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異世界の観察者  作者: 天霧翔
第十五章 サルマリア王国
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10

「話が逸れたから戻そう。ルティアから貰った報告書をもとに俺が研究した内容を説明するね。」


 アキはルティアの手紙から魔法印の解析を行い、術式の内容を調査した。その結果、魔法印の術式を別の言語に置き換える事に成功した。ルティアがいない間にアキが行った一連の活動を彼女に伝える。


「さすが、アキ。」

「ありがと。そしてオリハルコンを使って召喚、転送にも成功した。」


 立ち入り禁止エリアの魔法印の完全な解明は出来ていないが、アキが直接オリハルコンを握って大気魔素を使えば、魔法印と同じ現象を起こす事は可能だった。


「ここまでだ。ここからは重要な課題が2つある。」

「十分凄い。課題なに?」


 ルティアがアキの膝に寝っ転がったまま尋ねてくる。


「そうだな、1つ目は転送先、召喚先の指定方法だ。」


 アキがオリハルコンを直接握ってイメージを送り込めば転送・召喚魔法を発動させることは可能だ。だがこの方法だと魔法印に転用ができない。どう転送先や召喚元を記述していいのか術式がわからないからだ。アキはタブレットを取り出し、一つの術式をルティア見せる。転送用の術式を修正してこの世界の言語で書き出したものだ。ただ転送指定先は空欄になっているが。


「この『』内に転送先を指定すればこの魔法印は発動するはず。」

「おぉ……すごい。」


 ルティアに褒められるのはなんか恥ずかしい。本当に心から感心して、屈託のない尊敬の眼差しを向けてくるので、少しこそばゆい。


「次の課題はルティアが教えてくれた魔法印の模様自体の解析だ。」


 むしろこちらが本命だ。これを解析出来れば自然と1つ目の疑問も解決されるだろう。魔獣の召喚印と転送印には間違いなく何らかの方法で召喚・転送場所が指定されているはずだ。


 模様解析の突破口は命令付与印のだと考えている。魔素集約術式部分を除外すれば、魔獣に付与する命令が残る。つまりその命令が何かわかれば、模様の解析にも繋がる可能性が高い。


「ここで一回研究はやめた。ルティアの追加報告を待ってからにしようと思ってね。」

「わかった。あれから私が調べた事、報告。」


 ルティアは再度くしゃくしゃの紙を広げる。ただ、見られたくないのか、アキに見えないように隠しながら胸元においてこっそりと見ている。心配しなくても膝枕している時点で角度的に見えないのだが。


「俺からは紙の裏側しか見えないから普通にみていいぞ。」

「う、うん。ならそうする。」


 覗き見しようと思えばできなくないが、無粋だろう。ルティアは適当な報告をしたりしないとわかっている。


「えっと……特にない。」


 再度ルティアの頭を無言で掴む。


「アキ……痛いから……お願い……それやめて。」


うるうると涙目で見上げてくるルティア。


「じゃあその紙はなんなんだ。」


 ちゃんと調べたと言って紙を取り出したのだから、何か報告があると思うのが普通だろう。あれだけもったいぶって「特にない」ときたので、我を忘れてついうちの子達の様にルティアにも突っ込んでしまった。


「これは……アキとしたいことリスト。」


 恥ずかしそうに紙で顔を隠すルティア。


 なんでも、立ち入り禁止エリアで調査していた時、報告する事がなく暇だったので、自分がやりたいことを書いていたのだという。報告書をなに私物化しているんだと思ったが、理由が理由だけに責めることもできない。それにこの子の行動は何故か許せてしまう。


「そっか、じゃあそれ全部しようね。」


 ルティアの一挙一動が愛らしいからだろう。アキとやりたいことをメモしているとかめちゃくちゃ可愛い。こんなん怒れるわけがない。


「うん、する。」


 嬉しそうに頷くルティア。


 調査は1回目の報告書をみればちゃんとやっていたのはわかる。1人で頑張ったご褒美としてそれくらいは付き合ってあげるつもりだ。


「あ、でも1つだけある。」


 ルティアが紙を見直して気づいたようだ。


「えっと……大体は最初に報告したのが全部。」


 ルティアが調査を開始してまず行ったのは魔法印の模写だったらしい。魔獣の召喚から転送までを見届け、召喚、命令付与、転送の魔法印を特定、そして模写。オリハルコンの突き刺す位置から魔法印の模様まで必死に頑張って描いたのだという。


