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馬車を降りると古びた廃墟のような建物が目の前に現れる。御者はベルの手配なので、この屋敷の事はよくわからないらしい。
「この場所にいけとお父様に言われただけでして……。」
「一々申し訳なさそうな顔しなくていいよ。」
「えへへ、はい。」
「とりあえず中に入ればいいのかな?」
「そうですね、そうしましょう。」
アキとベルは建屋の方へと歩みを進める。扉を開ける前に念の為にルティアに確認を入れる。
「キーリ。」
「大丈夫。いる。」
虚空から小さく呟くのが聞こえた。
「よし、なら大丈夫。」
アキは扉を開け屋敷に入る。流石に急に襲われる事はないだろうが、一応念の為に気は張っておく。屋敷の中は閑散としており人の気配はない。だが協会長は多分元冒険者だろう。気配を殺すなんてお手の物に違いない。
「上にきたまえ。」
二階から野太い男の声が響く。
全く気付かなかった。まあアキの察知能力は低いので当然かもしれない。エリスやエレンであれば気づいただろう。
アキ達は指示通り二階へあがる。階段を上るたびに木の床が軋む。かなり古い建物のようだ。手すりなどに埃も散見される。階段を上り切ると、右手の部屋の扉が少し開いているのに気づく。おそらくあそこだろう。
「ベル大丈夫?手握る?」
王女と手を繋いで入室など前代未聞だが、ベルが怖がっているならそれでもいいだろう。ただアキの後ろにいるベルからは大丈夫ですと返事が返って来たので、そのまま部屋へと進む。それでもやはり少しは怖いのか、アキの服の裾をそっと掴んで来た。まあ雰囲気的には廃墟だし、彼女が怖がるのも仕方がない。
「失礼します。」
アキは扉の開いていた部屋へと入る。
中には簡素な木の椅子が数脚とぼろいテーブルが置かれているだけだ。その椅子の一つに初老の男性が座っていた。エルミラと同じくらいの年だろうか。
「うむ、こんな場所ですまんな。とりあえずはかけてくれ。」
アキは言われた通りに椅子に腰かけ、ベルを隣の椅子に座らせる。
「まずは自己紹介からでいいでしょうか?」
勝手に名乗るのも失礼かと思い、一応尋ねる。
「そうだな。俺は冒険者協会の協会長を務めておるメビウス・グンシーラという。メビウスとでも呼んでくれ。エルミラから大体は聞いている。2人の関係もな。」
メビウスは筋骨隆々な初老の男性だ。黒髪で、オールバックに纏めている。座っているので身長ははっきりとはわからないが、かなりの長身だろう。普通に座っているだけでも威圧感的なオーラを感じる。そしてその雰囲気からしてやはり元冒険者で間違いなさそうだ。
しかし会話の主導権を握られた。それ自体はたいした問題ではないが、一筋縄ではいかなさそうなので要注意だ。ただベルとアキの関係も把握しているのであれば話は早い。
「エスペラルド所属、Sランク冒険者のアキです。本日は貴重なお時間頂きましてありがとうございます。」
本来であれば挨拶は王女であるベルからだが、エルミラからアキ達の話を聞いているのであれば、むしろアキからすべきだ。
そんなアキに続いてベルも挨拶をする。
「エスペラルド王国王女、アイリーンベル・エスペラルドです。本日はアキさんに同席を許して頂きました。お話の邪魔は致しませんのでお気になさらず。」
ベル自ら「私は一歩引いています」と宣言してくれた。これで完全に「王家と協会」ではなく「アキと協会」の話し合いとなったことになる。
「メビウスさんはエルミラ陛下と懇意にしていると聞きました。」
とりあえずは雑談から入ってメビウスという人物を探っていこう。深い話をするかどうかの判断はそれからだ。
「そうだな、エルミアとは古い付き合いでな。俺がSランク冒険者だったころに知り合った。歳が一緒だったのですっかり意気投合したんだ。あのころは王子だったがな。」
やはり元冒険者か。しかもSランク。
「そして俺が冒険者を引退して協会に入ったくらいにあいつは王になったな。俺もすぐに協会長になって忙しくなり、会う機会も減ってしまった。手紙のやり取りはしているが。」
こちらが聞く前に、欲しい情報を自ら話してくれる。計算かと思ったが、彼を見ている限り単純にそういう性格なようだ。自己紹介を先にしたのも会話の主導権などではなく、単純に彼の気分だろう。おそらくそう言った細かい腹芸は苦手そうだとアキは彼を分析した。
「何で引退したんですか?まだまだ現役で行けるでしょう?」
「ははは、確かにまだまだいけるかもしれん。さすがに若い物には負けると思うがな。引退した理由はエルミラと若い頃に約束をしたからだ。」
