじゃなく、うちの子達も何が起こったのかわからないようで、突然のアキの登場に唖然としている。


「拾ったんだからもう俺のだよね!」

「別に落ちてないですから!拾われる為にあそこにいたわけじゃないですから!」


 正気に戻ったアイリが掴まれた腕を振りほどこうと暴れてくる。


「こら!大人しくしてなさい!この野良兎!」


 とりあえずこの兎の耳でも撫でて大人しくさせよう。セシルはすぐに大人しくなるから他の兎でも効果的なはずだ。


「あっ……だめっ……アキさん、勝手に触らないでくださいっ。」


 セシルとは少し違った触り心地で、これはこれで気持ちいい。よき兎耳かな。


「『こら』じゃありません!!アキさん!」


 せっかく人が癒されているのに邪魔してくる無粋な輩は誰だ。アキが声のする方を見ると、そこにはセシル(うちの兎)の姿があった。


「何勝手に兎を拾ってきているんですか!そんな賞味期限の切れた兎は美味しくないです!ポイしてきてください!」


 さっさと捨ててくるようにセシルに激怒された。


「そうです!アキさん、落ちている物はばっちぃので今すぐ元あった場所に捨ててくるですー!」


 そして何故かソフィーにも怒られる。どうやらアキはこの兎を飼う事が出来ないのかもしれない。いや間違いなく出来ないだろう。


「な、なんなんですかこの人達は!さっきから失礼な事ばっかり!ばっちくもないですし賞味期限も切れてないから!」


 流石に頭に来たらしく、セシルとソフィーに非難の声を浴びせるアイリ。だが勿論そんな発言に動じるソフィー達ではない。それにソフィーとセシルだけでなく、残りの子達も漏れなく殺気を放っているし、文句を言ったアイリの方がすっかり萎縮して怯えてしまっている。やめなさい、兎を怖がらせるのは。