「がんばった。」


 その次は魔獣召喚の手順を観察。召喚印のオリハルコンだけが抜き刺しされるのを確認したのはこの時らしい。


「手順、説明する。」


 言葉にするのが難しく、手紙には書けなかったと前置きをしてルティアが説明を始める。


 立ち入り禁止エリア内には召喚印、命令付与印、転送印が3つ縦に並んでいる。召喚担当者の1人が囮になって命令付与印の側に立つ。そして召喚印から魔獣が召喚されたら命令付与印の方へと魔獣を誘導する。魔獣が囮役を襲おうとする際、命令付与印の上を通るという寸法だ。魔獣が付与印に入ったら、今度は囮が転送印の方へと移動。そして転送印に乗せ、各地へと転送するのが一連の流れらしい。


「ずっと見ていてわかった事が1つある。」


 ルティア曰く、召喚された魔獣が命令付与印を通過した後は、周りの人間を襲うそぶりは一切なかったのだとか。ただし、囮となる人物に対しては、命令付与印通過後も襲い掛かっていたらしい。


「これが新しい情報。役に立つ?」


 ルティアが心配そうに見上げてくる。


「ああ。」


 まず、命令付与印を通過後、魔獣が周囲の人間を襲わなかったのは、アキ達と同じ通行許可証のような物を所持しているからだと考えられる。これを持っていると魔獣は襲わないと閲覧禁止文献にも書かれていた。つまり彼らにも似たような物を持たせているのだろう。そして囮となる人物は証を持たず、魔獣に襲われるのを利用して転送印へと誘導したのだ。


 これからわかる事、それは命令付与印は「特定の識別信号を発している人物は襲うな」と脳に直接命令を書き込んでいるという事だ。そして命令付与印に書かれている指示はそれ1つのみの可能性が高い。もし効率よく命令を行うのであれば「特定識別信号を発している者の命令を受け付けろ」と記載しておくほうがいい。そうすれば、魔獣に直接命令を下せる。だからアキが魔獣を利用するのであれば「1の識別信号を発しているものは襲うな。2の識別信号を発しているものは襲うな、そして命令を受け付けよ。」とでも記しておくだろう。


「そしてその識別を発する魔法を、国や冒険者協会においてある機械で、各通行許可証等に付与する。」


 通行許可証や貿易許可証には国家が完璧な識別信号を発する魔法を付与。冒険者のように魔獣討伐を行う人間にはおそらく時限式のような特殊な処理を。何故なら冒険者が魔獣に全く襲われないと言うのはおかしい。だから識別信号を使い分けていると考えられる。


「アキ。それだと商人とかは襲われない?」

「襲われないね。」

「でもみんな護衛雇うよ?」


 それはこの事実をその連中が知らないからだ。もし護衛を雇うとなれば魔獣討伐に特化している冒険者だろう。そして冒険者は時折、魔獣の襲撃を受ける。つまり逆を言えば、冒険者を雇わない方が魔獣に襲われる可能性は低くなるという事だ。


「ただ命令付与が完全じゃない場合もあるみたいだ。」


 命令付与が不完全な魔獣に出くわしたら襲われるだろう。そして護衛を雇っていなかったら多分全滅する。だから結局護衛として冒険者を雇う方が効率いい。


 命令付与印を通過したのに命令付与が出来ない事がある理由はわからないが、可能性は十分に考えられる。例えば、囮となる人物は証を持っていないので、命令付与が正常に働いているのかわからない。それにルティアの話を聞く限り、魔獣召喚から転送まで各印を通過させるだけだ。ちゃんと全ての魔法が発動したかまでは基本的に確認していないのだろう。


 では何故魔法が発動しなかったのか。それは魔獣の質量に伴い、命令付与に必要な魔素量が増えるからではないだろうか。命令付与印に差してあるオリハルコンが2本では足りないとかそういう理由だろう。


「まあ正直なところ、理由はわからない。でもそこは重要じゃない。」


 それより考えるべき事は、どういった命令を実際に付与しているかだ。何かの識別信号だとは思うが、それがどういう物かは推測の域を出ない。解明のヒントは冒険者証に付与されている魔法だろう。これだけ特殊だ。「襲われない」じゃなくて、襲われたり襲われなかったりだ。実際アキ達が旅している時も、魔獣の襲撃はしばしばあった。それはきっとアキ達が冒険証を持っていたからだろう。つまりベル、アリア、セシルは正式な許可証を持っているので襲われない。


