20
アキが研究を終えリビングに戻ると、いつものようにみんな揃っていた。多分この子達はアキが下りてくるのをずっと待っていたのだろう。相変わらず暇……いやここは素直に彼女達の気持ちを喜んでおこう。ルティアの姿だけは見当たらないが、まああの子は呼べばすぐ来るはずだ。
「アキさん、魔法印の研究は終わりましたの?」
ミルナが進捗を尋ねてくるので、問題ないと説明する。そして明日には予定通りエルモアに発つから各自準備しておくようにと伝えておく。
ちなみにエルモアに爺さんの屋敷があるか確認したら、その街にはないとの事だったので宿に泊まる事にした。
「ベル、宿になるけど本当にいいの?」
「はい。何回も言いましたよね?私は広いお屋敷なんて別にいらないと。」
ベルが頬を膨らませる。
「そうだな、ごめん。」
「ううん、大丈夫です。えへへ、ありがとうございます。」
表情を一変させ、嬉しそうに微笑むベル。どうやら拗ねたふりをしていただけのようだ。相変わらず食えない王女様だ。
「じゃあそろそろ行くか、ルティア。」
いつものように虚空に向かってルティアを呼ぶ。
「……。」
出てこない。呼べば直ぐに出てくるかと思ったが、アキが呼んでも一向にルティアは姿を見せない。
「……あれ?いないんでしょうか?」
姿を見せないのを不思議に思ったベルが首を傾げる。
「いや、うん、ちゃんといるよ。」
ただアキにはルティアの居場所がわかっている。姿を見せないだけでちゃんといる。
「そうなのか?どこにいるのだ?」
エリスも必死に部屋を見渡す。まあ彼女達からは見えないだろう。
「ここ。」
アキは皆に背を向ける。
「……アキ。ばらさないで。」
アキの背中にぶら下がっていたルティアが拗ねたように文句を言ってくる。
まさかこんな登場の仕方をしてくるとは思わなかった。まあ彼女は軽いので、別に重くはないのだが、名前を呼んだ瞬間背中が重くなったのでちょっと焦った。流石に背中にぶらさがってくるのは予想外すぎた。
「アキの背中、落ち着く。」
ばれないようにしがみついていたルティアだが、アキが居場所をばらしたので、彼女は尚更アキにしがみつくように腕と足を回してギュッと抱きついてくる。どうやら完全に甘えるモードに入っているようだ。
「ちょっと!あんたアキから離れなさいよ!」
「そうです!くっつきすぎですー!」
エレンとソフィーが息をもつかせぬ速さで食ってかかる。さすがだ。
しかしこの子達は仲間内で争うのをよく飽きないものだ。それにこうやって焼きもちを焼いてすぐに喧嘩するくせに、見知らぬ女の事になると、抜群のチームワークを発揮して排除しようとしてくる。仲がいいのか悪いのかよくわからない。
「アキ、聞いて。エレンは最近部屋で……。」
何やらエレンの秘密を耳元で囁こうとしてくるルティア。
「ま、待ちなさい!ルティア!好きなだけアキに抱き着いているといいわ!」
「そ、そうですね!それほど怒ることでもないですー!」
エレンとソフィーが慌ててルティアを止める。相変わらず掌を返す速度もさすがだ。
「1人の時間に何しようがソフィーとエレンの自由だけど、ほんと何してるの。」
アキが2人に問いただすが、絶対内緒だと教えてくれない。別にプライベートの時間に何をしてようと彼女達の勝手だが、ここまで慌てふためくと逆に気になる。むしろどんなやましい事をしてるのかと呆れてしまう。本当にこの子達は部屋で何をしているんだ。
しかしルティアはある意味最強かもしれない。アリアといえどルティアの隠密性には勝てないだろう。
「まあ、とりあえず行ってくる。」
アキはそれだけ言い残し、ルティアをぶら下げたまま屋敷を出る。ルティアが早く行こうと首を絞めつけて催促してくるので、絞め殺される前にさっさと出掛けよう。しかし何時になったらこの子は離れてくれるのだろうか。