「王女様、兎狩りでしょうか?」

「ええ、ミルナさん。今夜は兎の丸焼きです。」


 物騒な会話をするミルナとベル。身の危険を感じたアイリがアキの背中に隠れる。だが安心して欲しい。そんな事はアキがさせない。兎は世界の宝だ。


「アキさん、何とかしてください!貴女のお知り合いでしょう!」


 だがこのままでは間違いなく丸焼きにされてしまうだろう。ならするべき事は1つだ。


「ごめん、兎……お前を飼えないらしい。きっといい人に拾ってもらえるから、さあお帰り。」

「何の話ですか!?私は落ちてないんだから!」


 アイリがいい加減にしてくださいと本気で怒り始めた。


「え?落ちてないの?」

「なんで本気で不思議そうな顔するんですか!落ちてるわけないでしょうが!!!」


 涙目になるアイリ。怒りを通り越して段々悲しくなってきたらしい。


「冗談です。安心してください。」


 アイリに落ち着くように促す。


「まあ、でも本気でしたよね。」


 セシルが淡々と告げる。


「一応兎だし?」

「やめておいたほうが……多分その兎、もう耳腐っていますよ。」

「まじか。」

「本気で安心させるつもりがあるならそういう会話やめなさい!あと、腐ってないから!もー!なんなんですかー!」


 アイリがどうしていいかわからないと頭を抱えるので、また耳を撫でてやる。


「やっ……だから……なんで勝手にっ……。」


 そうは言いつつも案外気持ちよさそうにしているアイリ。そんな事をしていたら、今度はうちのメイドが口を挟んできた。


「アキさん、いい加減話進まないので、そろそろ適当に会話を着地させて頂けませんか?」


 さすがアリア。アキ自身どうこの会話を区切ろうか悩んでいたところだ。うちのメイドはさすがによく気が利く。






「ひどい目に遭いました……なんなんですか……。」

「それでアイリさん、どうしたんですか?」


 アイリの訪問なんて予定してない。メビウスであればまだわかるが、アイリがわざわざアキの屋敷に来る理由が見当たらない。


「あ、はい。メビウスさんから手紙を預かっておりまして。それをお届けにあがりました。面倒なので私に行って来いと……。」


 どこか疲れた表情のアイリ。


 なるほど。つまり本来であればメビウスが来るべきところ、アイリに全部丸投げしたという事か。相変わらずアイリはメビウスに振り回されているようだ。


「アイリさんも大変ですね。耳撫でましょうか?」

「い、いえ。そ、それでこちらがメビウスさんから預かっている手紙です。あの……耳はその……あとでなら……。」


 後でなら耳を触らせてくれるらしい。さっきのがよほど気持ちよかったのだろう。セシルが「またですかそうですか」という目で睨んでくるが気にしない。


 とりあえずアイリから肝心の手紙を受け取り、開封して中身を確認する。中には2枚の紙が入っていた。


 まず1枚目。メビウスの筆跡であろう豪快な字で、簡潔に一文だけ書いてあった。


「なるほど……『指名依頼だ。詳しくはアイリから聞け』だそうですよ。」

「でしょうね……。はぁ。メビウスさんは『アキ君達は協会に来ないだろうから直接依頼を説明しに行ってこい』って言われたんですよ。」


 アイリが溜息を吐きながら依頼の説明をしてくれる。まあ普通は支部長をパシリに使うなんて考えられない。可哀そうに。


「サルマリア王国よりアキさんに指名依頼です。十六夜の洞窟の調査。同行者はSランクであれば自由。調査内容、期間については依頼書を参照。報酬は500金とのことです。」


 なるほど、おそらくこれはステラの根回しだ。先日ベルとステラに立ち入り禁止エリアに行くから手配を頼むとお願いした。こうして王家から正式に指名依頼をすることにより、スムーズに事を進められるようにしてくれたのだろう。


 そして話の内容から察するに、もう1枚の紙が依頼の詳細ということだろう。アキは早速2枚目の手紙に目を通す。


「受託で結構です。わざわざありがとうございます、アイリさん。」


 さっと流し読みだけして、アイリに依頼受託の旨を伝える。依頼の詳細をアイリに言う必要はないだろう。本人もそれをわかっているのか「わかりました。」と頷くだけで依頼内容までは確認してこない。そしてミルナ達もアイリに聞かせる内容ではないとちゃんとわかっているようで、口を挟んでこない。


「ではこちらで受託処理をしておきますね。私の用事は以上です。」


 夜分遅くに申し訳ありませんでしたとアイリが一礼する。


「アキさん!ではさっさと道に捨ててきましょう!」


 ソフィーが満面の笑みで、虫を追い払うように手でシッシッとする。アイリとのやり取りについては口を挟んでこないが、アイリ本人の件については口を挟む気満々のようだ。


「なんなんですかこの人達は!ほんとに!アキさん!」


 アキになんとかしてと懇願してくるアイリ。だがこれが逆効果だと彼女はまだ理解してないらしい。


「アキに泣きつくとか舐めてるわ!捥がせなさい!」

「やっぱり兎は僕の宿敵なんだね。」


 エレンとレオが武器に手を添えてアイリを脅す。さすがに部屋の中で抜刀はしないが。ちゃんと2人共常識をわかっているようで安心した。まあ前に抜刀してアキが怒ったので、反省しているのだろう。


「アイリさん、すいません。ではポイしますね。」

「なんで私が捨てられる流れなんですか!」


 冗談ですとアイリを落ち着かせ、彼女を玄関まで見送る。本当に兎の丸焼きになる前に帰って貰う事にする。うちの子達の冗談は冗談に聞こえないから怖い。


「本日はわざわざありがとうございました。夜遅いし、屋敷までお送りしましょうか?」

「あ……だ、大丈夫です!協会の馬車で着ましたので!そのお気持ちだけで嬉しいです!」


 アイリが笑顔でお辞儀する。まあ馬車で来ているなら問題ないだろう。


 しかしアイリがなかなか踵を返さないので、どうしたのだろうと不思議に思っていたが、彼女の耳の動きですぐに気づいた。どうやら兎耳を最後に触って欲しいらしい。


「また依頼報告に来ます。色々とお世話になりました。」


 アキはそう言ってアイリの耳をそっと撫でてやる。


「はい!待ってます!それではまた!」


 撫でられて満足したのか、嬉しそうにぴくぴく兎耳を動かしながらアイリは帰っていった。思わぬ来客だった。だがおかでげ明日からの予定が円滑に進められそうだ。


 そんな事を考えながらアイリの馬車が出発するのを見ていたら、背後から急に声をかけられる。


「さて、アキさん?」


 慌てて振り返ると、何時からいたのか、ミルナやベル達が笑顔で立っていた。アイリの見送りはアキ一人だったのにいつの間に。というか気配を殺して背後に立つのはやめて欲しい。

 

 まあちゃんと全部わかっている。


「お話するならリビングがいい。」

「ふふ、潔くて助かりますわ。」


 くすくすと袖を口あて、上品に笑うミルナ。


 その後、アキはリビングに連行され、依頼の話をする前にたっぷりと「お話」された。そして全員の前で「兎は今後拾ってこない事」と強く約束させられた。何故だ。

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