アキが説明を求める前にメビウス自ら語り始めた。
メビウスがSランクになりたての頃、王に謁見した際、まだ王子であったエルミラと出会い、仲良くなったらしい。いつしかすっかり親友になった2人。そしてエルミラは自分が王になったらこういう国にしていきたいと夢物語をメビウスに語ったそうだ。
「難しいことはわからなかったがな。だからあいつに聞いたんだ。俺に手伝える事はあるかと。そしたら冒険者協会の協会長になれといいやがった。だからなった。」
メビウスは、国の事を第一に思うエルミラの性格が気に入ったらしく、王になった際は彼の力になってやりたいと思ったらしい。本当にそれだけの理由で協会長になったとのこと。何とも豪胆な性格の持ち主だ。親友が望んだからというただそれだけ。
「なんで俺に協会長になれと言ったのかはよくわからん。」
普通は理由を聞くものだが、それすら彼にはどうでもいい。信頼している友が言うのならそれでいいのだ。でもアキにはその気持ちが少しわかる。自分はミルナ達やアリア達、それにベルの事を同じように信用している。もしベルが望んだら何でもするだろう。まあアキの性格上、理由は必ず聞くだろうが。
「エルミラは俺に言った。『無駄になるかもしれんが、なれるならなってくれ。その力が必要になるかもしれん』と。何十年も前の話だ。」
そしてメビウスは、約束通りに協会長になった時、エルミラに報告をした。丁度エルミラも国王になっていたので、何か頼まれると思っていたらしい。
「だが今は何もしなくていいと手紙が来たんだ。それから何年も経つが、何かを頼まれた事はない。」
メビウスはそこで言葉を切り、アキを見る。真っ直ぐに見つめてくる。
「あいつの言っていた通り無駄になったのかと思った。だが今回の連絡で『その時が来た、話に行く者がいるから協力を頼む』と書かれていたんだ。だから俺はここにいる。」
アキは感心した。メビウスとエルミラの熱い友情に、そしてエルミラの考えに。
おそらくエルミラ自身、この魔獣制度をどうにかしたいとずっと考えていたようだ。いざ動ける時が来たらきっと冒険者協会の協力もいるだろうと踏んで、メビウスに協会長になるように指示していた。「無駄になる」とは制度を覆す方法を思いつかなかった場合の事だ。ただ……ベルがアキを連れて現れた。エルミラにとってはずっと望んでいた事。だからあれ程メビウスを紹介すると勧めたのだろう。
「知ってたか、ベル?」
その一言でベルはアキが何を聞きたいのか察したようだ。
「い、いえ……全然。」
ベルも驚いた表情で首を横に振っている。
「さすがベルの親だな。似たもの親子じゃないか。」
「ふふ……ええ。そうかもしれません。」
まったくあの王は意地が悪い。あの場で全部話してくれればわざわざルティアを影に潜ませたりはしなかった。ミルナ達だって連れてきただろう。娘を取られた腹いせかと苦笑する。まあそれも少しはあるだろうが、実際は、メビウスを自分の目で確かめて欲しかったという事だろう。
「ふっ、2人は本当に仲がいいんだな。昔の俺とエルミラを見ているようだ。俺の場合は相手がこんな美少女ではなかったがな。」
エルミラが豪快に笑う。
「ええ、最高の仲間、そして最高の美少女です。」
アキも軽口で返答する。
こんなのはただの雑談のつもりだったのだが、ベルは隣で赤面しながら「不意打ちは卑怯です」と腕を抓ってきた。チョロい王女様だ。
「それで俺の事はもういいか?それで聞きたいことはなんだ?」
エルミラが彼を信頼している理由はなんとなくわかった。そして実際に観察した彼の性格を考えても、疑うべきところは特にない。冒険者協会全体がどうかはわからないが、メビウスはシロと判断して問題なさそうだ。
「ええ、では私の話をしましょう。」
「難しい話はやめてくれよ……俺は馬鹿だからな。」
「できるだけわかりやすく説明します。」
どこから話そうかと頭を捻る。
まずは根本的にメビウスがどこまで理解しているのか確認しよう。
「メビウスさんはSランクとして立ち入り禁止エリアに入った事はありますか?」
「おお、あるぞ。魔獣を討伐したな。」
「あそこで何が行われているかわかりますか?オリハルコンの事は知っています?」
「なんか魔獣が出てきたのは見た。あとはよくわからんかったから討伐だけして帰ったな。オリハルコンはあれだろ?王家所有の国宝武器だ。戦闘には使えなさそうだったな。」
昔一度エルミラに見せて貰ったとメビウスは話す。