ルティアとのお出かけプランは全て彼女にお任せだ。まあルティアがやりたいことリストを見せてくれなかったので仕方がない。
「ところで外套は被ったまま?」
屋敷を出てすぐに、ルティアはアキの背中から降りてくれた。そして屋敷に居る時以上に外套を深くかぶっている。絶対誰にも顔を見せたくないのだろう。さらにアキの背中に隠れるようにしてアキの袖をギュッと掴んでくる。
「うん、恥ずかしい。」
やはり相当の人見知りだ。まあルティア本人がこれでいいのなら、アキは別に構わないが、本当は外套を外したいのではないのかと思ってしまう。普通に女の子として出かけて遊びたいのではないだろうか。そうでないならやりたい事リストなんて作ったりしない。
「本当にいいの?」
「うん……そのうち。今はまだ無理。」
今までずっと影でこっそり生きてきたルティア。そんな彼女に急に光に出ろと言っても難しいのだろう。冒険者時代もずっと外套を取らなかったと言っていた。美人なのに勿体ないとは思うが、ルティアは極度の人見知りで恥ずかしがり屋だから仕方ないといえば仕方ない。まあ何回か出かければ慣れるはずだし、別段焦る必要もないだろう。
「じゃあそのうち普通にお出かけしようね。それで今日はどこ行くの?」
「えっと、今決める。」
ルティアがいつものくしゃくしゃの紙をポケットから取り出して確認している。相変わらず丁寧に折りたたむという概念は彼女にはないらしい。そしてやはりアキには見せてくれない。ただ必死に隠そうとしているそんなルティアが可愛いので、あえて覗こうとしてみる。
「ダ、ダメ!」
すぐさまアキの行動に気づいて、紙を隠すルティア。外套で表情は見えないが、少し怒っているというか拗ねているような気配を感じる。
「ごめん、ルティアが必死に隠すのが面白くて。」
「べ、別に怒ってないからいい。」
恥かしそうに呟くと、ルティアは再びくしゃくしゃの紙に目を落とす。
しばらくして、顔をあげてアキの手を掴むルティア。どうやら行き先が決まったようだ。
「アキ、こっち。」
果たしてどこに連れていかれるのか少し楽しみだ。
ルティアは迷いなくリスルドの街を歩く。何故道を知っているのかと驚いたが、よく考えれば、彼女は元々サルマリアで活動していた冒険者だ。
程なくしてある店の前で立ち止まるルティア。
「まず、ここ。」
「カフェか。ケーキ?」
「そう。ここ美味しい……って聞いた。」
なるほど。今までは影からこっそり見るだけだったルティア。きっと行ってみたい店がいっぱいあるに違いない。
しかし本当に想像通りで苦笑してしまう。やはり「やりたいこと=美味しい物を食べる」だったらしい。果たしてどれほどの飲食店に今日は連れていかれるのだろう。まあルティアが美味しそうに食べるのを見ているとこっちも楽しくなる。それにせっかくのルティアとのお出掛けだ。好きなだけ付き合ってやろう。
それからもルティアに引っ張られ、彼女が行ってみたかった店を巡る。やはり当然のように全部飲食店だった。そしてどの店でも「こんな小さい体のどこにそれほど入るのだろう」というレベルで食べていた。これもある意味彼女の一つの才能と言えるのかもしれない。
しかしルティアは本当に美味しそうに食べる。表情は外套で見えないが、雰囲気で丸分かりだ。なんせ「美味しい。幸せ。」というようなオーラが全身から溢れ出ている。
そして丁度10軒くらい飲食店を巡ったあたりで、ルティアが急に立ち止まる。道のど真ん中でどうしたのだろう。やっと満足したのだろうか。まああれだけ食べれば満腹になって当然だが。
「どうした?お腹痛い?」
むしろ食べ過ぎてお腹を壊してないか心配だ。
「お腹すいた。」
まさかの空腹宣言だった。今の今まで食べていた物はどこへいったとつい突っ込みそうになる。お腹いっぱいでもお腹が痛いでもなく、お腹すいたが来るとはさすがに思わなかった。
「アキはお腹すかない?」
ルティアが不思議そうに聞いてくる。