「俺が命令付与印を開発するとしたらどういう付与をするだろうか……。」


 アキは自分だったらなんて命令を書き込むか考えてみる。もし命令付与印を考えたのが、アキと同じ別世界から来た人間なのであれば、自分がきっと答えを導き出すのに一番近い立場にいる。さすがに同じ地球の人間ではないだろうが。あんな魔獣いなかったし。


 順番に考えてみよう。


 まずは通行証に付与する完璧な識別印についてだ。この場合、魔獣には「1の識別印を持っているものは襲うな」と命令付与するだけでいい。なら適度に襲う必要がある冒険者には「2の識別印を持っているものは適度に襲え」と魔獣にでも命令付与しているのだろうか。でもこれだと曖昧過ぎる。適度という言葉の捉え方は十人十色だ。「2の識別印を持っているものは、1回目は襲え、2回目は襲うな。その後は交互にせよ。」であればまだ可能だ。だがどうにもしっくりこない。これだと命令付与印が複雑になり過ぎるし、魔素の使用量も相当増えるだろう。


「それなら許可証の方の識別印を変えたほうがいいのか?」


 魔獣への命令付与は「特定の識別印持っているものは襲うな」だけにしておいて、許可証への魔法を変える。通行許可証などには「識別印を刻印、3日後に効果は消滅。」というような魔法をかけておけば、有効期限付きの通行許可証が発行可能だ。冒険者証の方はタイマー式にして「識別印を刻印、1時間ごとに効果発動、効果消滅を繰り返せ。刻印の有効期限は3日間」と魔法をかければどうだろうか。


「試してみるか……。ルティア、ちょっと魔法つかっていい?」

「うん。いい。」


 ルティアは小さく頷いて、アキの膝から頭をどけてくれる。


 アキはソファーから立ち上がり、オリハルコンを抜刀し、机に向かって魔法を発動させる。刻印する文字は「ルティア」でいいだろう。


「机に『ルティア』と刻印。5秒おきに出現、消失を繰り返せ。効果時間は1分、その後、刻印を完全に消去。」


 アキは詠唱と同時に魔素を集約し、オリハルコンへ命令を伝達。このオリハルコンでの魔法発動にもだいぶ慣れてきた。今ならエリスが前に言っていた「一瞬で魔法を行使」くらいはできるだろう。


「すごい。私が点滅してる。」


 ルティアが机に浮かび上がった自分の名前をみて驚いている。無事成功したようだ。今の魔法を使った感じ、魔素の使用量はたいしたことはなかった。ということは魔獣への命令付与もおそらくこの方法で間違いないのだろう。


「ただ識別刻印じゃなくて信号にしたほうがいいかもしれないな。あとは攻撃された際の反応も記さないと不自然になる。」


 つまり魔獣に付与する命令は「識別信号を発している者は襲うな。ただし攻撃を受けた場合は反撃せよ。」でいいだろう。反撃命令は重要だ。それがないと、討伐予定の魔獣が攻撃してこなくて棒立ちで倒せたなどという不自然極まりない事件が起こってしまう。そして通行許可証にかける魔法は「識別信号を常時発信。有効期限は〇日。」となる。冒険者証の方には「識別信号を発信。1時間発信、1時間停止を繰り返し行う。有効期限は〇日。」で問題ないだろう。


 ただこれだと1つ問題がある。毎回有効期限の指定をしなければならないので手続きが面倒だ。元受付嬢であるセシルもそんな処理をした事はないといっていた。あくまで冒険者証を装置の上に置くだけだ。それに有効期限指定だと、長期依頼になりそうなものは期日設定が難しい。そう考えると、有効期間ではなく「依頼を報告するまで」と記しているのかもしれない。まあこればかりは今結論が出るものでもないし、堂々巡りになりそうなので、考えを一旦打ち切る。