どうやら彼は何も知らなさそうだ。立ち入り禁止エリアには入ったが、深くは考えなかったようだ。まあメビウスの性格からすればそうかもしれない。きっと依頼の事以外はどうでもよかったのだろう。
つまり彼は現在の犯罪政策の事については一切知らないという事になる。とりあえずはそこを説明して、協会と協力体制を作る方向にしよう。
「ではエルミラ陛下が何故私をここに送ったか、全部話します。」
「おう!それが聞きたかった!」
アキは最初から説明する。ミルナ達とイリアを探しており、そこからSランクの不自然性、そして犯罪関連の矛盾に気づいたと。
「イリアか、あの娘には確かに依頼を出したな。十六夜の洞窟での魔獣討伐だった。Sランク以外という不思議な条件があったからイリアにしたんだ。」
ちょうど知りたい情報も出てきたので、一旦話を脱線させてメビウスに尋ねる。
「なぜイリアを知っていたんですか?」
「依頼した時はエスペラルドにいたようだが、前まではサルマリアを拠点にしていたからな。実力の程は知っていた。」
なるほど、この情報をミルナ達は知らない。イリアの過去を知っているのかと聞いた時、聞いてないから知らないと言っていた。ミルナ達の過去も別にイリアには話してないと言っていたし、深い話をする前にこの依頼に旅立ってしまったのだろう。イリアと旅をした期間は2ヶ月に満たないくらいだったと言っていた。ちょうど今のアキとミルナ達が一緒にいる時間もそれくらいだ。やはりイリアは何かを知っていて、ミルナ達にそれを隠していたのかもしれない。サルマリアに昔いた事や依頼を受けた事を言わず、嘘まで吐いて旅立ったのだから。
「なるほど、早速知りたい事が1つ知れました。では話を続けます。多分驚くと思いますが、最後まで聞いてください。」
「そうだな、話を遮って悪かった。今度は最後まで聞こう。」
アキは掻い摘んで必要な部分のみをわかりやすくメビウスに伝える。
Sランクになってベルと出会い、閲覧禁止文献を読んだ事。そしてその内容。この大陸の真実。それを何とかする為に現在はエルミラやアイリスと協力体制を取っていて、冒険者協会の話になった時、メビウスを紹介されたのだと伝える。
「さらにアイリス女王やエルミラ陛下に提案した策をお伝えします。」
多分政体や為政について詳しく話してもメビウスはわからないので、割愛した内容を話す。エルミラやアイリスが賛同していて、アキに全てを任せて貰っているとだけわかって貰えればそれでいい。
「現在はその原理の解明と廃止の為に情報収集をしています。同時にイリアを探しています。」
アキが話を終えると、メビウスは難しい表情を浮かべていた。
「うむ……アイリーンベル王女殿下、ちょっと耳を塞いでもらってもいいかな?」
「ええ、そうですね。ベル。」
「はい。アキさん。」
メビウスの手に力が入っているのに気づいたので、何を考えているのかは大体想像がつく。ベルも素直にアキの言葉に従い、耳を塞ぐ。
メビウスはおもむろに立ち上がり、近くに置いてあった椅子を思いっ切りぶん投げ、大声で叫ぶ。
「ああん!あんのクソ王が!そんな大事な事、俺に黙ってるんじゃねーぞ!ボケが!エルミラ!次会ったら絶対ぶっ殺してやる!」
ベルに父親を罵倒するところを聞かせたくはなかったのだろう。親友とは言え、娘の前だし、メビウスなりの気遣いだ。
「ふぅ……すまんな。ちょっと発散したくなってしまってな。」
「ええ、構いません。」
アキはベルの肩を叩いてもういいぞと伝える。
「俺もエルミラが悪くないのはわかってる。ただ八つ当たり先なんて奴しかいないからな。」
メビウスが苦笑する。
「そうですね。それが王家の負うべき責任です。」
ベルが初めて口を挟んでくる。王女としてどうしても一言言っておきたかったのだろう。
「これは俺の考えなんですが、この制度があったから今の王家があるんだと思いますよ。」
犯罪制度や魔獣召喚を行う様になって長い年月が経ち、各国の意識が改善されたのだと、以前アキが考えていた推測を伝える。昔は王家も野心があり、争いを行っていたが、今は違う。この魔獣政策のおかげで今のような王家が誕生したに違いない。
「だからきっと必要悪だったんです。でももういらない。時代は変わる時だと思います。」
「そうだな……そういう見方はできるかもしれんな。」
「そして、エルミラ陛下は私の考えや案を聞いて、メビウスさんに手紙を書いたんですね。」
その時が来たというエルミラの言葉はそういう事だ。
「ああ、アキ君になら任せられるという事なのだろう。勿論協力しよう。ほかならぬエルミラの頼みだ。そして俺の意思でもある。何でも聞くがいい。」
メビウスの言葉にアキは礼を述べる。