うん、あれだけ食べて空いてる方がおかしい。それに元々アキはそれほど食べる方ではない。食は確かに大好きだ。でもどちらかというと読書や研究の方が好きだったので、それらに熱中すると食べない事も多かった。
ルティアはアキの言葉に信じられないという表情だ。まあ食いしん坊の彼女にしてみればありえない事だろう。
「3日くらい食べなくても平気。」
「……!死んじゃう!」
茫然自失になるルティア。
こういうところがこの子は本当に可愛い。外套を被っていても感情が丸わかりだ。それに素顔も一見無表情に見えるが、喜怒哀楽が意外と激しい。
「じゃあなんか食べようか。」
「いいの?」
「もちろん。今日はルティアがしたい事をしようね。」
やったと嬉しそうにアキを引っ張り次の店へと向かうルティア。本当に食べてばっかりだが、ミルナ達とは違ったお出かけである意味新鮮だ。
結局そこからさらに5軒くらい付き合わされた。
気づいたらすっかりいい時間だ。そろそろ帰ろうかとルティアに提案する。
「あと1つだけ!いい?」
「うん、1つならまだ大丈夫じゃないかな。」
最後もてっきり飲食店だと思ったが、ルティアに連れてこられたのはミレンド商会の店だった。爺さんの店で食事ができるのは知らなかった。リスルド支店ではそういうサービスでもあるのだろうか。
「あれ?ここで食べるの?」
「むぅ。違う。私にも服、選んで。」
どうやらアキとしたいことはご飯を食べるだけではなかったらしい。もしかしたらミルナ達の服を選んだという話を聞いて羨ましくなったのかもしれない。アキとしてはルティアのような美少女に服を選べるのは最高の娯楽なのでなんら問題はないが。
「まかせとけ。」
「でも!少しだけ!恥ずかしいからっ!」
釘を刺されてしまった。
まあ時間も時間だし仕方ないだろう。あまり時間をかけない約束をする。
ルティアはいつも着物のような一張羅を着ているので、もっと普通の女の子のような服がいいだろう。色々悩んだが、結局、以前エレンに選んだようなフレアスカートに白のシンプルなトップスとカーディガンを選んであげた。
ただルティアはアキが選んだ服を見て、自分に似合うかどうか不安そうな表情をしている。
「絶対似合う。」
試着はしてないが、間違いなく似合うだろう。本当であれば試着して貰いたかったのだが、さすがに恥ずかしいようで、試着は「絶対に無理」と言われた。
「じゃあ。買う。」
これで一通りルティアの希望通りのデートが出来ただろうか。だがアキとしてはまだまだ遊び足りない。しかしそろそろ帰らないと明日に差し支えるし、うちの子達が拗ね始める。まあもうとっくに拗ねている可能性もある……いや多分間違いなく拗ねている。
「また行こうね。」
「うん、行く。」
ルティアが手をそっと握ってきたので、そのままルティアと手を繋いで屋敷へと戻った。今日もいい1日だ。
これでサルマリアでの観光も一旦終わりだ。まだまだのんびりしていたいが、そうも言ってられない。
屋敷に着いたら荷物を纏め、明朝に出発。明日は丸一日移動になる。そして予定では夕方くらいにエルモアに到着。その次の日には十六夜の洞窟へ。日帰りで何とかなればいいが、おそらく数泊、十六夜の洞窟で野宿する事にはなりそうだ。うーん、大忙しだ。
「誰かいる。隠れる。」
ルティアの言葉で現実に引き戻される。考え事に耽ってしまい、いつの間にか屋敷に到着していたのに気づかなかった。
「ルティア、誰かいる……ってもういないか。早いな。」
誰がいるのか確認しようかと思ったのだが、ルティアの姿はもう無かった。仕方ない。アキは1人で屋敷の玄関へと近づく。まあ何かあってもルティアが影にはいてくれるだろうから大丈夫だ。
そして確かにルティアの言う通り、玄関先に何者かがいるのが確認できた。近づくにつれて段々と人となりがはっきりしてくる。
「あなたは……。」
予想外の人物にアキは目を見張る。