「その辺りは実際に装置を見せて貰った方がいいかもしれない。明日協会長に頼んでみよう。セシルでは知らない手順があるのかもしれないし。」


 上手くいけばそこから命令付与が解析できそうだ。そうなれば模様の解読も進むかもしれない。


 まあ何もわからなければ、立ち入り禁止エリアへ出向けばいいだろう。気張らず気楽に行こう。


「そうだ、せっかくだし召喚もみる?」

「うん、みる。」


 ルティアが目を輝かせる。


「そうだな……。よし、見てろ。」


 アキはオリハルコンを抜刀して魔素を集約。そして詠唱を行う。


「この屋敷のミルナの部屋に落ちている下着を1枚この部屋に召喚。」


 するとオリハルコンの剣先にいつもの白い布が現れ、床に落ちる。さすがミルナ、わかりやすくて最高の実験台だ。だがこの短時間でもう散らかしたのか……頭が痛い。さっきこの屋敷に到着したばかりじゃないか。


「すごい!……あ、だれかくる。隠れる。」


 そう言うとルティアはスッと姿を消す。まあこのタイミングでやってくる人間なんて1人しかいない。予想通り、ミルナがが扉を乱暴に開け、ノックもせずに突入してきた。


「アキさん!!!!!」


 ミルナが顔を真っ赤にして叫ぶ。そして床に落ちている自分の下着を見つけると、即座に駆け寄り、奪い取るかのように掴んで背中に隠す。


「何をしてるんですかー!ばかー!!!」

「アキさんよくわからない。」

「とぼけないで!部屋から……し、下着が急に消えるなんて理由!1つしか考えられませんわ!!!」


 さすがに誤魔化されてはくれないようだ。


「ごめん、また召喚の実験をしてたんだ。」

「だからそれを何で私のし、下着でやるんですの!やめてよ!もー!」


 赤面したミルナがもう許しませんと涙目で睨んでくる。


「許さないのはこっちだ。わかっているんだろうな。」

「な、なんですの……アキさんが変なことするからです……わ!」


 ミルナの視線が泳いでいる。


「今の召喚の詠唱『ミルナの部屋に落ちてる~』だったわけだが?」

「え、あのその……それは……。」


 急にしどろもどろになるミルナ。


「まだ到着して数時間だ。もう部屋を汚したのか?許さないのはこっちだぞ?」

「ち、違うんです!……あっ!アキさん私、用事を思いつきましたわ!また後で!」


 そう言うとミルナはアキの自室から一目散に飛び出していった。


 今ミルナは用事を思い出したのではなく「思いついた」と言っていた。そんなの「嘘吐いています」と自白しているようなものだ。相変わらずのポンコツお姉さんだ。


「アキ。」


 いつの間にかルティアが姿を現し、隣に立っていた。


「ルティアごめんね、わざわざ隠れさせて。」

「別にいい。それよりアキ。」

「なに?」

「見る?」


 ルティアは着物の裾をたくし上げようとしたので、とりあえず頭を引っ叩く。


「やめなさいと言っただろう。」

「むぅ……また失敗。」


 そういやこの問題を後回しにしたんだった。念の為に聞いておく。


「一応聞くけど失敗ってなにが?」

「アキを私の虜にする計画。」


 えっへんと胸を張って堂々と宣言するルティア。やっぱり碌でもない計画だった。聞くんじゃなかった。どうせそんな事だろうとは思っていたが、本当にそうだったとは。


「もう虜だからそういうのはやめなさい。」

「ほんと?」


 これで少しは大人しくなるだろう。幼女にパンツを見せろと要求していたという変な誤解がうちの子達に広まるのだけは何としても避けなければ。まあこの美少女にはいつも見惚れてしまうし、虜なのはあながち間違ってはいないのだが。


 しかしルティアは幼女なのだろうか。年齢を聞いてなかった。


「そういえばルティアって何歳なの?」

「私?17。」


 まさかの17。ソフィーやベルと同い年だ。

 まあでも17なら一応セーフか。見た目的にはアウトだけど。


「俺の1個下なんだね。」


 さすがにそんなことを確認していましたとも言えないので、適当に誤魔化す。


「アキ、それより早く座る。」


 ルティアが首を傾げて上目遣いで見てくる。下手したらこの子はソフィー以上の魔性の女かもしれない。可愛い。


 アキが言われた通りにソファーに座ると、ルティアは嬉しそうに頭を膝に乗せてくる。今日はとことん甘えたいのだろう。まあ色々頑張って調べてくれた事だし、今日はこの子の好きにさせてあげよう。


「じゃあ明日は頼むね。」

「任せて。」

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